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「受け入れる高校がなかった」戸郷翔征 素行が悪すぎた少年がジャイアンツのエースになるまで

かつて、その名を聞いた地元の人間は苦笑いしたという。中学時代の素行の悪さは周囲が手を焼くほどで、進学先の高校を探すのさえ困難だったとされる。それが今、読売ジャイアンツのエースとして右腕を振り続けているのが戸郷翔征(25)だ。

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受け入れる高校がなかった少年

宮崎県出身の戸郷が野球の才能を開花させたのは、聖心ウルスラ学院高校に進んでからだ。高校通算22本塁打を放つ強打者でもあったが、投手としての素質を見出されプロへ。素行の問題を乗り越えた先に、ジャイアンツへの扉が開いた。

阿部監督の無茶ぶりで迷走した日々

プロ入り後も順風満帆ではなかった。現・阿部慎之助監督からの"無茶ぶり"とも受け取れる指示によって、戸郷は自分のフォームを完全に見失った時期があったという。
正解を探して迷い、それでも投げ続けた経験が今の投球スタイルの土台をつくった。

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菅野が伝えたエースの条件

そんな戸郷を支えたのが、先輩・菅野智之の言葉だった。「俺もたくさん悩んできた」「結果が出なくても……」——エースとして長くジャイアンツを支えてきた菅野が明かした条件は、技術ではなく姿勢そのものだった。2023年WBCで世界の舞台を共に経験し、戸郷はその背中から何かを確かに受け取った。問題児と呼ばれた少年は、悩み、迷い、先人の言葉を糧にして、今日もマウンドに立つ。

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