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【3・11から15年】田中将大、変わらぬ東北への誓い 「これからも考え、行動する」

東日本大震災から15年を迎えた3月11日、巨人の田中将大投手(37)が球団を通じてコメントを発表した。震災当時は仙台を本拠地とする楽天でプレーしており、被災地の惨状を間近に見た一人だ。ユニホームが変わっても揺るぎない東北への思いを、自らの言葉で語った。

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野球をしていいのかという葛藤と誓い

2011年3月11日、田中は楽天の選手として仙台の惨状を目にした。自宅への直接的な被害こそなかったものの、愛着を持つ東北の姿に大きな衝撃を受けた。今回発表したコメントで、当時こう振り返った。

「被災地の惨状を目の当たりにし、自分は野球をしていいのだろうかという葛藤もありました」

その葛藤を乗り越える契機となったのは、被災者からの言葉だった。試合を見てもらった方々に「元気をもらいました、ありがとう」と声をかけられ、逆に自分の力になったという。
それでも田中は「今でも見てくださる方々に元気や勇気を与えたいとは言えません」とした上で、プロ野球選手としてベストを尽くすことで何かを受け取ってもらえるなら、それがありがたいと記した。

復興の象徴となった2013年24勝0敗で日本一へ

震災から2年後の2013年、田中は楽天の絶対的エースとして球史に刻む活躍を見せる。レギュラーシーズン24勝0敗という前人未到の成績でチームをリーグ初優勝に導き、日本シリーズでは第6戦に先発して160球を投じた翌日、第7戦にも登板するという鬼気迫る投球で楽天を初の日本一へと引き上げた。

あの日本シリーズで対戦した相手こそ、今の所属チームである巨人だ。かつて自らが勝利を届けたチームで新たな挑戦を続け、2025年9月30日には日米通算200勝の大台に到達した。

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ユニホームは変わっても続く現地での行動

行動は続いている。昨年11月9日、宮城・気仙沼市で国土交通省が主催した防災避難訓練に田中の姿があった。前日8日には仙台市内で小学生を対象とした野球教室「マー君カップ2025」も開催。
震災を知らない子どもたちが増えている現実を目の当たりにし、「自然災害への備えについて考えるきっかけにしてもらえるような活動を続けていく。東北に育ててもらった自分の使命だ」と記した。13年の日本一後にヤンキースへ渡り、21年に楽天復帰、そして25年から巨人へ。所属チームは変わり続けたが、毎年3月11日に思いを発信し続けてきた姿勢は一貫している。

「3・11だから、ではなく、15年の節目だから、でもなく、これからも僕は僕がするべきこと、できることを考え、そして行動していきたい」。その言葉の重さに、15年という年月と田中将大という男の軌跡が凝縮されている。

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