子育て情報『「好き」を仕事に。自動車整備士・田村一晃さんの、仕事も余暇も車漬けの充実感ある毎日―― 【連載】すてきなミドルエイジを目指して」』

2021年3月21日 08:00

「好き」を仕事に。自動車整備士・田村一晃さんの、仕事も余暇も車漬けの充実感ある毎日―― 【連載】すてきなミドルエイジを目指して」


ミドルエイジの先輩たちが「自分らしい生き方」に至るまでーー田村一晃さん

岡山県で車の整備士として働いている田村一晃さん(27歳)。彼がASDの診断を受けたのは子どものころだといいます。小さいころから車が大好きだったという田村さん。自分の「好き」を大切に、趣味に打ち込みながら仕事を続けていく、充実した日々の様子をお話しいただきました。


子どものころから車が大好きだった

――田村さんはどんな子どもだったのでしょうか?

田村一晃さん(以下、田村):幼いころから車が大好きで、車で出かけるのを楽しんだり、ミニカーを集めたりしていました。小学生のときには、紅白の厚紙などを切り貼りして、車のようなものをつくったりもしましたね。算数や理科など理数系の科目が得意で、音楽や図工などの表現する科目が好きな子どもでした。

――子どものころからの好みが今のお仕事に繋がっている面もありそうです。田村さんは幼少期にASDの診断を受けたとのことですが、そのころASDの特性の影響は何かありましたか?

田村:うーん、小さいときは、そこまで不便に思うことはなかったですね。ものづくりには一人で没頭するタイプですが、「周りが目に入らない」とまではいかないし。僕が生まれたのは岡山の田舎のほうで、小学校は全校で60~70人ほどと少人数だったこともあり、友人とも仲良くできていました。

学校外では、同じ町の小・中学校から集まった、発達障害のある人たちとの交流会に参加することもありました。それとはまた別に、「アリスの会」というASDのある子どもと親の当事者グループにも、たしか小学生か中学生のころに参加し始めたと思います。自然な流れで入っていたので、あまりきっかけは覚えていないのですが(笑)。

そこでは、みんなで体を動かして遊んだり、一緒に料理をつくったりしました。電話のマナー講習も一度受けたことがありますね。活動を通じてコミュニケーションをとるような感じでした。もともと、特にコミュニケーションに難しさを感じたことはありませんでしたが、アリスの会でいろいろな人と話すことで、より多様な人とのコミュニケーションができるようになったんじゃないかなとは思います。

http://alice.la.coocan.jp/
アリスの会
――中学・高校ではどうでしたか。

田村:小学校と同じく、正直あまり覚えていない感じです。

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