感覚、偏食…子どもの困りに大人ができる6つのことは?セミナーレポート「作業療法士(OT)が教える発達障害との向き合い方」文京学院大学・神作一実教授
「作業療法士(OT)が教える発達障害との向き合い方~子どもの発達を促す子育てのヒント~」
2023年9月21日(木)文京学院大学 本郷キャンパスにてメディア向けセミナー「作業療法士(OT)が教える発達障害との向き合い方~子どもの発達を促す子育てのヒント~」が開催されました。発達障害領域がご専門で作業療法士(OT)として現在も現場で活躍されている文京学院大学 保健医療技術学部学部長 神作一実教授が登壇し、作業療法士(OT)の役割や発達障害のあるお子さんへアプローチ法、また子育てのヒントについて解説、セミナーの内容を抜粋して発達ナビ読者のみなさまへお届けします。
作業療法とは「心と体」を分けず、その人そのものにアプローチするリハビリ
神作一実先生(以下神作先生):作業療法士というと、日本では一般の人が関わる機会があまりなく、どんなことを行うのかについて知っている人は限られるかもしれません。ここでは私が考えている作業療法とはこういう感じのことだよというものを図にさせていただきました。
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みなさんも、「楽しいことをしていたら知らないうちにできるようになった」ということがたくさんあると思います。例えば、お友達に「テニスコートが取れたから、テニスに行かない?」と誘われて「行く行く!」となったとき、テニスをすることで心肺機能を上げようとか、筋力強化をしようとか、運動の協調性を高めようと考える方は少ないですよね。ただ「テニスをして楽しむこと」を想像して「行く行く!」と答える方が多いのではないでしょうか。でも、実際にテニスを楽しんでいたら、知らないうちに筋力が強化され心肺機能は鍛えられ、運動の協調性も高くなるでしょう。
これが「楽しいことしていたら、知らないうちにできるようになった」ということです。
実は作業療法というのは、この「楽しいことしていたら、知らないうちにできるようになった」を治療に応用したものと言えるのではないかなと思っています。私たちは、対象者の方のやりたいことを通して今ある障害を改善すること、そして、その人が持っている障害を受けてない部分を使いながらパフォーマンスを上げることを目指してサイエンスを使いながらアプローチしています。作業療法は心と体を分けずにその人そのものにアプローチをするリハビリテーションと言えるのではないかと考えています。
作業療法の対象領域は大きく分けて4つあります。
1、身体障害領域:脳卒中、脊髄損傷、骨折、やけどなどを対象
2、高齢期領域:認知症、フレイルなどを対象
3、精神障害領域:統合失調症、うつ病、アルコール依存症などを対象
4、発達期領域:発達障害(ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、LD・SLD(限局性学習症))、
脳性麻痺、知的障害、筋ジストロフィーなどを対象
この領域をまたがって障害が複数ある場合ももちろんあります。ただ、作業療法は人に対して、「その人がどうなりたいのか、その人が何をやりたいのか」を視点にしていますので、療育をまたがる場合でも同時にアプローチが可能です。
発達障害と深い関係性がある「感覚調整障害」
神作先生:発達障害のある方たちには「感覚調整障害」というものがしばしば起きてきます。
感覚過敏をはじめ、刺激が入りすぎてどの刺激に反応したらいいのか分からなかったり、 反対に刺激が入らなすぎて必要な情報がキャッチできないということ。また、LD・SLD(限局性学習症)のお子さんたちの場合は、眼球運動のコントロールが悪いため読み飛ばしたてしまったりといった体の使い方、いわゆる、体や指先が不器用な状態です。
感覚調整障害があると、以下のようなさまざまな困りごとがでてしまいます。
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生活への影響がとても大きいため、作業療法ではこの感覚機能に対してアプローチして感覚統合機能の問題を改善し、生活のしづらさの解消を目指します。
激しい偏食があるお子さんへ作業療法士はどうアプローチする?
神作先生:では、発達障害のあるお子さんに対して作業療法士がどのようにアプローチをするのかお話しさせていただきます。基本的には、お子さんの状態の確認と問題の把握をし、感覚統合機能を促すための治療プログラムを作成し実施をいたします。治療プログラムは「Just right challenge」、つまりそのお子さんにとってちょうどいい挑戦になっているかを確認しています。偏食のように一見遊びとは関係ないようなことも、実は感覚統合機能が十分発達していないという、共通の背景がある場合があります。
例えば、食べられるものが5食品しかない激しい偏食がある発達障害の4歳のお子さんに対しては以下のようにアプローチを行いました。
・砂遊び、絵具、のりに触れること、水遊びも嫌い
・跳躍器具、ブランコは大好きだが、姿勢が保てないためすぐ降りる
・ハンモックのように姿勢を保つ必要がないものであれば30分以上乗り続ける
・ハンモックやブランコに乗っていると目が合う。それ以外の場面では目が合わない
・一人遊びを好む
・母親の膝へは自分から乗るが、大人から抱っこすることは好まない
〈食事場面〉
・唇に牛乳がつかないようにコップで飲む
・うどん、パン、豆腐も上唇につかないように食べている
・手が汚れるとすぐにおしぼりや洋服で拭く
1、触覚の過敏さがある。そのため食べ物からの感覚情報が十分にキャッチできておらず、新しい食品にチャレンジすることが困難
2、前庭系(ゆれの刺激)は求めている状態
1、ブランコに乗りながらアイコンタクトを取る(遊んでいる人と遊びの共有)
2、ブランコ、跳躍器具、ハンモックに乗り対象物を視覚的にとらえながら自分から対象物に触れる(揺れながらパンチをする、いろいろなものを握る、的当てする)
3、屋外の遊具やアスレチックで遊ぶ(楽しいことをしながらいろいろなものに触れる機会をつくる)
少しずつ食べられるものが増えると共に、自分から母親以外の人の手を引いて遊びに誘うことが増えてきている。
このように作業療法士は介入し治療を進めました。このお子さんの場合は、感覚情報の処理状況に着目し以下を取り入れたアプローチを行っています。
・大好きなゆれ刺激を楽しみながら能動的に対象物に触れる機会を作る
・感覚を媒体としたコミュニケーション
・大人と一緒に遊ぶことの楽しさを伝える
・大人に「やってほしい」ことを伝える機会を作る
感覚情報機能の改善が進んでくると、食べ物からの感覚情報をしっかりキャッチすることができるようになりますので、遊びの広がりと共に、偏食が良くなったというケースです。
子どもの発達を促す子育てのヒント
神作先生:作業療法士は、お子さんに対する治療的な介入もしていますが、大人が子どもにとってどんな環境となればいいのか、 どうすると子どもの発達を促す環境になり得るのかという視点でもアドバイスを行っています。
そこで最後にお子さんの発達を促すヒントについてお話しさせていただきます。
作業療法士はお子さんが困っている状況、親御さんが困っている状況に対しても、アプローチを行っています。ただ、「大人が困っていること=子どもが困っていること」というように本来は一致しているといいのですが、なかなかそうではなく、大人が困っていることが子どもの問題点にされてしまうこともたくさんあります。そこの見極めも、作業療法士の大事な仕事です。
発達障害のお子さんたちの場合、どうしたらいいのか分からない、 人にどう接したらいいか分からない、ものをどうやって扱ったらいいか分からない、いつ終わるのか分からない……こういった状況が多々あります。当然混乱しますよね。ですので、そのお子さんは「安心できるもの」だけをやろうとするわけですが、そうするとやれる幅が狭いので「こだわり」と言われてしまったりします。ただそのようなお子さんの行動に「こだわり」というラベルを貼るだけでは問題は解決しないと私は思っています。
その「こだわり」と思えるような行動の背景には、必ず何らかの理由があると思うからです。
困りごとをもつお子さんに対して、日常生活の中で慣れさせる、我慢させるとか、「あなたの頑張りが足りないからいけないのよ」と言うのはナンセンスだと思っています。感覚調整障害が背景にあったとすると、そのお子さんはかなりつらい思いをしながら不快な環境の中で生活をしていることが多いです。不快な環境の中に身を置き続けたら不安も高くなりますよね。ではお子さんの困りごとに対して大人ができることはなにかというと、以下の6つがあげられると思います。
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この図は、作業療法士が保護者支援としてよく行っている内容です。お子さんにとって「人」は環境の一部でもあります。周りの大人がいい方向に変化すると、お子さんにもいい環境を提供することができると思っています。
子育ての大前提として大事なのは、どんなお子さんも独立した人格を持っていて、今は発達途上で、過去から現在の積み重ねの先に未来があると捉えることだと思います。そして以下の4つを心がけることがいいのではないかなと思います。
1、できないことにあまりフォーカスしない。できることに注目し、子どものできること探しの達人になる
2、他の子どもとあまり比較しない。比べられても子どもはなにかできるようになるわけではない
3、困っているときに子どもからSOSを出せる関係をつくる。子どもが安心してチャレンジするための安全基地に
4、自己肯定感を育む。自己肯定感が高いこどもは幸せを感じやすく、問題解決の工夫ができる
まずは、お子さんのことを一番知っている親御さんが自信を持っていくことが大事です。一人で頑張らなくていいですし、子育てはみんなでやればいいですし、しんどいときにはもう頑張らない、そんなことも大切だと思っています。
定型発達のお子さんであっても、障害のあるお子さんであっても、親御さんの不安はずっとつきまといます。残念ながら、なくなることはありません。だからと言って、否定的に捉える必要はなくて、ありのままの今のお子さんの姿を受け入れてみるといいと思います。
お子さんたちは親御さんに、「ねえねえ、見て見て」とよく言ってきますよね。そのときにきちんと共感をして、すごいね、かっこいいね、やったね、面白かったね、見せてくれてありがとうね、というようなこと言ってみてはどうでしょうか。 きっと楽しい親子関係になれるのではないかと思います。
困ったときは作業療法士に相談してください
神作先生:大変なことはみんなで分担して楽しいことはみんなで喜ぶ、そんなことが作業療法士が考えている子育てでもあります。何か困ったことがあったら、ぜひ作業療法士を尋ねていただければと思います。地域の保健師さんにご相談いただいて作業療法士がいるところを探してほしいとお伝えいただければ、そこから発達支援センターなどを紹介してもらえます。また、児童発達支援事業所でもどのような職種の方がいるのかホームページで調べられるところが多いです。
一人で頑張らず、一緒に成長していきましょう。
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日本作業療法士協会、埼玉県作業療法士会、摂食・嚥下リハビリテーション学会(評議員)、小児保健学会、障害者歯科学会、昭和歯学会に所属。
作業療法士としても数多くの経験を持ち、作業療法士や作業療法士を目指す学生のみならず、保育園や幼稚園、小中学校の教諭、保護者に対してのセミナーも多数実施。「受け入れることで自律を促す子育て」を提唱し、発達障害との向き合い方について発信を続けている。主な研究テーマとして、自食時の捕食機能に関与している口唇および上肢機能の解明を専門とする。
https://www.bgu.ac.jp/
文京学院大学
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如・多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。
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