【専門家解説】ASDの感覚過敏を「脳の視点」から紐解く!最新研究から迫るこれからの支援や適切な対処(杏林大学・渥美剛史先生)
ASD(自閉スペクトラム症)の診断基準と、切実な「感覚過敏税」の負担
感覚過敏という言葉はずいぶん認知度が上がってきたように思います。
感覚過敏は、神経発達症、いわゆる発達障害の一つである、ASD(自閉スペクトラム症)に多くみられる特性の一つとして知られていました。ASDは、「社会的コミュニケーションの困難」と「限局的・反復的行動」の大きく二つの特性から診断されます。診断マニュアルの第5版(DSM-5)から、後者の基準の一部に「感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ」が追加されました。
従来は、基礎研究の世界でもとりわけ社会性の問題がフィーチャーされてきました。社会性の問題は、コミュニケーションの受け手の問題でもあり、当事者に問題の原因のすべてを帰するには無理があります。
他方、感覚の問題は直接的な苦痛に結びつくうえ、周囲からは理解されづらく、当事者の方にとっては喫緊の課題です。DSMの改訂から10年以上経ちますが、最近は本邦でも、私のような基礎研究と呼ばれる領域で、感覚の問題に取り組む研究者が増えてきたように思います。
いわゆる発達障害のある人の感覚過敏が当事者コミュニティ以外にも広く知られるようになったのは、新型コロナ(COVID-19)の流行期だったように思います。こうした人では、特定の布や衣服が肌に触れると、強い苦痛を伴う場合があります。不織布マスクの着用が励行されるなか、WHOは発達障害など感覚過敏のある人に着用を強制しないようにと助言を出した経緯があります。
私が以前お会いした方は、特定の繊維で作られた衣服が着られず、より高価な素材のものしか着用できずに困っておいででした。ADHD(注意欠如多動症)の人が、その特性に関してよりお金のコストがかかってしまうことを「ADHD税」などと言うことがあるようですが、この場合は「感覚過敏税」とでも言いましょうか。
私は、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の井手正和さんや、同研究所の金子(矢口)彩子さん(現・立教大学)たちとともに、ASDの人の感覚過敏や鈍麻といった、感覚の問題のメカニズムの解明に取り組んできました。感覚の過敏や鈍麻は、あくまでASDの診断定義の一部であり、それそのものは医学的な診断ではありません。ASDの人のほとんどが何らかの感覚の問題を呈するとされますが、すべてではありません。
他方、ASDの診断がない人でも、日常の困難として顕在化してくる側面に、感覚の問題が該当する場合もあるでしょう。
適切な対処のために不可欠な背景の理解
この記事では、感覚過敏とは何か、どんな対処法があるのかなど考えていきたいと思います。私の専門の関係上、ここではASDの人の感覚特性が中心になることをご容赦いただきたいと思います。これは、単に私にこだわりがあるというわけではなくて、いろんなカテゴリや背景を混ぜっ返して一つのトピックとして扱ってしまうことは、ときには危険を伴うからです。
たとえば、上述したようなマスクや衣服の例。アトピーなど皮膚の疾患でも似たような問題が生じるでしょう。もちろん、触れること、触覚の問題がその疾患に由来していることが明らかなら、皮膚に塗布する薬剤などで対処できるでしょう。しかし、ASDの人の触覚過敏に、同じ様な対処は効果があるでしょうか?私にはそうは思えません。
反対に、仮にASDの人の過敏を抑える薬剤があるとして、皮膚に疾患のある人にそれが効果的かというと、そうではないでしょう。
また、眼球の疾患により視覚過敏のある人なら、暗い部屋にするという環境調整による対処がありうるかもしれません。ASDのお子さんの研究でも、窓がない部屋が良いのではという意見はあります。一方で、光を採り入れる環境を勧める意見もあります。朝起きて、私たちが覚醒するには、目に入る光をきっかけに、脳内でメラトニンの分泌が低下することが重要です。ASDのお子さんでは、このメラトニン分泌の調整がうまくいっていないのでは、という知見があるのです(Zaniboni & Toftum, 2023)。
https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2023.110545
参考文献:Zaniboni, L., & Toftum, J. (2023). Indoor environment perception of people with autism spectrum condition: A scoping review. Building and Environment, 243, 110545.
実は、ASDの人の睡眠障害と感覚過敏との関連もよく知られています。
その困難がどのような特性を伴っているかを把握し、それぞれのメカニズムが十分に理解されることが、適切な対処のためには不可欠です。
感覚の問題を伴う特性、いわゆる発達障害や疾患などと、その感覚の問題との関係を理解したうえで、「これなら過敏や鈍麻に有効だし、ほかの側面への影響は少なかろう」、という対処法を考えることはできると思います。共有可能な方法があるかもしれない、ということですね。
原因は感覚の「入り口」ではなく、脳という「出口」にある?
さて、ここまで書いておいてなんなのですが、唯一、診断の基準にその記載があるASDでさえ、感覚の問題がなぜ生じるのか、解明までは道半ばと言わざるを得ません。
私を含め、多くの研究者は、ASDの感覚過敏が皮膚や眼球のようなセンサー部(受容体や受容器と言います)自体からくるものではない、と考えています。さきほど、皮膚や眼球の疾患の例を挙げました。これら受容器のある、感覚刺激の「入り口」に近い段階は、末梢(まっしょう)と呼ばれます。他方、末梢から伝わる情報は、神経細胞の集まりである中枢(ちゅうすう)へ伝播します。末梢と中枢の境を明確に区別するのは難しいですが、多様なASDの特性や感覚の問題へ、中枢神経系の特性が関与していると考えられます。
末梢での変化を伴う当事者の方も一定程度おられることは知られています。しかし、ASDの人では、視覚だけ、触覚だけ、という具合に単感覚のみで問題を経験するケースはあまりなく、むしろそのほかの感覚を含めた、多様なモダリティ(様式)での悩みが多いとされます。しかも、たとえば聴覚一つとっても、大きな音に過剰に反応する場合もあれば、同じくらいの音量で音楽を聴いたり、名前を呼ばれても気づかないなど、一つの感覚モダリティで感覚過敏も鈍麻もある、ということが少なくありません。
私たちはASDの大人の方を対象に、指先へ、スマホにあるようなバイブレーションを呈示し、どの程度の振動の大きさなら気づくことができるのか、という最小値(「閾値(しきいち)」と言います)を調べました(Ide et al., 2019;Kaneko et al., 2024)。
https://doi.org/10.1007/s10803-018-3677-8
参考文献:Ide, M., Yaguchi, A., Sano, M., Fukatsu, R., & Wada, M. (2019). Higher Tactile Temporal Resolution as a Basis of Hypersensitivity in Individuals with Autism Spectrum Disorder. Journal of Autism and Developmental Disorders, 49(1), 44–53.
https://doi.org/10.1177/03010066241259729
参考文献:Kaneko, A., Atsumi, T., & Ide, M. (2024). Temporal resolution relates to sensory hyperreactivity independently of stimulus detection sensitivity in individuals with autism spectrum disorder. Perception, 53(9), 585–596.
振動閾値をASDの人たちと、ASDの診断のない、いわゆる定型発達(TD)の人と比較したところ、それぞれの平均値に差はみられませんでした。やはりどうも、末梢の側では刺激への感度にあまり違いはなさそうなのです。
そう考えると、末梢から入力されるさまざまな感覚信号が、中枢の何からの特性により、刺激への極端な反応につながると考えた方がしっくりきます。「入り口」ではなく、どちらかといえば「出口」に近いほうで、大きな違いがある、ということですね。
と、すれば、その人それぞれの刺激の強い/弱いに応じて、その刺激を減じたり、その人自身に働きかけたりするような対処がありうるでしょう。
本人へのアプローチと環境を整える二つの視点
その人自身への働きかけは、医学モデル的な対処と呼ばれることがあります。視覚の過敏なら、サングラスを着用することがそれにあたるでしょう。ASDの感覚の問題が中枢神経系に由来するかもしれないということから、対処には投薬もありえますし、身体の外から脳に働きかけるような、経頭蓋磁気刺激(TMS)なども選択肢に入るかもしれません。
その人を取り巻く感覚刺激を減じるといった環境調整は、社会モデル的な対処と言えます。障害の社会モデルとは、その当事者の困難が、その人自身ではなく、とり巻く環境との接点において生じている、という考え方です。たとえば、車椅子を利用する方のケースを考えてみましょう。車椅子があれば移動そのものは可能(able)になっていますが、建物の中に段差が多いことによって、移動が困難になる(disable)ことがありえます。
ここでの障害は、段差という環境によって生じているわけです。それを解消するには、段差をスロープに変える、という対処がありうるでしょう。近年では、公共交通機関におけるカームダウンスペースや、大学などにおけるセンサリールーム、スーパーなど商業施設におけるクワイエットアワーを導入する取り組みが進んでいます。これらは、その環境にもともとある感覚刺激を弱めたり、または適度な刺激を与えることで、過敏な人への負担軽減を意図して取り入れられているようです。
先述の通り、ASDのお子さんの視覚過敏に対する環境調整として、どのような光の取り入れ方が良いのかのコンセンサスはありません。そもそも論として、「感覚」に合わせた環境調整にはかなりの難しさがあります。「感覚」はかなり主観的な体験であって、他者が推し量るのは相当の工夫が必要です。そのうえ、その人の中での変化も大きいです。一般的に、同じ刺激であっても、その人の体温など内部状態で感じ方が変化します(アリエステージアと呼ばれることがあります)。感覚過敏や鈍麻の人にどのような環境が適しているのか分からない以上、医学モデル的な対処は選択肢から外せないでしょう。
脳の特性から紐解く感覚過敏の疑問とこれからの支援
これまで、感覚の過敏や鈍麻はASDの診断定義の一部に含まれること、一人の人において過敏と鈍麻の両方が複数の感覚にまたがってありうること、それがどうやら中枢神経系の特性によるものでありそうなこと、対処法もいろいろあり得て難しそうなこと……などなどお伝えしてきました。ここまで読んで、いろんな疑問が湧いてきた方もいることでしょう。
たとえば、
- なぜ正反対にみえる過敏と鈍麻が両立するのか?
- 中枢神経系のどのような特徴が関わっているのか?
- 薬によって感覚過敏はおさまるのか?
- 行動療法はあるのか?
- ADHD(注意欠如多動症)などほかの神経発達症の人の感覚特性はどうなっているのか?
- 感覚過敏は特別な才能(サヴァン)や個性なのであって、対処したり「治し」たりしていいのか?
私たちのものも含め、近年の研究はASDの人に特徴的な脳と感覚過敏との関係を明らかにしてきています。その脳の特徴がどのように過敏な反応につながるのか、未解明とはいえ理解が深まってきました。また私たちは、ASDを含めた発達障害のお子さんの感覚特性を評価できるような新たなツールの導入も進めています。医学モデルであれ社会モデルであれ、感覚の問題の背景となるような障害特性や脳の特性を踏まえた視点が、問題に真正面から向き合うために不可欠です。以降は、そうした視点から、皆さんの疑問に答えられるようこれまで分かっていることを詳しくお伝えしていきたいと思います。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。