不登校期間の自己肯定感を守った家庭の工夫は?教育委員会とSWを巻き込み再登校が叶うまで【読者体験談】
投稿者・お子さんのプロフィール
小学1、2年の時は、波はあれども先生方と相談し、学校へ通えていた息子。ですが、3年生になって風向きは変わりました。3年生の担任の先生との話し合いは、何度しても平行線で、合理的配慮を認めてくれなかったのです。
宿題の調整をお願いしても、「やればできる子なんだからもったいないですよ!」と、学校でやった「よくできた」というものの成果を見せられます。私は、「頑張ったらやるんですが、周りの子の倍のエネルギーが必要で、学校から帰ったらぐったりしているんです。1年生の時の癇癪がひどかったので、それがまた始まるんじゃないかと不安で……」と必死に訴えましたが、先生の態度は変わりませんでした。
さらに、欠席した分のドリルを休み時間にしていることが分かり、休憩時間は休ませてほしい、残ったドリルは長期休みやほかの時間で対応したいと伝えた際も、「周りの子もそうしているので、息子さんだけというのは特別扱いしているように映ってしまいますよ」。
私が「前の担任のA先生の時は配慮していただいたのですが、A先生はまだ校内にいらっしゃいますし、相談してもらえたりしませんか……?」と言うと「A先生も新しいクラスで大変ですから」と、聞いてもらえませんでした。
このような日々が続くと、朝、息子は緊張した顔で「行きたくない」と言うようになりました。毎朝全身をこわばらせ、硬直して「行きたくない」と訴える息子を見続けた私の心は決まりました。「私には息子の心を守る責任がある」と考えたら答えは一択でした。
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「もう、無理して学校に行かなくていいよ」。そう伝えた時の息子の表情は、安堵に満ちていました。私は「よく頑張ったね。頑張らせすぎてごめんね」と伝え、家を息子にとって安全でくつろげる場所にするための工夫を始めました。
心配だったのは、息子自身、学校へは行きたくないけれど「行けないことは怠けていることだ」と固く思っていること。
これは、家の仕事や勉強をやるとポイントがたまるというものです。
例えば小学3年生の時は以下のようなものでした。
本人が気にしている「だらけているわけではないことの証明」として、家事のポイントを高く設定しました。「家が綺麗でお母さんが休憩して、お菓子を食べる時間があることは、息子が手伝ってくれるおかげだよ!」と心から感謝を伝えると息子はうれしそうににっこりしました。
また、わが家には3人の兄弟がいるのですが、全員に発達障害の診断があります。2人は頑張って学校へ毎日行っているところに、一人だけ「行かなくていい」という選択肢を許してもらえるというのは、子ども心に納得できるものなのだろうか?という葛藤が私にあったので、兄弟が本人に不登校について直接言わないように個別に説明しました。ポイントシステムもほかの2人バージョンも個別に設定しました。
このポイント制はわが家ではとてもうまくはまりました。
学校は休んでいても、外に出るきっかけとして習い事は続けていました。とはいえ、本当はやりたいけれど、身体が動かず見学だけしているときも多かったので、そのような姿を見るのが切なく感じるときもありました。
ある時のことです。学校外の活動で、ほかの学校の子と無邪気に遊ぶ機会がありました。その時息子がとても幸せそうに「楽しかった」と何度も言う姿を見たのです。悩みを忘れて楽しんでいる様子を見て、「この姿は本人が本当に望んでいる姿なんだ」と気づきました。「家で2人で過ごしたり、家族で遊びに行っても得られない感情が学校にはある」。
その時息子は小6になっていました。
今度は一人で抱え込まない。教育委員会へ
今度は一人で抱え込むのはやめよう、そう思い、まず教育委員会へ相談しました。すると発達に詳しい先生が来てくださいました。そして、小学校のスクールソーシャルワーカーの先生が中学校のスクールソーシャルワーカーの先生を繋げてくださり、お二方が相談して、息子をどのように受け入れるのか一緒に対策を考えてくれました。
また、市の相談員の方にいままでの不登校への流れを説明したところ、「先生と思いの共有ができてないように感じます」と言われ、ハッとしました。相談員の方は先生に伝わるように「氷山の一角として表出している困っていること」の捉え方や対策を考えてくださり、学校側に働きかけてくれたことで、ようやく合理的配慮の希望が届きやすくなったと感じました。
たくさんの方々が、息子が登校できるよう考えてくださいました。
そして、今中1となった息子は、毎日学校へ通えるようになったのです。
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特別支援学級が軸に
息子は、現在特別支援学級に在籍しています。このクラスという「軸」できたことが、息子にとって大きな安心感に繋がっています。
息子は今も不安が強く、急なスケジュールの変更にはイライラしがちです。でも、最近では納得できるまでの時間が早くなってきました。
息子は非常に真面目で「すべてを話すことで、信頼してくれる」という関係性を大切にしています。私の話がブレると反発してくるという厳しさはありますが、それこそが息子の持つ誠実さなのだと感じています。
今、お子さんの登校に悩んでいる方へ。
一人で抱え込まず、SOSを出すことで、新しい道が見えることを願っています。
イラスト/志士ノまる
エピソード参考/にし
息子さんの不登校や再登校までの道のり、そしてその中でのお母さまの葛藤や決断について、丁寧に共有してくださりありがとうございました。
登校がしんどくなってしまうお子さんは、それまで一見頑張れているように見えても、実際には、そのできている姿の裏で強い緊張や無理を重ね、心も身体も限界まで疲れ切ってしまっていることがあります。実際に「できているかどうか」だけでなく、「どれくらいの負担をかけながら頑張っているのか」を周囲が見極めることは、簡単ではないこともあります。だからこそ、お子さんから「つらい」「行きたくない」といった訴えがあったときには、その言葉の背景にある疲れや不安にも目を向けて、改めて状況を考えてみることが大切なのだと思います。
ご家族が、学校を休ませるという決断をされたことは、とても大きな勇気のいることだったと思います。学校に行けなくなることへの不安や葛藤もあったと思いますが、まずは安心して過ごせる環境を整えようとされたことが、息子さんにとって大切な回復の土台になったのだと思います。
登校が難しくなったお子さんの中には、自己肯定感の低下が目立つこともあり、その姿に胸を痛めるご家族も少なくありません。そのような中で、ポイント制を取り入れたことは、とても素敵な工夫だと思います。勉強だけではなく、家事や家族を支える行動にも価値があることを見える形で伝えたことで、「自分は頑張っている」「家族の役に立てている」という実感につながっていったのではないでしょうか。自己肯定感が下がりやすい不登校の時期には、「できていること」に目を向けて評価していく関わりは、とても大きな意味を持つと思います。
不登校の悩みは、ご家庭だけで抱えるにはとても大きいものです。担任の先生だけでなく、学校内であれば学年主任、養護教諭、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなど、外部であれば自治体の教育相談・子育て相談窓口、教育委員会の相談窓口、医療機関などで相談することで、より具体的な支援の手がかりが見つかることもあります。ご家族だけで頑張りすぎず、周囲の力を借りることも、大切な支援の一つだと思います。(監修:小児科医室伏佑香先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
- お子さんの年齢:13歳
- 診断名:ASD(自閉スペクトラム症)
- 診断時期:5歳
- エピソード当時の年齢:8歳(小学3年生)
合理的配慮を依頼しても平行線だった担任の先生
小学1、2年の時は、波はあれども先生方と相談し、学校へ通えていた息子。ですが、3年生になって風向きは変わりました。3年生の担任の先生との話し合いは、何度しても平行線で、合理的配慮を認めてくれなかったのです。
宿題の調整をお願いしても、「やればできる子なんだからもったいないですよ!」と、学校でやった「よくできた」というものの成果を見せられます。私は、「頑張ったらやるんですが、周りの子の倍のエネルギーが必要で、学校から帰ったらぐったりしているんです。1年生の時の癇癪がひどかったので、それがまた始まるんじゃないかと不安で……」と必死に訴えましたが、先生の態度は変わりませんでした。
さらに、欠席した分のドリルを休み時間にしていることが分かり、休憩時間は休ませてほしい、残ったドリルは長期休みやほかの時間で対応したいと伝えた際も、「周りの子もそうしているので、息子さんだけというのは特別扱いしているように映ってしまいますよ」。
私が「前の担任のA先生の時は配慮していただいたのですが、A先生はまだ校内にいらっしゃいますし、相談してもらえたりしませんか……?」と言うと「A先生も新しいクラスで大変ですから」と、聞いてもらえませんでした。
このような日々が続くと、朝、息子は緊張した顔で「行きたくない」と言うようになりました。毎朝全身をこわばらせ、硬直して「行きたくない」と訴える息子を見続けた私の心は決まりました。「私には息子の心を守る責任がある」と考えたら答えは一択でした。
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ポイントという名の小さな光
「もう、無理して学校に行かなくていいよ」。そう伝えた時の息子の表情は、安堵に満ちていました。私は「よく頑張ったね。頑張らせすぎてごめんね」と伝え、家を息子にとって安全でくつろげる場所にするための工夫を始めました。
心配だったのは、息子自身、学校へは行きたくないけれど「行けないことは怠けていることだ」と固く思っていること。
自己肯定感を下げないようにと思った私は、インターネット講座のペアレントトレーニングで学んだ「ポイント制」を試してみようと思いました。
これは、家の仕事や勉強をやるとポイントがたまるというものです。
例えば小学3年生の時は以下のようなものでした。
- 庭のみずやり5p
- 雑草を抜く5p
- 洗濯たたむ5p
- 洗濯の片づけ5p
- お風呂そうじ10p
- 朝学プリント15p
- 学校のドリル5問15p
- タブレットの通信教育15p
- 宿題45p
- お料理50p
- お母さんにコーヒーを淹れる50p
本人が気にしている「だらけているわけではないことの証明」として、家事のポイントを高く設定しました。「家が綺麗でお母さんが休憩して、お菓子を食べる時間があることは、息子が手伝ってくれるおかげだよ!」と心から感謝を伝えると息子はうれしそうににっこりしました。
また、わが家には3人の兄弟がいるのですが、全員に発達障害の診断があります。2人は頑張って学校へ毎日行っているところに、一人だけ「行かなくていい」という選択肢を許してもらえるというのは、子ども心に納得できるものなのだろうか?という葛藤が私にあったので、兄弟が本人に不登校について直接言わないように個別に説明しました。ポイントシステムもほかの2人バージョンも個別に設定しました。
このポイント制はわが家ではとてもうまくはまりました。
「家でだけでは得られない感情が学校にはある」と気づいてから
学校は休んでいても、外に出るきっかけとして習い事は続けていました。とはいえ、本当はやりたいけれど、身体が動かず見学だけしているときも多かったので、そのような姿を見るのが切なく感じるときもありました。
ある時のことです。学校外の活動で、ほかの学校の子と無邪気に遊ぶ機会がありました。その時息子がとても幸せそうに「楽しかった」と何度も言う姿を見たのです。悩みを忘れて楽しんでいる様子を見て、「この姿は本人が本当に望んでいる姿なんだ」と気づきました。「家で2人で過ごしたり、家族で遊びに行っても得られない感情が学校にはある」。
そう確信し、再び学校と向き合う決意をしました。
その時息子は小6になっていました。
今度は一人で抱え込まない。教育委員会へ
今度は一人で抱え込むのはやめよう、そう思い、まず教育委員会へ相談しました。すると発達に詳しい先生が来てくださいました。そして、小学校のスクールソーシャルワーカーの先生が中学校のスクールソーシャルワーカーの先生を繋げてくださり、お二方が相談して、息子をどのように受け入れるのか一緒に対策を考えてくれました。
また、市の相談員の方にいままでの不登校への流れを説明したところ、「先生と思いの共有ができてないように感じます」と言われ、ハッとしました。相談員の方は先生に伝わるように「氷山の一角として表出している困っていること」の捉え方や対策を考えてくださり、学校側に働きかけてくれたことで、ようやく合理的配慮の希望が届きやすくなったと感じました。
たくさんの方々が、息子が登校できるよう考えてくださいました。
そして、今中1となった息子は、毎日学校へ通えるようになったのです。
Upload By 志士ノまる
特別支援学級が軸に
息子は、現在特別支援学級に在籍しています。このクラスという「軸」できたことが、息子にとって大きな安心感に繋がっています。
息子は今も不安が強く、急なスケジュールの変更にはイライラしがちです。でも、最近では納得できるまでの時間が早くなってきました。
息子は非常に真面目で「すべてを話すことで、信頼してくれる」という関係性を大切にしています。私の話がブレると反発してくるという厳しさはありますが、それこそが息子の持つ誠実さなのだと感じています。
今、お子さんの登校に悩んでいる方へ。
わが家の登校のきっかけは、専門家の方々の助けでした。人との繋がりはしんどいこともあると思いますが、家族だけではなく周りにも是非一緒に考えてもらってください。自分の休憩を確保しつつ、もがくことが大切だと今も日々葛藤しながら過ごしています。
一人で抱え込まず、SOSを出すことで、新しい道が見えることを願っています。
イラスト/志士ノまる
エピソード参考/にし
息子さんの不登校や再登校までの道のり、そしてその中でのお母さまの葛藤や決断について、丁寧に共有してくださりありがとうございました。
登校がしんどくなってしまうお子さんは、それまで一見頑張れているように見えても、実際には、そのできている姿の裏で強い緊張や無理を重ね、心も身体も限界まで疲れ切ってしまっていることがあります。実際に「できているかどうか」だけでなく、「どれくらいの負担をかけながら頑張っているのか」を周囲が見極めることは、簡単ではないこともあります。だからこそ、お子さんから「つらい」「行きたくない」といった訴えがあったときには、その言葉の背景にある疲れや不安にも目を向けて、改めて状況を考えてみることが大切なのだと思います。
ご家族が、学校を休ませるという決断をされたことは、とても大きな勇気のいることだったと思います。学校に行けなくなることへの不安や葛藤もあったと思いますが、まずは安心して過ごせる環境を整えようとされたことが、息子さんにとって大切な回復の土台になったのだと思います。
登校が難しくなったお子さんの中には、自己肯定感の低下が目立つこともあり、その姿に胸を痛めるご家族も少なくありません。そのような中で、ポイント制を取り入れたことは、とても素敵な工夫だと思います。勉強だけではなく、家事や家族を支える行動にも価値があることを見える形で伝えたことで、「自分は頑張っている」「家族の役に立てている」という実感につながっていったのではないでしょうか。自己肯定感が下がりやすい不登校の時期には、「できていること」に目を向けて評価していく関わりは、とても大きな意味を持つと思います。
不登校の悩みは、ご家庭だけで抱えるにはとても大きいものです。担任の先生だけでなく、学校内であれば学年主任、養護教諭、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなど、外部であれば自治体の教育相談・子育て相談窓口、教育委員会の相談窓口、医療機関などで相談することで、より具体的な支援の手がかりが見つかることもあります。ご家族だけで頑張りすぎず、周囲の力を借りることも、大切な支援の一つだと思います。(監修:小児科医室伏佑香先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。