【小児科医 井上建先生】子どものつめ噛み、「やめさせる」ではなく「置き換える」。家庭で試せる3つの具体策/「こどものクセ外来」―小児科医による行動療法―
つめ噛みの正体と、行動療法に基づいた具体的な関わり方は?
「つめを噛むのをやめなさい!」と、つい何度も叱ってしまう。そんな毎日に、保護者の方も、そして何よりお子さん自身も疲れてはいないでしょうか。「愛情不足ではないか」「意志が弱いのではないか」と悩むことも多いと思います。実はつめ噛みは、その子なりに大切な役割を持って行われている「行動パターン」なのです。 新シリーズ「こどものクセ外来」の第1回は、獨協医科大学埼玉医療センターの井上建先生に、つめ噛みの正体と、行動療法に基づいた具体的な関わり方について執筆いただきました。
外来1:つめ噛みって治るの?
Upload By 井上 建
つめ噛みは、多くの子どもにみられる行動で20~30%にみられるとも報告されています。4~6歳頃から増え始め、思春期にかけて頻度が高くなり、その後は自然に減っていくことも多いとされています。一方で、大人になっても続く場合もあり、決して珍しいものではありません1)。
この行動は「悪いクセ」や「意志の弱さ」などと捉えられがちですが、実際には無意識に繰り返される“行動パターン”です。子ども自身も気づかないうちに行っていることが多く、「やめよう」と思っても簡単にはやめられません。実際、私が外来で相談を受けた患者さんの多くは、やめようとしてうまくいかなかった経験があり、それまでの苦労をお話ししてくださいます。
つめ噛みは、退屈なとき、不安を感じたとき、あるいは勉強などで集中しているときなど、特定の状況をきっかけに自然と生じます。こうした様子から、つめ噛みという行動は、子どもにとっては、緊張を和らげたり、気持ちを落ち着けたりする役割(=機能)を持っていることが分かります。つまり、つめ噛みは単なる困ったクセではなく、その子なりの意味を持った行動として理解することが大切です。
つめ噛みがなかなかやめられないのは、この行動が子どもにとって“役に立ってしまっている(=機能を持つ)”からです。たとえば、不安や緊張を感じたときに噛むことで気持ちが落ち着いたり、退屈なときにちょっとした刺激になったりします。
このように、つめ噛みは安心感や感覚的な満足をもたらす行動として繰り返され、結果として習慣として定着していきます。「やると少し楽になる」という経験によって強化(=また起きやすくなる)されるため、無意識のうちに続いてしまうのです2)。意識する前に起こることが多いため、本人も「やめたいのにやめられない」と感じやすくなります。
こうした中で、注意や叱責は必ずしも効果的ではありません。むしろ「またやってしまった」と意識させることでストレスが高まり、かえって行動が増えてしまうこともあります。親としてはやめさせたくなるのが自然ですが、叱責によっては逆に習慣を強めてしまうこともあるのです。
つめ噛みは「意志の問題」ではなく、「繰り返される仕組み」の中で起きている行動として理解することが大切です。
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つめ噛みへの対応・家庭と医療
つめ噛みへの対応では、「やめさせる」ことよりも、行動の機能を理解して関わり方を変えることが大切です。
まずは、いつ・どこで・どんなときに起きやすいのかを観察してみましょう。退屈なときなのか、不安な場面なのか、あるいは集中しているときなのか、きっかけ(=先行刺激)が分かると対応のヒントになります。
次に大切なのは、その行動を無理にやめるのではなく、代わりの行動を用意することです。たとえば、手を軽く握る、スクイーズなどの感覚刺激のおもちゃを使うなど、「つめ噛みの代わりにできること」をあらかじめ決めておきます。この「やめるのではなく置き換える」という考え方は、行動やクセを変えるために有効な行動療法的アプローチです。
つめ噛みは、無意識にやってしまうことも多いわけですから、置き換えるためには「気づく」必要があります。そのために、つめに印をつける、テープを貼る、つめをきれいに整えるなど、つめ噛みに気づきやすくする工夫も大切です。
また、声かけの際には叱責ではなく、「今気づけたね」「別のやり方できたね」といった形で、気づきや代わりの行動をできたことに目を向けてあげます。
小さな成功を積み重ねることが、行動を変えていく力になります。
家庭での対応だけでは改善が難しい場合や、症状が強い場合には、医療的な支援が役立つことがあります。まず大切なのは、つめ噛みそのものだけでなく、背景にある要因を評価することです。不安症やチック症、ADHD(注意欠如多動症)などが関係していることもあり、必要に応じてこうした併存症の評価を行います。さらに、日常生活への影響が大きい場合や、ほかの症状を伴う場合には、薬物療法が検討されることもあります。また、つめ噛みによって皮膚に傷ができると、そこから細菌感染を起こすことがあり、その場合には抗生剤による治療が必要になることもあります。つめ噛みは医療で相談できるテーマの一つであり、必要に応じて医療につながることも良い方法です。
つめ噛みは、単なる困ったクセではなく、その子なりの意味を持った行動です。
つめ噛みは、単なる困ったクセではなく、その子なりの意味を持った行動です。
ぜひ「やめるのではなく置き換える」という行動療法的アプローチを試してみてください。お子さんと保護者の方が安心して過ごせるよう、家族でできることから始めていきましょう。
※本稿では、行動療法の専門的な言葉は、できるだけ分かりやすく説明しながら紹介しています。
1) Lee, D. K., & Lipner, S. R. (2022). Update on diagnosis and management of onychophagia and onychotillomania. International journal of environmental research and public health, 19(6), 3392.
https://www.mdpi.com/1660-4601/19/6/3392
2) Ghanizadeh, A., & Shekoohi, H. (2011). Prevalence of nail biting and its association with mental health in a community sample of children. BMC research notes, 4(1), 116.
https://link.springer.com/article/10.1186/1756-0500-4-116
※この記事内のイラストは、AIの支援を受けて作成されました。記事の公開にあたっては、発達ナビ編集部が編集・校正・校閲を行っています。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。