お腹の風邪から嘔吐恐怖・パニック障害で不登校になった小4息子。心療内科、服薬、オンライン授業を活用し、再登校するまで【読者体験談】
【お子さんのプロフィール】
息子は、2歳児健診で発達障害の疑いを指摘されました。児童発達センターに週1回通い、小学校の就学相談を経て特別支援学級へ。現在は中学校の特別支援学級に通っています。今回のお話は、息子が小学4年生、10歳の時のことです。
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始まりは、お腹の風邪でした。症状に嘔吐があり、食欲もなくなっていた息子。最初は、「お腹の調子が悪いから、食欲もないだけかな」「すぐ治るだろう」と思っていたのですが、ある日、パパとお風呂に入っていた時、息子はパニックになりました。
その頃から、さらにご飯が喉を通らなくなっていきました。食べられるものは、1種類の菓子パンだけ。それ以外はほとんど食べられませんでした。
小学校にも、パニック発作が起きるかもしれないという恐怖で登校できなくなりました。学校にはオンライン授業で対応していただきました。
息子に何が起こっているのか、最初は本当に分かりませんでした。
身体の病気なのではないかと思い、とても不安でした。
大好きな車に乗っても、少し乗っただけでお腹が痛くなりました。突然の腹痛でコンビニのトイレに行っても、何も出ないことが増えました。
当時の私は「気持ちの問題かな」と少し軽く考えてしまったこともありました。今振り返ると、あの時もう少し寄り添ってあげていたら、パニック発作は出なかったかもしれない。そう思うと、後悔ばかりです。
何度か小児科を受診しましたが、身体に異常はなく、心療内科をすすめられました。
ただ、小児の心療内科は予約がとにかくいっぱいですぐに受診できず、最初に予約が取れたのは、小児専門ではなく大人も通う心療内科。それでも予約は2週間先でした。
同時進行で、学校のスクールカウンセラーにも相談しました。そこで、小児の心療内科も同時に予約しておくことを教えていただき、小児の心療内科は、1か月後に受診することができました。
受診までの間、私はインターネットで息子の症状を検索しました。
そこで初めて、パニック障害のことを知りました。
息子はパニック障害なのかもしれない……私はそう思うようになりました。
そんな中、祖父が亡くなり、私たちはお葬式に参列。
服薬後、少しずつ戻ってきた息子の顔色に安堵。不登校期間、家で心がけたこと
心療内科を受診すると、パニック障害、嘔吐恐怖症と診断され、漢方の半夏厚朴湯の服用を始めることになりました。
この薬は息子に合っていたようで、少しずつご飯も食べられるようになり、眠れる時間も長くなっていきました。顔色が元に戻ってきた時は、感無量でした。
ただ、よくなってきたとはいえ、本当に少しずつ、一歩一歩歩んで行く形でした。
まず家で気をつけていたのは、動悸が出ないように、できるだけゆっくり過ごすことです。
呼吸法や姿勢にも気をつけました。午前中は少し外に出て太陽を浴びるようにしました。
息子が大好きだったドライブは、まずは15分だけ乗ってみて、大丈夫ならもう少し時間を増やす。少しでも動悸が出たら車を止めて、落ち着くまで待つ、を繰り返しました。
半年で「学校に行きたいな」と思えるように!おさまった発作、でも完治ではなく……
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学校へ行けなかった期間も、オンライン授業には参加し続けていました。わが家は参加してよかったと思っています。ずっと家にいると、息子も時間を持て余してしまい、不安がもっと強くなっていたかもしれません。
受診から6か月後、息子は「学校に行きたいな」と言い、学校にも短時間参加できるようになりました。そして1年後には通常通学ができるように!この頃は発作もなく、服薬も終わることになりました。
それでも、パニック発作が完全になくなったわけではありませんでした。
中学1年生の時です。給食で牛乳を2本飲んで気持ちが悪くなり、軽い発作が出ました。
息子の対処法は、動悸や恐怖、気持ち悪さが出たときには、静かな場所で深呼吸を続けることです。水を飲んで30分くらいで落ち着いてくるので、焦らず、呼吸を続けること。
これをすることで、発作手前で気持ちを立て直せることも増えてきました。小学生の時の経験が活かせました。
不安なことも増えていくと思うけれど……。息子が安心して、幸せに生活できるように
息子は現在12歳です。境界知能でもあり、成長はゆっくりです。これから勉強も難しくなっていきます。息子が不安になることも、きっと増えていくと思います。親である私も、正直不安です。
それでも、あの1年を経て、息子が少しずつ食べられるようになり、眠れるようになり、学校に戻っていけたことは、私にとって大きな経験でした。
願っているのは、息子が安心して、幸せに生活できるようになることです。そのために、息子、そして私たち家族もできることを少しずつ増やしていけたらと思っています。
イラスト/ネコ山
エピソード提供/RIKUhahav
お子さんの突然の不調から、少しずつ回復していくまでを丁寧に聞かせてくださり、ありがとうございます。ご飯が食べられなくなり、体重が減り、学校にも行けなくなっていく様子を目の当たりにする、保護者の方にとってどれほど不安で苦しい時間だったことでしょう。まずは、その長い期間をお子さんとともに歩んでこられたことに心から敬意を表したいと思います。
パニック発作や嘔吐恐怖症は、決して珍しいものではありません。特に不安を感じやすかったり、一度怖い経験をすると強く記憶に残りやすかったりするタイプのお子さんは、身体症状として現れることが少なくありません。また、「動悸がする」「気持ち悪い」「お腹が痛い」などの症状は本人にとって非常に切実で、体調の変化が不安を呼んで悪循環に陥るということはあるものです。
記事の中で筆者さんは「あの時もう少し寄り添っていれば」と振り返られていますが、保護者の対応だけで発症を防げたとは言えません。突然の食欲低下や体重減少があれば、まず身体の病気を心配するのは当然のことですし、何が起きているのか分からず戸惑うのは、多くの保護者が経験することです。ご自身を責める必要はないと思います。
また、回復が「少し良くなって、また不安になる」を繰り返しながら進んでいったことも、とても大切なメッセージだと感じました。パニック症状は、一度良くなっても環境変化や体調不良をきっかけに再び症状が現れることがあります。しかし、記事にあるように、発作時の対処法を本人や周囲が共有し、「発作が起きても対処できる」という経験を積み重ねることで、不安は少しずつ小さくなっていきます。
学校のオンライン授業やスクールカウンセラー、医療機関など、さまざまな支援につながりながら、お子さんのペースを尊重して回復を待たれたご家族の関わりは、多くのご家庭の参考になると感じました。(監修:小児科医新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。
- 年齢:12歳
- 診断名:境界知能、パニック障害(パニック症)、嘔吐恐怖症
- 診断時期:7歳、10歳
- 性格:明るく、車と飛行機の話が大好き。長い説明を聞く場合、途中で理解が難しいこともあります
- エピソード当時の年齢:10歳(小学4年生)
「死ぬんじゃないかと思うくらいの動悸」が。嘔吐恐怖からパニック発作が始まった小学4年生の息子
息子は、2歳児健診で発達障害の疑いを指摘されました。児童発達センターに週1回通い、小学校の就学相談を経て特別支援学級へ。現在は中学校の特別支援学級に通っています。今回のお話は、息子が小学4年生、10歳の時のことです。
Upload By ユーザー体験談
始まりは、お腹の風邪でした。症状に嘔吐があり、食欲もなくなっていた息子。最初は、「お腹の調子が悪いから、食欲もないだけかな」「すぐ治るだろう」と思っていたのですが、ある日、パパとお風呂に入っていた時、息子はパニックになりました。
息子曰く「死ぬんじゃないかと思うくらいの動悸」に襲われたそうなのです。
その頃から、さらにご飯が喉を通らなくなっていきました。食べられるものは、1種類の菓子パンだけ。それ以外はほとんど食べられませんでした。
小学校にも、パニック発作が起きるかもしれないという恐怖で登校できなくなりました。学校にはオンライン授業で対応していただきました。
息子に何が起こっているのか、最初は本当に分かりませんでした。
身体の病気なのではないかと思い、とても不安でした。
ご飯も食べられず、体重も減り、顔色も悪くなっていく。親としてとても怖かったです。
大好きな車に乗っても、少し乗っただけでお腹が痛くなりました。突然の腹痛でコンビニのトイレに行っても、何も出ないことが増えました。
当時の私は「気持ちの問題かな」と少し軽く考えてしまったこともありました。今振り返ると、あの時もう少し寄り添ってあげていたら、パニック発作は出なかったかもしれない。そう思うと、後悔ばかりです。
心療内科受診までにインターネット検索で見つけた病名は「パニック障害(パニック症)」
何度か小児科を受診しましたが、身体に異常はなく、心療内科をすすめられました。
ただ、小児の心療内科は予約がとにかくいっぱいですぐに受診できず、最初に予約が取れたのは、小児専門ではなく大人も通う心療内科。それでも予約は2週間先でした。
同時進行で、学校のスクールカウンセラーにも相談しました。そこで、小児の心療内科も同時に予約しておくことを教えていただき、小児の心療内科は、1か月後に受診することができました。
受診までの間、私はインターネットで息子の症状を検索しました。
そこで初めて、パニック障害のことを知りました。
息子はパニック障害なのかもしれない……私はそう思うようになりました。
そんな中、祖父が亡くなり、私たちはお葬式に参列。
息子はこの時、初めて「死」を意識したのだと思います。お葬式後から死への恐怖が溢れているようでした。このことも、パニック発作につながってしまったのかもしれないと感じています。
服薬後、少しずつ戻ってきた息子の顔色に安堵。不登校期間、家で心がけたこと
心療内科を受診すると、パニック障害、嘔吐恐怖症と診断され、漢方の半夏厚朴湯の服用を始めることになりました。
この薬は息子に合っていたようで、少しずつご飯も食べられるようになり、眠れる時間も長くなっていきました。顔色が元に戻ってきた時は、感無量でした。
ただ、よくなってきたとはいえ、本当に少しずつ、一歩一歩歩んで行く形でした。
まず家で気をつけていたのは、動悸が出ないように、できるだけゆっくり過ごすことです。
オンライン授業も、無理に長く参加するのではなく、15分おきに休んだり、息子が参加したいときだけにしました。
呼吸法や姿勢にも気をつけました。午前中は少し外に出て太陽を浴びるようにしました。
息子が大好きだったドライブは、まずは15分だけ乗ってみて、大丈夫ならもう少し時間を増やす。少しでも動悸が出たら車を止めて、落ち着くまで待つ、を繰り返しました。
半年で「学校に行きたいな」と思えるように!おさまった発作、でも完治ではなく……
Upload By ユーザー体験談
学校へ行けなかった期間も、オンライン授業には参加し続けていました。わが家は参加してよかったと思っています。ずっと家にいると、息子も時間を持て余してしまい、不安がもっと強くなっていたかもしれません。
オンライン授業を通して、学校の雰囲気を感じられたこと。友だちや先生が気にかけてくれたこと。その積み重ねが比較的スムーズな再登校へ繋がったのではないかと思います。
受診から6か月後、息子は「学校に行きたいな」と言い、学校にも短時間参加できるようになりました。そして1年後には通常通学ができるように!この頃は発作もなく、服薬も終わることになりました。
それでも、パニック発作が完全になくなったわけではありませんでした。
中学1年生で再びパニック発作が。先生方と共有した発作時の対処法
中学1年生の時です。給食で牛乳を2本飲んで気持ちが悪くなり、軽い発作が出ました。
そこで、一度服用をやめていた半夏厚朴湯を再度飲み始め、発作が出たときの対処法を、先生方、息子自身にも伝えて、覚えてもらうようにしました。
息子の対処法は、動悸や恐怖、気持ち悪さが出たときには、静かな場所で深呼吸を続けることです。水を飲んで30分くらいで落ち着いてくるので、焦らず、呼吸を続けること。
これをすることで、発作手前で気持ちを立て直せることも増えてきました。小学生の時の経験が活かせました。
不安なことも増えていくと思うけれど……。息子が安心して、幸せに生活できるように
息子は現在12歳です。境界知能でもあり、成長はゆっくりです。これから勉強も難しくなっていきます。息子が不安になることも、きっと増えていくと思います。親である私も、正直不安です。
それでも、あの1年を経て、息子が少しずつ食べられるようになり、眠れるようになり、学校に戻っていけたことは、私にとって大きな経験でした。
願っているのは、息子が安心して、幸せに生活できるようになることです。そのために、息子、そして私たち家族もできることを少しずつ増やしていけたらと思っています。
イラスト/ネコ山
エピソード提供/RIKUhahav
お子さんの突然の不調から、少しずつ回復していくまでを丁寧に聞かせてくださり、ありがとうございます。ご飯が食べられなくなり、体重が減り、学校にも行けなくなっていく様子を目の当たりにする、保護者の方にとってどれほど不安で苦しい時間だったことでしょう。まずは、その長い期間をお子さんとともに歩んでこられたことに心から敬意を表したいと思います。
パニック発作や嘔吐恐怖症は、決して珍しいものではありません。特に不安を感じやすかったり、一度怖い経験をすると強く記憶に残りやすかったりするタイプのお子さんは、身体症状として現れることが少なくありません。また、「動悸がする」「気持ち悪い」「お腹が痛い」などの症状は本人にとって非常に切実で、体調の変化が不安を呼んで悪循環に陥るということはあるものです。
記事の中で筆者さんは「あの時もう少し寄り添っていれば」と振り返られていますが、保護者の対応だけで発症を防げたとは言えません。突然の食欲低下や体重減少があれば、まず身体の病気を心配するのは当然のことですし、何が起きているのか分からず戸惑うのは、多くの保護者が経験することです。ご自身を責める必要はないと思います。
また、回復が「少し良くなって、また不安になる」を繰り返しながら進んでいったことも、とても大切なメッセージだと感じました。パニック症状は、一度良くなっても環境変化や体調不良をきっかけに再び症状が現れることがあります。しかし、記事にあるように、発作時の対処法を本人や周囲が共有し、「発作が起きても対処できる」という経験を積み重ねることで、不安は少しずつ小さくなっていきます。
学校のオンライン授業やスクールカウンセラー、医療機関など、さまざまな支援につながりながら、お子さんのペースを尊重して回復を待たれたご家族の関わりは、多くのご家庭の参考になると感じました。(監修:小児科医新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。