ASD・不登校からの中学選び。特別支援学級?通常学級?息子が「自分で進路を決断できた」理由【読者体験談】
お子さんのプロフィール
息子は幼い頃から不安が強く、幼稚園の頃から行き渋りがありました。行事や予定変更があると、朝から泣き叫ぶこともありました。
小学校の就学相談を控えた頃、各所に相談したところ、
幼稚園のスクールカウンセラー:「通常学級でも行けないことはないが、不安が強いから、安心できるまで特別支援学級のほうが良いのでは」
幼稚園の担任の先生:「本人にタイミングがあるので、集団のスケジュールに間に合わない、ズレることもある。通常学級は大変かも」
療育の先生:「通常学級でもいいが、相当がんばらないといけない」
これは親子ともに相当しんどそうだと思い、小学校は「まずは学校が楽しいと思ってもらうこと」を優先して、特別支援学級に入学しました。
小学校生活は、工夫の連続でした。
食べたことのない給食のメニューがあること、時間内に食べきれないかもしれないこと、避難訓練のサイレン、水泳の着替え、移動教室、運動会の練習……一つひとつが息子にとって大きな不安でした。
朝、登校を嫌がる息子を前に、私も「過保護と思われたくない」「休ませることに罪悪感がある」という気持ちで、無理に連れて行こうとしていた時期がありました。休ませることも多かったのですが、「なんのためにここまでしているのか」とつらくなり、私自身が「朝が来るのが嫌だ」と眠れなくなるほど悩みました。
それでも、前年度の行事の写真や動画を見せて予習したり、安心できるお守りを持たせたり、本人が「何時間目から行く」「給食は食べない」などを選べるようにしたりすることで、少しずつ見通しを持てる場面も増えていきました。
「あの子が行く中学には行かない」不登校が進路を考えるきっかけに
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4年生の頃、特別支援学級の上級生との間でトラブルがありました。上級生が息子を気に入り、嫌がっても近づいてくる状態が続いたのです。息子は、予期せぬタイミングで距離を詰められたり触れられたりすることに強いストレス感じ、学校生活で不安感を覚えることが多くなりました。学校でトイレに行きづらくなったり、登下校中も不意に声をかけられたりしないかなど、周りを警戒したりするようになりました。先生方も対応してくれましたが、状況はなかなか落ち着きません。
ある日、息子が相手の手を振り払った際に、相手の顔をひっかいてしまいました。そのことで「どんなときも暴力はダメ」と先生に怒られたことが引き金になり、息子は完全に不登校になりました。そうしたことも重なり、家族でも話し合って、その上級生が卒業するまで休ませることにしました。
その頃から息子は、「上級生が進学する中学校には、僕は絶対に行かない」と言うようになりました。
この言葉をきっかけに、わが家は中学進路について早めに考え始めました。
5年生になると、上級生が卒業したことで息子は再登校できるようになりました。
私は中学進路については、学区外の特別支援学級、学区の通常学級、私立、不登校向けの選択肢など、できる限り情報を集めました。教育委員会やスクールカウンセラー、発達相談センターにも相談しましたが、調べれば調べるほど迷いました。
自閉症・情緒障害特別支援学級に入るにはどうしたらいいのか。
通常学級と通級指導教室がいいのか。
そもそも息子は特別支援学級の対象になるのか。
検査結果にも揺れました。5年生で受けた田中ビネー検査では「分野によっては平均よりかなり高い」と言われたのですが、一方でWISCの結果ではまた別の数字が出て、手放しで通常学級に行かせるのは怖いと感じました。
WISCを担当した先生からは、「コミュニケーションがしっかり取れるので、自閉症・情緒障害特別支援学級はすすめない。本人が行きたい進路があるなら挑戦させるのも一手」と言われました。
ただし、「本人は視野が狭いところも見受けられるので、保護者が常に次の手段を探しておくこと。
息子は電車が大好きです。不登校の時期も、電車系の番組や本をよく見ていました。その中で、鉄道について学べる高校の存在を知り、「電車について学べる高校に行きたい!」と言うようになりました。
それまで私は、漠然と「中学まで特別支援学級、その後は通信制の高校や大学に進学し、将来は障害者雇用なのかな」と考えていました。
でも、本人の中に「行きたい学校」ができました。
その高校に問い合わせると、「特別支援学級からの受け入れ実績はないが、交流級でほぼ過ごしていた生徒が入学し、現在は就職して活躍している。
それなら、ダメ元でも受験できるように、内申書のある通常学級に在籍しておく必要があるのではないか。もし高校に入学できたときのためにも、中学のうちに通常学級に慣れておいたほうがいいのではないか。
そう考えるようになりました。
6年生になると、息子は学校生活を楽しめるようになり、行き渋りが嘘のように毎日登校するようになりました。友だちと下校し、授業にも前向きに参加。委員会やクラブ活動でも活躍するようになりました。
目標ができたことで、息子は勉強にも学校生活にも前向きになっていったように感じます。
「この中学にする!」本人が選んだ通常学級への挑戦
中学校は、学区外の特別支援学級がある学校に通うか、学区の通常学級に通うかで迷いました。
本人と一緒に見学を重ねました。学区外の特別支援学級がある学校は大規模校でした。一方、近所の中学校は小規模で、1クラスの人数も多すぎず、家から近いため私も相談しやすい環境でした。
特別支援学級のある中学校を見学した際、支援に詳しい先生からは、「本人の希望もあるし、しっかり受け答えできているので通常学級へ挑戦したほうがいい。特別支援学級への転籍は入学後でもできるから」と言われました。
スクールカウンセラーからも、「通常学級に挑戦するのは中学入学のタイミングがベスト。
最終的には、見学を重ねる中で、本人が
「この中学にする!」
と近所の中学校の通常学級に決めました。
担任の先生からは「今は本人が学校で困ることも、教師側が支援で困ることもありませんよ。本人が前向きに進路のことを考えています。私たちは応援しています」と言われました。
こんなことを言われる日が来るとは思っていなかったので、本当にうれしかったです。
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憧れの放送委員に。通常学級で始まった中学生活
中学入学前には、起こりそうな困りごとを中学校側に書面で提出しました。
給食当番への不安、体育の着替え、板書のカメラ撮影、パニック時のクールダウン場所、本人が早退を希望したときの対応など、相談する可能性があることは事前に共有しました。
現在、息子は通常学級で毎日楽しく登校しています。憧れだった放送委員にもなり、科学部にも入部しました。授業にも前向きに参加し、挙手して発言もできています。
もちろん、課題がないわけではありません。
小テストの範囲があることを知らなかったり、ノートの使い方が分からなかったり、できているようで聞き漏らしていたりすることもあります。小テストでは、時間延長が逆に「終わりが見えない」不安につながり、泣いてしまったこともありました。
それでも、先生と相談しながら、別室でのクールダウンや定期テストの受け方などを調整しています。
小学校とは違う問題が、中学校でもきっと起きると思います。けれど、1年生のうちにトライ&エラーを繰り返して乗り越えていこうと、担任の先生とも共有しています。
本人の希望を大事にしながら、親は「次の手段」も持っておく
どうしても通常学級を目指そうと思っていたわけではありません。ですが、本人に目標ができ、そこから成長していく姿を見て、私も「通常学級でもなんとかなるかもしれない。慣れるまではサポートをたくさんして、それでもダメだったらまた考えよう」と思えるようになりました。
今も、受験が本当にできるかどうかは分かりません。でも、どこまでやれるかに挑戦中です。
本人の希望を大事にしながら、親は常に次の手段も探しておく。そんな形で、これからも親子で進んでいけたらと思います。
イラスト/SAKURA
エピソード参考/Y
中学進路という大きな選択について、ご家族で悩み、考え、何度も話し合いを重ねてこられた経過を丁寧に聞かせてくださりありがとうございます。幼少期から不安が強く、行きしぶりや不登校を経験されたお子さんが、自分の目標を見つけ、進路を主体的に選んでいく姿に大きな成長を感じました。
特別支援学級、通常学級、通級指導教室の対象や運用、転籍のしやすさ、高校受験における内申の扱いなどは、地域や時代によってかなり異なります。そのため、本記事で紹介されている内容が、そのまますべての地域に当てはまるわけではありません。実際に進路を考える際には、お住まいの自治体の教育委員会や学校、支援機関と十分に相談しながら検討していただけますようお願いいたします。
今回の体験談で特に印象的だったのは、低学年の頃から、お子さんの不安に丁寧に寄り添いながら、「どのように参加するか」「何時間目から行くか」「休むかどうか」といった選択肢を、お子さん自身が選べるようにしてこられたことです。 発達特性のあるお子さんの中には、周囲に合わせようと無理を重ね、過剰適応の状態になってしまう方も少なくありません。その点、息子さんは幼い頃から「自分は何に困るのか」「どのような環境なら安心して過ごせるのか」を周囲と一緒に考え、その都度、自分に合った方法を選ぶ経験を積み重ねてこられました。こうした経験の積み重ねが、「無理をし続ける」のではなく、「必要な支援を受けながら、自分に合ったやり方を選ぶ」という大切なスキルにつながったのではないでしょうか。
また、「電車について学びたい」という明確な目標ができたことも大きかったですね。目標ができたことで、学校生活や学習への意欲が高まり、自分で進路を選び取っていく力につながっていった様子が伝わってきました。
現在も通常学級で必要な配慮を受けながら、安心して学校生活を送れているのは、ご本人の努力だけではなく、ご家族と学校が早い段階から信頼関係を築き、「困ったときには調整してよい」という共通認識を持てているからこそなのでしょう。「本人の希望を大切にしながら、親は次の手段も探しておく」という筆者さんの姿勢は、進路選択に悩む多くのご家庭にとって、大きなヒントになると感じました。(監修:小児科医新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
- 年齢:12歳ASD(自閉スペクトラム症)、DCD(発達性協調運動症)
- 診断時期:4歳でASD(自閉スペクトラム症)傾向あり→7歳で確定
- エピソード当時の年齢:10~12歳
- 性格:電車好き。不安が強いが明るい。クラスではムードメーカー
「学校が楽しい」と思ってほしくて選んだ特別支援学級
息子は幼い頃から不安が強く、幼稚園の頃から行き渋りがありました。行事や予定変更があると、朝から泣き叫ぶこともありました。
小学校の就学相談を控えた頃、各所に相談したところ、
幼稚園のスクールカウンセラー:「通常学級でも行けないことはないが、不安が強いから、安心できるまで特別支援学級のほうが良いのでは」
幼稚園の担任の先生:「本人にタイミングがあるので、集団のスケジュールに間に合わない、ズレることもある。通常学級は大変かも」
療育の先生:「通常学級でもいいが、相当がんばらないといけない」
これは親子ともに相当しんどそうだと思い、小学校は「まずは学校が楽しいと思ってもらうこと」を優先して、特別支援学級に入学しました。
母自身が「朝が来るのが嫌だ」と思うほど、不安の多かった息子
小学校生活は、工夫の連続でした。
食べたことのない給食のメニューがあること、時間内に食べきれないかもしれないこと、避難訓練のサイレン、水泳の着替え、移動教室、運動会の練習……一つひとつが息子にとって大きな不安でした。
朝、登校を嫌がる息子を前に、私も「過保護と思われたくない」「休ませることに罪悪感がある」という気持ちで、無理に連れて行こうとしていた時期がありました。休ませることも多かったのですが、「なんのためにここまでしているのか」とつらくなり、私自身が「朝が来るのが嫌だ」と眠れなくなるほど悩みました。
それでも、前年度の行事の写真や動画を見せて予習したり、安心できるお守りを持たせたり、本人が「何時間目から行く」「給食は食べない」などを選べるようにしたりすることで、少しずつ見通しを持てる場面も増えていきました。
「あの子が行く中学には行かない」不登校が進路を考えるきっかけに
4年生の頃、特別支援学級の上級生との間でトラブルがありました。上級生が息子を気に入り、嫌がっても近づいてくる状態が続いたのです。息子は、予期せぬタイミングで距離を詰められたり触れられたりすることに強いストレス感じ、学校生活で不安感を覚えることが多くなりました。学校でトイレに行きづらくなったり、登下校中も不意に声をかけられたりしないかなど、周りを警戒したりするようになりました。先生方も対応してくれましたが、状況はなかなか落ち着きません。
ある日、息子が相手の手を振り払った際に、相手の顔をひっかいてしまいました。そのことで「どんなときも暴力はダメ」と先生に怒られたことが引き金になり、息子は完全に不登校になりました。そうしたことも重なり、家族でも話し合って、その上級生が卒業するまで休ませることにしました。
その頃から息子は、「上級生が進学する中学校には、僕は絶対に行かない」と言うようになりました。
この言葉をきっかけに、わが家は中学進路について早めに考え始めました。
学区外の特別支援学級、学区の通常学級、私立……調べるほど分からなくなった就学相談
5年生になると、上級生が卒業したことで息子は再登校できるようになりました。
私は中学進路については、学区外の特別支援学級、学区の通常学級、私立、不登校向けの選択肢など、できる限り情報を集めました。教育委員会やスクールカウンセラー、発達相談センターにも相談しましたが、調べれば調べるほど迷いました。
自閉症・情緒障害特別支援学級に入るにはどうしたらいいのか。
通常学級と通級指導教室がいいのか。
そもそも息子は特別支援学級の対象になるのか。
検査結果にも揺れました。5年生で受けた田中ビネー検査では「分野によっては平均よりかなり高い」と言われたのですが、一方でWISCの結果ではまた別の数字が出て、手放しで通常学級に行かせるのは怖いと感じました。
WISCを担当した先生からは、「コミュニケーションがしっかり取れるので、自閉症・情緒障害特別支援学級はすすめない。本人が行きたい進路があるなら挑戦させるのも一手」と言われました。
ただし、「本人は視野が狭いところも見受けられるので、保護者が常に次の手段を探しておくこと。
不登校になる前に動くのが大事」とも言われました。この言葉は、今も印象に残っています。
「電車が学べる高校に行きたい!」好きなものが息子の背中を押した
息子は電車が大好きです。不登校の時期も、電車系の番組や本をよく見ていました。その中で、鉄道について学べる高校の存在を知り、「電車について学べる高校に行きたい!」と言うようになりました。
それまで私は、漠然と「中学まで特別支援学級、その後は通信制の高校や大学に進学し、将来は障害者雇用なのかな」と考えていました。
でも、本人の中に「行きたい学校」ができました。
その高校に問い合わせると、「特別支援学級からの受け入れ実績はないが、交流級でほぼ過ごしていた生徒が入学し、現在は就職して活躍している。
ただし内申書は必要。実力があれば大丈夫」と教えていただきました。
それなら、ダメ元でも受験できるように、内申書のある通常学級に在籍しておく必要があるのではないか。もし高校に入学できたときのためにも、中学のうちに通常学級に慣れておいたほうがいいのではないか。
そう考えるようになりました。
6年生になると、息子は学校生活を楽しめるようになり、行き渋りが嘘のように毎日登校するようになりました。友だちと下校し、授業にも前向きに参加。委員会やクラブ活動でも活躍するようになりました。
目標ができたことで、息子は勉強にも学校生活にも前向きになっていったように感じます。
「この中学にする!」本人が選んだ通常学級への挑戦
中学校は、学区外の特別支援学級がある学校に通うか、学区の通常学級に通うかで迷いました。
本人と一緒に見学を重ねました。学区外の特別支援学級がある学校は大規模校でした。一方、近所の中学校は小規模で、1クラスの人数も多すぎず、家から近いため私も相談しやすい環境でした。
特別支援学級のある中学校を見学した際、支援に詳しい先生からは、「本人の希望もあるし、しっかり受け答えできているので通常学級へ挑戦したほうがいい。特別支援学級への転籍は入学後でもできるから」と言われました。
スクールカウンセラーからも、「通常学級に挑戦するのは中学入学のタイミングがベスト。
中学在学中の特別支援学級から通常学級への転級はかなり難しい。逆は結構チャンスがある」と言われました。
最終的には、見学を重ねる中で、本人が
「この中学にする!」
と近所の中学校の通常学級に決めました。
担任の先生からは「今は本人が学校で困ることも、教師側が支援で困ることもありませんよ。本人が前向きに進路のことを考えています。私たちは応援しています」と言われました。
こんなことを言われる日が来るとは思っていなかったので、本当にうれしかったです。
Upload By ユーザー体験談
憧れの放送委員に。通常学級で始まった中学生活
中学入学前には、起こりそうな困りごとを中学校側に書面で提出しました。
給食当番への不安、体育の着替え、板書のカメラ撮影、パニック時のクールダウン場所、本人が早退を希望したときの対応など、相談する可能性があることは事前に共有しました。
現在、息子は通常学級で毎日楽しく登校しています。憧れだった放送委員にもなり、科学部にも入部しました。授業にも前向きに参加し、挙手して発言もできています。
もちろん、課題がないわけではありません。
小テストの範囲があることを知らなかったり、ノートの使い方が分からなかったり、できているようで聞き漏らしていたりすることもあります。小テストでは、時間延長が逆に「終わりが見えない」不安につながり、泣いてしまったこともありました。
それでも、先生と相談しながら、別室でのクールダウンや定期テストの受け方などを調整しています。
小学校とは違う問題が、中学校でもきっと起きると思います。けれど、1年生のうちにトライ&エラーを繰り返して乗り越えていこうと、担任の先生とも共有しています。
本人の希望を大事にしながら、親は「次の手段」も持っておく
どうしても通常学級を目指そうと思っていたわけではありません。ですが、本人に目標ができ、そこから成長していく姿を見て、私も「通常学級でもなんとかなるかもしれない。慣れるまではサポートをたくさんして、それでもダメだったらまた考えよう」と思えるようになりました。
今も、受験が本当にできるかどうかは分かりません。でも、どこまでやれるかに挑戦中です。
本人の希望を大事にしながら、親は常に次の手段も探しておく。そんな形で、これからも親子で進んでいけたらと思います。
イラスト/SAKURA
エピソード参考/Y
中学進路という大きな選択について、ご家族で悩み、考え、何度も話し合いを重ねてこられた経過を丁寧に聞かせてくださりありがとうございます。幼少期から不安が強く、行きしぶりや不登校を経験されたお子さんが、自分の目標を見つけ、進路を主体的に選んでいく姿に大きな成長を感じました。
特別支援学級、通常学級、通級指導教室の対象や運用、転籍のしやすさ、高校受験における内申の扱いなどは、地域や時代によってかなり異なります。そのため、本記事で紹介されている内容が、そのまますべての地域に当てはまるわけではありません。実際に進路を考える際には、お住まいの自治体の教育委員会や学校、支援機関と十分に相談しながら検討していただけますようお願いいたします。
今回の体験談で特に印象的だったのは、低学年の頃から、お子さんの不安に丁寧に寄り添いながら、「どのように参加するか」「何時間目から行くか」「休むかどうか」といった選択肢を、お子さん自身が選べるようにしてこられたことです。 発達特性のあるお子さんの中には、周囲に合わせようと無理を重ね、過剰適応の状態になってしまう方も少なくありません。その点、息子さんは幼い頃から「自分は何に困るのか」「どのような環境なら安心して過ごせるのか」を周囲と一緒に考え、その都度、自分に合った方法を選ぶ経験を積み重ねてこられました。こうした経験の積み重ねが、「無理をし続ける」のではなく、「必要な支援を受けながら、自分に合ったやり方を選ぶ」という大切なスキルにつながったのではないでしょうか。
また、「電車について学びたい」という明確な目標ができたことも大きかったですね。目標ができたことで、学校生活や学習への意欲が高まり、自分で進路を選び取っていく力につながっていった様子が伝わってきました。
現在も通常学級で必要な配慮を受けながら、安心して学校生活を送れているのは、ご本人の努力だけではなく、ご家族と学校が早い段階から信頼関係を築き、「困ったときには調整してよい」という共通認識を持てているからこそなのでしょう。「本人の希望を大切にしながら、親は次の手段も探しておく」という筆者さんの姿勢は、進路選択に悩む多くのご家庭にとって、大きなヒントになると感じました。(監修:小児科医新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。