就学前に名前が書けず、漢字練習で涙…読み書きが苦手な息子が、取り出し授業や療育で「自分に合う勉強法」を見つけるまで【読者体験談】
お子さんのプロフィール
息子の読み書きについて最初に「あれ?」と思ったのは、小学校入学前のことでした。
保育園には小学校受験をする子もいて、周りの子たちは読み書きが当たり前のようにできていました。そんな中、息子は「〇〇ちゃんに名前を書いてもらった〜」とのんきに話していました。
私はその時、「小学校に上がったら習うから、まあいいか」と思っていました。けれど、入学してからも自分の名前を書くのがまだ怪しい状態で、「やっぱり苦手なのかもしれない」と感じるようになりました。
ただ、当時は強い不安というよりも、「この先、勉強が難しくなると本人も私も大変かもしれない」という予感に近いものでした。
小学校に入学して初めての個別面談で、先生から「よろしければ週1回1時間だけ、取り出し授業(通常学級に在籍しながら、一部の授業を別の教室で受ける指導)を受けませんか?」と提案されました。とてもありがたい提案だったので、「ぜひお願いしたいです!」と伝えました。
取り出し授業は主に算数のサポートでした。クラス替えや担任の先生の交代があっても、息子のことは先生方の間で申し送りされていたようで、この週1回の支援は小学校を卒業するまで続きました。
親としては、学校の中に息子の苦手さを分かってくれる先生がいることが、とても心強かったです。
宿題は親子で泣くほど大変……。学習障害という言葉を知り、相談先を探すように
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学校で配慮を受けていた一方で、家庭での宿題は本当に大変でした。
特につらかったのは、国語の漢字練習や、算数の筆算など、たくさん書かなければならない宿題です。1年生の頃からとにかく時間がかかり、親子で泣きながら取り組んだことも何度もありました。
夫が教えようとすると、息子は激しくやる気を失ってしまいます。結局、私が見るしかありませんでした。
弟は悪くありません。けれど、息子の気持ちも守りたい。弟をなだめ、息子を励まし、宿題を終わらせる。そんな毎日に、私自身もかなり消耗していました。
しばらくは、学校の取り出し授業に基本的にはお任せしていました。
一度だけプリント学習教室の体験にも行きましたが、息子は絶賛拒否。そのまま数年が過ぎました。
小学3年生の冬頃、周りの子たちが中学受験モードに入り始めました。その様子を見た私は、「このままでいいのかな」と感じるようになりました。
インターネットで調べるうちに、「学習障害(LD・SLD/限局性学習症)」という言葉を初めて知りました。そこで発達ナビのメールマガジンも読むようになり、少しずつ情報を集めていきました。
近所の発達障害外来に相談しようとしたこともあります。でも、「もっと支援が必要な方がいるから」と予約はできませんでした。
その後も、個人面談のたびに学校の先生へ相談を続けました。
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小学5年生になっても、漢字はなかなか覚えられませんでした。
そんな時、個別面談で担任の先生から「発達障害者支援センターに相談してみては」と言われました。学年が上がっても息子のことが先生方に申し送りされていたからこそ、担任の先生も息子の苦手さに対して判断ができたのだと思います。
その日のうちにセンターへ電話をし、半年後の予約を取りました。その後、数回の面談や検査を経て、受給者証を取得。3か月限定で療育を受けることになりました。
家族にも息子本人にも、療育を受けることへの抵抗はありませんでした。
支援センターには、週1回通いました。
療育で主に取り組んだのは、漢字の書き取りです。ただし、やみくもに練習するのではなく、今学校で使っている単元や、これから小テストに出る漢字を抜粋し、息子が覚えやすいように工夫して教えてくれました。そこで印象に残っているのが、支援スタッフの方の言葉です。
「ツールを上手に使えばいいんですよ。タブレットやスマートフォンもあるから、学校に特徴や配慮してほしいことを伝えて、書かなくても良い環境をつくっていきましょう」
私はそれまで、どうにかして“普通に書けるようにしなければ”と思っていたのかもしれません。
でも、その言葉を聞いて、書くことだけにこだわらなくてもいいのだと、少し肩の力が抜けました。
変化は、療育を受け始めて3回目くらいのときに感じました。
テストで良い点を取ると、私だけでなく、支援センターのスタッフの方たちも褒めてくれます。息子はそれがうれしかったようで、照れているのか、にやにやしながら頑張る様子が見られるようになりました。
親の私も、本人のやる気と点数がつながっていくのを見て、心からほっとしました。
3か月という短い期間でしたが、それでも息子が「勉強のやり方」を知れたこと、自分に合う覚え方や工夫を知れたことは、とても大きかったと思います。
本人に分かる「自分のトリセツ」のようなものをプレゼントしてもらえた。今振り返ると、そんな時間だったように感じています。
現在、息子は中学2年生です。
小学6年生の3学期に、移住に伴って普通の公立学校へ転校しました。今は特別な支援や配慮は受けていません。土地柄や友だちが合っているのか、学校に通い、部活にも参加し、テストも平均点くらいで頑張っています。
当時のことを振り返ると、「本当に支援が必要だったのかな?」「少し騒ぎすぎたのかな?」と思う気持ちもあります。でも同時に、あの時期に学校や支援センターとつながれたからこそ、今は特別な支援がなくても、それなりに自分で学習を進められているのかもしれないとも思います。
私は息子に、よくこう伝えています。
「困ったら困ったって言おう。困っている人がいたら助けよう」
この先も、誰かを頼り、誰かに頼られながら育っていってくれたら、それで十分だと思っています。都内など、周りと比べやすい環境では、どうしても焦ってしまうことがあります。でも、親子で心穏やかに生活できれば、それだけで万々歳。今はそんなふうに考えています。
イラスト/鳥野とり子
※エピソード参考者のお名前はご希望により非公開とさせていただきます。
読み書きの苦手さに気づいてから、学校や支援機関とつながり、お子さんに合った学び方を少しずつ見つけてこられた経過を聞かせてくださりありがとうございます。
読み書きの苦手さは、限局性学習症(SLD)の場合もありますし、その診断基準までは満たさなくても「読み書きだけがとても苦手」というお子さんも少なくありません。大切なのは診断名そのものではなく、「何に困っていて、どのような工夫が役に立つか」を一緒に考えていくことです。
今回印象的だったのは、小学校入学直後から学校が取り出し授業を提案し、その支援が卒業まで継続されていたことです。担任が替わっても申し送りが行われ、お子さんの困りごとを学校全体で共有して支えてくださっていたことは、とても心強い環境だったと思います。また、小学5年生で発達障害者支援センターにつながり、「書けるようになること」だけではなく、「自分に合う覚え方」や「ICTなどのツールを使って良い」という視点に出合えたことも、大きな転機でしたね。
支援というと、「苦手をなくす訓練」と考えられがちですが、本来は「その人が力を発揮しやすい方法を一緒に見つけること」でもあります。記事の最後にあった「自分のトリセツをプレゼントしてもらえた」という表現は、本当にその本質を表していると感じました。
また、現在は特別な支援がなくても学校生活を送れているとのことですが、それは「あの頃の支援が必要なかった」ということではなく、その時々に必要な支援を受けながら、自分に合った学び方や困った時に相談する力を身につけてこられた結果なのかもしれません。
さらに、記事の中で印象的だったのは、小学6年生で転校し、その後は特別な支援がなくても学校生活を送れているという点です。もちろん、お子さん自身が成長されたことも大きいと思いますが、環境との相性も少なからず影響しているのかもしれません。地域が変われば、学校の雰囲気や学習への価値観、得意なことを評価してもらえる場も変わります。都会では周囲と比べる機会が多く苦しかったお子さんが、別の環境では自分らしく過ごせるようになることもあります。「どこでも頑張れる子になる」ことだけが目標ではなく、その子が安心して力を発揮できる場所を見つけていくことも、とても大切な支援だと感じました。
「困ったら困ったと言おう」という言葉とともに、お子さんが自分に合う環境や、自分に合う学び方を少しずつ見つけてこられた歩みは、多くの保護者に勇気を与えてくれるものだと思いました。(監修:小児科医新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。
- 年齢:13歳
- 診断名:なし、LD・SLD(限局性学習症)のグレーゾーン
- エピソード当時の年齢:6~11歳頃
自分の名前を書くのも怪しかった息子。小1の初の個別面談で「取り出し授業を受けませんか?」
息子の読み書きについて最初に「あれ?」と思ったのは、小学校入学前のことでした。
保育園には小学校受験をする子もいて、周りの子たちは読み書きが当たり前のようにできていました。そんな中、息子は「〇〇ちゃんに名前を書いてもらった〜」とのんきに話していました。
私はその時、「小学校に上がったら習うから、まあいいか」と思っていました。けれど、入学してからも自分の名前を書くのがまだ怪しい状態で、「やっぱり苦手なのかもしれない」と感じるようになりました。
ただ、当時は強い不安というよりも、「この先、勉強が難しくなると本人も私も大変かもしれない」という予感に近いものでした。
小学校に入学して初めての個別面談で、先生から「よろしければ週1回1時間だけ、取り出し授業(通常学級に在籍しながら、一部の授業を別の教室で受ける指導)を受けませんか?」と提案されました。とてもありがたい提案だったので、「ぜひお願いしたいです!」と伝えました。
取り出し授業は主に算数のサポートでした。クラス替えや担任の先生の交代があっても、息子のことは先生方の間で申し送りされていたようで、この週1回の支援は小学校を卒業するまで続きました。
親としては、学校の中に息子の苦手さを分かってくれる先生がいることが、とても心強かったです。
宿題は親子で泣くほど大変……。学習障害という言葉を知り、相談先を探すように
Upload By ユーザー体験談
学校で配慮を受けていた一方で、家庭での宿題は本当に大変でした。
特につらかったのは、国語の漢字練習や、算数の筆算など、たくさん書かなければならない宿題です。1年生の頃からとにかく時間がかかり、親子で泣きながら取り組んだことも何度もありました。
夫が教えようとすると、息子は激しくやる気を失ってしまいます。結局、私が見るしかありませんでした。
さらに、弟は新しい知識を得ることが好きで、兄の宿題を横から見て、兄より先に答えが分かってしまうこともありました。
弟は悪くありません。けれど、息子の気持ちも守りたい。弟をなだめ、息子を励まし、宿題を終わらせる。そんな毎日に、私自身もかなり消耗していました。
しばらくは、学校の取り出し授業に基本的にはお任せしていました。
一度だけプリント学習教室の体験にも行きましたが、息子は絶賛拒否。そのまま数年が過ぎました。
小学3年生の冬頃、周りの子たちが中学受験モードに入り始めました。その様子を見た私は、「このままでいいのかな」と感じるようになりました。
インターネットで調べるうちに、「学習障害(LD・SLD/限局性学習症)」という言葉を初めて知りました。そこで発達ナビのメールマガジンも読むようになり、少しずつ情報を集めていきました。
近所の発達障害外来に相談しようとしたこともあります。でも、「もっと支援が必要な方がいるから」と予約はできませんでした。
その後も、個人面談のたびに学校の先生へ相談を続けました。
小5で発達障害者支援センターへ。漢字の覚え方を一緒に探してもらえた
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小学5年生になっても、漢字はなかなか覚えられませんでした。
ひらがなの書き順やカタカナも怪しいところがあり、国語のテストも思うように点が取れません。
そんな時、個別面談で担任の先生から「発達障害者支援センターに相談してみては」と言われました。学年が上がっても息子のことが先生方に申し送りされていたからこそ、担任の先生も息子の苦手さに対して判断ができたのだと思います。
その日のうちにセンターへ電話をし、半年後の予約を取りました。その後、数回の面談や検査を経て、受給者証を取得。3か月限定で療育を受けることになりました。
家族にも息子本人にも、療育を受けることへの抵抗はありませんでした。
支援センターには、週1回通いました。
担当してくださったスタッフの方は2名で、息子との相性もよく、本人は楽しく通っていました。
療育で主に取り組んだのは、漢字の書き取りです。ただし、やみくもに練習するのではなく、今学校で使っている単元や、これから小テストに出る漢字を抜粋し、息子が覚えやすいように工夫して教えてくれました。そこで印象に残っているのが、支援スタッフの方の言葉です。
「ツールを上手に使えばいいんですよ。タブレットやスマートフォンもあるから、学校に特徴や配慮してほしいことを伝えて、書かなくても良い環境をつくっていきましょう」
私はそれまで、どうにかして“普通に書けるようにしなければ”と思っていたのかもしれません。
でも、その言葉を聞いて、書くことだけにこだわらなくてもいいのだと、少し肩の力が抜けました。
小テストにも変化が。褒めてくれる人が増え、息子も照れ笑い
変化は、療育を受け始めて3回目くらいのときに感じました。
漢字の小テストの点数が良くなってきたのです。単元まとめのテストでも、センターで練習したところはほぼ書けるようになりました。
テストで良い点を取ると、私だけでなく、支援センターのスタッフの方たちも褒めてくれます。息子はそれがうれしかったようで、照れているのか、にやにやしながら頑張る様子が見られるようになりました。
親の私も、本人のやる気と点数がつながっていくのを見て、心からほっとしました。
3か月という短い期間でしたが、それでも息子が「勉強のやり方」を知れたこと、自分に合う覚え方や工夫を知れたことは、とても大きかったと思います。
本人に分かる「自分のトリセツ」のようなものをプレゼントしてもらえた。今振り返ると、そんな時間だったように感じています。
今は特別な支援なしで中学校生活へ。「困ったら困ったって言おう」
現在、息子は中学2年生です。
小学6年生の3学期に、移住に伴って普通の公立学校へ転校しました。今は特別な支援や配慮は受けていません。土地柄や友だちが合っているのか、学校に通い、部活にも参加し、テストも平均点くらいで頑張っています。
当時のことを振り返ると、「本当に支援が必要だったのかな?」「少し騒ぎすぎたのかな?」と思う気持ちもあります。でも同時に、あの時期に学校や支援センターとつながれたからこそ、今は特別な支援がなくても、それなりに自分で学習を進められているのかもしれないとも思います。
私は息子に、よくこう伝えています。
「困ったら困ったって言おう。困っている人がいたら助けよう」
この先も、誰かを頼り、誰かに頼られながら育っていってくれたら、それで十分だと思っています。都内など、周りと比べやすい環境では、どうしても焦ってしまうことがあります。でも、親子で心穏やかに生活できれば、それだけで万々歳。今はそんなふうに考えています。
イラスト/鳥野とり子
※エピソード参考者のお名前はご希望により非公開とさせていただきます。
読み書きの苦手さに気づいてから、学校や支援機関とつながり、お子さんに合った学び方を少しずつ見つけてこられた経過を聞かせてくださりありがとうございます。
読み書きの苦手さは、限局性学習症(SLD)の場合もありますし、その診断基準までは満たさなくても「読み書きだけがとても苦手」というお子さんも少なくありません。大切なのは診断名そのものではなく、「何に困っていて、どのような工夫が役に立つか」を一緒に考えていくことです。
今回印象的だったのは、小学校入学直後から学校が取り出し授業を提案し、その支援が卒業まで継続されていたことです。担任が替わっても申し送りが行われ、お子さんの困りごとを学校全体で共有して支えてくださっていたことは、とても心強い環境だったと思います。また、小学5年生で発達障害者支援センターにつながり、「書けるようになること」だけではなく、「自分に合う覚え方」や「ICTなどのツールを使って良い」という視点に出合えたことも、大きな転機でしたね。
支援というと、「苦手をなくす訓練」と考えられがちですが、本来は「その人が力を発揮しやすい方法を一緒に見つけること」でもあります。記事の最後にあった「自分のトリセツをプレゼントしてもらえた」という表現は、本当にその本質を表していると感じました。
また、現在は特別な支援がなくても学校生活を送れているとのことですが、それは「あの頃の支援が必要なかった」ということではなく、その時々に必要な支援を受けながら、自分に合った学び方や困った時に相談する力を身につけてこられた結果なのかもしれません。
さらに、記事の中で印象的だったのは、小学6年生で転校し、その後は特別な支援がなくても学校生活を送れているという点です。もちろん、お子さん自身が成長されたことも大きいと思いますが、環境との相性も少なからず影響しているのかもしれません。地域が変われば、学校の雰囲気や学習への価値観、得意なことを評価してもらえる場も変わります。都会では周囲と比べる機会が多く苦しかったお子さんが、別の環境では自分らしく過ごせるようになることもあります。「どこでも頑張れる子になる」ことだけが目標ではなく、その子が安心して力を発揮できる場所を見つけていくことも、とても大切な支援だと感じました。
「困ったら困ったと言おう」という言葉とともに、お子さんが自分に合う環境や、自分に合う学び方を少しずつ見つけてこられた歩みは、多くの保護者に勇気を与えてくれるものだと思いました。(監修:小児科医新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。