災害時、発達障害児のパニック・環境変化にどう対応する?児童精神科医が教える「3つの備え」【第73回日本小児保健協会学術集会レポート】
災害時の心のケアの原則「心理的応急処置(PFA)」
福地先生は児童精神科医として、東日本大震災以降、被災地でのアウトリーチ(訪問支援)に長年携わってこられました。本記事では、災害という非日常において、発達障害のある子どもたちが直面する困難と、ご家族や周囲が知っておきたい「心のケア」の原則、そして「平時からの備え」についてお届けします。
まず、皆さまにぜひ知っていただきたいのが、「心理的応急処置:PFA(Psychological First Aid)」という災害時に使える世界基準の対人関係マニュアルです。専門職でなくとも誰でも実践できる内容となっており、現在ではWHO版と、子どもに特化して再編されたセーブ・ザ・チルドレン版(子どものためのPFA)が広く普及しています。ご興味のある方はぜひ検索エンジンで「PFA」と検索してみてください。
ここで強調されたのが、心のケアにおける大きな注意点です。このマニュアルが作られる前は、災害などのつらい出来事の直後に「どんなものを見たか」「どう思ったか」と感情の吐き出しを促すこと(心理的デブリーフィング)が良いとされていました。しかし現在では、この方法は有害、もしくは無効であると結論付けられています。
PFAでは、「話してくれることは遮らずに最後まで聞く」「無理に(グイグイと)体験や感情を引き出さない」ことを原則としています。
避難所生活の「2つの壁」 と、限界を迎えた時に現れるサイン
ここからは、実際に福地先生が見た、避難所生活によって発達特性のある子どもにおきた変化や特徴的な行動について紹介します。
避難所という非日常空間は、発達に特性のある子どもたちに強烈な負荷をもたらします。福地先生はこれを「2つの壁がある」と表現しました。
- 1.環境要因の壁
見通しが立たない不安や、集団生活におけるルールの変化。暗黙の了解を読み取ることが苦手な子どもにとって、「いつも通りにできない」環境は大きなストレスになります。
- 2.特性要因の壁
感覚過敏がある子どもにとって、体育館のように音が響き、光や周囲からの刺激がバリアなく入ってくる空間は非常に過酷です。そのため、東日本大震災の際も避難所にとどまれず「車中避難」を選択したご家庭が数多くありました。
こうしたストレスが限界を超えると、子どもたちにはさまざまな反応が現れます。「内在化」と「外在化」の2つのサインとして解説しました。
①内在化(ストレスが内側に向き、身体や感覚に出るサイン)
- わずかな揺れや物音に極度に敏感になり、耳を塞ぐ
- 極度の偏食(避難所の配給は選べないため、食べられず体重が減少してしまう)
- 嘔吐や下痢による衰弱
- アトピー性皮膚炎や気管支喘息の悪化、円形脱毛症など
②外在化(ストレスが外側に向き、行動に出るサイン)
- 極端な睡眠不足や過眠など、生活リズムの崩壊
- こだわりの強化(一日中ゲームをし続ける、特定の物が捨てられなくなるなど)
- 感情コントロールの喪失、パニック、自傷行為(頭を叩く、抜毛など)や他害行為
【実際のケースより】
被災により避難所へ行ったASD(自閉スペクトラム症)の男の子(12歳)は、普段からストレス発散の日課だった「ゲーム」を、避難所にある共有のゲーム機で24時間やり続けようとし、譲るように促されパニックを起こしてしまいました。
また、別のASD(自閉スペクトラム症)の女の子(9歳)は、普段はおとなしい性格で、津波によって街が壊れていく様子を無言でじっと見ていたそうですが、その日以降自分のお気に入りのものやお菓子のゴミを整然と並べて眺めるようになりました。家族がゴミを捨てようとすると「捨てないで!」と叫んで静止し、崩れた日常の中でなんとか安心感を得ようとしていたそうです。
災害を経て変わる「家族の意識」と「社会とのつながり」
災害は、発達障害のあるお子さんを育てるご家族の意識にも大きな変化をもたらすといいます。
平時では、周囲に特性を理解してもらうことをためらい、既存の福祉サービスを利用せず「家族だけでなんとかしよう」と抱え込みがちなケースも少なくありません。 しかし、災害が起きると「いざという時にサポートを得るためには、平時から特性をオープンにし、福祉サービスや地域と繋がっておく必要がある」と痛感するご家族が多いとのことです。
被災地では「障害があります」と知らせるバッジを身につける運動が広がるなど、地域に理解を求めるスタンスへ変化していく様子が見られました。
また、平時はひきこもりがちだった青年期の方も、災害によって「孤立のバリア」が決壊し、避難や生活再建のために社会と接する必要に迫られます。これを機に、背景にあった発達特性が顕在化し、急いで支援や相談に繋がるケースも急増したそうです。
私たちにできる「日常からの3つの備え」
最後に、福地先生は「日常からの3つの備え」を挙げ、講演を締めくくりました。
- 1.情報の備え
緊急時には、いつもの主治医に診てもらえるとは限りません。初めて会う外部の医療チームなどに子どもの特性をすぐに伝えられるよう、サポートブックなどをまとめておくことが重要です。津波や水害での紛失を防ぐため、紙だけでなくクラウド上にも保存しておきましょう。
- 2.医療の備え
児童精神科医はどうしても数が少なく、遠方まで通院している方も多いのが現状です。
しかし災害時は遠方の専門医にはアクセスできません。専門分野ではなくとも、子どもの普段の様子を知ってくれている「近くのかかりつけ医」を作っておくことが大切です。
- 3.地域の備え
普段から、地域にどのような人が住んでいるかを知り、また自分たちのことも知っておいてもらうこと。孤立しないためのコミュニティづくりが、何よりの備えになります。
発達障害のある子どもと家族にとって、災害への備えは「防災グッズ」だけではありません。平時からの周囲との温かい繋がりや、特性の共有が、いざという時の子どもたちの心と命を守る盾となることに改めて気づかされる講演でした。
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。
今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
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