育休中の父親に読んでほしい、「いまできること。いましかできないこと」の話
深夜2時のミルク。寝かしつけのループ。妻もぐったりしている、短い会話。気づけば窓の外がうっすら明るい。
そして昼間、わが子が眠っているあいだに、ふと思う。「会社の同期はいま、何をしているんだろう」。「来週の役員会、誰が回しているんだろう」。「自分はいま、何を生み出しているんだろう」。
育休中の父親には、この種の問いが、誰にも聞かれない部屋の中で、勝手に立ち上がってくる時間がある。
妻に話すほどのことではない。妻は妻で、自分よりずっと体力を使っている。仕事の話で盛り上がる友人とは温度が合わない。「父親なのに弱音を吐くな」という声が、誰よりも先に自分の中から聞こえてくる。
つらい。それは認める。
ただし、つらさには理由がある。
そして、そのつらさには意味がある。
つらさの正体を、まず見ろ
英国の公衆衛生学術誌に掲載されたナウランド氏らのスコーピングレビュー(133研究を分析)によると、親の約3人に1人が慢性的な孤独を経験している。*1
さらに重要なのは、分析対象133研究のうち、父親のみを扱った研究はわずか3件しかなかったということだ。残りの圧倒的多数は、母親を対象にしていた。
父親の孤独は、社会的にも研究的にも、つい最近まで「存在しないこと」にされてきた。
弱音を吐ける場所が見つからないのは、あなたの周囲に気の合う相手がいないからではない。そもそも父親が育児で孤独を感じるという事実そのものが、社会の中で長らく無視されてきたからである。
つまり、構造的にしんどい設計になっているのだ、いまの社会は。
あなたが弱いのではない。
だったら、構造をハックしろ
原因が構造ならば、やることはひとつ。
その構造を理解した上で、ハックする側に回ればいい。育休なんて、人生でそう何度も取れるものじゃない。この期間にしかできない使い方がある。
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これは「父親」になるための時間だ
ところで、思い出してほしい。
あなたの父親の、後ろ姿を。朝、まだ暗いうちに玄関を出ていった背中。
日曜の夕方、ソファでうたた寝していた横顔。腕相撲で何度やっても勝てなかった、あの太い腕。家族のために働いて、疲れて、それでも黙って働き続けた、あの世代の父親たち。
社会に出てはじめて、わかっただろう。あの背中の重さが。会議で怒鳴られた帰り道、満員電車に揺られながら、「親父はこれを30年やったのか」と思った夜が、あなたにもあったはずだ。
そして子どもが生まれて、もう一段わかっただろう。家族を守るというのは、ぼんやりした標語ではなく、具体的な体力と精神力と覚悟のいる営みなのだということを。
いまあなたがやっていることは、あの背中の延長線上にある。
形は違う。父親世代は外で稼ぎ、あなたはいま家でわが子を抱いている。けれど本質は同じだ。家族のために、自分の時間を差し出している。
しかも、あなたは父親世代がやらなかったこと——わが子の発達のいちばん肝心な時期に、目の前で、自分の手で関わるという贅沢——を、いま実際にやっている。父親は仕事、母親は育児、と切り分けられていた時代には、男にはそもそも入る余地のなかった領域である。
これは中断ではない。
父親になるための時間である。
あらゆることから家族を守る、名誉ある立場を手に入れた
ひとつ、自覚しておいてほしいことがある。
あなたは独身だった頃のあなたではない。新婚だった頃のあなたでもない。
子どもが生まれたその日から、あなたは、あらゆることから家族を守る立場を手に入れた。母親となった妻、そしてわが子。この二人の生命と日々を、自分の存在で支える側に回った。
これは名誉だ。
誇るべき達成である。
人類が何万年も繰り返してきた営みの中で、もっとも本質的な役回りを、あなたはいま引き受けている。会社の肩書きや業績よりも、本来ずっと重い役割だ。父親世代の背中が重く見えたのは、彼らがこの役割を黙って担い続けていたからにほかならない。
そして、改めて見てほしい。あなたが守るべき二人の姿を。
あなたの奥さんは、強くなった。出会った頃のあのかわいかった女の子は、いま、必死で強くなろうとしている最中だ。夜泣きで眠れない夜を超えて、自分の体を削って母乳を与え、「母親」というまったく新しい役割をゼロから引き受けている。簡単なことであるはずがない。あれだけ可愛らしかった人が、いま、母親としての強さを身につけようと毎日格闘している。それを支えられるのはあなたしかいない。
そしてわが子。あの小さな命は、あなたのことを100%信頼している。疑うことを知らない。見上げる目には、あなたしか映っていない瞬間がある。
経済的な不安からも、社会の理不尽からも、病気からも、孤独からも、未来の見えない夜からも——あらゆることから、この二人をまるごと守るんだ。すべてから全力で守る。それがあなたの仕事である。
ただし——ここからが本題だ。
その役割の真価を発揮できるかどうかは、いまにかかっている。
立場を手に入れただけでは足りない。手に入れた立場で、どう振る舞うかが、これから問われる。生まれて間もないわが子の前で、母親になりつつある妻の前で、あなたが何を選び、どう動くか。育休中のこの数ヶ月は、その「型」を作る期間である。
逆に言えば、ここでサボれば、あとからは取り戻せない。子どもの最初の数ヶ月に父親が腹を据えていたかどうかは、家族の中の信頼の総量を、長期的に決定づける。
いま何を与えられるか、将来何をしてやれるか
育休の数ヶ月を、「キャリアの空白」と捉えるか、「家族の守り手としての立ち上げ期間」と捉えるか。
ここは、自分で決められるところだ。
いま、わが子に何を与えられる?言葉。スキンシップ。安心感。世界に対する信頼。父親が一緒にいるという当たり前の感覚。これらは、生涯にわたって子どもの土台になる。代替不可能だ。
将来、わが子に何をしてやれる?考える時間は、いまだ。仕事に戻れば、また日々のタスクに飲まれる。子どもがどう育ってほしいか、どんな大人にしてやりたいか、そのために自分はどう生きるか——こんなことをまとまって考えられる時期は、人生でそう何度もない。
会社に戻ったら、また走る。それまでに、土台を据えておけ。
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育休を取った父親のほうが、心は強い
ここで、もうひとつデータを置いておく。
フランスの全国出生コホート(ELFE)を用いたバリーらの研究では、父親約1万975人を含む大規模分析で、2週間の有給父親休暇を取得した父親は、取得しなかった父親と比べて、産後うつのリスクが約26%低い(オッズ比0.74)ことが示されている。*2
育児にコミットすることそれ自体が、父親の心を守る方向に働く。
育休を取って弱くなる父親はいない。むしろ強くなる。
考えてみれば当然だ。逃げずに向き合った人間が弱くなるはずがない。会議室で身につけた強さとは別種の強さが、夜中のミルクや、泣き止まないわが子と過ごした午後の中で、確実に積み上がっている。
家族を守る経験は、職場を守る武器になる
そしてここが、最も実利的な話である。
家族をすべてから守りきった経験は、将来あなたが職場を、部下を、業績を守るときの、最も強い武器になる。
これは精神論ではない。
部下を持つようになったとき、誰かを抱えるという感覚は、もう育児で叩き込まれている。眠れない部下の事情に対して、「自分も眠れない夜を超えた」という地点から想像力が働く。
会議で空気を読むより、本質を突けるようになる。家族を持つ人間にとって、時間は無限ではない。だらだらした議論を切り、結論に向かわせる胆力が身につく。
業績が落ちて誰かに責任が向かう局面で、踏ん張れる人間になる。家族を守る経験を経た人間は、自分以外の誰かのために腹を据えるという感覚を、すでに体に刻んでいるからだ。
独身時代の判断は、自分一人分の重さしかなかった。いまのあなたの判断には、家族の重さが乗っている。それは、職場のあらゆる場面であなたを支える地金になる。
会社に戻ったとき、休む前と同じ重量で戻ってどうする。
一回り大きくなって戻れ。それ以外の選択はない。
あなたはいま、父親になっている
最後に。
深夜にわが子を抱いてあやすあなた。離乳食をスプーンで運ぶあなた。会社の同期がプレゼンしているであろう時間に、わが子と布団でゴロゴロしているあなた。妻が倒れそうな日に、代わりに全部回しているあなた。
——あなたはいま、まぎれもなく父親をやっている。
これは比喩でも誇張でもない。20年後、わが子がティーンエイジャーになって、あなたを思い出すとき、いちばん思い出すのはこの時期の父親である。膝の上の感触。風呂の湯気。寝かしつけの歌。
その記憶を、いま、つくっている最中だ。
***
孤独はある。それは事実だ。だが、その孤独は意味のある孤独である。
意味のある孤独に耐える男は、強くなる。会社に戻る日まで、あと少し。父親になりきって戻れ。
よくある質問(FAQ)
Q1. 育休中、キャリアから取り残される焦りが強い。どう向き合えばいいですか?
A. 焦りは消さなくていい。むしろ、その焦りを「戻ったときに一回り大きくなって帰る」という覚悟に変換する。家族を守った経験は、将来あなたが職場や部下を守るときの最強の武器になる。Barryらの研究では、育休取得者のほうが産後うつのリスクが約26%低いことも示されている。育休はキャリアの空白ではなく、別の筋肉を鍛える期間である。
Q2. 育休を取って職場で評価が下がらないか心配です。
A. 短期的な評価より、長期的な人間としての厚みを取る。家族を抱えた経験を経た人間の判断には、独身時代にはなかった重みが乗る。それは5年後10年後の昇進局面で、確実に効いてくる資産である。それを評価しない職場であれば、そちらの問題だ。
Q3. 育休中の父親同士でつながりたい。どこに行けばいいですか?
A. NPO法人ファザーリング・ジャパン、自治体の父親向け講座、X・Instagramの育休パパハッシュタグ。同じ立場で同じことを考えている男は、想像以上にいる。最初は眺めるだけでいい。
Q4. 妻に弱音を吐いていいのか迷います。
A. 黙っているほうが消耗する。ただし「アドバイスはいらない、聞くだけでいい」と先に伝えること。男が相談を持ち出すと相手も解決モードになりがちで、それが互いを疲弊させる。話す目的を最初に共有しておけば、会話の負荷は下がる。
参考文献
*1 SAGE Journals|Experiencing loneliness in parenthood: a scoping review(Nowland et al., 2021)
*2 The Lancet Public Health|Paternity leave uptake and parental post-partum depression: findings from the ELFE cohort study(Barry et al., 2023)
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