ピカソを展示するのではない、ポール・スミスが読み解く“遊び心”の冒険
2026年6月10日から、東京・六本木の国立新美術館で「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」が開催されています。
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」国立新美術館 2026年 展示風景 | photo by ©FASHION HEADLINE
本展は、パリ国立ピカソ美術館が所蔵するパブロ・ピカソの作品約80点を紹介する展覧会です。しかし、ここで体験するのは単なるピカソ回顧展ではありません。会場全体のアートディレクションを手がけたのは、英国を代表するファッションデザイナー、サー・ポール・スミス。ピカソの作品を年代順に並べるのではなく、その創造性や思考をポール・スミスならではの視点で再編集した空間が広がっています。
会場を歩きながら感じるのは、「ピカソとは何者だったのか」ではなく、「なぜピカソはいまも新しく見えるのか」という問いでした。
ピカソ展ではなく、“ピカソを読む”展覧会
本展の出発点となるのは、《牡牛の頭部》です。
自転車のサドルとハンドルを組み合わせることで牛の頭部に見立てたこの作品は、ピカソの発想力を象徴する代表作のひとつ。
そして興味深いのは、この作品がポール・スミス自身とも深く結びついていることです。若き日のポール・スミスはプロのサイクリストを目指していました。展示室には複数の自転車サドルが配され、《牡牛の頭部》へのオマージュとして空間が構成されています。
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」国立新美術館 2026年 展示風景 | photo by ©FASHION HEADLINE
ここで提示されているのは、作品解説ではありません。ひとつの作品から連想が広がり、別のアイデアへと接続されていく、ピカソの思考そのものです。
色彩と実験でたどるピカソの変化
展覧会は、ピカソの創作を大きく16のテーマで紹介しています。
「青の憂鬱」では、親友カサジェマスの死を契機に生まれた「青の時代」の作品を展示。
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」国立新美術館 2026年 展示風景 | photo by ©FASHION HEADLINE
特に印象的なのは、ピカソがひとつの様式に留まらなかったことです。青の時代、バラ色の時代、キュビスム、古典主義、陶芸、版画——。一般的には「ピカソ=キュビスム」というイメージが強いかもしれません。しかし本展を通して見えてくるのは、常に新しい表現を求め続けた実験者としての姿です。
日用品から芸術を生み出す
ピカソの創造性が最も鮮やかに現れるのが、「アッサンブラージュとコラージュ」のセクションです。新聞紙や壁紙、スプーン、自転車の部品など、身近な素材を作品へ取り込むことで、芸術とは何かという問いを投げかけました。
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」国立新美術館 2026年 展示風景 | photo by ©FASHION HEADLINE
既存のものを別の価値へ転換する。その姿勢は、クラシックな英国服に独自のひねりを加え続けてきたポール・スミスの哲学ともどこか重なります。
子どものような好奇心
本展を歩いていて感じるのは、ピカソの創造性の根底にあったのが「遊び心」だったということです。息子パウロをアルルカン(道化師)に扮させた作品や、娘マヤを描いた作品には、父親としての柔らかな視線が宿っています。
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」国立新美術館 2026年 展示風景 | photo by ©FASHION HEADLINE
闘牛やサーカス、舞台芸術への関心もまた、幼少期から続く好奇心の延長線上にありました。芸術史の巨匠として語られることの多いピカソですが、本展ではむしろ、何歳になっても世界への興味を失わなかったひとりの人間として浮かび上がります。ストライプがつなぐ、ピカソとポール・スミス
展覧会の中盤以降で現れるのが、「ストライプ」という意外な共通項です。
1930年代、ピカソはストライプ模様を取り入れながら愛する女性たちを描きました。そして戦後になると、写真家ロベール・ドアノーが撮影したボーダーシャツ姿のポートレートによって、「ピカソ=ボーダーシャツ」というイメージが広く定着します。
会場をまわるサー・ポール・スミス氏 | Courtesy of Organizer
一方でポール・スミスといえば、鮮やかなストライプを象徴的なデザイン言語として用いてきたデザイナーです。もちろん両者のストライプに直接的な関係はありません。しかし、自由な色彩感覚や既存のルールを軽やかに飛び越える姿勢には、どこか共鳴するものがあります。
ポール・スミスからの“小さないたずら”
本展のもうひとつの楽しみは、会場の至るところに散りばめられたポール・スミスのユーモアです。壁面や展示空間の片隅には、ネズミ、犬、鳥、花、デッキブラシなどをモチーフにした小さなイラストが描かれています。
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」国立新美術館 2026年 展示風景 | photo by ©FASHION HEADLINE
一見すると落書きのようにも見えるこれらのイラストは、来場者への遊び心あふれるメッセージです。
作品を「鑑賞する」のではなく、自ら見つける。その体験こそが、本展における“遊び心の冒険”なのです。
創造性は、最後まで衰えなかった
晩年のピカソは南仏ムージャンで暮らしながら、絵画や版画、陶芸に精力的に取り組み続けました。とりわけ陶芸作品には、若い頃と変わらない実験精神が宿っています。絵画、彫刻、工芸の境界を曖昧にしながら、新たな表現を追求していったのです。
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」国立新美術館 2026年 展示風景 | photo by ©FASHION HEADLINE
そして最後の展示室では、世界各地で開催された展覧会ポスターが空間を埋め尽くします。
遊び心は、創造性の原点だった
本展は、ピカソの代表作を網羅する展覧会ではありません。むしろそこにあるのは、ピカソという創造性を、ポール・スミスというもうひとりのクリエイターが読み解く試みです。
会場を歩きながら、壁の片隅に描かれたネズミや鳥を探していると、いつの間にか作品を「見る」ことよりも、「発見する」ことそのものを楽しんでいる自分に気づきます。それはきっと、ピカソとポール・スミスが共有する感覚なのでしょう。
既成概念を疑い、身近なものに新しい意味を見出し、世界を少し違う角度から見てみること。本展が誘う“遊び心の冒険”とは、そうした創造性の原点へ立ち返る旅なのかもしれません。
【INFORMATION】
ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ
会期:2026年6月10日(水)〜8月24日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室2E
(東京都港区六本木7-22-2)
開館時間:10:00〜18:00
※毎週金・土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週火曜日
主催:国立新美術館、パリ国立ピカソ美術館 ほか
本展は、パリ国立ピカソ美術館が所蔵するパブロ・ピカソの作品約80点を紹介する展覧会です。しかし、ここで体験するのは単なるピカソ回顧展ではありません。会場全体のアートディレクションを手がけたのは、英国を代表するファッションデザイナー、サー・ポール・スミス。ピカソの作品を年代順に並べるのではなく、その創造性や思考をポール・スミスならではの視点で再編集した空間が広がっています。
会場を歩きながら感じるのは、「ピカソとは何者だったのか」ではなく、「なぜピカソはいまも新しく見えるのか」という問いでした。
ピカソ展ではなく、“ピカソを読む”展覧会
本展の出発点となるのは、《牡牛の頭部》です。
自転車のサドルとハンドルを組み合わせることで牛の頭部に見立てたこの作品は、ピカソの発想力を象徴する代表作のひとつ。
既製品を別のものへと変換するその視点は、後の現代アートにも大きな影響を与えました。
そして興味深いのは、この作品がポール・スミス自身とも深く結びついていることです。若き日のポール・スミスはプロのサイクリストを目指していました。展示室には複数の自転車サドルが配され、《牡牛の頭部》へのオマージュとして空間が構成されています。
ここで提示されているのは、作品解説ではありません。ひとつの作品から連想が広がり、別のアイデアへと接続されていく、ピカソの思考そのものです。
色彩と実験でたどるピカソの変化
展覧会は、ピカソの創作を大きく16のテーマで紹介しています。
「青の憂鬱」では、親友カサジェマスの死を契機に生まれた「青の時代」の作品を展示。
深い青に包まれた人物像からは、若きピカソが抱えていた孤独や不安が浮かび上がります。続く「バラ色の女性たち」では、《アヴィニョンの娘たち》へと至る過程を追いながら、後のキュビスムへつながる造形実験を見ることができます。
特に印象的なのは、ピカソがひとつの様式に留まらなかったことです。青の時代、バラ色の時代、キュビスム、古典主義、陶芸、版画——。一般的には「ピカソ=キュビスム」というイメージが強いかもしれません。しかし本展を通して見えてくるのは、常に新しい表現を求め続けた実験者としての姿です。
日用品から芸術を生み出す
ピカソの創造性が最も鮮やかに現れるのが、「アッサンブラージュとコラージュ」のセクションです。新聞紙や壁紙、スプーン、自転車の部品など、身近な素材を作品へ取り込むことで、芸術とは何かという問いを投げかけました。
現実を忠実に再現することが芸術であるという価値観に対し、ピカソは現実そのものを作品へ持ち込むことで応答したのです。
既存のものを別の価値へ転換する。その姿勢は、クラシックな英国服に独自のひねりを加え続けてきたポール・スミスの哲学ともどこか重なります。
子どものような好奇心
本展を歩いていて感じるのは、ピカソの創造性の根底にあったのが「遊び心」だったということです。息子パウロをアルルカン(道化師)に扮させた作品や、娘マヤを描いた作品には、父親としての柔らかな視線が宿っています。
闘牛やサーカス、舞台芸術への関心もまた、幼少期から続く好奇心の延長線上にありました。芸術史の巨匠として語られることの多いピカソですが、本展ではむしろ、何歳になっても世界への興味を失わなかったひとりの人間として浮かび上がります。ストライプがつなぐ、ピカソとポール・スミス
展覧会の中盤以降で現れるのが、「ストライプ」という意外な共通項です。
1930年代、ピカソはストライプ模様を取り入れながら愛する女性たちを描きました。そして戦後になると、写真家ロベール・ドアノーが撮影したボーダーシャツ姿のポートレートによって、「ピカソ=ボーダーシャツ」というイメージが広く定着します。
一方でポール・スミスといえば、鮮やかなストライプを象徴的なデザイン言語として用いてきたデザイナーです。もちろん両者のストライプに直接的な関係はありません。しかし、自由な色彩感覚や既存のルールを軽やかに飛び越える姿勢には、どこか共鳴するものがあります。
ポール・スミスからの“小さないたずら”
本展のもうひとつの楽しみは、会場の至るところに散りばめられたポール・スミスのユーモアです。壁面や展示空間の片隅には、ネズミ、犬、鳥、花、デッキブラシなどをモチーフにした小さなイラストが描かれています。
一見すると落書きのようにも見えるこれらのイラストは、来場者への遊び心あふれるメッセージです。
しかし、それは単なる装飾ではありません。ピカソが日用品を作品へ変え、雑誌に線を書き加え、既存の価値観を反転させてきたように、ポール・スミスもまた、展示空間のなかに小さな違和感や発見を忍ばせています。
作品を「鑑賞する」のではなく、自ら見つける。その体験こそが、本展における“遊び心の冒険”なのです。
創造性は、最後まで衰えなかった
晩年のピカソは南仏ムージャンで暮らしながら、絵画や版画、陶芸に精力的に取り組み続けました。とりわけ陶芸作品には、若い頃と変わらない実験精神が宿っています。絵画、彫刻、工芸の境界を曖昧にしながら、新たな表現を追求していったのです。
そして最後の展示室では、世界各地で開催された展覧会ポスターが空間を埋め尽くします。
それは、ピカソがいかに巨大な存在だったかを示す空間であると同時に、ひとりの芸術家が生涯をかけて創造し続けた軌跡でもあります。
遊び心は、創造性の原点だった
本展は、ピカソの代表作を網羅する展覧会ではありません。むしろそこにあるのは、ピカソという創造性を、ポール・スミスというもうひとりのクリエイターが読み解く試みです。
会場を歩きながら、壁の片隅に描かれたネズミや鳥を探していると、いつの間にか作品を「見る」ことよりも、「発見する」ことそのものを楽しんでいる自分に気づきます。それはきっと、ピカソとポール・スミスが共有する感覚なのでしょう。
既成概念を疑い、身近なものに新しい意味を見出し、世界を少し違う角度から見てみること。本展が誘う“遊び心の冒険”とは、そうした創造性の原点へ立ち返る旅なのかもしれません。
【INFORMATION】
ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ
会期:2026年6月10日(水)〜8月24日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室2E
(東京都港区六本木7-22-2)
開館時間:10:00〜18:00
※毎週金・土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週火曜日
主催:国立新美術館、パリ国立ピカソ美術館 ほか