《「ハゲ」「キモい」と言われ…》いしだ壱成 薄毛で芸能界引退、うつ・離婚も…植毛で取り戻した自信「ここからが第二の人生」

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《「ハゲ」「キモい」と言われ…》いしだ壱成 薄毛で芸能界引退、うつ・離婚も…植毛で取り戻した自信「ここからが第二の人生」

写真左:薄毛だったころ(写真提供:東京植毛クリニック)/右:現在



《ずっと会いたかった戦友との再会》というコメントと共に1992年放送のドラマ『放課後』(フジテレビ系)などで共演した観月ありさ(49)との2ショットや、1993年放送のドラマ『ひとつ屋根の下』(フジテレビ系)で共演した酒井法子(55)や大路恵美(50)との3ショットがアップされた、いしだ壱成さん(51)のSNSが話題になっている。

《激アツすぎる… 壱成さんの笑顔が若い頃から全然変わらずに可愛い笑》
《すてきな写真!エモすぎます》
《髪も決まっててスリムに。だんだん昔と変わらなくなってきた眼福です》

SNS上では、約30年前の放送時と変わらぬ壱成さんの姿に驚嘆の声が溢れた。

1992年にデビューすると立て続けにヒットドラマに出演。俳優としてだけでなく中性的なファッションが注目を集め「フェミ男」と呼ばれ、若者を中心にカリスマ的存在となった壱成さん。

そんな彼がある理由で、4年前までは完全に芸能界から姿を消していた。

今のこの笑顔を取り戻すまで、壱成さんは地獄のような日々を味わってきたという。これまであまり明かされることのなかった“どん底からの復活劇”について、本人が赤裸々に語ってくれた。


■周囲の無言の気遣い——髪とともに自信も仕事も奪われていった

20代はさまざまなヘアスタイルに挑戦し、まさに日本のファッションアイコンとして脚光を浴びていた壱成さん。しかし30代後半ごろから、徐々にその頭髪に変化が現れ始める。

決定的に薄毛を自覚したきっかけは、周囲からの“無言の気遣い”だったという。

「何も注文してないのに、メイクさんが生え際を隠すようにピンを留めるようになったり、馴染みの美容師さんも、後ろから前に髪を持ってくるカットスタイルにしたりと周囲から気をつかわれるようになったんです。

若い頃によくヘアスタイルの雑誌で特集されるような身だった僕としては、ヘアスタイルがもう完全に一つしかできなくなってしまったことは非常にショックでした」

薄毛が進行するにつれ、壱成さんは帽子を常用するように。宣材写真やテレビ出演時にも帽子で隠すようになった。当時は、突然の風で額の広さが露わになることすら恐怖だったと振り返る。

「つねに頭を隠しているとどんどん自信もなくなっていくんですよね。
その自信のなさで仕事に対してもどこか消極的だったりとか、以前は溢れるように湧き出していたアイデアも枯渇してしまっていました」

そんな折、出演したあるバラエティ番組の現場で、壱成さんはあまりにも残酷な現実に直撃することになる。

「僕に対して『きゃー!キモい!』って悲鳴が上がったんです。それから、そのキモキャラが変にバズってしまって、もうどこに出て行っても『ハゲ!』『キモい!』って言われるように……。

でも自分でもそう思いました。確かに顔色も悪いし、頭はハゲてるし、上手く喋れないし。

主演の舞台のお仕事をもらっても、頭の薄毛が気になってとにかく自信がないんです。自分は、画面に映る人間ではない。芸能界にいるべき人間ではないと思いました。


精神的にもどんどんやられてしまい、顔面麻痺も起こっていたので、事務所の社長に『ごめんなさい、もうできません』と伝えて芸能界を辞めることを決意しました」

2018年、以前から拠点を持っていた石川県へと完全移住した壱成さん。だが、どん底の状況は一向に好転しなかった。うつ病が悪化してさらには離婚も重なるなど、暗闇の中での苦悩は容赦なく続いていった。

■「社会復帰しよう!」窮地を救った父・石田純一の言葉と運命のオファー

「石川県でなんともしがたい生活がありまして、自分はこの先どうなっていくのかってわからない不安で精神的に追い詰められていた時に、父の石田純一(72)が石川にふと訪ねてきまして、『社会復帰しよう! 芸能活動再開だ!』と言われたんです」

父からの力強い言葉をきっかけに、再び芸能界復帰へ向けて立ち上がることを決意した壱成さん。しかし、表舞台から離れて約4年近く。当時の彼の姿は、かつての輝きを完全に失っていた。

「当時の写真を見ると、なんていうのかな、もうグレーなんですよね、顔が。なんか全体的にヨレヨレしてるし、頭はハゲ上がってボサボサだし。
周りにも、芸能界に戻るなら、トップフォームに戻せる努力をした方がいいと厳しくアドバイスされたんですが、自分ではどうすればいいかわからなかった」

まさに万策尽きたかと思われたそんな矢先、壱成さんのSNSのDMに一通のメッセージが届く。それはある植毛専用のクリニックからの、広告塔としてのオファーだった。

「ちょっとやそっとのことをやっても、外見的に芸能界に戻るのは無理だろうなと思っていたので、渡りに船と植毛をすることに決めました」

こうして腹をくくった壱成さんは、2022年の3月にトルコへ渡航。最新の自毛植毛施術を受けたのだった。

■髪の復活で人生が一変!恋人の存在、そして訪れた“劇的な変化”

あれから4年半——。見事に頭髪を取り戻したことで、壱成さんの内面と生活には驚くべき変化が現れていた。

「いろんなヘアスタイルを楽しめるようになりました。オールバックだったり、前髪を下ろしたりとチャレンジする中で、自分を輝かせるための努力って、植毛以上にめちゃくちゃ大事だなと感じています。


意識に変化が起きたことで、たとえば以前は、朝起きると、“うわ今日も一日が始まってしまう”とうつっぽくなっていたのが、今は “よっしゃやろうぜ!”って感じで1日が始まります」

植毛を機に健康面にも細かく気を配るようになったというが、そこには現在交際中の恋人の影響も非常に大きかったという。

「恋人が美容に関して非常に詳しい人で、いい意味ですごく口酸っぱくいろんなことを教えてくれます。今まで甘い炭酸水しか飲まなかった僕が、一切やめてお水を飲むようになりました。毎日、添加物を徹底的に抜き、栄養バランスをしっかり考えられた食事を恋人が作ってくれます。それに2年ほど前から禁酒、禁煙もしています」

心身ともに充実を取り戻し、徐々に舞台や映画のオファーが舞い込むようになった壱成さんは、2024年5月に個人事務所を設立。精力的に活動を重ね、今年の秋には出演映画『キオク』の公開も控えている。

外見と環境が整ったことで、かつて「離れていってしまった人たち」も再び周囲に戻ってきたという。

「この間出演させていただいた『テレ東音楽祭2026夏』で、酒井法子さんや観月ありさちゃんに会った時、臆することなく接することができました。
以前の自分だったら、恥ずかしくてとても会えなかったです。あの再会で芸能界に戻ってきた実感を強く感じました」

■「うつになって死の淵まで行った僕だから」第二の役者人生へ

現在の壱成さんは、何よりも「お芝居をする時間」が楽しくてたまらないと目を輝かせる。
「日々、自分に向き合って稽古に励んでいる中で、どんどんどんどん演技のアイデアも湧いてきます。腐ってる時は、お芝居のアイデアも1つや2つぐらいしかなかったけど、今は2000通りぐらいあります。それに、以前よりも絶対にいい芝居ができるって思い込んでいます。それなぜかというと苦労したからですよね。

役どころが難しければ難しいほどワクワクします。役者としてもここからが第二の人生。
もっともっと腕を磨いて駆け上がっていくだけです」

最後に、自身と同じように人生や外見のギャップに悩む同世代に向けて、力強いメッセージを寄せてくれた。

「いくつになってもキラキラに輝くのは可能だと思います。同世代の方も決して諦めないでほしいです。僕にとって植毛はきっかけの一つでしたが、どんなきっかけでも、人は変わることができる。うつになって死の淵まで何度も行った僕が、ここまで復活できたんです」

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