闘病の末46歳の若さで妻が死去。パックン「またパディと呼ばれたいな。会いたいな」17歳娘・19歳息子との現在

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■長い闘病生活を経て46歳で亡くなった妻





来日して33年になるパックン。2004年に日本人の芽衣さんと結婚し、19歳の長男・ライジェルさんと17歳の長女・アリスタさんの2人の子どもがいます。番組では家族写真も公開されました。

長男のライジェルさんは今年、アメリカの大学へ進学。家庭では子どもたちがパックンとは英語、芽衣さんとは日本語で会話していたといい、その様子を「ルー大柴状態ですよ」と笑って振り返りました。

番組では、黒柳徹子さんが「実は去年、奥様がお亡くなりになったんですって」と切り出し、昨年9月、芽衣さんが46歳の若さで亡くなったことに触れました。

これまで妻の死について公に話してこなかったというパックン。「しばらくはもう、本当に食事ものどを通らないし」と明かし、夫婦のツーショット写真を前にこう振り返りました。


「大好きな奥さん。亡くなってからの精神状態、どうしたらいいのかわからなくなって。ずいぶん忘れっぽくなったり、上の空になったり。そういう状態が半年くらい続いたんですね」

2人が出会ったのは、パックンマックンが新宿の歩行者天国で路上ライブをしていた頃。観客の中にいた芽衣さんが目に留まったのだそうです。

「随分お客さん集まるんですけど、めっちゃくちゃかわいい子がいたんですよ。ハリウッドセレブも日本の女優さんやモデルさんもいっぱい知ってるけれど、断然世界で一番かわいいと思ったのは、そのときの奥さんで。僕たちのライブを見てくれていると思って声をかけたら、見ていないと言うんです。
結局、ナンパみたいな感じになっちゃって。僕ナンパしたことないんですよ。でも一回、道で声をかけた人が奥さんでした」

黒柳さんから芽衣さんのどんなところが好きだったのか尋ねられると、「今言ったように美貌、めちゃくちゃかわいいと思うし、話が面白いです、刺激的で」とパックン。

さらに、「僕は頭いい、学歴高いじゃないですか。そういう傲慢さがあると思うんですけど、奥さん、全然負けないんですよ、議論とか。僕の主張に納得しないならすぐ反論。僕も負けちゃうという。それが一番刺激的で楽しかったです」と、妻への思いを語りました。


一度は別れた時期もありましたが、その間も「ずうっと奥さんのことを考えてたんですよ。忘れられなかったです」といい、再会して4年後に結婚。その2年後に子どもが誕生し、22年の結婚生活を「ずっと良かったですよ」と振り返りました。

芽衣さんは長い闘病の末に亡くなったといい、子どもたちも「大ショックだった」とパックン。それでも、子どもたちの姿に自身も励まされたといいます。

「子どもは、やっぱり強いなって思うんです。立ち直って、元気出して。僕も子どものために元気出さないといけないし。
『お母さんが亡くなったからって、我々の人生も終わらせたらダメだ』と。いっぱい奥さんもあの世に思い出を持っていったと思いますし、僕も奥さんとのいい思い出を心にしまいながら、一緒に、奥さんとともにこれからも生きようと思うし」

現在は長男がアメリカへ渡り、長女と2人暮らし。「一番淋しいのは来年。来年は娘も留学するので一人になってしまう。奥さんも子どももいなくて、みんなでずっと暮らしていた家が、ひとりぼっちのものになっちゃうんですね」「趣味があっても家族がいないのは寂しいと思う」と胸の内を明かしました。

一方、アメリカで生活する長男には「必ず連絡ください、写真送ってください」と頼んでいるそうですが、送られてくる写真は「そのへんにいる犬とか」。渡米から1カ月以上の間に直接連絡が来たのは2回で、「二回ともその連絡、お金くれ、以上(笑)」と笑わせる場面もありました。

パックンを支えているのは、子どもたちだけではありません。
芽衣さんが亡くなった日、福井でお世話になっていた家族の「妹分」に電話で訃報を伝えたところ、「わかった、明日行く」と即答されたといいます。

遠慮したものの、翌日には福井の家族や友人ら11人が自宅を訪問。掃除や片づけ、葬儀、その後の会まで力を貸してくれました。第二の故郷である福井だけでなく、東京でも多くの人が支えてくれたといい、「淋しいけど、ひとりぼっちじゃないことはそのときにすごく理解した」とパックン。黒柳さんが「すごいみんな優しいね」と声をかけると、「めっちゃくちゃ優しい」と微笑みました。

■「またパディと呼ばれたいな」放送後、Instagramで明かした思い


番組放送後、パックンは自身のInstagramでも、妻・芽衣さんとの死別についてあらためて報告しました。

公表したことで、知らない人からもたくさんの応援メッセージが寄せられているといい、「みんな優しい、親切ですよ」と感謝。「『元気出してください』というメッセージも多いけど、実は、元気です。
つらい、悲しいのも事実なんですけど、元気は元気です」と現在の心境を明かしました。

一方で、「不意にうるっとくるときもあります」といいます。前日、郡山駅の商業施設を歩いていると、「パディ」という名前の婦人服店を見つけたというパックン。「パディ」はパトリックの愛称のひとつですが、妻だけがパックンをそう呼んでいたのだそうです。

「僕は世の中でパトリックとかパトとかパックンとかいろいろ呼ばれていますが、実は妻が世界で唯一、僕のことをパディと呼んでたんですよ。だからパディの店名を見て、ああまたパディと呼ばれたいな。会いたいな。笑いたいな。
飲みたいな。と思って、ちょっと涙目になったんですよ」

それでも「そういうときはあるとはいえ、元気は元気です」。福井から駆けつけてくれた人たちや近所の人たちなどに感謝し、「みんなのおかげ、支えのおかげで、乗り越えるじゃないけど前に進むことができています。ありがとうございます」と語りました。

17歳の長女とは、ドン・キホーテへつけまつげを買いに行ったそう。一方、19歳の長男については、「コロラド州立大学、僕の地元で大学生として元気に頑張ってる、はず。全然連絡がないからわからん」と冗談交じりに近況を報告しました。ようやく電話がかかってきたと思ったら、用件はゲームサイトのパスワードを尋ねることだったそう。「3人とも悪いくらい元気。でも悪くないんですよ」と話しました。

そして、「遺された人が永遠にめそめそしてるなんて、亡くなった人も喜ばないよ。みんな元気に楽しく生きてる方が、本人もうれしい」と、僧侶からかけられた言葉を紹介。芽衣さんは今も「見守ってくれてる」と思っているといい、「せっかく見てるんだったら、こっちも面白いコンテンツを提供したい」と前を向きます。

「死別は人生につきものです」と語ったパックン。「悲しんでもいい、偲んでもいい。心に残すのは当然です。でも立ち止まることはないと思います」と続け、最後は亡き妻への思いをこう語りました。

「芽衣ちゃんを置いていくんじゃない。芽衣ちゃんを連れて、前向きに生きていきたいと思います。みなさんも応援してください」





(マイナビ子育て編集部)

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