ASKA、14年振りの『昭和が見ていたクリスマス!?』開催 東京公演初日のオフィシャルレポート到着
Photo:西澤祐介
『ASKA CONCERT 2026 昭和が見ていたクリスマス!?』の初日公演、2026年2月12日の東京国際フォーラムホールAを観た。この『昭和が見ていたクリスマス!?』は、ASKAが自身のライフワークのひとつとして位置付けているもので、2009年と2012年にも開催されて大きな反響を呼んだ、貴重なシリーズ公演である。昭和の名曲の数々を歌い継ぐことと、ビッグバンドが参加していることが、大きな特徴となっている。今回は14年ぶりの開催となり、2009年に続いて、ゲストとして岩崎宏美が参加。東京(東京国際フォーラムホールA)と大阪(グランキューブ大阪)で2日間ずつ、合計4公演が行われた。優れた音楽はタイムマシンの機能を備えている。夢のようで魔法みたいな空間が出現する夜となった。“華やかな昭和の空気感”が見事に再現されたからだ。
過去2回のステージの模様を映し出したオープニングVTRに続いて、幕が開くとASKAが登場して布施明の「君は薔薇より美しい」(1979年)を披露した。伸びやかかつ艶やかな歌声が鳴り響いた瞬間に、会場内が薔薇色に染まるような華やかな幕開けだ。昭和のコンサートの醍醐味は、人間の力を結集した豪華な演出にあった。この日のステージも、冒頭から人間味あふれる歌と演奏が全開となった。指揮・編曲の藤野浩一、Newherd Special Big Band(管楽器14名、ギター2名、ベース、ドラム、パーカッション各1名)に加えて、13名のストリングスチーム、さらにASKAバンドのメンバーの澤近泰輔(ピアノ・編曲)、クラッシャー木村(バイオリン)、高橋あず美、結城安浩に加えてUUMIの3名によるコーラス隊が参加。ASKAも含めると、総勢39名によるステージ。その豊潤な音色に“包まれる”のは至福の体験だ。
ミラーボールの光が降り注ぐ中でのピンキーとキラーズの「恋の季節」(1968年)で、ASKAが帽子に手をかけるピンキーの仕草までを取り入れて歌うと、大きな歓声が起こった。
ASKAの歌とパフォーマンスだけでなく、アレンジも原曲の味わいを極力活かしたものになっていて、ノスタルジーも感じることができる。ピンキーとキラーズにはなかった女性コーラスが入ってくるなど、新鮮な要素もある。懐かしさと新しさを味わえるところにも、この『昭和が見ていたクリスマス!?』の魅力があるのだ。ASKAの小・中・高校生時代と昭和歌謡の黄金期(1960年代後半~80年代前半)は重なっている。この日歌われた昭和の名曲たちの多くは、ASKAが少年時代から愛唱し、体に染み付いたものだ。ASKAはMCでこう説明した。
「僕は子どもの頃から歌謡曲が大好きで、物真似ばかりやっていました。今のクリスマスは家で静かに過ごすようになりましたが、僕らが子どもの頃のクリスマスはとにかく賑やかで、子ども心に年末が来るのが楽しみでした。
今日は、僕が子どもの頃に心待ちにしていた昭和の年末の賑やかさを、みなさんとともに楽しみたいと思います」
青い光に照らされながら歌われたのは湯原昌幸の「雨のバラード」(1971年)だ。ASKAの歌い方のニュアンスは、自身のオリジナル曲を歌う時とはまた少し違っているため、シンガーとしてのASKAの魅力を再発見する場にもなった。昭和の名曲をカバーする企画が成立しているのは、ASKAの圧倒的な声量と幅広い音域と豊かな表現力があるからこそだろう。カバーでもASKAの卓越した歌唱力が際立っていく。原曲とはかなり違うアレンジが施された曲もある。ギターサウンドを全面的にフィーチャーした壮大なロックバラードへと生まれ変わっていたのはタイガースの「廃墟の鳩」(1968年)だ。ASKAのボーカルが真っ直ぐ届いてきた。<汚れなき夜をこの地上に再び創るために>という歌詞は令和の今にも切実に響いてきた。
ペドロ&カプリシャスの「五番街のマリーへ」(1973年)では、ASKAの温かな歌声と優美なストリングス、たおやかなホーンの音色に酔いしれた。昭和を知る世代に懐かしさをもたらすだけでなく、昭和を知らない世代に、昭和歌謡の良さを知ってもらうために、歌い継いでいくのは意義深いことだ。
沢田研二のソロデビュー曲「君をのせて」(1971年)はASKAのソロアルバム『NEVER END』でもカバーしていた楽曲だ。ここでは原曲に忠実なアレンジでの歌唱となった。包容力のある歌声が染みてきた。歌詞の<夜の海を渡る船>のように、歌によって聴き手をどこかへと運んでいくようだ。「木綿のハンカチーフ」は、多彩な楽器編成を活かしたアレンジになっていて、1コーラスごとに変化していく起伏に富んだサウンドが時の移ろいを表しているようだった。ASKAの歌声が、時の流れの中で心変わりする主人公の悲哀に寄り添うように響いてきた。
ブルージーなボイスが新鮮だったのは上田正樹の「悲しい色やね」(1982年)だ。さらに、ASKAの音楽に大きな影響を与えた音楽家・プロデューサーのデヴィッド・フォスターがプロデュースして、ジョシュ・グローバンによって世界的なヒット曲となった「You Raise Me Up」(2003年)も演奏された。白い光の筋を浴びながら、こぶしを握りしめて、ASKAがエモーショナルに歌いあげていく。英語の歌だが、思いがたっぷり詰まった歌声、ソウルフルなコーラス、広がりのある演奏が一体となって届いてきた。
続いてのMCでは、ASKAが子どもの頃、坂本九のことが大好きだったエピソードが紹介された。4歳の頃、坂本がゲストで出演していたテレビの公開番組を九電体育館に観に行き、坂本がコントでいじめられているのが許せず、最前列に走って、「九ちゃんをいじめるな!」と叫んだ姿が放送されたのだ。なお、指揮の藤野はかつて坂本と一緒に仕事をしていたという繋がりもあった。今回のセットリストの4曲のアレンジを担当した現役の大学生でもあるサックス奏者・音楽家の鈴木真明地が紹介される場面もあった。
世代を越えた繋がりが生まれるところにも、音楽の良さがある。
前半の最後を締めた曲はCHAGE and ASKAの「オンリー・ロンリー」(1985年)と「安息の日々」(1982年)だった。20代のころに作った曲を今のASKAが歌うことで、当時とは違う深い味わいが生まれる。とくに「安息の日々」では歌詞にある<人生><道>といった言葉がよりリアルに響いてきた。昭和から平成、令和へと歌い続けてきたASKAの歌声のかけがえのなさを再確認する瞬間があった。<この瞳をあけて歩けるような><そんな勇気が今はほしい>という最後のフレーズの<今>は作った当時だけでなく、今の瞬間を表す言葉としても響いてきた。藤野が指揮棒でASKAを指し示してフィニッシュを決めると、盛大な拍手が起こった。
後半は、ASKAが岩崎宏美とデュエットするために作った「Love is alive」(1991年)からのスタートだ。
ASKAの紹介で岩崎が登場すると、歓声がひときわ高くなった。昭和のクリスマスのイメージにもぴったりのゴージャスなシルバーのドレス姿で登場したからだ。彼女の流麗な歌声からの始まり、続いてASKAの奥行きのある歌声が入っていく。なんと贅沢なデュエットだろう。肩を組んだり、見つめ合ったりする場面もあり。互いの音楽をリスペクトしあっている者同士の絆の深さや信頼関係が、ふたりのハーモニーをさらに特別なものにしていると感じた。
「『スター誕生』で初めて観た時から、“この子は行くな”と思ったよ」とASKAが言うと、「第一部を観ていて、私が感動する歌を全部歌ってくれるので、好みが似ているんだなと思った」と岩崎。ふたりのなごやかなやりとりに続いて、ASKAがいったんステージから去り、彼女の代表曲であり、ASKAのリクエスト曲でもある「ロマンス」(1975年)へ。この曲も昭和を代表する名曲のひとつだ。印象的なイントロが流れると、ハンドクラップが起こった。デビュー当時からの可憐さと純真さに加えて、深みの増した歌声での「ロマンス」は格別だ。歌い終わると岩崎から、「こんな豪華な演奏で『ロマンス』を歌えるなんて、夢のよう」との言葉があった。極上の歌声を豪華な演奏で聴けることも夢のようだ。ゲストとして、彼女が登場したことで、クリスマス感がさらに広がっていくようだった。
再び、ASKAのソロステージへ。尾崎紀世彦の「また逢う日まで」(1971年)、和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」(1972年)という昭和の屈指の名曲が立て続けに歌われた。時空を超えて届いてくるようなスケールの大きな歌声によって、会場内に高揚感が漂った。ASKAのパワフルなシャウトの中には、昭和の頃にふんだんにあった“希望の匂い”がぎっちり詰まっていた。この“希望の匂い”こそが、今の時代にもっとも必要なものかもしれない。
「次はCHAGE and ASKAの曲です。’92年か’93年に作って、こんな感じでやりたいと説明して、チカちゃん(澤近泰輔)に渡した記憶があります」という言葉に続いて、「夢の番人」(1993年)が演奏された。どっしりとしたリズムに乗って、ASKAがステップを踏みながら歌っている。フェイク混じりの自在な歌声が、ミュージカルのように自在に展開する歌の世界を鮮やかに彩っていく。
観客が立ち上がり、ハンドクラップして盛り上がったのは、昭和末期の喧噪と賑わいの空気が詰まった「狂想曲(ラプソディ)」(1988年)。さらにCHAGE and ASKAの曲が続き、ビッグバンドでの演奏が映えるジャジーな「Far Away」(1988年)へ。恋の情熱と無常観とが混在するようなASKAの歌声が魅力的だ。刹那の恋を描いた歌と解釈することもできそうだが、公演の終盤に配置されていることもあって、昭和という時代の終焉を予見する歌のようにも響いてきた。
西城秀樹の「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(1979年)では、イントロが鳴り響いた瞬間に、“お祭り、もしくはパーティーとしてのクリスマス”の空気が漂った。もともとはアメリカのヴィレッジ・ピープルが原曲だが、すっかり日本の青春賛歌の定番になっているところが画期的だ。ASKAが白いマイクスタンドを手にしてスタンバイしている。このカバーはASKAの声色が呼び寄せたものでもあるだろう。西城秀樹ゆずりの歌声とパンチの効いたシャウトを聴いているだけで、顔がほころんでしまう。会場内に陽気な空気が充満して、ステージ上も客席もY.M.C.A.のフリをして大盛り上がりとなった。
続いては、再びCHAGE and ASKAの曲「野いちごがゆれるように」(1992年)。全編を通してノスタルジックなムードが漂う曲だ。伸びやかでありながら、余韻の残る歌声が染みてきた。本編最後のナンバーはCHAGE and ASKAの「BIG TREE」(1991年)だった。雄大な歌声と凛としたコーラス、ダイナミックな演奏。ステージ上の39人のヒューマンパワーを結集することによって生まれる壮大な歌の世界は圧巻だった。「この楽器編成の中で思いっきりシャウトして、みんなが参加できる曲を最後にやりたくて、『BIG TREE』を選びました」とASKA。
メンバー紹介に続いて、岩崎宏美が再び登場して、そのままラストに突入。大きな木を見上げたその先には空が広がっている。ラストを飾ったのは、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」(1963年)だった。岩崎宏美の歌で始まり、続いてASKAがリードを取り、2人がコーラスしていく。<二人なら苦しくなんかないさ>というフレーズを2人でコーラスするシーンは感動的だ。華やかに始まり、胸の中に温かいエネルギーが満ちあふれてのエンディングとなった。惜しみない拍手の中、39名が並んで挨拶する光景は壮観だった。『昭和が見ていたクリスマス!?』は、昭和の時代の賑やかな空気を今の時代に蘇らせるだけでなく、あの時代に存在していた“夢”や“希望”を、歌という乗り物に乗せて、今の時代にデリバリーしてくれたのではないだろうか。ライブが終わって街に出ると、そこは令和の2月。夜空を見上げると、昭和の時代に輝いていた星は、令和の今も変わらず、確かな光を放っていた。
Text:長谷川誠Photo:西澤祐介
<公演概要>
『ASKACONCERT2026 昭和が見ていたクリスマス!?』
2026年2月12日 東京・東京国際フォーラムホールA