元巨人・槙原寛己、初愛車は約45年前のトヨタ“高級パーソナルカー”「契約金が余ってたんで」 ドラフト指名後に“停学”の衝撃エピソードも
BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』より(C)BS日テレ
元読売ジャイアンツの投手で野球解説者・タレントの槙原寛己が、8日放送のお笑いコンビ・おぎやはぎ(矢作兼・小木博明)がMCを務める、BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』(毎週土曜後9:00)に出演。今回は、“ミスターパーフェクト”こだわりの愛車遍歴を振り返る。
番組冒頭、おぎやはぎは「今週のゲストは、我々が大好きな元プロ野球選手」と紹介。「我々の世代ですから」「あの辺の世代は車もぶっ飛んでますから」と期待。一方で、小木は「なにか理由を付けてさ。(自分が高級車に乗ることで)子どもに夢を与えたいみたいな。言い訳ずるいよね。自分が欲しいだけでさ」と悪態をつく中、1980~90年代の巨人を“3本柱”の一角として支えた槙原は、車に乗って登場した。
槙原が乗ってきたのは自身の“初愛車”。その車は、トヨタが初めて手掛けた高級パーソナルカーで、1981年にデビューしたトヨタ『ソアラ』。槙原は「契約金がまだ余ってたんで」と、同車を20歳の時に手に入れたと告白。だが、当時はもちろん、寮生活。マイカー禁止の生活の中で実家において、1週間しかないオフに乗っていたという。
ひさびさの再会となった“初愛車”の周囲を見て回り、「いやぁ、かっこいいな。いまだに良いですよ」と絶賛。そして試乗へ。
だが走り出してすぐに、トラブルに見舞われ…。
このほか槙原は、巨人からドラフト1位で指名されたあとに、停学になったという高校3年時の衝撃のエピソードも明かす。