【夏の甲子園】156キロは何を塗り替えたのか 横浜・織田翔希の「聖地最速」と「高校生最速」の距離
第108回全国高校野球選手権大会の第13日、8月18日の準々決勝。横浜(神奈川)のエース右腕・織田翔希(3年)は、花巻東(岩手)を相手に123球、7安打10奪三振で完封を演じた。
横浜 6-0 花巻東。18年ぶりの4強進出を決めた一戦で、電光掲示板は「156」を7度映し出した。
2回、6回に2度、7回、8回、そして9回に2度。球数が100を超えた最終回でも最速値を出している。この数字が何を意味するのか、「聖地の最速」と「高校生の最速」という2つの物差しで整理する。
更新されたのは「阪神甲子園球場の球場表示」の高校生記録
まず前提の確認から。
最初に156キロが出たのは8月14日の2回戦・日南学園(宮崎)戦だった。1-1の6回無死二、三塁で2番手として登板。申告敬遠で満塁とした直後、谷口への3球目に156キロを計測し、続く155キロで見逃し三振を奪う。次打者を149キロで併殺に仕留め、無失点で切り抜けた。横浜はこの回に勝ち越し、10-1で快勝している。
それまでの記録は155キロ。2007年夏の佐藤由規(仙台育英)、2013年夏の安楽智大(済美)、2025年春と夏の石垣元気(健大高崎、現ロッテ)の3人が並んでいた。
阪神甲子園球場の球場表示・歴代球速
156キロ 2026年夏織田翔希(横浜)
155キロ 2007年夏佐藤由規(仙台育英) 2013年夏安楽智大(済美) 2025年春石垣元気(健大高崎) 2025年夏石垣元気(健大高崎)
154キロ 2001年夏寺原隼人(日南学園) 2009年夏菊池雄星(花巻東) 2009年夏今宮健太(明豊) 2019年夏奥川恭伸(星稜) 2026年夏織田翔希(横浜)
153キロ 2008年春平生拓也(宇治山田商) 2011年夏北方悠誠(唐津商) 2011年夏釜田佳直(金沢) 2012年春藤浪晋太郎(大阪桐蔭) 2012年夏藤浪晋太郎(大阪桐蔭)
154キロの欄に織田の名前があるのは、8月10日の1回戦・沖縄尚学(沖縄)戦のもの。昨夏の優勝校との初戦で139球を投げ、8回2/3を6安打2失点12奪三振。プロ注目の左腕・末吉良丞(3年)に投げ勝った試合だ。つまり織田は今大会だけで、この表の上位を自分の名前で埋めていったことになる。
スピードガンの数字をどう読むか
阪神甲子園球場にスピードガンが設置されたのは1992年。ただし当初、計測値はテレビ中継の画面に出るだけで、球場の掲示板に表示されるようになったのは2004年の選抜大会からだ。したがって「球場表示の記録」は、それ以前の投手を厳密には含んでいない。
もうひとつ厄介なのが、スカウトが持ち込む計測器との差である。2001年夏の寺原隼人は、大リーグ・ブレーブスの計測で98マイル(約157.7キロ)=158キロを記録したとされるが、同じ球を球場のスピードガンは154キロと表示していた。2005年夏の辻内崇伸(大阪桐蔭)もスカウト計測で156キロが伝えられている。
計測器の機種、設置位置、リリース直後を測るか手前で測るかによって、同じボールでも数キロは動く。だから「聖地の最速は何キロか」という問いには、どの数字を採用するかで複数の答えがある。今回の156キロが特別なのは、それが満員のスタンドと全国のライブ配信の前で、掲示板に表示された公開値だったという点にある。
「高校生最速」はもう一段上にある
一方、高校生全体の最速記録となると、話は阪神甲子園球場の外に出る。
163キロ佐々木朗希(大船渡) 2019年4月6日、U18高校日本代表候補の研修合宿の紅白戦で記録。
160キロ大谷翔平(花巻東) 2012年7月19日、第94回全国高校野球選手権岩手大会の準決勝・一関学院戦。6回2死の場面で高校生として史上初めて160キロに到達した。この試合は7回3安打1失点13奪三振でコールド勝ち。翌週の決勝で盛岡大付に3-5で敗れ、大谷は夏の甲子園に届かなかった。
158キロ石垣元気(健大高崎) 阪神甲子園球場では155キロ止まりだったが、自己最速は158キロ。2025年のドラフト会議でロッテから1位指名を受けている。
織田の自己最速157キロは、この並びの次に来る。ただし計測環境が球場ごとに異なる以上、これらを一列に並べて厳密な序列とみなすことはできない。
そして、この顔ぶれが示すのは、高校生最速は必ずしも阪神甲子園球場で生まれてこなかったという事実だ。佐々木は2019年7月25日の岩手大会決勝で、故障予防を理由に登板を回避。大船渡は花巻東に2-12で敗れ、佐々木は夏の甲子園の土を踏まないまま高校野球を終えた。大谷も160キロを出した年は地方大会で敗退している。歴代最速の2つは、いずれも聖地のスコアボードに残っていない。
織田自身の自己最速も同じ構図にある。
156キロを7度、しかも9回に
球速記録の議論で見落とされがちなのが、最高値ではなく再現性のほうだ。
花巻東戦の織田は、初回の4番・古城大翔(3年)に155キロで見逃し三振を奪うと、2回に156キロ。6回、7回、8回と各回でギアを上げ、9回にも2度156キロを表示した。156キロ7度のうち6度は6回以降で、9回の2球はそれぞれ113球目と119球目である。スプリットも145キロを計測した。
平均球速も高い。今大会の2回戦・日南学園戦で151.4キロ、3回戦・霞ケ浦戦で150.6キロと、プロの先発投手に匹敵する水準にある。1試合の最高値ではなく、100球を超えても150キロ台中盤を出し続けられることが、今秋のドラフト1位候補として評価されている理由だ。
本人は準々決勝後、球数も含めて制御しながら投げられたと振り返り、投球の合間にスピード表示へ目をやっていた意図についても、力を入れたときと抜いたときの差や反応を確かめていたと説明している。最速を追った結果の156キロではない、ということになる。
次は8月20日、準決勝
横浜は前日の17日、5度の全国制覇に導いた元監督・渡辺元智さんが81歳で死去した。歴代5位タイの通算51勝を挙げた名将に、教え子である村田浩明監督と選手たちが完封勝利を捧げる形になった。織田はこの試合で夏春通じた聖地での通算9勝目。横浜の投手では松坂大輔の11勝に次ぐ単独2位となる。
19日の休養日を挟み、20日の準決勝は智弁和歌山(和歌山)と対戦する。準々決勝で123球を投げた右腕が、中1日でどこまでの数字を出すのか。156キロがさらに更新される可能性も、聖地では初めて157キロが表示される可能性も残っている。
横浜 6-0 花巻東。18年ぶりの4強進出を決めた一戦で、電光掲示板は「156」を7度映し出した。
2回、6回に2度、7回、8回、そして9回に2度。球数が100を超えた最終回でも最速値を出している。この数字が何を意味するのか、「聖地の最速」と「高校生の最速」という2つの物差しで整理する。
更新されたのは「阪神甲子園球場の球場表示」の高校生記録
まず前提の確認から。
今回織田が塗り替えたのは、阪神甲子園球場のスピードガンが球場表示した高校生の最速値という記録である。
最初に156キロが出たのは8月14日の2回戦・日南学園(宮崎)戦だった。1-1の6回無死二、三塁で2番手として登板。申告敬遠で満塁とした直後、谷口への3球目に156キロを計測し、続く155キロで見逃し三振を奪う。次打者を149キロで併殺に仕留め、無失点で切り抜けた。横浜はこの回に勝ち越し、10-1で快勝している。
それまでの記録は155キロ。2007年夏の佐藤由規(仙台育英)、2013年夏の安楽智大(済美)、2025年春と夏の石垣元気(健大高崎、現ロッテ)の3人が並んでいた。
18年間で3人しか到達していなかった数字を、織田が1キロ上回ったことになる。
阪神甲子園球場の球場表示・歴代球速
156キロ 2026年夏織田翔希(横浜)
155キロ 2007年夏佐藤由規(仙台育英) 2013年夏安楽智大(済美) 2025年春石垣元気(健大高崎) 2025年夏石垣元気(健大高崎)
154キロ 2001年夏寺原隼人(日南学園) 2009年夏菊池雄星(花巻東) 2009年夏今宮健太(明豊) 2019年夏奥川恭伸(星稜) 2026年夏織田翔希(横浜)
153キロ 2008年春平生拓也(宇治山田商) 2011年夏北方悠誠(唐津商) 2011年夏釜田佳直(金沢) 2012年春藤浪晋太郎(大阪桐蔭) 2012年夏藤浪晋太郎(大阪桐蔭)
154キロの欄に織田の名前があるのは、8月10日の1回戦・沖縄尚学(沖縄)戦のもの。昨夏の優勝校との初戦で139球を投げ、8回2/3を6安打2失点12奪三振。プロ注目の左腕・末吉良丞(3年)に投げ勝った試合だ。つまり織田は今大会だけで、この表の上位を自分の名前で埋めていったことになる。
スピードガンの数字をどう読むか
阪神甲子園球場にスピードガンが設置されたのは1992年。ただし当初、計測値はテレビ中継の画面に出るだけで、球場の掲示板に表示されるようになったのは2004年の選抜大会からだ。したがって「球場表示の記録」は、それ以前の投手を厳密には含んでいない。
もうひとつ厄介なのが、スカウトが持ち込む計測器との差である。2001年夏の寺原隼人は、大リーグ・ブレーブスの計測で98マイル(約157.7キロ)=158キロを記録したとされるが、同じ球を球場のスピードガンは154キロと表示していた。2005年夏の辻内崇伸(大阪桐蔭)もスカウト計測で156キロが伝えられている。
計測器の機種、設置位置、リリース直後を測るか手前で測るかによって、同じボールでも数キロは動く。だから「聖地の最速は何キロか」という問いには、どの数字を採用するかで複数の答えがある。今回の156キロが特別なのは、それが満員のスタンドと全国のライブ配信の前で、掲示板に表示された公開値だったという点にある。
「高校生最速」はもう一段上にある
一方、高校生全体の最速記録となると、話は阪神甲子園球場の外に出る。
163キロ佐々木朗希(大船渡) 2019年4月6日、U18高校日本代表候補の研修合宿の紅白戦で記録。
高校野球史上の最速値として広く扱われている。ただし公式戦ではなく、合宿内の紅白戦での数字である。
160キロ大谷翔平(花巻東) 2012年7月19日、第94回全国高校野球選手権岩手大会の準決勝・一関学院戦。6回2死の場面で高校生として史上初めて160キロに到達した。この試合は7回3安打1失点13奪三振でコールド勝ち。翌週の決勝で盛岡大付に3-5で敗れ、大谷は夏の甲子園に届かなかった。
158キロ石垣元気(健大高崎) 阪神甲子園球場では155キロ止まりだったが、自己最速は158キロ。2025年のドラフト会議でロッテから1位指名を受けている。
織田の自己最速157キロは、この並びの次に来る。ただし計測環境が球場ごとに異なる以上、これらを一列に並べて厳密な序列とみなすことはできない。
そして、この顔ぶれが示すのは、高校生最速は必ずしも阪神甲子園球場で生まれてこなかったという事実だ。佐々木は2019年7月25日の岩手大会決勝で、故障予防を理由に登板を回避。大船渡は花巻東に2-12で敗れ、佐々木は夏の甲子園の土を踏まないまま高校野球を終えた。大谷も160キロを出した年は地方大会で敗退している。歴代最速の2つは、いずれも聖地のスコアボードに残っていない。
織田自身の自己最速も同じ構図にある。
今夏の神奈川大会(横浜スタジアム)の準決勝で157キロを複数回、決勝でも9回に157キロを計測した。阪神甲子園球場での156キロは、彼にとって「自己最速より1キロ遅い球」である。2025年春に市和歌山戦でマークした152キロが従来の自己ベストだったことを踏まえれば、この1年での上積みは大きい。
156キロを7度、しかも9回に
球速記録の議論で見落とされがちなのが、最高値ではなく再現性のほうだ。
花巻東戦の織田は、初回の4番・古城大翔(3年)に155キロで見逃し三振を奪うと、2回に156キロ。6回、7回、8回と各回でギアを上げ、9回にも2度156キロを表示した。156キロ7度のうち6度は6回以降で、9回の2球はそれぞれ113球目と119球目である。スプリットも145キロを計測した。
平均球速も高い。今大会の2回戦・日南学園戦で151.4キロ、3回戦・霞ケ浦戦で150.6キロと、プロの先発投手に匹敵する水準にある。1試合の最高値ではなく、100球を超えても150キロ台中盤を出し続けられることが、今秋のドラフト1位候補として評価されている理由だ。
本人は準々決勝後、球数も含めて制御しながら投げられたと振り返り、投球の合間にスピード表示へ目をやっていた意図についても、力を入れたときと抜いたときの差や反応を確かめていたと説明している。最速を追った結果の156キロではない、ということになる。
次は8月20日、準決勝
横浜は前日の17日、5度の全国制覇に導いた元監督・渡辺元智さんが81歳で死去した。歴代5位タイの通算51勝を挙げた名将に、教え子である村田浩明監督と選手たちが完封勝利を捧げる形になった。織田はこの試合で夏春通じた聖地での通算9勝目。横浜の投手では松坂大輔の11勝に次ぐ単独2位となる。
19日の休養日を挟み、20日の準決勝は智弁和歌山(和歌山)と対戦する。準々決勝で123球を投げた右腕が、中1日でどこまでの数字を出すのか。156キロがさらに更新される可能性も、聖地では初めて157キロが表示される可能性も残っている。