ポニーテールと寿司ネイル 【彼氏の顔が覚えられません 第1話】
「は? わからない?」
そのとき、ユイはすごい驚いた声で「冗談でしょ、なにそれ」なんて。
「あ、わかった、顔よりハートって、そういうことー? うっらやましぃー、このっ」
私が何も言えないでいると、ユイはそう続け、玉子のネイルが乗った人差し指で、私の頬をつつく。いや、そうじゃないけど。
顔なんて、わかんない。正直、ぜんぜん覚えられない。目とか口とか、開いたり閉じたりせわしなく動いてるし。
皮膚が伸びたり、シワができたり。マユゲが尺取虫みたいにぐにぐに動いたり。
たまに鼻の穴が、大きくなったり、小さくなったりして。表情ってやつ? を、変えるせいで、いつも違って見える。
だから、私が覚えているのは。カズヤの、よく響くテナーボイス。高い身長と、痩せても太ってもないカラダ。私を握る、手のぬくもり。首のあたりからただよう、優しいにおい。
顔は、なにも思い出せない。
目とか口とかが動き続けてて、いちいち覚えられない。
あとで知った。こういうの、フツウじゃないっぽい。失顔症っていう、ある種の病気らしい。
それでも、私は恋してる。彼の声も、カラダつきも、においも、優しさも、ぜんぶ。近くにいなくても、すぐに思い出せる。しっかり記憶してる。
ただ、彼の顔。それだけが、覚えられません。
(つづく)
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