エモノ捜索とテナーボイス 【彼氏の顔が覚えられません 第2話】

紫のニットに、黒のジャケットを羽織って私から離れていくユイも、街の人混みに混ざると、たぶんもう見分けつかなくなる。学校の中じゃ、ふっくらして見分けやすいユイでも、街の中には似たような人、わりといるから。

人混みは私にとって、にごった水中みたい。周りにいるのが誰か、さっぱりわからないし。だんだん、息もできなくなってくる。

「あんた、本気で東京の大学行くの?」

母は、私が上京を決めたときそう言った。私は、ダイジョブダイジョブーって、けっこう楽観的に返した気がする。ついさっきのユイみたいに。


でも、こんなに人酔いするとは。すぐ慣れるって思ってたけど、半年以上過ぎても無理。

それもこれも、私が人の顔が見分けられないせいなのか。シワの数とか、髪の色とか。ヒゲがある・ない、おっぱいがある・ないとかで、なんとなく性別や年齢は判断できるけど。知り合いらしい人とすれ違っても、「いま、シカトしなかった? あたしよ、あたし!」って言われても、「あ、ごめんなさい。顔わかんなくて」って返すしかなくて。

と、こうして学校に向かって歩いてる途中でも、ほら、なんかメガネの男性?(髪が短いし、胸もない)が、こっち見てきて、私が先に「あ、すみません…顔覚えてなくて。
どなたでしたっけ」って声かけたら。

「えっ、ちょっと、ウソ。怒ってる? 俺きのう、何か変なメッセージ送ったりしたっけ?」

あ、ウソ。すごい、聞き覚えある声。よく響くテナーボイス。ふだんメガネなんてかけてないのに。

握られた手に伝わる、記憶深いぬくもり。

私の彼氏、カズヤだった。


(つづく)

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