応援団とチョコレート【彼氏の顔が覚えられません 第14話】
すれ違いは、どちらのせいか。1月に浅草寺に行った以来、カズヤとはなかなか会えない日が続いていた。会うとしたら、もう今日しか残されていないような気がした。
きのう、LINEで送った。「お昼の1時に、ゼッタイ部室きてね。渡したいものがあるから」と。なんて大胆な誘い方だろうと、自分でも思った。“既読”は付いたが、返事はなかった。
受験生や部活動生たちから目をそらし、細く伸びた塔のような校舎に向かう。部室棟だ。部活の生徒も来ているため、入り口は開いている。ただ、みな出払っているので中は静かだ。
いつもは管楽器やらドラムやらの音が響いたり、大音量のロックが流れたりとカオス化しているのに、いま、かすかに聞こえてくるのはフォークギター1本の音だけ――カズヤの音だ。まちがいなく、いる。
古い校舎だから、エレベーターは無い。5階まで続く階段を、なるべく音を立てないように上る。
少しずつ、ギターの音色が近づく。道のりはやけに長く感じる。足音に気を遣ってるせいもあるけど、単純に5階は遠い。
ようやく部室の前にたどりつき、ひとつ深呼吸。どきどきしているのは、ただ疲れたからだと思う。いま、これまでの人生でまったく縁のなかったことをしようとしてるからではない。普段通りだ。そう自分に言い聞かせながら、ドアノブに手をかけ――。
ばちっ。静電気。思わず「ひゃっ」っと口から漏れる。静かな校舎の中、声はやけに響いた。ギターの音が止まる。やば、気づかれた? がたん、とギターが立てかけられる音がする。つかつかと、扉まで足音が近づく。そのあいだ動けない。
ビックリさせるつもりだったけど失敗だ。せめて、まともな気持ちで渡す心の準備を。胸に抱えていたものを、真っ直ぐ差し出せるように持ち替える。
扉が開く。現れた彼に、「それ」差し出す。
「これっ、受け取ってっ」
自分の口から、ほとんど悲鳴に近い声が出る。「それ」を持つ手に、「どすっ」と鈍い振動が伝わる。…え、「どすっ」?
見ると、彼は体をくの字に曲げて苦しんでいる。
ひゃあっ、まさか、いまので箱の端っこがみぞおちに!?
「ご、ごめっ…カズヤ、だいじょうぶ?」
が、彼の口から出たのは。
「だいっ…じょうぶじゃないし、ってか、イズミちゃん。俺、カズヤじゃないしっ」
あ、る、え? 予想外の言葉。それに、この声。
「先輩っ!?」
驚いて、落としてしまう。チョコレートの箱を。カズヤのためにハート型に固めた、恥ずかしさ120%のダサダサチョコを。それがいま、私の手から落ち――。
ぱきっ。
床に当たった衝撃で、たぶん割れた。箱の中でまっぷたつに。私の心そのものみたいに。
(つづく)
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