軽音部と伊勢エビ【彼氏の顔が覚えられません 第17話】
「俺はイズミちゃんが好きだ」
カズヤとつきあい始めるよりも前。あれはまぎれもなく、人生で受けた初めての愛の告白だった。
「こんな告白して、俺はもうこの部活にいられないと思う。他の部員を悲しませたかもしれない…特に、イズミちゃん本人を」
軽音部は、部内恋愛を禁じていた。私が入部する3年くらい前からの風習だそうだった。当時に何が起こったかは知らないが、恋愛が絡むと“みんな仲良くアットホームに”という部活の方針に狂いが生じてしまうのは、どこの部活もいっしょだろう。
「…おい、とりあえず落ち着こうぜ」
会場がシーンとしてしまったなか、3年生の部長が言う。だいぶ真っ赤な顔をしていたが、後輩の突然のふるまいを見、すっかり酔いがさめてしまったようだ。
「そういうことさ、べつに、いま言うようなことでもないだろ…合宿、明日まであるんだからさ。周りの空気も読んで…」
「いま言わないと、俺はもう生きていけない気がしたです! こいつみたいに…」
部長の言葉を途中で遮り、真剣な口調で言う2年の先輩。びっと伸ばした指は、半身が切り離されたまま目玉や足や触覚を動かす伊勢エビの活き造りを差している。
「は」
周りの先輩たちのリアクションは、お笑い芸人の一発芸を見た瞬間のようだった。
「…え、お前、なに言ってんの? ギャグ?」
「完全スベってるけどさぁ、ハハハ…」
確かにギャグならぜんぜん面白くなかった。だからこそ逆に、真剣さも伝わってきた。表情はわからないけど、告白した先輩の顔は真っ赤になっていた。それからみなの注目は、徐々に私へ移っていった。
次は、私が答える番だ。
(つづく)
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