恋する資格と幽霊部員【彼氏の顔が覚えられません 第18話】
すでに2人が寝息を立て始め、私もだんだん意識が途切れかかっているとき。急に肩を揺すられ、一気に目が覚めて。
「うん…なに?」
そう言いつつ目を開けると、相手の顔は異様な近さにあって。小さな電灯が点いていたから、髪が長いのと、浴衣を着ているのはわかった。でも、失顔症の私でも区別できるそれらの情報は、この場では全く意味をなさなかった。
髪が長いのは、ふだんツインテールにしている子も、ポニーテールの子も、ストレートな子も、みんな寝る前にほどいていたから区別のしようがなかった。浴衣だって、二色分かれていたはずだけど、暗くて何色なのか判断ができかねた。
誰だかなんて、わかるわけなくて。
ただ、彼女が抱えている重々しく恨み深い感情だけは、その声から伝わってきた。
「なんであんたみたいなのがモテるわけ。あんたなんか、恋する資格もないクセに…よくもまぁ堂々と、○○先輩のことフッて…それで平気な顔していられるもんだわ」
○○先輩というのが誰のことか、一瞬よくわからなかった。その日、私からフラれた2年の先輩のことだと気づいたときには、彼女の手に首をしめられていた。
死を悟るようなものすごい力。わけがわからぬまま、私は逝ってしまうのだ。
でも次の瞬間、部屋の扉がコンコン、と鳴って。首をしめる手の力は急になくなり、本人も慌てて私から離れ、ガサゴソと自分の布団の中に潜っていった。
どっち方面の布団に潜ったか見ていれば、まだ犯人を特定することはできたかもしれない。けれど私は放心中で、それどころじゃなかった。
扉の向こうからは、「ねぇ、だれかまだ起きてないのー」という女性部員の声が聞こえた。その直後に、「ホラ、もうみんな寝てるって。無理に後輩たち起こしちゃかわいそうだってばー」という別の声も。
声の主たちは、じきに去っていった。そして首をしめた部員も、もう襲ってくることはなかった。犯人も詮索できないまま、私は意識を落としてしまった。
なんとか命は助かった。けれど、そんな危険な目にあった上で、それ以上部活に身を置いておきたいとは思わなかった。
それ以来私は、部活に顔を出さなくなってしまった。人間としてしっかり生きてはいるけど、部員としては完全に死んでしまった。幽霊部員になってしまったのだ。
(つづく)
【恋愛小説『彼氏の顔が覚えられません』は、毎週木曜日配信】
目次ページはこちら