Fコードと一発ギャグ【彼氏の顔が覚えられません 第20話】

「行かないよ。悪いけど」

“悪いけど”。確かに自分でそう言った。部活にこないか問われて、咎められていると思うのは当然だろう。だが相手には、まったくそんなつもりないようだった。

「そっかー、やったー!」

“やったー”? なに喜んでるの、この人。

「じゃあ、俺とヤマナシさんが付き合っても、別に部内恋愛にならないってことだよね」

一瞬、なにを言われているのかわからなかった。わかるまでにかかった時間は3秒くらいだろうか。
その3秒間、世界は確実に静止していた。教室にはもう私たち以外の誰もいなかったから、錯覚したのかもしれない。なにもかもが息を潜めているような気がした。この世のすべてがストップするのに、3秒という時間は決して短くない。

こんなカタチの愛の告白って、あるのだろうか。伊勢エビの活き作りを見て、決死の覚悟で私に告白した2年の先輩が、完全にかすむような告白。いや、だからこそだろうか。

「まぁ、そうだね」

“そうだね”。
確かに自分でそう言った。それは、イコール、彼の告白を承諾したという意味にも取れる。自分ではそのつもりがなくても、相手にそう思いこまれたら、あとは勢いでたたみこまれるだけだ。

「やったー! じゃあさ、きょう授業終わったら、デートしよ。部室棟の前で待ち合わせしてさ、ライヴ観に行こう。チケット2枚あるから。時間、あるだろ」

「あ、あるけど」

無い、という選択肢はなかった。用意する間もなかった。
彼が勢いづいた瞬間、今度は世界が加速し出した。彼という人間は、世界の緩急を自在に操る能力を持っているのか。

彼は、「オッケー」と言って、私の肩をポンと叩いた。たったそれだけで、彼との部活の風景がぜんぶよみがえってきた。顔はぜんぜん覚えていなかったけれど、その声と、手の感触と、そしてときどき香ってくる優しい匂いは、ぜんぶ覚えていた。

「じゃあきょうから、俺、タニムラカズヤと、ヤマナシイズミは、恋人同士。で、OK?」

「いや、でもあなた、“退学までもう秒読みらしいわよ”」

それは彼の勢いに圧されまいと、何とか絞り出した台詞だった。だけど例の合い言葉になってしまっていた時点で、すでに私は負けていた。


そして理解した。これまで部活で一緒だった私たちは、またこれからもカタチを変えて、一緒にいつづけるようになるんだろうな、と。「恋に落ちた」のとはまた少し違うのかもしれない。ただ、「まずは友達から」という選択肢は、用意する間もなかった。世界は、まだ加速し続けていた。

「“まじで!? じゃあ時を止めてやる!”」

オヤクソク通り、カズヤはそう言うと、一発ギャグをやった。ギャグとしてはあまりに笑えない、とんでもなく恐ろしい、寒いやつだ。彼はいきなり顔を近づけてきたかと思うと、私の頬にキスをしたのだ。


そしてその瞬間、本当に時は止まった。やはり彼という人間は、時を自在に操る能力を持っていた。

(つづく)

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