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自分って磨くものではなく「磨かれるもの」

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自分って磨くものではなく「磨かれるもの」


自分磨きというあいまいな言葉じたいが良くないのだろうと思うのですが、よく「自分磨きって、なにをすることですか」と質問されるので、今回は自分磨きについて一緒に見ていこうと思います。

■具体的には・・・


「自分磨き」で検索すれば、自分磨きの具体例がいくつも出てきます。たとえば、朝早く起きることは、自分磨きなんだそうです。あるいは愚痴を言わないというのも、自分磨きなんだそう。水回りをキレイに掃除するのも、靴を磨くのも、自分磨きだそうです。

要するに、常識ある社会人として、自制心をもって生きるように心がけること、あるいは自制心のある言動をとることが、自分磨きとされているようです。

もちろんみなさん若いので、髪のこと、ネイルのこと、ファッションのこと、もう頭のてっぺんから足の爪にいたるまで、磨こうと思えば、相当な興味をもって磨けると思います。心、つまり内面も外面も、磨かないよりは磨いたほうがいいです。


■自分って、他人が磨いてくれるものです


でも思うんですが、自分って、みずから磨くものでありつつも、他人が磨いてくれるものでもあるんです。他人が自分のことを磨いてくれるというのは、たとえばあなたのまわりにいる素直な人を見ていたら理解できると思います。

素直でよくはたらく人って、上司から仕事を任されます。任された仕事をやり遂げる中で、いろんな人と出会います。いろんな場所に行きます。そういうことを繰り返すうちに、素直な人はどんどんいろんなものを吸収して、人間的にも、女性としても、より成長するわけです。

つまりこの例で言うなら、素直な性格ゆえ、上司から仕事を任されたことをきっかけとして、(いわば会社のお金と時間をとおして)自分磨きができているわけです。

もっといえば、自分って、他人とのかかわりを通してしか、磨かれないようになっているということです。
たとえば「愚痴を言わない」という心がけでもって自分磨きをする場合、「わたしは愚痴は言いません」と100万回唱えても、きっと翌日に愚痴を言うと思います。そういう心がけって、なにかの拍子に忘れがちなのが人間なので。そうではなくて、自分より素晴らしい人とか、厳しい先輩に揉まれているうちに、自然と愚痴を言わない人格になった、こういうのが、本当の自分磨きです。20代後半にもなると、他者に磨かれた人と、そうではない人とで、かなり魅力に差が出てきます。他人に自分を磨いてもらおうと思えば、素直であることです。

損しているかもしれないと思っても、素直に生きていると、自分を磨いてくれるステキな人に出会えます。が、ブラック企業も多い昨今、どこまでも素直だと、過労死しちゃうかもしれませんね。そういうのに気をつけつつ、自分を磨いてくれる他者を、人知れず必死になって探す、というのも、大切なんじゃないでしょうか。


「誰かわたしのことを磨いてくれないかなぁ」と、ぼんやりと期待しているだけではいけない、ということです。(ひとみしょう/ライター)

(ハウコレ編集部)

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