「私が行くと迷惑」「周囲の目が怖い」4歳発達グレー息子の園行事、見に行くのをあきらめた母の後悔【専門家アドバイスも】
保育園の行事に参加できなかった息子
しのくんは現在4歳11ヶ月、発達障害グレーゾーンの男の子です。
しのくんは保育園に通っていますが、参観日や運動会などの保育園の行事では、私を発見するなり駆け寄ってきてしまうので、2歳ごろからずっと行事に参加することができていませんでした。
私は、その度にほかのお友達としのくんを比べてしまったり、保護者の目も気になってしまい、「しのくんは、どうしてできないんだろう?」と真剣に悩んだ時期がありました。
そんなしのくんですが、4歳直前のころにあった生活発表会では、私の方に来ることなく(来ようとしたが途中で踏みとどまった)、最後まで舞台で演技をすることができて、とても感動したのを覚えています。
しかし…
成長したと喜んだのもつかの間、次の参観日で…
4歳2ヶ月ころにあった保育園の参観日では、しのくんは私を発見するなり教室を出て、またもや私のほうに来てしまいました。教室へ戻るよう促しても、私の近くを離れようとしません…。
最終的にはそのまま教室の外で、加配の先生と私としのくんの3人で、参観の時間が終わるまでおしゃべりをして過ごしました。
もう、みんなと同じように行事に参加できるようになったと思っていたので、この出来事に私はとてもショックを受けました…。
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またこっちに来たらどうしよう!怖くなった母は…
このことがきっかけで、私はその参加日から約2週間後にあった保育園の行事、音楽会に参加するのが怖くなりました。
しのくんがこっちに来て、音楽会を台無しにしてしまったらどうしよう!?と思いましたし、カメラに写るのが大好きなので、ほかの保護者のカメラに写りにいって、迷惑をかけたらどうしよう!?という不安が私を襲います…。
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たくさん悩んだ末、私は音楽会へ行くのをあきらめました。代わりに、しのくんが言うことを聞く、夫と義父の2人に行ってもらうことにしたのです。
2人は「(私が行っても)大丈夫じゃないの?」と言いながらも、快く「行く」と言ってくれて、私は心からホッとしました。保育園の先生からは、私が音楽会に行かないことを伝えると…
「お母さん、大丈夫よ。お母さんのところに行ってもいいじゃない。見に行ってあげたら?」と、とても温かいお言葉をいただきました。
しかし…
当時の私は「もし○○になったら」ばかり考えて、一人で勝手に不安になってしまい…
結局音楽会には行くことができませんでした。
音楽会は、夫が動画を撮ってきてくれたので見てみると…
しのくんは最初から最後まで客席に来ることなく、きちんと参加することができていました。
私は、「しのくん凄い…!」とその動画を見て感動しました。
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当時を振り返って今思うこと
当時を振り返ってみると、やっぱり保育園の先生の言うとおり、ちゃんと見に行ってあげればよかったなぁと思います…。
周囲の目を気にするあまり、しのくんの気持ちを第一に考えてあげられなかったことを今は後悔しています。
現在、4歳11ヶ月になったしのくんは、もう私のほうに来ることはなく、しっかり行事に最初から最後まで参加できるようになりました。
もちろん、行事を見に行くときの不安は今もあります。
ですが、不安な気持ちはしのくんにもあると思うので、お互いの不安を和らげるためにも、今日は○○なことがあるからね。
と状況を先に伝えておくようになりました。
この件を忘れずに、親子で見通し不安に負けないように事前にできる準備はしつつ、そして何より、しのくんの気持ちを第一に考えて行動していきたいと思います。
執筆/keiko
(監修:初川先生より)
自分のところに来てしまうかもという不安から音楽会の参観を見送られたエピソードをありがとうございます。その判断はさぞ葛藤されたことだろうと思います。自分のせいで、子どもが発表を抜けて、台無しにしてしまったらどうしよう。そして、そんなわが子の姿を見てしまったら、ほかの子どもとの違いにいたたまれない気持ちになるに違いない。さまざまな思いがあったことと思います。
さて、思うには、未就学児の子どもたちにとって、保護者参観日は特別なものでありつつも、一方で、日常の延長でもあるんだろうと感じます。
つまり、本番だからちゃんとやる、そういう気持ちや理解はいつごろ育つんだろうかということです。本番だから頑張る、お母さんやお父さんが見ているから頑張る、そういう意識が育つのは結構個人差があるのではないのでしょうか。
例えば、「明日はお母さんが見に行くから、一番かっこいい演奏聞かせてね!」という約束をしたとして、それが実行されるのだとしたら、それはそれで約束を覚えていて、不安緊張興奮さまざまありつつも実際そう振舞えるというなかなかのマルチタスクだと思うのです。親のところに来ずとも、気分が乗らずに、あるいは普段との違いから緊張するなどして練習通りにはできない子どもは少なくないでしょう。本番を本番として、最高のものをと思うのは実は大人だけで、子どもはもっとのびやかに、あるいは自分の不安などの気持ちに正直に過ごしているのかもしれないと感じます。子どもによっては、(より日常に近い)リハーサルの方が得意なお子さんもいます。本番にだけ特別な価値を置くのはやっぱりちょっともったいないなと感じてしまいます。
非日常でありつつも、やっていることは子どもたちからしたら練習や日常と同じことで、そこに大好きなお母さんお父さんがいたらそこに惹かれるのは自然な反応だろうと思うのです。
そういう意味で参観日におけるお子さんの発達がどんなものかを知るという意味で、「また(まだ)お母さんのところに来ちゃったね」で本来はいいのだろうと思います。いずれそのあたりが育ち、「もうお母さんのところに来なくなったね」の日が来るでしょう。
しのくんは、お母さんが音楽会に来なかったことをどう思っているのか、そこがちょっと気がかりです。どんな姿であれ、お母さんに見ててほしかったんじゃないかなと思います。大人は子どもが立派にやっていると自然と褒める言葉が出てきたり、笑顔になったりしますが、でもその際の「立派」とは結構相対的なものではないか(ほかの子どもと比較していないか)というところは気を付けておきたいところですね。難しいのは行事だと練習の成果の場として設定されがちなので、どうしてもまなざしが評価的になびいてしまいます。もちろんよきことはよきとしても、でも、どちらかというと、子どもがぐんぐん日々育ちゆく中の一端を見ているにすぎないので、まだお子さんが「本番だから」を真に理解し自分のモチベーションもそこに持っていけるまでは、あくまでも行事設定の日常場面を参観しているという心持ちでもいいのではと思います。そうは言っても、周りのお子さんや保護者の目が気になったりするのはあるだろうなというのも分かります(なので、多かれ少なかれ葛藤されるのはあるだろうなと思いつつ…)。
そして、親がわが子の振る舞いや言動に不安になるのはよくあることですが、それをお子さんにぶつけないことは大事なことだなと感じます。保育園の先生に「行かない」ことを話せたのはよかったですね。行くか行かないか迷う、うちの子ちゃんとやれるか不安。そうした気持ちはお子さんとの間で話し合うよりも、園の先生にお知らせしたり、パートナーと話し合ったり、大人の間で抱えていくとよいと思います。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如・多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。