リレーの練習で「ふざけている」と誤解された発達障害年長息子。運動会辞退が頭をよぎったけれど…【読者体験談】
この記事で分かること
- 発達障害のあるお子さんが運動会のリレーで直面した困難と、保護者の葛藤
- 園や学校の先生に子どもの特性が伝わらない苦悩
- 否定形の指示ではなく、「望ましい行動」を具体的に伝えることの大切さ
- 児童発達支援(療育)の先生への相談が、子育ての悩みを軽くするきっかけに
- 園や学校に対して、子どもの特性や必要な配慮をあきらめずに伝える勇気の重要性
好奇心旺盛な年長息子が直面した「リレーの壁」
私の息子は現在9歳で、3歳でASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断されています。好奇心旺盛で、気になることは自分の目で見て確認せずにはいられないところがあります。ボードゲームや工作が好きですが、一斉行動や運動、特にルールのある遊びは苦手な一面もあります。
息子が幼稚園の年長だったときのことです。秋の運動会に向けて、リレーの練習が始まりました。息子にとって、リレーのルールはとても理解が難しいものでした。「バトンを持って、次の友だちに渡す」という一連の流れよりも、「バトン」という気になる物をどう扱いたいかという「したいこと」が優先されてしまうようでした。
最初のうちは、練習している様子を見て「みんなと一緒に走るのが楽しそうだな」くらいに思っていたのですが、先生からのご指摘で、事態の深刻さに気づかされることになりました。
「リレーは、バトンを渡さないとつながらないですよね。『次のお友だちに渡すよー!』って言っても、息子さんは渡さずに笑っているんです」
先生方には、息子がルールを理解できていないだけでなく、ふざけていると思われていたようでした。
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「経験を奪うのか」と追い詰められた日々
「うちの子には難しいので……」と私はやんわりと運動会への参加を辞退したいという思いを伝えました。練習とはいえ、先生方の厳しい態度や、息子が「できない子」と見られる状況に、これ以上耐えられそうになかったからです。
しかし、園からの返答は予想外のものでした。「経験させたいので、なるべく休まないように来てください」との言葉に続けて、さらに「息子さんに経験させないんですか?お母さんが、お子さんの経験の場を奪うんですか?」とも言われ、「私が、息子の可能性を奪っているの?」と胸をえぐられるような思いがしました。園では子育てについてもいろいろとご指摘を受けていたため、自分の判断に自信が持てず、ただただ戸惑いました。「経験させたい」と言われるのなら、参加させるしかない。
でも、息子は先生方の望む姿に到達せず、毎回責められるような視線を浴びる……虚しさと悔しさと情けなさでいっぱいでした。
「なんでこんな思いしなきゃいけないんだろう」と泣きたい気持ちになりましたが、私は自宅での練習を決意しました。
まずは、息子にリレーのルールを伝えることから始めました。
- クラスごとの色を教え、息子は○色チームで、次のお友だちにバトンを渡すことを説明。
- 幼児向け番組のリレーのコーナーを繰り返し見せる。
- 「リレーのおやくそく」として、紙に絵と一文を書いて見える化する。
- 実際にバトンの持ち方と渡し方を練習する。
息子は、調子が良い時に練習すると「うん!」とニコニコしながら取り組みました。
これで大丈夫。本番までに何とか間に合わせたい。
しかし、幼稚園での練習で、さらなる試練が待っていました。なんと、息子はバトンを転がしてしまったのです。それを見てニコニコと喜んで追いかける息子。先生からは、また厳しいご指摘がきました。
毎日「できないこと」の報告で、私の自己肯定感も下がる一方でした。この状況をどうにかしないと、息子も私も潰れてしまう――。
「試してみたくなっちゃうよね!」に救われた
追い詰められた私は、わらにもすがる思いで、当時通っていた児童発達支援の先生に相談しました。どう教えたら息子に伝わるのか。参加させない選択は間違っているのか。そして、園の先生方のご指導にも疑問を感じていたからです。リレーでのいきさつを話すと、療育の先生は笑ってこう言ってくださったのです。
「試してみたくなっちゃうよね!」
先生、分かってくださいますか……ありがとうございます(泣)。心底そう思いました。共感していただけたことで、少し気持ちが軽くなりました。
先生は、私がつくった「リレーのおやくそく」の見える化の努力も褒めてくださいました。
そして先生と話しているうちに「してはいけないこと(バトンは転がさない、落とさない)より、まず『望ましい行動(持ったまま、真っ直ぐ走る)』を伝えたほうがよかった」という大きな気づきをもらいました。
このことに気づいた私は、息子への伝え方を変えました。
「バトンは転がさないよ」という「〜しない」という否定の言葉から、「バトンを転がしたら、次のお友だちに渡すのが遅くなっちゃうから、持ったまま真っ直ぐ走ろうね!」と、してはいけない理由と望ましい行動をセットで伝えるようにしたのです。
このほうが、息子も自分が何をやったらいいのか理解ができるようでした。
清々しい笑顔で走り抜けた本番。親子の闘いは続く
そして迎えた運動会本番。息子は、気持ちよさそうに笑顔で懸命に走り抜け、「リレーのおやくそく」を守り、次のお友だちにバトンを渡すことができました。やり遂げた後の息子の顔は、達成感に満ちた清々しい表情で、私も心底ホッとしました。
息子がやり遂げた後、先生方もホッとした表情をされていました。「先生方も不安だったんだろうな」と感じたのと同時に、リレーの接戦に大興奮されていたのを見て、「自分のクラスを勝たせたかった」という感情も見えたように感じました。
運動会が終わった後、私は息子をたくさん褒めました。「すごかった!かっこよかった!まっすぐ走れたね!すぐにバトンを渡せたね!頑張ったね!」うれしくて、何度も何度も褒めました。先生方も褒めてくださり、息子もとても満足げでした。
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この一連の出来事を経て、私自身の考え方にも変化がありました。当初は園の方針に合わせようと、親子で努力しました。しかし練習が終盤になり、先生方のご指導がさらに厳しくなると、息子は皆の前で叱られることが増え、園に行きたがらない、癇癪・パニックが増えるという状況に陥りました。
このままでは息子がつらい思いをすると思った私は、園側と話し合いました。話し合いでは、私たち親子の誤解だと主張する先生や、泣き出す先生方もいて、とても複雑な思いでした。私達親子も毎日泣きながら園の方針に合わせていたのに、とも思いましたが、お互いに十分な話し合いができなかったのが良くなかったのかもしれません。先生方には、どんなに努力しても難しい子どもたちがいることを理解してほしい。そう強く思い、この件があってからは、園にも学校にも遠慮せず相談するようになりました。「息子自身はどうしたいのか、これがあったらできそう、ここまでなら参加できそう」ということを、学校側には淡々と具体的に、理由・背景もセットで伝えていく。必要な際は主治医など専門家の意見も伝える。これは、配慮を求めるために必要なことだと痛感しました。
私はこれからも家庭での関わり方の工夫を続けながら、息子にとって最善の道を探り、必要な配慮は求めていこうと思っています。
諦めずに伝え続ければ、必ず見つかる道がある
あの運動会の経験は、私にとって「望ましい行動を伝える大切さ」と、「親として毅然と意見を伝える勇気」を教えてくれました。息子は、「みんなと同じ行動」ことは難しかったですが、望ましい伝え方をすることで「自分なりの達成感」を得ることができました。
息子もそうですが、どんなに努力しても特性から集団行動が難しい子どもたちがいます。特別支援とは何なのか、今一度別の視点から子どもたちを見て、困りごとに寄り添うアプローチをしてくださる先生が一人でも増えることを願っています。かつての私と同じように、お子さんの集団行動で悩んでいる保護者の方がいたら、「どうか自分を責めないで」と伝えたいです。親子の頑張りを認めてくれる人は必ずいます。あきらめず、一歩ずつお子さんと一緒に進んでいけるよう、心から応援しています。
イラスト/よしだ
エピソード参考/七転八起
(監修:井上先生より)
集団活動が困難なことに加えて、先生たちの理解のない言葉に親自身も責められ、とてもつらかったと思います。そんな中でも前向きにご家庭でバトンを渡す練習に取り組まれたこと、頭が下がる思いです。
無事にリレーに参加できたこと 、教える過程で 「〇〇しない」と言うよりもすべきことを具体的に伝えることの大切さを学べたことは、お子さんにとってもご自身にとっても大きな収穫であったと思います。お子さんが成長するにつれて、工夫したり努力すれば可能なこと、個別の環境設定が必要なことなどでてくると思います。合理的配慮の考え方も教育現場に浸透してきているので、分かってくれる先生も増えてきていると思います。親御さんご自身の思いも含め相談していくのがよいと思います。(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。