「九九は諦める!」パニックになった発達障害娘を見て決意。12年後、学習困難を乗り越え塾講師になるまで【読者体験談】
算数の「山場」で立ち尽くす娘
- ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)グレーゾーンの特性を持つ子が、学習の「山場」を乗り越えるまで
- パニックを防ぐための「学習をスパンと諦める」勇気とその効果
- 放課後等デイサービスや家族との関わりで育まれた自己肯定感
- かつての苦手を経験として活かし、塾講師のアルバイトで活躍する現在の姿
- 診断名:ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)グレーゾーン
- 診断時期:小学1年生の6月頃
- エピソード当時の年齢:小学2〜3年生頃
娘が小学2年生になった頃、算数の授業で「九九」の学習が始まりました。近年の小学校では「掛け算の考え方」を重視する傾向があるため、文章題から立式する際、例えば「7×3」が正解で「3×7」だと△にされてしまうことがあります。娘は、この「掛け算の順序」で混乱し、減点されてしまいました。
「どうして間違えてしまうんだろう」という自分への疑問が残っている様子で、小テストの点数はなかなか伸びません。さらに暗記が苦手な娘は、六〜九の段をどうしても覚えられず、違う数字で覚えてしまっていることもありました。
当時の担任はベテランでしたが、発達障害グレーゾーンへの関わりの難しさに理解が薄く、「心配しなくても知らぬ間に覚えるのが子どもですよ」とあっけらかんとした態度。学校との連携がうまくいかず、私自身も娘がどれほど困っているのかを気づけなかったため、娘が算数嫌いとなり苦しむのではと思うと、強い不安を感じていました。
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泣き叫ぶ娘……算数嫌いにさせないことを目標に
「九九を覚えさせなきゃ」と私が一生懸命になればなるほど、娘のパニックはひどくなりました。
泣き叫ぶ娘を見て、私はある決断をしました。「九九を覚える」ことを、一旦スパンと諦めることにしたのです。
まずは心の安寧を第一に考え、算数嫌いにさせないことを目標にしました。お風呂はリラックスする時間と決め、遊び程度に数え歌を唱える。一度にたくさんではなく、数年かけるつもりでゆっくり進めました。
同時に、放課後等デイサービスが娘にとって大切な「居場所」となりました。そこでは学習だけでなく、生活リズムを整え、スタッフの方やほかのお子さんの手伝いをする機会がありました。 「誰かの役に立てる」という経験は、勉強で自信を失いかけていた娘に、「自分はこれでいいんだ」という自己肯定感を与えてくれました。
学校以外の安全基地ができたことで、娘の心に少しずつ余裕が生まれていきました。
2歳年下の弟の存在が転機に。「弟に分かりやすく教える」という役割
結局、九九が全部言えるようになったのは小学4年生か5年生の頃だったと思います。2〜3年という長い時間をかけましたが、振り返れば「気づいたら覚えていた」という感覚でした。
転機となったのは、2歳年下の弟の存在です。弟に算数を教える中で、娘は低学年の学習を自然に復習することができました。 「弟に分かりやすく教える」という役割が、娘に「あ、ここは分かる」「これはできる」という確信を持たせてくれたのです。
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テストの点数が悪くても、私は決して叱りませんでした。私自身、子供の頃に親から点数で厳しく叱られた記憶があったからです。
「人生は勉強だけじゃない」と言い聞かせ、娘が納得するまで一緒に解き直す。その繰り返しが、間違いを恐れずに学び直す姿勢を育んでいったのかもしれません。
自分の「つまずき」が、誰かの力に変わる時
現在、大学1年生になった娘は、塾のアルバイトで小中学生に数学や英語を教えています。
あんなに算数で苦労した娘が、今は「教えるのが一番楽しい」と笑っています。自分が勉強で困難にぶつかり、コツコツと丁寧に取り組んできた経験があるからこそ、生徒がどこでつまずいているのかを的確に察知できるようです。「数学は苦手だったからこそ、教え方が分かるんだ」と嬉しそうに報告してくれる姿は、親から見ても本当に素敵だなと感じます。 現在は自身の経験を活かし、教職課程(英語)を専攻して教師の道も視野に入れています。かつての「石のように動けなかった日々」は、今、娘のなかで確かな強みに変わっています。
信じて見守ることの価値
約20年間の育児を振り返って思うのは、親として「信じて見守ること」の難しさと大切さです。周りの子と同じペースで進まないと焦ることもありますが、子ども自身の成長のタイミングを待つ姿勢が、結果として本人の「自分らしく生きていこう」という気概に繋がったと感じています。
学校だけでなく、放課後等デイサービスやさまざまな専門職の方、そして良き指導者との出会いが娘の人生観を広げてくれました。これからも先々のことを見据えながら、今この子に必要なことは何かを冷静に見極めていきたい。「私は私らしく」と歩み続ける娘の背中を、これからも静かに支えていければいいなと思っています。
イラスト/マミー・マウス子ビッツ
※エピソード参考者のお名前はご希望により非公開とさせていただきます。
素敵なエピソードを共有いただき、ありがとうございます。神経発達症の診断を受けているお子さんで、勉強面での困難さがみられる場合、その背景にはさまざまな要因があります。
例えば、読み書きの苦手さ、聴覚情報の処理の難しさ、ワーキングメモリの未熟さ、順序立てて考えることの苦手さ、注意の持続の難しさなど、複数の要素が重なり合っていることも少なくありません。こうした背景はお子さんによって異なるため、それぞれのお子さんがどのような点でつまずいているのかを丁寧に理解し、適切な支援を考えていくことが大切です。学校の先生が工夫して支援してくださることもあれば、療育の場でのアドバイスを学校や家庭での学習に活かしていくケースもありますが、巡り合わせによっては支援が十分に行き届かないことがあるのも現状かと思います。
また、放課後等デイサービスでの「役割」や、弟さんに教える経験のように、「できること」に目を向けられる環境は、自己肯定感を育むうえで非常に大きな意味を持ちます。こうした成功体験の積み重ねが、学ぶことへの前向きな気持ちを取り戻すきっかけになることもありますよね。特性の有無にかかわらず、ご家庭の中での役割やお手伝いを日常的に取り入れていくことも、とても大切な関わりのひとつだと感じています。
そして、信じて見守ることの大切さは、神経発達症のお子さんやご家族と関わらせていただく中でもとても強く感じております。人は、心が元気な状態であれば成長し続けることができると思います。
安心できる環境の中で、その子のペースを大切にしながら関わっていきたいですね。(監修:小児科医 室伏佑香先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。