【無料アーカイブ配信中】「診断名」に縛られない育て方と社会のつながり、ケアまで。山口有紗先生×井上雅彦先生が描く支援の未来とは「LITALICO MIRAI FES」レポ
【山口有紗先生 講演】子どもの育ちとともにあること
対談に先立ち、小児科医・児童精神科医として、児童相談所や研究機関など「仕組み側」へのアプローチにも携わる山口有紗先生が登壇。自身も6歳の子を育てる「修行中の身」と語る山口先生の視点から、子どもの発達を捉える上で大切なキーワードが共有されました。
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山口先生がまず紹介したのは、子どもの発達を多層的に捉える「エコロジカルモデル」という概念です。「子どもの発達は、本人が持つ特徴だけで成り立つものではありません。家族、先生、地域社会、そして国の政策や文化、さらにはパンデミックや国際情勢といった社会環境までが、玉ねぎの層のように重なり合い、相互に作用することで子どもの暮らしが形作られています」
こうした環境の中で育まれる関係性の力について、山口先生は近年の研究を示しながら語ります。「子ども時代の体験は、20年、30年といった長い年月を経て、その子が大人になった時のメンタルヘルスや幸福度に大きな影響を与えます」。家族の中で安全だと感じられるか、気にかけてくれる人がいるかといった小さな積み重ねが生む安全で温かい関係性を、先生は「リレーショナルヘルス(関係性による健康)」と表現し、その重要性を強調しました。
「今取り組んでいる小さな関わりが、将来のウェルビーイングを支える土台になります。
そしてその担い手は、必ずしも保護者の方一人である必要はありません。エコロジカルモデルが示す玉ねぎの層のように、いろいろな層の人が担い手となり、社会の中に輪のようなつながりを作っていくことが何より大切なのです」
また、診断名に隠れがちな子どもの「内なる力」についても言及されました。一見、問題行動に見えることも、その子がそのときどきに生き延びるためにとってきた精一杯の「適応の努力」の結果です。その背景に敬意を持つことで、子どもの力を支える方法が自ずと見えてくる――。そんな温かな眼差しに、会場全体が深く頷いていました。
【特別対談:山口先生×井上先生】特性がある子どもを育てる保護者に伝えたい、親と子の心を支える「ケア」
続いて、発達支援を専門とする心理師の立場から井上雅彦先生が加わり、特に孤独や不安を感じやすい「乳幼児期」の課題について、医療と心理の枠を超えた対話が行われました。
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行動範囲が狭い分、どうしても家庭の中で関係性が「閉じやすい」という課題が生まれやすい乳幼児期。山口先生は、日本の支援制度には良い仕組みがある一方で、「情報を集めて足を運んで、電話をかけて……といったプロセスを、主には保護者が一人で担わなければならない。
それは障害の有無に関わらず、非常に大きな負担」であると指摘します。これに対し井上先生も、「1歳半や3歳児健診でのフォロー体制も各自治体の支援者の数によって異なり、生まれた場所によって支援の受けやすさが違うという事実がある」と挙げ、親御さんが置かれている環境の厳しさに同意しました。
支援の在り方についても議論が深まります。山口先生は「医療機関ができることには限界がある」とした上で、大切なのは診察室で完結させないことだと語ります。「地域の保健師さんやワーカーさんと顔の見える対話を重ね、その連携の『のりしろ』を誰が担うのかを明確にすること。そうした連携のあり方を整えていけるといいのでは、と考えています」
これを受け井上先生からは、「アメリカの『Autism Speaks』というASD(自閉スペクトラム症)の当事者団体が提供する『100日キット』のように、何をすべきか客観的な道筋が示される仕組みや、AIなどのテクノロジーを使い、医療にたどり着く前段階で『わが子の得意・苦手』を把握できる動線があるといい」との提案もありました。
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また、お二人の話は「診断名」との向き合い方にも及びます。情報を探すうちに、いつの間にか診断名という眼鏡だけで子どもを見てしまう悪循環について、山口先生はこう締めくくりました。
「もちろん特性を理解するための眼鏡が必要なときもあります。けれど、大切なのはその眼鏡に振り回されすぎないようにすること。
時には眼鏡を外して、目の前のお子さんのありのままの豊かな姿をそのまま感じられるように、支援の仕組みやコミュニティ全体で応援していくことも、とても大切なのではないでしょうか」
特別対談の全容は、ぜひアーカイブ配信でご覧ください。
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「その人らしさ」を大切に。支援の最前線に立つ専門家からのメッセージ
特別対談の本番を前に、登壇を控えた山口先生と井上先生のお二人それぞれから、個別にお話を伺うことができました。
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「誰もがユニバーサルにたどり着ける時代に」
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――井上先生には、どのような印象をお持ちですか?
山口先生:とても柔らかくて素敵な先生だなと思いました。井上先生は、お子さん本人の強みはもちろん、ご家族やきょうだい、学校、さらには祖父母の方々まで、私がよく言う「エコロジカルモデル」の視点を持ってシステム全体にアプローチする研究をされています。LITALICO発達ナビのようなメディアで、さまざまな人が共通の言語や土台を持ってお子さんと向き合っていくことを考えると、井上先生のようにエコロジカルな視野を持った方が携わっていらっしゃるのは本当に素晴らしいことだと思います。
――今回の対談を通して、参加者の方にどんなものを持ち帰ってほしいですか?
山口先生:最近の研究では「Lived Experience(生きた経験)」のある方たちから、私たち専門家がいかに学び、共に創っていけるかが重要だと言われています。
従来の医療や研究は、専門家が決めた基準で良くしていこうとするものが中心でしたが、今は「当事者やご家族の生の世界からこそ学ぶことが多い」という認識に変わってきています。 今回の対談でも、単に障害の有無で捉えるのではなく、特性のある方たちがどう世界を体験しているのかを知り、私たちが当たり前と思っていたことを学び直して、より良い世界を作っていく。そんなきっかけになればと願っています。
――小児科医の立場から見て、この10年で親子のメンタルヘルスを巡る環境はどう変わったと感じられますか?
山口先生:かつての「定型発達の人ができることをできるようにしていこう」という考えから、「その人たちの素敵さを活かしながら、この社会でどう共に生きていくか」へと視点が大きく変わってきたと思います。もちろん古い分類の考え方もまだ残ってはいますが、多様なあり方から学ぼうという方向へ変わり始めているのを感じます。今は多くの事業者が参入していますが、LITALICOさんが始まった当時は民間の支援が少なく、まずは「量」を拡大しアクセスできるようにする時代でした。経済的・時間的にゆとりのある方が、一生懸命努力してたどり着くという状態が多かったように思うんです。これからの10年は、経済的な状況や養育者の方々の心身の不調、発達の特性などがあっても、皆がすべからくユニバーサルにたどり着いていける。
そんな時代になっていけたらいいなと願っています。
「日本の支援環境の現状を紐解きたい」
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――本日はオープニングセッション、そして脚本家・映画監督の足立紳さんとのトークセッションに続いてのご登壇となりましたが、本日の締めくくりとなる山口先生との特別対談で、期待されることは?
井上先生:山口先生は医師になられる前にもさまざまな経験をお持ちで、世界各地を見てこられた方です。日本の支援環境は恵まれている部分もあると思うのですが、日本ならではの囚われや、制度の中で支援者が融通が利かず硬くなっている部分もあるかもしれません。親御さんたちが悩んでいることは世界共通だと思うので、そうしたグローバルな視点と、医師としての視点の両方を持つ山口先生の目から、今の日本の現状がどう見えているのか。そのあたりをぜひお伺いできたらと思っています。
井上先生が登壇されたオープニングセッションや、脚本家・映画監督の足立紳さんをゲストに迎えたトークセッションのコラムでも、井上先生の個別インタビューを実施。こちらからご覧いただけます。
【無料見逃し配信中】アーカイブで振り返る「LITALICO MIRAI FES」
今回のレポートでご紹介した、山口先生、井上先生の特別対談はアーカイブ配信でご覧いただけます。
そのほか、井上先生、本田秀夫先生のオープニングセッションや基調講演、脚本家・映画監督の足立紳さんを迎えた子育てトークセッションなどもアーカイブ配信中です。
映像では、先生方の温かな語り口や会場の熱量をよりダイレクトに感じることができます。専門家の先生方が言葉を尽くして語ったメッセージを、ぜひ映像で受け取ってください。
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■配信期間 2026年5月19日(火)23:59まで
※一部字幕が出ない箇所がございます。
※当日開催のレセプションホールでのミニセミナー、体験ワークショップや個別相談会の配信はございません。あらかじめご了承ください。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。