集団に入れない、指示に固まる…「薬は必要ない」の考えを変えたASD・ADHD息子の小3の壁と、服薬という選択肢
困りごとはあったけれど、服薬を急ぐほどではないと思っていた
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一般的に「受動型」と言われるASD(自閉スペクトラム症)と「不注意型」のADHD(注意欠如多動症)の特性が目立つ息子。その困りごとは、周囲を巻き込む形では表れませんでした。興奮して感情が爆発したり、友だちと衝突したりすることはほとんどなく、むしろ集団の中にうまく入れない、指示を受けても固まって動けなくなってしまうといった、「本人の中で困りごとを抱えるタイプ」だったのです。
コンディションによっては、集団の中でなんとか折り合いをつけられる日もありました。そんな姿を見ていた私は、息子の困りごとを生活上の決定的な壁とは捉えておらず、経験を重ねながら少しずつ成長していけるのではないかと思っていました。
また、年長から始めた療育や環境調整によって、本人の力を伸ばしていけるはずという期待もありました。加えて、当時はASD(自閉スペクトラム症)の特性が中心に見えており、「特性そのものに直接作用する薬があるわけではない」という認識もあって、服薬という選択肢はどこか現実味を欠いていたのです。
「療育や環境調整を続けていけば、少しずつ成長していけるはず」
当時の私は、そう考えていました。
成長とともに見えてきた壁
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しかし、息子が小学3年生になった頃、「これまで通りの療育や環境調整だけでは足りない部分があるのかもしれない」と考えることが増えました。学年が上がると、学校生活で求められる活動も少しずつ複雑になっていきます。
特に理科や社会などでは、知識を覚えるだけでなく、友だちと話し合ったり意見をまとめたりする機会が増えていきました。周りの子どもたちが自然と身につけていく「場の状況を理解し、周囲と合わせて参加すること」が、息子にとっては大きな壁として立ちはだかったのです。
息子の場合、集団に入りたい気持ちはあるのに交流級(通常学級)での振る舞い方が分からない。やるべきことは分かっていても頭の中で情報を整理できず固まってしまう。さらに、興味のあることと、そうでないことへの集中の差もあり、一つひとつの困りごとが重なることで、集団に参加し続けること自体が難しくなっていきました。特別支援学級でも少しずつ自立が求められる中、交流級との橋渡しをしてくださる特別支援学級の先生からも「交流級での参加が厳しくなっている」とお話がありました。
私自身が感じていた限界を、先生も同じように感じておられたのです。
そうした経験が重なる中で、息子が「どうせできない」と自信をなくしたり、「分からないから無理」と挑戦する前に諦めてしまったりする姿が見えるようになりました。
「今の支援に加えて、何か別の手立てはないのだろうか」
そう考えたとき、「特性を和らげる服薬」という選択肢が、だんだんと現実的なものとして頭に浮かび上がってきたのです。
薬を選ぶことへの不安と、私自身の経験
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ただ、必要性を感じ始めたからといって、すぐに服薬を決断できたわけではありませんでした。
大人であれば、薬の効果や副作用を自分で調べ、納得したうえで選択できます。けれど子どもの場合、その判断をするのは親である私です。
「私の判断で決めてしまって、本当に息子のためになるのだろうか」「服薬によって、息子らしいのびのびとした部分が失われてしまわないか」「そもそも、息子の困りごとに合う薬はあるのだろうか」さまざまな不安が頭をよぎりました。
そんな私の「薬に対する見方」が変わるきっかけになったのは、息子の服薬を考え始めた時期と前後して、私自身が心身不調を改善するための服薬を経験したことでした。
私は自律神経の乱れや気分の落ち込みから心療内科を受診し、不安を和らげる作用のある薬での治療を経験しました。
当時は、不安や体調不良によって頭の中がいっぱいになり、頑張ろうと思っても思うように動けないことがありました。
服薬を通して感じたのは、薬は自分を別の人に変えてしまうものではなく、困りごとによって生じている負担を和らげ、本来持っている力を発揮しやすくするための一つの方法になり得る、ということでした。
もちろん、私と息子では抱えている困りごとも症状も違います。私に効果があったことが、そのまま息子にも当てはまるわけではありません。それでも、自分の努力や工夫だけでは乗り越えることが難しい壁があり、そこを補う方法として薬を考えることもできるのだと、実感を持って理解できたことは大きな変化でした。
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息子に必要な薬は何か。特性ではなく、困りごとから考えた服薬
服薬について主治医の先生と相談する中で整理されたのは、息子の持つ特性そのものをなくすようなお薬があるわけではない、ということでした。向き合ったのは、特性そのものではなく、そこから生じている「困りごとの悪循環をどう和らげるか」という課題でした。
息子の場合、困りごとの中心には、次のような流れがあるように感じていました。
1.注意の向けにくさや情報整理の難しさから、指示の聞き逃しや失敗が増えてしまう
2.失敗経験が重なることで、「できないかもしれない」という不安や過敏さが強くなる
3.さらに頭の中の情報量が多くなり、整理できずに固まって動けなくなる
不注意からくる失敗が不安を呼び、その不安がさらに動きづらさにつながってしまう――。主治医と話す中で、わが家にとっての課題は、この悪循環を少しでも和らげることなのだと整理されていきました。
先生と相談を重ね、息子の場合は、注意の向けにくさによる失敗を減らすことや、高まった不安・過敏さを落ち着かせるサポートとして期待できるお薬を試してみる方針になりました。
薬は、息子の性格や個性を変えるためのものではありません。不注意や不安という「壁」の高さを少し下げることで、彼が本来持っている力を発揮しやすくし、成功体験を重ねるための「サポートツール」として取り入れることを決めたのです。
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服薬は、息子を変えるためではなく、力を発揮するための土台
服薬を始めたからといって、すべての困りごとがなくなるわけではありません。薬の効き方には個人差がありますし、息子も飲み始めた頃には眠気などの副作用があり、今も主治医の先生と相談しながら様子を見ています。
それでも、少しずつ変化を感じる場面がありました。以前なら「分からないから無理」と諦めていたことに挑戦できたり、「できたよ」とうれしそうに話してくれたりする姿を見ることが増えました。
その姿を見て気づいたのは、息子に必要だったのは「できないことをなくすこと」ではなく、本来持っている力を発揮しやすい状態を整えることだったのだということです。息子はこれまで、療育や環境調整、周囲の支えの中でたくさん成長してきました。その積み重ねがあったからこそ、今の息子があります。ただ、成長する中で、本人の頑張りだけでは越えることが難しい壁も見えてきました。
成長によって伸びていく部分もあれば、特性として工夫や支援が必要な部分もあります。その両方を見極めながら、その子に合った方法を探していくことが大切なのだと思います。
私にとって服薬は、息子の不安や苦手さによって、本来できることまで諦めてしまわないように、挑戦するための余裕を作るための一つの手段でした。支援の方法は、周囲に配慮を求めることや環境調整、療育など、さまざまな形があります。
その中の一つとして、必要な時には服薬もまた、その子を支える選択肢として考えてよいのだと思っています。
執筆/河野りぬ
服薬についての葛藤と、その考え方が変わっていく過程を率直に聞かせてくださりありがとうございます。
発達障害のあるお子さんの保護者の方とお話ししていると、「できれば薬には頼りたくない」「薬で性格が変わってしまうのではないか」と不安を抱えている方は少なくありません。河野さんも当初は同じような思いを持たれていたからこそ、ご自身が服薬を経験されたことで、「薬は本人を別人に変えるものではなく、本来の力を発揮しやすくするための一つの方法でもある」という実感につながったというお話は、とても印象的でした。
発達障害そのものを治す薬はありません。今回の記事にもあるように、薬は特性そのものをなくすためではなく、不注意や衝動性、不安、過敏さ、不眠など、生活の中で困りごとにつながっている症状を和らげ、自分らしく生活しやすくするために使うものです。
環境調整、周囲の理解や支援、カウンセリングなどが基本であることは変わりませんが、それだけでは乗り越えにくい壁がある時には、薬物療法も大切な選択肢の一つになります。
一方で、お薬との付き合い方に「正解」はありません。同じ診断名でも、症状の現れ方は一人ひとり異なりますし、薬の効き方や副作用にも個人差があります。あるお子さんにはとても効果的でも、別のお子さんには合わないこともあります。そのため、服薬するかどうかも含めて主治医と十分相談しながら、その時々の困りごとに合わせて薬の種類や量を調整し、「その子にちょうどよい状態」を一緒に探していくことが大切です。実際の診療でも、一度決めた薬をずっと続けるというより、成長や生活環境の変化に合わせて見直していくことは珍しくありません。
記事の最後に書かれていた「薬は息子を変えるためではなく、挑戦するための余裕をつくる手段だった」という言葉が、とても心に残りました。 服薬する・しないを二択で考えるのではなく、その子がより自分らしく生活するための選択肢の一つとして捉える視点は、多くの保護者の方に安心を届けてくれる体験談だと感じました。(監修:小児科医新美妙美先生)
https://h-navi.jp/column/article/35031151
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。