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育児書どおりにできない自分を責めないで。「グッドイナフ・マザー」という発達理論

育児書どおりにできない自分を責めないで。「グッドイナフ・マザー」という発達理論

「この本のとおりにできれば、もっといい母親になれるはず」と、そう思って手にした育児書を、また閉じてしまった夜はありませんか?

書かれているとおりに離乳食をつくる余裕はないし、寝かしつけのコツも自分の子には通じない。SNSをひらけば、丁寧な暮らしと笑顔の親子の写真ばかり。「私のやり方が間違っているのかも」「向いていないのかも」と、自分を責めてしまう親御さんは少なくないはずです。

じつは、発達心理学の世界には、その自責の念をやわらげる確かな理論があります。英国の小児科医・精神分析家であるドナルド・ウィニコットが1950年代に提唱した、「グッドイナフ・マザー(ほどよい母親)」という考え方です。

「完璧な母親」を目指すほど、心はすり減っていく


近年の発達心理学で注目されているキーワードに、「インテンシブ・マザリング(集約的母親役割)」というものがあります。これは「母親は子どものために自分のすべてを捧げ、常に最善の発達環境を用意するべきだ」という現代社会の規範意識を指す概念です。

5歳以下の子どもをもつ母親181名を対象にしたアメリカの研究では、こうした「完璧な母親であるべき」信念を強くもつ母親ほど、うつ症状やストレスが高く、生活満足度が低いという結果が示されました。
*1「子育ては母親が主役であるべき」「親は常に子のために自己犠牲を払うべき」。そんな信念に縛られるほど、母親自身のメンタルが削られていく。データはそれを示しています。

さらに、英国の研究グループが14本の研究を統合した2022年のメタ分析では、母親の完璧主義傾向と産前産後のうつ・不安症状との関連が確認されています。*2とくに「ミスを避けねばならない」「他人から完璧に見られねばならない」という”完璧主義的懸念”の強さが、メンタルヘルスの不調と結びついていました。

「育児書どおりにやらなければ」という気持ちは、けなげで愛情深いもの。けれど、その気持ちが強いほど、知らず知らずに自分を追い詰めてしまうのです。


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ウィニコットが伝えた「ほどよい母親」という発想


そんな現代の母親たちに、半世紀以上前から届いていた言葉があります。それが、ウィニコットの「ほどよい母親(the good enough mother)」という概念です。

ウィニコットはこう説きました。「子どもにとって必要なのは完璧な母親ではなく、ほどよい母親である」と。むしろ完璧であろうとすることは、子どもの発達にとってマイナスにすらなりうる、と彼は考えました。

なぜでしょうか。赤ちゃんは、生まれてすぐは「自分と母親が一体である」と感じている存在です。お腹がすけば泣けばすぐミルクが出てくる、寒ければ抱き上げてもらえる。
そんな “魔法のような” 応答性が、生後数か月の安心感をつくります。

しかし、ずっと完璧に応え続けていたら、子どもは「世界は自分の思いどおりになる」と錯覚したまま育ってしまう。むしろ、子どもの欲求と母親の応答に “ほどよいズレ” が生まれることで、子どもは「自分と他者は別の存在なのだ」と気づき、現実の世界に踏み出していけるのです。

つまり母親が時々間に合わなかったり、対応をまちがえたりすることは、欠点ではなく、子どもの自我が育つための大切な “余白” 。「完璧でない自分」こそが、子どもを育てているのです。

「30%しか合わない」のが当たり前。修復が育む絆


ウィニコットの理論は思弁的な側面が強いものでしたが、その後のマイクロ分析的な乳児研究によって、実証的にも裏づけられてきました。代表的なのが、米国の発達心理学者エドワード・トロニックによる「スティルフェイス実験」をはじめとする一連の研究です。

トロニックは、母親と乳児の表情・声・視線のやりとりを秒単位で分析し、驚くべき事実を明らかにしました。
母子のコミュニケーションが「ピッタリ合っている」のは平均してわずか30%程度で、残りの70%は何らかの”ズレ”が生じているというのです。

「えっ、そんなに合っていないの?」と驚かれるかもしれません。けれど大事なのは、ズレが起きたあと、お互いがまた合わせ直していくプロセス。つまり「修復(リペア)」のほうでした。

2018年に発表された乳児と母親の音声相互作用に関する研究でも、まだ言葉を話せない乳児が、母親とのやりとりが途切れたとき、声を出して関係を立て直そうとする能動的な姿が確認されています。*3子どもは “完璧な応答” ではなく、”ズレてもまた合わせ直してくれる関係” のなかで、安心を学んでいくのです。

怒鳴ってしまった夜も、つい無視してしまった瞬間も、それで親子関係が壊れるわけではありません。「ごめんね」と抱きしめ直す、翌朝もう一度笑顔で名前を呼ぶ。
その小さな修復こそが、子どもの心を育てます。


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今日からできる「ほどよい母」3つの視点


理論を日常に落とし込むためのヒントを、3つご紹介します。

1. 「失敗ゼロ」より「リカバリーあり」を目指す
完璧にこなそうとするから、失敗が怖くなる。でも子どもの育ちに必要なのは、失敗しないことではなく、失敗のあとに修復を見せることです。「さっきはお母さん、言いすぎちゃったね」のひとことが、子どもにとって最高の対人モデルになります。

2. 育児書は”参考書”であって”答案用紙”ではない
育児書には平均的な発達の目安は書かれていても、目の前のわが子のことは書かれていません。書かれていることの8割は読み流して、自分の子の表情や反応のほうに目を向ける。
それで十分です。

3. 「自分のため」の時間に罪悪感をもたない
親が消耗しきっているとき、子どもへの応答性も自然と下がります。コーヒーを一杯ゆっくり飲むこと、湯船に長くつかること。それは「自分のため」であると同時に、「子どものため」でもあります。

「育児書どおりにできない」のは、あなたの能力不足ではありません。むしろ、目の前のわが子の表情や反応に向き合っているからこそ、本に書かれた一般論とのズレに気づける。それ自体が、愛情深い親であることの証です。
***
完璧でなくていい。
間違える日があっていい。子どもの心は、毎日の正解ではなく、ズレを直そうとするあなたのまなざしによって育っていきます。今夜は育児書をそっと閉じて、温かい飲み物でも淹れてみてください。明日もまた、あなたのペースで始めればよいのです。

よくある質問(FAQ)
Q1. 「ほどよい」って、基準がわからず不安です。

A. ウィニコットが示した目安は「子どもの基本的なニーズ(安心・安全・愛着)に応えられている」ことです。食事や安全、抱きしめる時間が確保できていれば、毎日完璧な離乳食でなくても、たまにテレビに頼っても問題ありません。「子どもが安心して泣ける関係」が成り立っていれば、それが”ほどよい”の合格ラインです。


Q2. 怒鳴ってしまった日、子どもへの影響が心配です。

A. 一度や二度の感情の爆発で、親子関係や子どもの発達が損なわれることはありません。重要なのは “そのあと” です。落ち着いてから「さっきは大きな声を出してしまってごめんね」と伝える。その修復のプロセスを子どもが見ることで、感情を立て直す力が育ちます。


Q3. 「ほどよい」を意識しすぎると、逆に手抜きになりませんか?

A. 「ほどよい母親」は手抜きの推奨ではなく、”完璧主義から自分を解放する”という意味です。子どもの様子に目を向け、できる範囲で応答していれば、それは決して手抜きではありません。むしろ、自分を追い詰めない親のほうが、長く穏やかに子どもに向き合えます。

参考文献*1  Journal of Child and Family Studies|Insight into the Parenthood Paradox: Mental Health Outcomes of Intensive Mothering(Rizzo et al., 2013)
*2  British Journal of Clinical Psychology|The association between maternal perinatal mental health and perfectionism: A systematic review and meta-analysis(Evans et al., 2022)
*3  Royal Society Open Science|Pre-linguistic infants employ complex communicative loops to engage mothers in social exchanges and repair interaction ruptures(Bourvis et al., 2018)
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