《中村玉緒さん死去》甥・若山騎一郎が通夜で感じた偉大さ「明石家さんまさんが明るい言葉を」

女性自身
《中村玉緒さん死去》甥・若山騎一郎が通夜で感じた偉大さ「明石家さんまさんが明るい言葉を」

中村玉緒さん(写真:本誌写真部)



「無事に叔母の葬儀を終えて、今はホッとしています。棺の中の玉緒叔母ちゃんの顔はテレビで見るあのまんまで、とてもきれいでかわいらしく、そしていとおしかったです」

6月9日に肺炎で亡くなった中村玉緒さん(享年86)をこう追悼するのは、玉緒さんの親戚である俳優・若山騎一郎(61)だ。

昭和の豪傑だった故・勝新太郎さん(享年65)を妻として支え、夫の没後はバラエティ番組に多数出演し、天然キャラでお茶の間から愛された玉緒さん。

若山は勝さんの兄・若山富三郎さん(享年62)の長男で、玉緒さんの甥にあたる人物だ。

6月16日には都内で玉緒さんの通夜が、17日には告別式が行われ、若山も親族として葬儀に参列。玉緒さんが生前に交流があった芸能人とも対面した。

「明石家さんまさんや松平健さんといった方たちも弔問に来てくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。僕もお2人と会うのは久しぶりだったんですが、明るい言葉をかけていただきとても嬉しかった。
改めて叔母ちゃんの偉大さを実感することができました」

そんな若山だが、叔母と甥という親戚関係でありながら、意外にも玉緒さんと出会ったのは成人してからだという。

「僕は小さいころに両親が離婚したため、母の故郷である神戸で育ったんです。そこから小学3年で上京。父とは暮らしていませんでしたから、勝と玉緒叔母ちゃんとは会っていませんでした。

その後、僕も父に内緒で役者を目指すようになり、アルバイトをしながらチャンスを窺っていました。そんなとき、石原プロ制作で舘ひろしさん主演のドラマ『ただいま絶好調!』(1985年、テレビ朝日系)にチョイ役で出られることになったのです。20歳過ぎだったと思います。

そのドラマに出演していたのが、玉緒叔母ちゃんでした。
しかも、僕は叔母ちゃんの部下役(笑)。でも叔母ちゃんは僕の顔を知らないし、当時は芸名も若山を名乗っていません。最初に挨拶するとき、喉まで甥であることが出かかっていたのですが、名乗らずに声をかけると“役者目指しているんですか?頑張ってくださいね!”と、まだペーペーの僕に対しても丁寧に接してくれました。天然の叔母ちゃんらしいエピソードではありますが(笑)。後年になって、“あのときは~”という話をしたら、叔母ちゃんは“なんで言ってくれなかったの!?”などと言って笑っていました。

今思うと、それが玉緒叔母ちゃんとの初めての出会いでした。それから41年後のお別れとなってしまいましたが、改めて偉大な叔母に感謝ですね」(若山)

玉緒さんが老若男女問わず親しまれたゆえんは、誰にでも分け隔てなく接する、その人柄だったのかもしれない――。

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