《血痕が残る強盗殺人現場がこども食堂に》“事故物件”を買い取り再生する僧侶「人々の記憶やイメージを塗り替えたい」

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《血痕が残る強盗殺人現場がこども食堂に》“事故物件”を買い取り再生する僧侶「人々の記憶やイメージを塗り替えたい」

特殊清掃、リノベーションで“再興”した寺院で僧侶を務める亀澤さん



「いま、私どもが運営している大阪市内のこども食堂も、もとは“事故物件”でした。2021年に凄惨な事件が起きた現場で、特殊清掃に入ったときには、室内の壁や床に、まだ血痕がはっきりと残っている、そういった状態でした」

こう話すのは、A-LIFEの代表・亀澤範行(のりゆき)さん。もとの住人がその場で不慮の死を遂げてしまったような、いわゆる事故物件を買い取り、リノベーションする関西クリーンサービスを運営している。

2007年から遺品整理の仕事をスタートしたという亀澤さんだが、そのきっかけは20代になってすぐに訪れた、祖母の他界だった。

「祖母の暮らしていた家は奈良の田舎にあって。そういう場所にありがちな、やたらと大きく築年数も50年を超えているような、そういう古民家でした。祖母は病院で亡くなったんですが、遺品の整理だけでも一苦労で。私と両親、きょうだいとで週末ごとに通い、1年半を経ても整理がつかないまま、家の解体の日程が迫ってきてしまって」

亀澤さんたち遺族は「これはもうプロに頼るしかない」と考えた。
しかし……。

「電話帳で探しても、専門業者が見つからないんです。祖母が他界した2000年代初頭には、『遺品整理』とか『特殊清掃』なんて言葉、ありませんでしたから。仕方なく役所に問い合わせ、なんとか紹介してもらったのが廃棄物処理を扱う会社。でも、当たり前ですが、彼らにとっては“遺品=ゴミ”、大切には扱ってくれない。祖母が愛用した品や人形なども、ぞんざいにゴミ収集車に投げ込まれてしまって。専門外の仕事を無理やりお願いしていたので、文句なんて言えませんでしたけど、その様子を見ていたら悲しい気持ちになってしまった。そんな経験をしたことから、ご遺族の気持ちに寄り添った遺品整理を仕事に――、そう考えたんです」

孤独死など自宅で不慮の死を遂げた故人の遺品整理も増えていくなか「どこに頼んだらいいのかわからない」という遺族や家主の声を受けて、2010年末には特殊清掃事業も手がけるように。


「人が亡くなったあと、時間が経過するなどして、普通の清掃では元の状態に戻すことが難しくなってしまった部屋を、さまざまな薬剤や、オゾン発生器などを駆使し、消毒・消臭を徹底、もう一度使えるようにするのが特殊清掃です」(亀澤さん)
特殊清掃を手がけるようになると、やがてはその不動産物件の「買い取り先を紹介してほしい」という依頼が増えたという。

「住人が孤独死して時間が経ってしまった部屋であったり、ときには住んでいた方が自死したり、ひどい事件の現場になってしまったところなど、さまざまな現場が毎日のようにあるんです。当初は、不動産業者に物件を紹介したりもしていたんですが……そのような事故物件は、どうしても大手の不動産会社は触りたがらない。町の不動産屋さんが扱ってくれたとしても『心理的瑕疵がどれほど影響するのか読みづらく、値がつけられない』と」

悲嘆に暮れる余裕もないまま、物件の処分に苦慮する遺族や家主たちの姿を何度も目ににしてきた。そこで、亀澤さんはさらに仕事の幅を広げることに。

「特殊清掃を担う私たちが扱うのは、いわゆる事故物件ばかりでしたから。そんな私たちになら、なにかできることがあるんじゃないかと、2017年から不動産業にも進出、事故物件を買い取り、リノベーションするようになりました」

これまで扱った物件の数は「1000近い」と亀澤さん。ほとんどすべてが“いわくつき”の不動産ばかり。


「小さな子ども2人と若い母親が、父親によって殺められた無理心中の現場だとか、元の住人が首を吊って亡くなった家だとか……。当然、我々が特殊清掃に入るまでは死臭、腐敗臭といった臭いも残っています。ご遺体がドロドロに溶けてしまっていた現場もありました」

亀澤さんが特殊清掃、リノベーションを手がけた不動産のなかで今年、注目を集めた物件がある。

それは奈良市内の2階建の一軒家。2023年に一人暮らしの男性が孤独死したが、発見されたのは死後2カ月が経過してからのことだった。当初は県外に住む男性の遺族からの、特殊清掃の依頼だったという。

「そこは死臭や腐敗臭がひどく、周辺住民からも苦情が出ていた場所でした。『まずは体液を除去してほしい、そして建物全体をなんとかしてほしい』と。
部屋には虫もわいてしまっていましたから」

いつものように、さまざまな薬剤やオゾン発生器も使い消毒、消臭を行い、床板も全て張り替えた。

亀澤さんは遺族の意向を受けて、建物の買い取りを決断。2年半の歳月をかけてフルリノベーションを敢行して、この物件を、なんと寺院へと生まれ変わらせたのだ。

じつは亀澤さんは僧名「亀澤隆昭(りゅうしょう)」を名乗る真言宗の僧侶でもある。「2022年に僧侶の資格を取得しました。遺品整理や特殊清掃の仕事をしていると、ご遺族や家主から『お坊さんを呼んでほしい』という依頼がすごく多いんです。それに、現場で連日のように目にするのは、行き場を失った故人の想いや、ご遺族の拭いきれない悲しみです。故人の遺品や仏壇が供養されないまま残されていることも少なくありません。
ご遺族が『どこかで手を合わせたい』『供養できる場所がほしい』と話される姿も、何度も見てきましたから。そういったお気持ちに寄り添いたいという思いが強くなったことが、僧侶資格を取得しようとしたいちばんの動機でした」

こうして今年3月、この築35年、延べ床面積約280㎡の “事故物件”は、亀澤さんが住職を務める「翠緑山 禅祥院(すいりょくざん ぜんしょういん)」として“再興”された。

「日ごろの業務でお預かりした遺品を供養したりしています。また、写経体験ができるようにも。やはり、元は事故物件でしたから。地域の人たちにも心理的瑕疵があって、言葉を選ばずに言えば、どこか気味悪がられているような建物。それを、人々に必要とされる場所に、人々が自然と集まれる場所に生まれ変わらせたいと思ったんです」

亀澤さんのその思いは、冒頭で彼が話した“事故物件→こども食堂”の取り組みにも通底している。現在、彼らが運営するこども食堂はかつて、強盗殺人事件の現場だった。


「ネット検索したら、いまでも当時の記事がいくつも出てくるような大事件が起きた3階建ての物件です。押し入った犯人に、高齢男性が撲殺され現金や貴金属が持ち去られるという、2021年12月に発生した強盗殺人事件でした。私たちが特殊清掃したときも、室内には血がべっとりとこびりつき、犯人が侵入した窓ガラスの穴もそのまま、警察の現場検証の跡も残っていました。本当に事件があった直後、そのままの状態でした」

事件翌年、この物件を亀澤さんたちは特殊清掃、遺族の意向を受けて、買い取ることに。

「事件が大々的に報じられ、同じ建物に暮らしていたご遺族も『近隣にも迷惑をかけてしまい、もうここには住めない』と。当初はほかの不動産業者、数社に打診もしていたようですが、どこも『事件が大きすぎる、お手上げや』と見積もりすら作成してもらえなかったと。そこで、私たちが買い取り、フルリノベーションして再生することにしました」
今年1月、この事件現場はこども食堂として生まれ変わった。月に一度、第3金曜日になると、かつての事故物件には、たくさんの子どもたちが集まってくる。


「けっこうな予算をかけて、建築デザイナーに依頼し外観も内装もおしゃれなカフェのような空間に仕上げました。そして、有名インフルエンサーを招いたり、北新地の寿司店の板前さんを呼んで、子どもたちにお寿司を振る舞ったりも。

親御さんたちは、そこがどんな場所だったかはご存知ですし、そういった場所に自分の子を行かせることに少なからず抵抗感もあるのではと懸念していたのですが……その心配は杞憂に終わりました。いまでは毎回50人以上、多いときには200人のお子さんたちが集まる場所になっています。

デジタルタトゥー(ネットにいつまでも記録が残ってしまうこと)も色濃く残っていますし、いまだ多くの人の記憶にも、凄惨な事件現場という印象も根強い物件ですが、多くの子どもたちの笑顔によって人々の記憶を、イメージを塗り替えることはできるんじゃないか、そう思っているんです」

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