怒髪天・増子直純還暦ライブレポート── 祝福と涙の果てに“紅白”を想像させた夜
Photo:石井麻木
Photo:石井麻木Text:松木美歩
東京はひさしぶりの大雨だった。だが、その雨さえ祝福に変わる夜がある。怒髪天のボーカル・増子直純が還暦を迎えたキネマ倶楽部公演。祝うために集まったはずの観客が、気づけば誰よりも満たされていた── そんな“人生賛歌”の一夜を振り返る。
雨の夜が祝祭に変わる瞬間
ひさしぶりの大雨となったこの日の東京。アスファルトを叩く雨音と、湿った空気。キネマ倶楽部に向かう足取りは決して軽やかではない中、それでも会場に近づくにつれて、不思議と高揚感が勝っていく。この夜の主役は、増子直純。
還暦の誕生日を祝う特別なライブだ。
ソールドアウトでギューギューの会場。SE「男祭(誕生日ver)」が流れた瞬間、空気が一変する。フロアから自然発生的に大きな手拍子が湧き起こり、その音が祝祭の合図となった。
1曲目「ハッピーバースデイマン」。増子はキネマ倶楽部にある階段上、サブステージから登場。”本日の主役”と書かれたタスキ、アキラ100%ばりのギラギラの蝶ネクタイ。どこか昭和の宴会を思わせる出で立ちに、笑いと歓声が同時に起こり、そのまま手拍子に導かれ、メインステージへ。
続く「酒燃料爆進曲」では一気にフロアが前へと雪崩れ込み、「俺のために乾杯!」「還暦上等!」と間奏で増子が叫ぶとさらにボルテージが上がる。坂詰克彦(ds)からの「健康には気をつけて!」という現実的すぎるツッコミも絶妙だった。そして、この「酒燃料爆進曲」も”おめでとうver”で、サビでは「おめでとう、兄ぃ!」の大合唱。祝う側と祝われる側の境界は、すでに溶けていき、そのまま「情熱のストレート」へ。序盤から熱量は振り切れたままだ。
最初のMCで、観客から「おめでとう!」の声が飛ぶ。増子は笑いながら「まだ泣くところじゃない」と返し、「お祝いしに来てくれてありがとう、60歳になりました。今日のセトリは俺の歴史を追う曲。
イコール怒髪天の歴史です」という言葉が、この夜の軸を示していた。
増子直純と怒髪天の“歴史”を辿るセトリ
「夕暮れ男道」「望郷ドラ息子」と続く流れの中で、歌詞と現実が静かに重なり始める。過去に歌われた物語が、今この瞬間とクロスして妙に泣けてくる。「青嵐」「溜息も白くなる季節に」と、リリースされた時代ごとの空気をまとった楽曲たちが並ぶことで、観客それぞれの時間も呼び起こされていく。8曲目「ソウル東京」。艶のあるグルーヴ、間を活かしたアンサンブル、そして都会の孤独を滲ませるボーカル。その音像には確かな色気もあった。「トーキョー・ロンリー・サムライマン」「明日の唄」と続く流れも含め、じっくりと聴かせる構成が光る。
一度袖にはけた増子は、赤い鋲ジャンをまとって再登場。丙午1966年生まれが集結した『ROOTS66』のステージでも着ていたあのド派手な革ジャンを纏いながら歌うは「OUT老GUYS」。あまりの熱気で一曲で脱いでしまったが赤い鋲ジャンがあまりにも自然に似合ってしまう還暦の兄ぃ。最高だ。「ドリーム・バイキング・ロック」から続く「yallow magic orchestra」では、増子が魔法のスティックを振りながらステージの隅から隅まで魔法をかけていき観客も大きく手を振る。そこにあるのはただただ平和で、幸福な空気だった。
すでにライブの定番曲になりそうな盛り上がり、新曲「トカイテ」
中盤のMCで増子はこう語る。「昔は”俺の誕生日をやらないのかよ”って欲もあったりけど、今は産んでくれた親に感謝する気持ちの方が大きい」。
そして「今日、母さん来てます」と続ける。大きな拍手に包まれると、小柄でお洒落なお母さんがオーディエンスに会釈してさらにあたたかな空気が会場に流れていく。「次の曲は新曲だからドキドキする」となかなかMCを終わらせない(笑)。「”オトナノススメ”がA面ならこの曲は昭和でいうB面的な。B面っていい曲多いでしょ?そういう気持ちで作った曲です」そんな紹介から新曲「トカイテ」へ。無理にオトナのフリをして、本音を飲み込む。その苦さを抱えたまま、それでも前に進むしかない。<自分のままで/サイズ違いだけ/そんなもんサ>という一節が、会場全体に静かに染み渡っていく。
配信されたばかりにもかかわらず、「SML!」のコールはすでに完成されていて、この曲がこれからどれだけ育っていくのか、その予感が確かにあった。
続く「最後のひとり」「ひともしごろ」「歩きつづけるかぎり」では、怒髪天が一貫して提示してきたあの頃の自分と“理想のオトナ像”が浮かび上がる。諦めないこと。自分に嘘をつかないこと。ステージから身を乗り出し、めいいっぱい腕を伸ばして観客とハイタッチを交わす増子の姿が、そのまま答えだった。
母からの手紙── ライブが“人生”になった瞬間
「ありがとう。いままでで一番たのしいぐらいにたのしいです」終盤、増子は素直な気持ちを吐露。そして、「年明けからめずらしく喉がかれて、こんなにかれて治らないことなかったから病院に行ったんです。
そしたら、「声帯は美しいです」と言われまして」その言葉にオーディエンスから大拍手と大歓声。「ポリープもないし、この年齢でここまでちゃんと歌えているのは普通の人体では考えられないこと」と言われて、さらに喉の奥をみてもらったら、「なにもないですね」と。「じゃあなんですか?って聞いたら、「歳を重ねると唾液がひっかかるでしょ?それですよ」ということでした」という還暦らしいエピソードに、同じ年代のオーディエンスも納得の笑い。このリアルさが、このバンドの魅力でもある。
そして、「祝い足りないな〜ってならないように……大ヒット曲、いこうか。うまくいったら紅白あるんじゃないかなって」という流れに大歓声。2009年にリリースされた曲が、マクドナルドのCMに起用され大バズり。堺雅人主演のCMに加え、お笑い芸人のドンデコルデ・渡辺銀次のCMがSNSで大バズり。怒髪天の曲にのせ、「渡辺銀次40歳独身、私は豊かです」という言葉が現代に刺さりまくった。その言葉が生まれたのもこの曲があってこそ。「紅白あるかも、いや出てほしい」そんなオーディエンスの気持ちがこの日の熱量の中ではどこか現実味を帯びて聞こえたのが不思議だった。
会場が再び大きく揺れたそのあと、ハッピーバースデイのメロディと共に真っ赤なケーキが運び込まれる。そして現れたのは、赤いふんどしに赤いハチマキという、半裸状態の坂詰。その振り切れた姿に、会場は笑いに包まれる。さらに盟友たちも次々とステージへ。フラワーカンパニーズ、SAのTAISEIとNAOKI、柳家陸、よーかい君、そして箭内道彦といった仲間たちが登場。わちゃわちゃとした祝福の中で、ギターの上原子友康が語る。「18歳のときに出会って、まさか60歳までやるなんて思わなかった。いい曲作ろう、いいライブやろうって言いながら、みんなに助けられてここまでやり続けることができているんだと思います。健康だけには気をつけて、これからも一緒にみんなによろこんでもらえる曲を作っていきましょう。最高のパートナーです。俺がジャガーで、増子ちゃんはミックなんで!」長い年月をともにしてきた仲間にしか言えない、軽やかでとても深い言葉だった。
そんな祝福の言葉を受けて、「うちの母ちゃんも、産んでよかったって思ってくれてる」と増子が言うと、「じつはお母さんからお手紙を」と、客席から立ち上がったお母さんが静かに手紙を読み始めた。
「丙午、還暦生まれの直純へ。お誕生日おめでとう。産みの親は私ですが、育ての親は今日ここにいるお客様です。還暦まで生きてくれたことが何よりの親孝行です。これからも歌を歌い続けてくださいね」会場は大号泣と大きな拍手に包まれ、増子は静かに「ありがとう、母さん」と言った言葉も印象的だった。
怒髪天が教えてくれる生き方
「いこうか、俺の育ての親に!」その叫びから「サスパズレ」へ。歓声と涙が混ざり合い、すべてが肯定されていく。そして、エンドSEの「トカイテ」で観客は手を振り続ける。「ありがとう!愛してます!!」増子のそんな言葉が、どこまでも真っ直ぐに響いていった。
幸せそうな顔、楽しそうな顔、うれしそうな顔、そして泣き顔。この夜には、人間のあらゆる感情があった。還暦という節目に立ちながら、それでもなお“途中”であり続けること。その強さと優しさを、怒髪天は体現していた。
怒髪天は、ずっと変わらずに教えてくれる。生き方も、老い方も、笑い方も。そして、人生はいつだって祝っていいものだということも。
<公演概要>
『還暦上等!生涯現役スタミナ街道 Just a sixty "爆発だ!ズーミーマン"』
4月23日 東京・キネマ倶楽部(増子直純 誕生日公演)