傷をつつく指 【自由が丘恋物語 〜winter version〜 第7話】
ふたりのメール交換が始まった。
ありふれた日常の報告。おいしいトルティーヤを食べたこと。新しいコミックが店に入ったこと。1時間、水を飲まずに歌ったら喉がかれたこと。コミックカフェでシャワーを浴びていたらお湯が急に冷たくなってびびったこと。仕事でヘマして鮎子とふたりで上司に怒られたこと。
そして桃香は自由が丘に行くたびに慎吾のバイト先を訪ねた。
作曲家をめざす女の子が主人公のコミックを慎吾が見つけて薦めてくれた。店に行くたびにそのコミックを1巻読む。主人公の女の子が夢だけじゃ生きてゆけないと周囲の反対にあいながらも曲を作り続ける。作曲家で喰ってゆくなんてひと握りの奴しかいないと、くじけてしまうような言葉を投げつけられてもメジャーなメロディラインを心の五線紙に浮かべる。桃香は応援した。
「夢見たっていいじゃない。夢見る力がないと、作曲家や歌手なんてなれないんだから」
と。慎吾にも感想を聞いてみると、困ったような顔をしながらかわされる。
慎吾は夢をあきらめたぶん、力強い未来を描くのが苦手だ。桃香は、
「慎ちゃんも新しい夢みっけようよ」
とまっすぐに見つめて伝えた。慎吾はジャケットのポケットに両手をつっこんだまま何も答えず上を向いた。