湯たんぽみたいな人【自由が丘恋物語 〜winter version〜 第19話】
冬馬がおどけてテーブルの上に倒れるまねをする。桃香はおもいっきり大声でケラケラ笑った。カフェを出て駅まで歩く遊歩道、冬馬がふざけたように桃香の背中にもたれかかった。
「ああ、疲れた、そういや、昨日あんま寝てなかったんだ。ドっと疲れが出た」
心地よい重み、懐かしい香り。桃香の心が揺差ぶられる。その時、冬馬が前に立ちふさがり、突然キスをした。唇が触れただけの短いキス。
桃香は驚いて立ちすくむ。
「はい、駅に着きましたよ、お別れですね、また会いましょう、お姫様」
冬馬がふさけたようにお辞儀をする。桃香はその様子をまっすぐ見つめた。
冬馬にキスをされた夜、熱いお風呂につかりながら考えた。当時の桃香にとって冬馬は恋の対象ではなかったけれど、今は考えるだけでドキドキする。慎吾と一緒にいる時とは違う、甘苦しいくすぐったい気分。
慎吾といっしょの時は、桃香がついていないとダメ、ひとりじゃ危ない、なんだか守ってあげたい気持ちになる。ひとりでほおっておけない。
冬馬は逆に一緒にいると落ち着く。守ってもらえそうな気持ちになる。自分が弱っているとき頼ってしまいたい感じが慎吾とは正反対だ。
ジャスミンの香りのお湯に顔半分を潜らせブクブクと泡を吹いてみる。ほっくりした気分。幸せだ。冬馬に抱きしめられた身体を手のひらで撫でる。冬馬に触れられるなんて恥ずかしい、そう思ったとき、ふと、鮎子の心配そうな顔が泡のようにに浮かんでくる。
「わたし、何やってんだ? 慎ちゃんのこと好きなんじゃなかったのかな…」
「桃香ー。早くあがって寝なさいよ。先に寝るわよ」
母の声がした。桃香は頭をブルルと振って
「はあい。おやすみー」と返した。
(続く)
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