約束とバスターミナル【彼氏の顔が覚えられません 第15話】
ユイにとって私は、なんでもない話し相手のひとりだったということだ。DVDは2枚ともいまだに借りっぱなしだけど、それすら忘れているか、最初から捨てるつもりで寄越したかだ。
カズヤもそうやって私の前から消えようとしているのだろうか。少なくとも、いま目の前にカズヤはいない。いるのは2年の先輩だ。
その先輩のみぞおちを、つい先ほどチョコレートの箱で攻撃してしまったけど、それよりチョコレートが中で割れてしまったことのほうがショックだった。さっきから先輩の方がしきりに謝ってるせいで、私自身の罪悪感はすでに失われていた。
「カズヤは、きてなかったですか」
そして生意気にも、詰問するように先輩に向かってそう尋ねている。
部室のボロいソファに座り、面と向かい合いって。「え、カズヤ…?」先輩は戸惑ったような声を出す。が、次の瞬間。
「そ、そうか…やっぱり、俺じゃなくてカズヤなんだよね…」
“やっぱり”? 何か、納得した様子だ。
「どういうことですか」
「あ、いや、その、つまり…」
急に歯切れが悪くなる。表情が読めない私でも、先輩の反応は明らかすぎて、泣けてきさえする。
「誤魔化さないでください。ハッキリ事実を言ってください。
何か事情を知っていたら、隠さずに話してください!」
叫ぶように言う。先輩は、責められるべき相手ではないかもしれない。そう思いながらも、取り乱してキツイ言い方しかできなくなっていた。
「ご、ごめん…言うよ、ちゃんと…でもこんなこと、知らない方がいいのかもしれない…」
「先輩、そんな風に思ってたって、先輩は喋りますよね。私に教えたくないことも、ぜんぶ。ぜったいに、先輩はウソをつきません。つけません。私、先輩のそういうところ知ってます」
先輩は黙っている。
きっとまだ何か、罪悪感のようなものに苛まれているのかもしれない。けれど、やがて口を開く。私が思った通り真実を語る。聞かなきゃよかったと後悔したくなる、不都合な真実を。
(つづく)
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