失恋とセッション【彼氏の顔が覚えられません 第16話】
やっぱり、カズヤなわけはない。再びソファに座る。弾くのをやめたギターを両膝の上で休ませながら、先輩は言う。
「この部室に戻ってきたの、何ヶ月ぶりくらいだっけ」
「夏の合宿以来ですから、もう半年くらいですかね」
「そうか…ごめんね。俺があんなこと言っちゃったばっかりに、いずらくさせちゃったんだよね…」
「そんな、うぬぼれないでくださいよ。先輩の告白くらいで、いちいち動揺したりしません。単に飽きただけです」
「ははっ、そうか。相変わらず手厳しいな」
言うと、先輩は立ち上がり、部室の端に立てかけてあったヤマハの練習用のフォークギターを取る。
「けど、きょう一日だけでも戻ってきてうれしいよ」
と言い、私に渡す。あと、ポケットからピックも。
「久々にセッションしよう」
「私、ギターたこもなくなっちゃってますよ。なるべくコード簡単なやつでお願いします」
「…じゃあ、スピッツの『チェリー』かな…」
「このタイミングでその曲ですか? 選曲、最悪ですね」
「あ、ごめん…じゃあ…」
「いいですよ。『チェリー』、やりましょう」
それから。
二人で『チェリー』を弾き続ける。何度も何度も。受験の日なのに、校舎の外に音が漏れたら大変なことになるに違いないのに、それさえ忘れて大きな声で歌う。
午後3時ごろ。「疲れました、帰ります」と言って、ギターを置き、部室を出ていこうとする。
「あ、チョコ忘れてるよ」
先輩の言葉に、振り返って言う。
「あげます、先輩に。イヤじゃなかったら、もらってください」
「え、それって…」
「勘違いしないでください。義理です」
キッパリそう言い、部室を去る。
(つづく)
【恋愛小説『彼氏の顔が覚えられません』は、毎週木曜日配信】
目次ページはこちら