軽音部と伊勢エビ【彼氏の顔が覚えられません 第17話】
『三丁目のタマ』の目覚まし時計が、「にゃにゃにゃにゃーん」とくぐもった鳴き声をあげる。経年劣化で本体もだいぶ黄ばんでいるのに、まだ音が鳴るとは、少し驚いた。
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でも完全に覚醒するほどではない。すぐにスイッチを押して鳴き止ませると、また眠りにつく。手は目覚ましに伸ばしたまんまで。
「イズミー、出かけてくるからねー。ごはん用意してるから、ちゃんと食べなさいよー」
母の声が聞こえ、ようやく布団から抜け出す。目覚ましを止めてから、一時間半も過ぎた後だった。
春休みだからと怠惰に過ごしている。早起きしても、どうせやることは何もない。きっと実家に帰省中の3月は、こうして何事もなく過ぎていくのだろう。カズヤからも、2年の先輩からも、なんの連絡も受けぬまま。
朝食に行く前に、まだ少し眠たいアタマで机に向かう。すっかり片づいた、だだっ広い机。以前積まれていた本やらCDやらその他の小物やらは、ぜんぶ机の下にある赤いプラスチックボックスに押し込まれている。親に勝手に触られたのはイヤだけど、捨てずにとってあるだけマシだろうか。
日記を開く。書くことは何もない。そんなときは、せめて過去の記憶を整理する。さかのぼる、さかのぼる。ペラ、ペラ、ペラ。たまたま目に止まったページがある。
思い出す。それは、まだ軽音部に通っていたころのことだ。
夏合宿中の宴会で、2年の先輩は、みなの前で私に告白した。アルコールを一切口にせず、突然立ち上がり、しらふじゃありえないような大声で。