コラーゲンと修羅場【彼氏の顔が覚えられません 第21話】

「ちょ…イズミ!?」

豚が吠える。やりすぎだ、と言いたいのか。なんなら、おまえにもぶっかけてやろうか。そう思ったが、残念ながらコップの中にもう水はない。

「…おまえ、さぁ…!!」

カズヤが立ち上がる。前髪から、鼻から、あごから水をしたたらせながら。なに、逆ギレ? 

「今のでわかった? 私の気持ち」

努めて冷静に言う。頭一つ分高いカズヤを見上げながら、気持ちだけでも見下すように。
カズヤはにらんでいる。たぶん笑ってなんかいない。これはきっと怒りの感情だ。表情が読めなくてもわかる。

私は表情を作れない。けど、きっと真顔でも伝わる。伝わる言葉しか選ばない。優しさは、1ミリもいらない。


「カズヤってば、テキトーでしょ? それがカズヤなんだよね。直す気なんてないんだよね。もうムリ。そんなテキトーなのが彼氏だったら、私には必要ない。さよなら」

そう言って。ぜんぜん手を付けていない学食を、そのまま返却口に持って行く。こんなもったいないこと、普段なら考えられない。でも、今のやりとりで食欲は失せてしまった。
ぜんぶカズヤのせいだ。カズヤが悪い。料理してくれたオバチャン、農家のみなさん、恨むならカズヤを恨んで。そう思って、食堂を抜ける。

キャンパスに出て、一度だけ振り返る。カズヤが追ってきてるんじゃないかと思う。けど、そうだとしてもきっとわからない。もうカズヤの顔を覚えていない。
今まで一度だけでも、思い出せたことはない。

前を向いて、歩き出す。心は静かで、冷たい。激しい感情はもうない。なのになぜか、目の下が水滴で湿っている。

(つづく)

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