パンドラの箱とチキン南蛮【彼氏の顔が覚えられません 第28話】
「君には才能もオーラもない。いたってフツーの、どこにでもいる人間だ」
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タナカ先輩が所属していたモデル事務所の社長は、そう言い放ったそうだ。高校に入学し、卒業を迎える間際までの約3年間。真剣に読モに打ち込んだ彼を除籍するときの言葉としては、あまりにも辛辣なセリフだった。
「だからこそ、育てる価値があると思ったんだがな。まったくの期待はずれだった」
仕事を始めた当初は無我夢中だった。気乗りしないファッションやポーズにも、果敢に挑んだ。肉体をさらす機会があれば、わずかに胸元をはだけさせるだけのことでも必死でジムに通った。
けれど、誌面が完成すると、他のモデルの写真に差し替えられていたこともたびたびあった。
「いいか、求められたものを求められたままこなすな。客はつねに、期待以上のものを求めてる。上にいきたかったら、もっといまの自分を打ち破らなきゃダメだ」
社長の言葉は厳しかった。自分ではすでに精一杯、努力を惜しまずやってきたつもりだったのに。これ以上、何をどうこなしていけばいいのか。
また、学校でも先輩の活動が噂されるようになり始めた。なぁ知ってるか、タナカのやつ、読モやってんだって。
うっそ、マジ? きめぇ。自分のことカッコイイとか思ってんのかな。
それらの言葉には、身近な人間が活躍していることへの羨望もあったのだろう。しかし思春期のタナカ先輩には、そう考える余裕はない。言葉の槍は、盾も持たない彼を真正面から貫く。