記念日なんか男は忘れる【彼氏の顔が覚えられません 第35話】


「断ろうと思えば断れたハズなのに、なんでまた来たのよ」

「…俺もこのスタジオでわりとお世話になってるのに、ドタキャンなんかしたら心証悪くするだろ」

「ふーん。カノジョとの約束より、スタジオのスタッフの心証の方が大事、ねぇ…やっぱりその程度なんだ」

あぁ…また、この女…。

「完全にイズミのことをないがしろにしたワケじゃないぞ。代理人を行かせてある。イズミがチョコ持ってくるかもしれないから、代わりに受け取っといて、って」

「えっ、代理人!? ちょっと…それでイズミが納得すると思ってる? 役所の届け出とかじゃないんだしさぁ…」

「まぁ、大丈夫だろ、きっと」

平気で言う俺を信じていないようなシノザキは、きっとイズミの病気のことを知らないんだろう。代理人には服を貸し、俺のフリをしてもらうよう依頼していた。顔の区別がつかないイズミを騙すのは心が痛むが、きっと乗り切れるハズだと思った。

…その代理人を引き受けてくれたタナカ先輩が、裏切りさえしなければ。
この時点で、その可能性はまったく考えていなかった。

「ところでさ、このスタジオ、わりと暑くない?」

ふと、シノザキが言う。「そうか?」と返しながら空調の温度を見ると、21度。冬としてはふつうだ。

「もっと下げるか?」

振り返ってシノザキに言ったところ、またギョッとした。俺が尋ねるより前に、シノザキは服を脱いでいたのだ。パーカーを脱ぎ、セーターを脱ぎ、あっと言う間にTシャツ1枚に。

「…うん? なに?」

あっけらかんとした表情で俺を見つめるシノザキ。
その一方、体にピタッと密着したシャツで強調されたやつの胸に、釘付けになってしまう俺。悲しい男の性ってやつだが…。

冷静に考えたら、せまいスタジオで、俺らいま二人っきりなんだな。

いくらテキトー人間とは言え、ことの重大さに気づくのが遅い男である。あまりにも遅すぎて、泣きそうだ。俺の中で、ムクムクと変な欲望がいまにも立ち上がろうとしていた――。

(つづく)

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