文:八木 奈々写真:後藤 祐樹みなさんは図書館や書店で、自身が惹かれている本の共通点を考えてみたことはありますか……? 好きな作家が陳列されている本棚、ポップが目を引くランキング上位の話題の本、表紙のインパクトに一目惚れしたり、どこか今の自分とリンクしているタイトルに心ときめいたりなど。そんな“無意識な本との出会い”のきっかけには、気がついていないだけで同じ“出版社”を選んでいるということもあるのかもしれません。誰もが一度は名前を聞いたことがある大手出版社から、独自のカラーを打ち出した偏った出版物が魅力の出版社など、出版社の数だけ扱う本の色があります。そう、この本好きだけど見慣れない出版社だな……と思ったら、それは新たな出逢いのチャンスかもしれません。写真はイメージです。実際に私は昨年、お気に入りの出版社さんを見つけてから芋づる式に好みの本に出会えました。ぜひ、今回はその出版社さんを……と言いたいところですが、少しマニアックなので、それはまた今度。今回は多くの方が耳にしたことがあるであろう親しみのある出版社「新潮社」さんの本をご紹介させていただきます。“緻密な人物描写や人々の心に訴えかける作風の多い印象が強い”新潮社さん。教科書にもある誰もが知るあの“ごんぎつね”や小野不由美さんの“十二国記シリーズ”も新潮社さんです。ぜひ、「新潮社」さんにしかない魅力を味わってみてください。1.小川糸『とわの庭』全盲の幼い主人公が一人称のまま物語が進んでいく珍しい本作品。もちろん視覚を排した描写を余儀なくされるのですが、嗅覚と聴覚で補完した物語の世界は、今作では、むしろ眩しいほどに“色彩”に満ちています。いやあ……さすが小川糸さん。孤独で壮絶な幼少期を過ごす幼い目線だからこそ読んでいて辛くなる場面や、文字だけでは理解し難いこともいくつかあり、どれだけ私が普段視覚に頼って生活しているか思い知らされます。どんなに世間が批判しても、どんなに不完全な関係に見えていても、生きているって本当にすごいこと。“パンケーキは幸福になるお薬だ”“誕生日というのはなんて素敵な甘い香りのする日なんだろう”。全盲の少女から発せられるどこまでも素直で繊細な言葉達は私達読者を辱めるほど美しく光って魅せます。この物語序盤の“多幸感”と、終盤の“幸せ”は全く形の違うものだけれど、目を背けたくなるような日々の中にも、誰にも理解される必要のない確かな愛があったのだと感じさせられました。手で、鼻で、耳で、口で、いろいろなものを感じていく彼女は、目が見える私達よりも遥かにこの世界を“見て”生きていました。その感受性が本当に美しくて、壮絶な人生が描かれている筈なのに読後は少し羨ましくも思えました。小川糸さんの描く世界は、物語の中にではなく、現実にあるのかもしれません。少し外の風にあたってこようかな。2.杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』一度も会ったことがない父親の訃報が届くところから始まる、この作品。メディアで幾度となく絶賛されていて気になって手に取りました……が、あれ? 期待していた分、初めはピンとこず。読み進めていくと……ん? あ、え、なるほど!本作は、私達読者が生きる現実世界を大きく取り込んだ複層的なミステリー作品でした。ライトノベルなタイトルや装丁からは想像できない展開が後半に待ち受けており、物語の内容がどうというよりも、電子でも、映像でもない、“紙面”だからこそ許されたロジックと、杉井光さんの好奇心、仕掛けに気づいたときは、思わず“ほぉ~”と声にだしてしまいました。多くの本は読み手の感情に変化があれば見え方も変わりますし、再度読み直して初めて気づけることがあったりもしますが、この作品は一読目が一番、楽しめるかもしれません。というか……楽しみきってください! 230ページとかなり読みやすいページ数なので、活字が苦手な人にこそ手に取っていただきたいです。頭を使っても、使わずとも、楽しめる“透きとおった物語”。一度で二度美味しいってこういうこと。3.シェイクスピア『マクベス』福田恆存:訳人類史上最高の詩人にして、16世紀のイギリスを代表する劇作家“シェイクスピア”。彼の作品は、日本語訳され多くの出版社さんから出ていますが、私は圧倒的に、そう、圧倒的に、新潮文庫版をおすすめします。なんせ代表作は新潮文庫でほとんどそろいますし、どの作品にもフックがあり、短く読みやすいのが特徴です。そして何よりも福田恆存さんによる翻訳が本当に面白いのです。あえて一冊……と言われれば、私は迷わずこの“マクベス”をお勧めします。シェイクスピア四大悲劇の一角にして恐らくもっとも完成度の高い疑集力をもつ本作品。シェイクスピアの作品はいろいろな書物にも引用されているので「あ、このセリフ聞いたことある」「この場面知ってる気がする」なんて記憶と照らし合わせながら読み進めてみるのも面白いかもしれません。演劇の台詞さながらの生き生きとした言葉達と思わず声に出して読みたくなるような文章のリズムに気づけば心躍らされています。確かに文字だけで綴られた小説のはずなのに、まるで目の前で観劇しているかのような気持ちになれます。訳者のあとがきも最高なので、お忘れなく。■“推し”出版社を見つけませんかいかがだったでしょうか。みなさんのお家の本棚も、一度出版社別で並べなおしてみると新たな発見があるかもしれません。「TheBookNook」ではさまざまなテーマで本を紹介させていただいておりますが、またいつか別の出版社さんの魅力もお届けできればと思います。私もまだまだ未開拓の出版社さんはたくさんあるので一緒にいろいろな出版社さんに浮気して、推しを見つけましょう。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年05月03日新潮社が神楽坂駅前に所有する「北倉庫」施設をリノベーションしたキュレーションストア「ラカグ(la kagu)」(東京都新宿区矢来町67)が10月10日、グランドオープンする。サザビーリーグが新潮社とのパートナーシップのもとにプロデュースする同施設は、流行に流されず、「昔からあるもの」や「これからも大切にしたいもの」に価値を見出すという意味を込めた「REVALUE」をコンセプトに、国内外問わず世界中から、モードなものから日用品までを独自の目線でセレクト。地上2階、総面積962.45平方メートルの巨大な空間の1階にウィメンズファッション・生活雑貨・カフェ、2階にメンズファッション・家具・ブックスペース・レクチャースペースを配置し、テラスでは定期的にファーマーズマーケット「ラカグ マーケット(la kagu market)」を開催する。外観の設計デザインは、神楽坂にゆかりのある隈研吾建築都市設計事務所。昭和40年代に建てられた本の倉庫をそのまま生かした工業的でミニマルな空間に、ウッドデッキと2階へつながる大階段を設置する。ウィメンズファッションのクリエーティブディレクターは、大手セレクトショップのバイヤーを務めた安藤桃代。“ベーシックだが、上質で長く着られるもの”を中心に、セレクト商品では足りない要素を埋めるオリジナル商品も用意。現在3型のブラウスを展開し、今後少しずつ増やしていく予定だという。主な取り扱いブランドは、「アクネ(Acne)」「J&M デビッドソン(J&M DAVIDSON)」「メゾン マルタン マルジェラ(Maison Martin Margiela)」「マルニ(MARNI)」「チャーチ(CHURCH’S)」。メンズは“大人世代に向けたアメカジ・ヘビーデューティー”をテーマに田中行太がセレクトする。主な取り扱いブランドは、「バブアー(Barbour)」「ブルックス ブラザーズ(Brooks Brothers)」 「コンバース(CONVERSE)」など。生活雑貨のセレクトは、スタイリストの岡尾美代子。フランスや日本の食器、調理器具、タオルやリネンなど世界各国から集めた上質なものの中に遊び心を加えた商品をラインアップする。家具は、ハンス・ウェグナーをはじめとする北欧ビンテージ家具を、長野県上田市の「ハルタ(haluta)」が買い付ける。木のロングテーブルに50席を設けるカフェでは、鎌倉の人気店「LONGTRACK FOODS」の馬詰佳香をフードキュレーターに、シャルキュトリー専門店「コダマ」をオペレーションに迎え、自家製ソーセージのホットドッグや「la kagu market」の食材を使った料理、鎌倉の「カフェ・ヴィヴモンディモンシュ」の堀内隆志が焙煎したコーヒーを提供する。ブックスペースでは、倉庫に元からあった本棚を使用し、「本の本」「自然や生きもの」「知らない街を歩いてみたい」「おとことおんな」「食べることばかり考えている」など独自のテーマに沿ってブックディレクター幅允孝が選書した本を販売する他、「〈10×10〉」と題し、10人の選者が10タイトルずつ選書した本を、専用のブックシェルフに収納して展示・販売する。選者は建築家の隈研吾、新潮社代表取締役社長の佐藤隆信、サザビーリーグ取締役会長の鈴木隆三、写真家の石川直樹、作家・マンガ家の小林エリカ、毘沙門せんべい福屋の福井清一郎ら。併設するレクチャースペースでは、作家のトークショーなど本にまつわるイベントを中心に、ワークショップや落語の口演などを週2回程度のペースで予定している。10月のゲストはヤマザキマリ、とり・みき、角田光代、河野丈洋、よしもとばなな、池内紀、蜷川幸雄他。また、オープニング企画として、「la kaguと書き手」と題し、和田竜、石田衣良、古川日出男、松家仁之、いしいしんじ、樋口毅宏などの作家が同店で販売する商品と実際に数週間生活を共にして書き下ろしたショートエッセイの原稿を、先着300枚ずつ配布するほか、隈研吾、幅允孝、イラストレーターのウェンディー・マクノートンらla kaguプロジェクトに携わるクリエーターらと国内ブランドとのコラボによるバッグやランプ、マグカップなどのオリジナル商品も展開する。
2014年10月09日