リタリンとは出典 : 「リタリン」は、メチルフェニデート塩酸塩という成分の入った薬の商品名です。メチルフェニデート塩酸塩は、ADHDの症状に適応が認められているコンサータの成分と同じです。しかし、現在リタリンは睡眠障害のひとつナルコレプシーのみに適応が認められており、リタリン流通管理委員会に登録されているリタリン登録医の診断のもとで処方される薬です。リタリンは脳の中枢神経刺激薬のひとつで、脳の神経伝達物質「ドーパミン」の働きを活性化させる作用をもっています。ドーパミンは脳内の報酬系と呼ばれる領域に大きくかかわっていて、幸せを感じたり、追い求めたりすることに作用しています。報酬や罰に対する行動の動機づけのほかにも、作業記憶などの認知機能をつかさどる役割を担っているとも考えられています。しかし、ドーパミンに作用する薬を誤って使用すると、効果だけでなく悪影響もうまれてしまうことがあります。もっと幸せな気持ちになりたいと不必要に薬を飲み続けて、薬への習慣性をもつようになったり、薬なしではいられなくなる薬物依存に陥る可能性もあるのです。残念ながら、リタリンも乱用や不正使用が大きな社会問題となりました。詳細については後の章でご紹介します。参考:脳内物質ドーパミンのはたらき|地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所参考:認知機能と動機付け機能を支える2つのドーパミン神経システムを解明|筑波大学参考書籍:Gesina L. Longenecker/著、Nelson W. Hee/イラスト、吉本寛司/監修・訳 『薬物乱用と人の体―イラストで見るドラッグの害』(アーニ出版、1999)、56-63ページリタリンはナルコレプシーのみに適応が認められています出典 : リタリンは現在、睡眠障害のひとつナルコレプシーのみに適応が認められています。ナルコレプシーは、時間や場所を問わない強烈な眠気や居眠り、睡眠発作を起こす疾患です。リタリンのもつ覚醒作用が、ナルコレプシーのある人の日中の眠気を改善させる効果があると考えられています。ナルコレプシーについては、以下の記事に詳しい説明があるのでぜひ参考にしてください。医師の指導のもとでリタリンの処方が必要だと判断された場合、成人に1日20mg~60mgを1日1~2回に分けて経口投与されます。年齢や症状にあわせて医師が適正な量を調整します。頻度は明らかになっていないものの、起こる可能性のある重大な副作用には以下のものがあります。服用後にこのような症状が出た場合は、すぐに医師に相談してください。1)剥脱性皮膚炎:症状があらわれた場合は投与を中止し、適切な処置を行うこと。2)狭心症:症状があらわれた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。3)悪性症候群(Syndrome malin):発熱、高度の筋硬直、CK(CPK)上昇等があらわれることがあるので、このような場合には体冷却、水分補給等の適切な処置を行うこと。4)脳血管障害(血管炎、脳梗塞、脳出血、脳卒中):症状があらわれた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。5)肝不全、肝機能障害:肝不全(急性肝不全等)、肝機能障害があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。引用:中枢神経刺激剤劇薬、向精神薬、処方箋医薬品 (注意-医師等の処方箋により使用すること)リタリン錠10mg・リタリン散1%添付文書|独立行政法人医薬品医療機器総合機構今までに分かっているリタリンのおもな副作用は、頭痛・頭重、注意集中困難、神経過敏、不眠、眠気、口渇、食欲不振、胃部不快感、便秘、心悸亢進、不整脈、排尿障害、性欲減退、発汗、筋肉の緊張などです。このような症状があらわれた場合にも、医師に相談することが大切です。出典:中枢神経刺激剤劇薬、向精神薬、処方箋医薬品 (注意-医師等の処方箋により使用すること)リタリン錠10mg・リタリン散1%添付文書|独立行政法人医薬品医療機器総合機構なお日本睡眠学会によるナルコレプシーの診断・治療ガイドラインでは、依存性のより少ないモディオダール(商品名:モダフィニル)という薬が、ナルコレプシーの治療薬の第一選択として挙げられています。そのため、以下のような場合に限って、リタリンの処方が推奨されています。メチルフェニデートの主な適応A.モダフィニルを保険適用量上限まで投与しても十分な改善が得られず、社会生活上問題となる眠気・居眠りが残遺する場合B.すでに長期間本剤を服用していて、他剤への置換が困難なケースC.副作用のために他剤使用が困難か、増量が不可能な場合引用:日本睡眠学会ナルコレプシーの診断・治療ガイドライン項目(目次)リタリンは乱用や依存を防ぐための厳しいシステムも整備されています。まず、リタリンは医師であれば誰でも処方できるわけではありません。リタリン流通管理委員会に申請し、登録された医師のみがリタリンを処方できるように規制されています。このリタリン流通管理員会では、リタリンの流通量を厳しく管理しています。さらにリタリンを処方する場合には、ナルコプレシー診断に新しい医療技術検査方法を使用することが強く推奨されているほか、処方上限日数も30日と定められています。参考書籍: 古池保雄/監修、野田明子・中田誠一・尾崎紀夫/編『基礎からの睡眠医学』(名古屋大学出版会、2010年)参考記事: 日本睡眠学会 ナルコレプシーの診断・治療ガイドライン項目(目次)リタリンが厳しく規制されるまでの経緯出典 : なぜリタリンは、ここまでの厳しい規制が必要になったのでしょうか。この章では、リタリンが規制されるまでの経緯をご紹介します。リタリンは1958年に販売が承認され、1961年には薬価基準に収載された使用歴史の古い薬です。当時の適応はナルコレプシーと難治性および遷延性うつ病でした。一方、海外では1960年代からADHD症状へリタリンが使用されるようになり、日本でも適応外ではありましたがADHDの治療にリタリンが処方されるようになっていました。しかし、2007年にはリタリンが社会問題としてニュースに取り上げられるようになりました。処方された量では足りなくなってしまった患者が、医師から入手した処方箋を不正にカラーコピーする、インターネットで違法に取り引きするなどの事件が起きてしまったのです。一方、患者だけでなく、医療機関側も十分な診察をせず安易にリタリンを処方したほか、大量に処方するなどといった問題も明らかとなりました。そこで、海外ではうつ病にリタリンを使用することがほとんどないことや、新しい抗うつ薬の登場などを理由に、2008年にうつ病がリタリンの適応から外されることとなったのです。また同年にリタリンの流通規制も行われたため、ナルコプレシー以外の処方も禁止されました。結果として、これまで適応外で処方されていたADHDへのリタリン処方も不可能なものになってしまいました。つまり、リタリンがADHDに効かない、もしくは悪影響を及ぼすためにリタリンの処方が禁止されたのではないのです。リタリンの不正使用や処方が背景にあったことに留意しなくてはなりません。ここまでが,薬物療法の主体が中枢神経刺激薬である短時間作用型メチルフェニデート製剤(商品名:リタリン)だった時代である。いうまでもなく,それは適用外で行われたものであったため,積極的にそれを推奨することはせず,有効性を示しつつも,その処方にあたっては禁欲的であることを医師に強く求めるものであった。その改訂版ガイドラインの出版から1年数カ月経過した2007年後半から2008年初等にかけて,わが国のADHD診療を大きく変えることになる出来事が生じた。すなわち,リタリンの乱用および違法取引が社会問題化し,医師による軽率な処方が批判を浴びるとともに,一部の医師による違法な処方が摘発されたことから,厚生労働省の2カ月ほどの検討を経て,2007年末でナルコレプシー以外の疾患に対するリタリンの処方が明確に禁止されることになった。この展開はADHD診療にとって決定的な危機を招来するはずであったが,幸いにして,使用できる薬剤が皆無となる時期を以下のような事情で回避することができた。それは,その数年前から治験が取り組まれていたメチルフェニデートの徐放剤(OROS錠)であるコンサータ(商品名)が6歳から18歳までの子どもにおけるADHDを適応疾患として2007年12月に薬価収載され、臨床上では2008年はじめより18歳未満の子どものADHDに対して使用可能となったという事情による。引用:ADHDの診断・治療指針に関する研究会、齊藤万比古編『注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン第4版』(株式会社じほう、2016年)はじめに参考:厚生労働省うつ病の効能削除の提案と流通管理について(ノバルティスファーマ(株)提出資料)参考:日本睡眠学会 ナルコレプシーの診断・治療ガイドライン項目(目次)リタリンとコンサータってどう違うの?出典 : さきほどご紹介したように、リタリンとコンサータはメチルフェニデート塩酸塩という同じ成分の薬です。リタリンは、薬の効き目が4時間程度であったのに対して、コンサータは安定的な効果が約12時間続きます。コンサータは浸透性徐放効果送出システムという最新技術を活用して作られたカプセル薬で、薬成分がゆっくりと溶け出すように設計された徐放剤です。薬への依存リスクが低くなるように設計されているほか、不正使用ができないようにも工夫が凝らされています。カプセルの表面には、薬成分が塗布されており、カプセル内は3層構造となっています。上部に濃度の低い薬成分・真ん中に濃度の高い薬成分・下に空洞の部屋ができていて、最上部に開けてある小さな穴から薬成分が放出されます。コンサータを服用すると、表面の薬剤が徐々に溶け出します。表面の薬剤が溶け出すと、カプセルの中にある一番下の空洞部分に体の水分が取り込まれるようになります。カプセル内に取り込まれた水分で空洞の部屋が膨らみ、カプセルにあいた小さな穴から上部に入っている薬が少しずつ押し出されるのです。それではコンサータ(中枢刺激薬)に薬物依存はないの?出典 : 薬物依存は、薬物の乱用を繰り返すことで陥る状態です。コンサータはリタリンと同様の薬理作用をもつことから、理論的にはコンサータであっても薬物依存に陥る可能性があります。しかし、医師の診断のもとで適切に服用すれば乱用にはつながらず、依存のリスクはとても低いと言えます。なお、コンサータもリタリンと同様に「コンサータ錠適正流通管理委員会」が設置されています。処方上限日数も30日と定められ、適正な使用となるように厳格に管理されています。薬物の乱用を繰り返すと、薬物依存という「状態」に陥ります。薬物依存と言う状態はWHO(世界保健機関)により世界共通概念として定義づけられていますが、簡単に言えば、薬物の乱用の繰り返しの結果として生じた脳の慢性的な異常状態であり、その薬物の使用を止めようと思っても、渇望を自己コントロールできずに薬物を乱用してしまう状態のことです。引用:ご家族の薬物問題でお困りの方へ(厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課発行)|厚生労働省参考記事:コンサータの流通管理について (ヤンセンファーマ(株)提出資料)|厚生労働省ADHDのある人は何かに依存する性質があるといわれているため、薬物治療が原因で将来薬に依存してしまうのではないかと心配している人もいるかもしれません。しかし、ADHDのある人が中枢神経刺激薬を使用して薬物治療を行った場合に、薬物依存リスクは高まらないことがいくつかの研究で明らかになっています。サウスカロライナ医科大学の教授で、ADHD分野の国際的な権威であるBerkeley博士は、中枢刺激薬で治療していたADHD患者の子どもを13年間にわたって追跡調査しました。その結果、子ども時代の中枢刺激薬の治療は、成人での薬物依存リスクを高めることにはつながらないことをつきとめました。参考文献:Barkley RA, et al. Pediatrics, 2003. 111(1):97-109また、アメリカにあるマサチューセッツ総合病院につとめるWilens医師が複数の論文を横断的に分析したところ、子ども時代の中枢神経刺激薬でのADHD治療は、大人になってからのアルコール依存や薬物依存リスクを約1/2に減らすことが明らかとなりました。参考文献:Wilens TE, et al. Pediatrics, 2003. 111(1):179-185まとめ出典 : 今回の記事では、ナルコプレシーにだけ処方される薬のリタリンをご紹介しました。リタリンに限らず、薬は用法・用量などの決まりを守って処方することがとても大切です。必ず医師の指示に従って、用法・用量を守りましょう。また、決してほかの人に渡したりしてはいけません。リタリンを服用して、副作用を感じたらすぐに医師に相談してください。また、リタリンについて少しでも不安を覚えたら、迷わず医師に相談してください。参考書籍:ADHDの診断・治療指針に関する研究会、齊藤万比古編『注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン第4版』(株式会社じほう、2016年)参考書籍:榊原洋一、 高山恵子 / 著 『図解よくわかる大人のADHD[注意欠陥多動性障害・注意欠如多動症]』 (ナツメ社、2013年)
2017年02月15日急な眠気が襲ってきたら、ナルコレプシーという睡眠障害が疑われますが、最近では、オレキシンという脳内たんぱくによって改善することが分かっています。ナルコレプシーは、学業や仕事の妨げになるといわれているので、まさにオレキシンは救世主といえそうです。急な眠気のくるナルコレプシーとは?ナルコレプシーとは、夜、十分な睡眠をとっていても昼間に突然眠気に襲われて、居眠りをしてしまうという病気です。脳の中の睡眠を調節する機構がうまく働かない状態にあります。ナルコレプシーの原因は、目を覚まし続ける役割を持つ、オレキシン (ヒポクレチン)と呼ばれるたんぱく質を作り出すことができなくなることが原因だといわれています。症状は突然眠ってしまうだけでなく、笑ったり怒ったりして感情の変化が起きる際に、体の一部に脱力感が起きる情動脱力発作のほか、眠っているときに金縛りにあったような状態になったり、入眠時に幻覚症状があったりするものです。救世主ともいうべき「オレキシン」このナルコレプシーは、近年、オレキシンによって改善されることが明らかになっています。実証はマウス実験によって行われました。オレキシン神経細胞が欠損しているマウスに対して、新たにオレキシン遺伝子を導入することによって、脳内でオレキシンが作れるようにしたのです。すると、ナルコレプシーの症状が消失し、覚醒状態にも改善がみられたといわれています。つまり、オレキシンンがナルコレプシーを改善することが確認されたのです。しかし、睡眠に関わりのある物質はすでに他にもあるのではないかと思われる方もいるかもしれません。しかし、オレキシンの効果がなぜそこまで注目されているのかといえば、それは、睡眠をコントロールしている脳の中枢部分である視床下部で作られている物質だからです。自覚症状がない人も思い当たる人はお医者さんへナルコレプシーが発症するのは、10代に多いといわれています。しかし、授業中の居眠りなどは、ただ怠けている、やる気がないだけだと思われがちです。こうしてそのまま社会人になり、日中、重要な会議で眠りこけてしまう、といったことが重なると、仕事する上でも支障をきたす恐れがあります。実際、このような支障をきたしている、思い当たる節があるという場合には、ひょっとすると思春期の頃から見逃されていたことかもしれませんので、早急にお医者さんに診てもらうようにしましょう。オレキシンを活用する治療方法は、今後発展していきそうです。Photo by Billy Wilson
2014年10月28日