4月14日のことになりますが、中国人民銀行(中央銀行)は米ドルに対する人民元の変動幅を現行の基準値の上下0.5%から、1.0%に拡大することを発表しました。現在、人民元は部分的な変動を認める管理フロート制の中でも、主要貿易相手国の複数通貨を加重平均して為替レートを算出するバスケット方式を採用しています。過度な為替変動が起こらないように、これまでは前日の為替レート±0.5%までの動きまでを許容範囲としていて、それ以上動いた場合には中央銀行が為替介入を実施してきました。人民元はかなり通貨安の水準となっていると指摘されてきたのはニュースなどで聞かれたことがあるかと思います。そのため、これまでは元高の圧力が常にかかってきました。為替市場ではドル売り・元買いが優勢となりますので、放っておけば急激に元高が進んでしまう恐れがあります。それに対して中国の通貨当局は1日の変動幅に収まるまでひたすら米ドル買い・元売りで対抗するのです。ちなみに、こうして買われた米ドルは中国国内に蓄積されていきますが、それが外貨準備高と言われるものです。溜まりに溜まった中国の外貨預金高は今や3兆3,050億ドル(269兆円、2012年3月時点)となり、日本の2.5倍以上の金額となっています。人民元は2005年7月までは米ドルに対して実質的に1ドル=8.28元に固定されていました。試算された数値にはバラつきがありましたが、この水準では25%~40%ほど人民元が米ドルに対して過小評価されていると言われていました。そして段階的な切り上げを実施してきた結果、2005年から7年という長い歳月を経て、対ドルでは約24%人民元高が進みました。ここ10年の中国の為替政策現状の水準について温家宝首相も「人民元はすでに均衡水準に近づいた可能性がある」と指摘しています。ここ数カ月だけをみればこれまでの元高の上限であった±0.5接近することが少なく、むしろ下限である元安方向に動いていました。そのため、市場は今回の変動幅の拡大が必ずしもさらなる元高につながるとは考えてはいません。元安ということは米ドルを買って元を売る動きがあることですから、中国国内に投資していた資金を海外の投資家は撤収させているという状況です。変動幅拡大となれば、そうした動きを加速させるものになるのではないか、と思われるかもしれません。中国からの資金の流出は欧州債務懸念が最悪となった時期と重なります。自分たちの懐具合も危うくなったために、欧州の金融機関を中心に新興国に投資していた資金を撤収したという背景があります。したがって、欧州債務危機の最悪期を脱出した現在、再度投資資金が中国に積極的に戻ってくるかどうかはさておき、少なくとも流出の動きは収まるものと考えられます。また欧州危機が再燃しても、必要に迫られた人たちはすでに撤収済みとなれば、さらなる資金の流出も限定的かもしれません。人民元が上昇するにしても下落するにしてもそのスピードが速くなる可能性が低いので、今回の制度変更が実施されたと考えるのが妥当でしょう。なぜ変動のスピードを最小限に抑える必要があるのか-。こうした極めて小幅の通貨切り上げを長期間に渡って中国が試みているのは、日本の状況を反面教師としているため、と考えられます。中国は日本がたどってきた通貨変遷の歴史を非常に熱心に研究している、これはすでに1990年代半ばで言われていたことです。我が国は1971年のニクソン・ショックで米ドルと金の兌換が停止された際にも、1985年のプラザ合意の際にも急激で大幅な円高を一方的に受け入れてきました。そのため、そうした動きに着いて行けない中小企業などを中心に、甚大なる経済的ダメージを受けることになりました。輸出主導で貿易黒字を拡大させ、経常黒字を維持する経済大国と成長していく過程では通貨高となるのは必然です。であるならば、そのマイナスのインパクトをいかに最小限に抑えるか、経済運営の手腕が問われるところです。通貨高は国益にもなりますが、問題はそのスピードであるという認識がされ、それに対応する戦略を中国は練ってきたということです。日本の通貨制度の変遷から学んだ中国は、弾力的な為替政策をゆっくり進ませ、企業、個人、金融機関が変動相場制に対して適応する過程が必要ということを通貨戦略の前提としています。そして、自国にとって都合のよい政策を貫くためには、他の国から、例えば為替操作国などの指定がされ改革を迫られる前に自身でアクションに起こす方が得策です。2005年の変更は胡錦涛国家主席の訪米、ブッシュ大統領との会談の前、2007年の変更の際も5月22日ワシントンで開催される閣僚級の米中三略対話の直前、そして今回もIMFやG20の直前に変更が発表されています。外圧をかわすのにはもってこいのタイミングと言えるでしょう。中国は自国の通貨政策の変更をも利用して、外交でのイニシアティブを発揮しているともいえます。通貨制度の変更はこうした対外要因ばかりではありません。次回はなぜこのタイミングでの制度変更なのか、中国国内の要因について考察をします。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年04月26日