ジャーナリスト。音楽家、アーティストのインタビュー、アート評を中心に活動。女性誌で、表紙からインタビュー、ファッション、美容、書評まで担当した経験を基に、2006年から婚活サイト「エキサイト恋愛結婚」で、お悩み相談への回答コラムや婚活コラムを執筆。著書に「日本の貴婦人」(光文社)など。
大ヒットした 「かもめ食堂」 や 「めがね」 で、日本映画の新たな頁を開いた 荻上直子 監督の最新作 「彼らが本気で編むときは、」 は、“もう癒し系とは言わせない”と監督自らが語る“真骨頂”と呼べる映画です。 南カリフォルニア大学大学院の映画学科に留学していた20代の6年間、それから12年後、夫と生後間もない双子とともに再びアメリカ生活を送った1年間も、アパートの大家さんはじめ、周囲には ゲイ、レズビアン、トランスジェンダー の人たちが普通に暮らしていたのに、日本ではそうでないことに 違和感 を感じた荻上監督。 ある新聞記事で、中学生の息子に「おっぱいがほしい」と打ち明けられ、彼に “ニセ乳” を作ってあげた母親の存在を知った監督は、このお母さんに会いに行きます。 女の子になった息子を自然のこととして受けとめ、 我が子を大切に思う気持ち を知り、自分の双子への愛情と変わらないと思った監督が、映画にしたいと切望したのがこの作品なのです。 トランスジェンダーの女性・ リンコ(生田斗真) の 恋人・マキオ を演じているのが、 桐谷健太 さん。普通の男性役ながら、セクシュアル・マイノリティであるリンコを、あくまで一人の女性として守り抜く姿勢の男らしいこと! そんな桐谷さんに、映画を作り上げるまでの熱い思い、この映画で到達した新境地についても、たっぷり語っていただきました。 ■小学校5年生のトモ。テーブルにコンビニのおにぎりが置かれている生活 ―― この映画に出演しようと思われたのは、なぜですか? 「最初、マネージャーから電話があって、すごくいい脚本だと。母親が家を出て行ってしまった姪っ子が、元は男性だった女性と暮らしてる母親の弟と同居することになって…と聞いて、『ええっ、どういう話?』みたいにはなりましたけど(笑)。 でも、実際に読んでみて、すごくええ脚本やなあと思ったし、今、オリジナル脚本で製作する映画は減っているから、これは映画らしい映画になるんじゃないかって、すごく感じた。監督の作品も観ていて、『ああ、空気を撮る監督やな』って感じたから、めっちゃ楽しみでしたね、はい」 母・ヒロミ(ミムラ)と二人暮らしのトモ(柿原りんか)は、小学校5年生。帰宅すると、テーブルにコンビニのおにぎりが置かれている生活でしたが、ある日、母が男性と出奔してしまい、仕方なく書店勤務の叔父・マキオを訪ねます。マキオは、彼らの母親(りりィ)が暮らす施設で働く恋人のリンコと同棲しており、三人の共同生活が始まりますが…。 ―― この映画に出演する前と後で、トランスジェンダーに関する感じ方、恋愛観に変化がありましたか? 「俺は東京に出てきたばっかりの時、ゲイの方にナンパされ、そこからこの業界、モデル事務所に紹介してもらったりして、ゲイやトランスジェンダーの友達がすごく多かったんです。いうたら僕も、大阪から出てきてマイノリティだったわけですよ。誰も知らない中、彼らはすごく優しくしてくれたし、中には下心あった人もいるかもしれないけど(笑)、でも、すごく仲良くて。 その頃からの友達に『こういう映画やるけど、聞いてもいい?』って、いろいろ話を聞かせてもらって。だから、俺の中では トランスジェンダー って言葉は、この映画をやるまで知らなかったっていうぐらい、あたりまえの日常やったから、よくいう “認める” とか “認めない” とか、そういうことじゃなくて、いろんな考え方があってそれでええやん…っていう考え方なんです」 ―― 当事者になってみて、初めてわかる差別があると思うのですが…。 「当事者ということでいうなら、中学生の頃、自分はトランスジェンダーだと気づいた時が、思うことはすごく大きいんやないかと思う。だからこの映画を観ながら、その友達たちは俺には何も言わなかったけれど、世間に対する苦しみや悲しさを経験してきたのかなと、想いを馳せたりしました。 役を構築する上で、友達に『トランスジェンダーの女性が、つきあう男性の共通点って、あったりするの?』って聞いたら、『それは健太、人それぞれだよ』と。普通、 “人それぞれ” っていうのはヒントにならないじゃないですか、ある種漠然としていて。でも俺、それですごい腑に落ちたんですよ。 もちろん結婚を考えてるとしたら、すごく覚悟をちゃんとしてる人だと思う。で、その時に、『そうか、マキオってすげえ男らしい男なんやな』と感じた」 じっとこちらの目を見つめながら、丁寧に真摯に言葉を紡ぐ桐谷さん。ワイルドな印象が強いけれど、大きいのにとても繊細な手をしていて、美しい指を組んだり解いたりしながら、時に笑いを取り、時にガキ大将のように豪快に笑い、時にホロリとさせるのです。 ■一番目立ちたい!よりも「斗真がきれいに見えるように」変化した新境地 ―― マキオは普通の男性ですが、母親は夫が他の女性と駆け落ちした辛い過去があり、姉は好きになった男を追って家を出てしまう…という環境。そんな中でトランスジェンダーの恋人と暮らす彼を演じるのは、なかなか難しかったのではないでしょうか? 「マキオを演じる上で、いろんなリサーチをしたり、監督からは、監督の旦那さんのイメージなんだって聞いたり…。 ダサくて話もおもしろくなくて…って、旦那さんのことをガーッて文句言った後、『でも、すごく優しいんです』と。それ、聞いた時に俺、すごく愛情を感じて、『何か、グッとくるなあ』みたいな…。それでまた、イメージもらったんですよ。 でも、人を愛する気持ちとか傍にいたい気持ちは、別に俺と何ら変わんないって感じたから、それを核にして、無垢なマキオ像というか、マキオを生きられたと思ってますけどね」 最初は馴染めなかったトモも、お弁当を作ってくれたりする優しいリンコに、少しずつ心を開いていきます。リンコはリンコで、世の中から哀しい差別を受けながらも、辛い気持ちを編み物で紛らわせ、トモの愛らしさにだんだんと母性が目覚めていき…。 ―― 生田さんの女性役、現場ではいかがでしたか? 「斗真も、最初は苦労したと思う。メンタルな部分を作り上げながら、フィジカルな部分で肩幅が大きく見えないように、手がお兄ちゃんみたいにならないように…。やっぱりそこって重要じゃないですか。そういう意味ではすごく苦労していたし、撮影中、今回は女性陣が多かったから、みんなが注文を言いにくるわけですよ、そこはちょっと…みたいに。 だから、俺は傍にいて支えることができたら…と、ホンマに今回、強く感じた。やっぱり斗真が美しく見えることが、この映画にとってすごく重要なわけですから。 それと、監督も撮影前、『私もこれに賭けてます』と。『私の人生の第2章なんです』と言うてくれたんで、その監督のお手伝いを全力でしたいな、という思い。今までは、『自分が一番目立ったる!』としか思ってなかったわけですよ。まあ、それが作品のためにもなると思ってやってたわけですけど。 でも、今回はそうじゃなくて、斗真がきれいに見えるように、斗真が心折れないように…と思ってて。現場にいた時に俺、今までと違う感覚に『アレ?』って思いました。でも、それはマキオがリンコさんを支えてることとシンクロしていたと思う」 ―― マキオはリンコさんの心の美しさに惹かれ、それ以外の部分はどうでもいいと選んだ人。内面の美しさが外側にも出ている女性ですが、生田さん、本当にきれいでしたね。 「斗真はものすごい一生懸命やってて、俺は最初に脚本見た時から、合うやろなあとも思ったし、本当に可愛いかったし、だから、『可愛いよ』って常に声かけてた。 斗真が言ってたのが、斗真もトランスジェンダーの友達がいて、話を聞いた時に、もちろんフィジカルな見え方も大事だけど、やっぱり気持ちだと。籍を変えてる人は、籍を変えてない人よりも自信を持ってて、自分はもう女性なんだっていう…、それだけで全然違うとか、そんな話を教えてもらったのかな。 その時、気持ちをちゃんと持っていけばいいんだって思えた、って言ってた。俺もそれを聞いて、すごく腑に落ちたというか、斗真が、後半に向けてどんどんきれいになっていったし。だから、監督が長になって、みんなで一緒に世界観を作っていけたからよかったのかな、と俺は思うんですよね」 ■リンコさんと「キスしたい」「抱きしめたい」と、自分から監督に提案 ―― 生田さんとのシーンでは、いろいろ苦労話もあるのでは? 「恋人同士の役なのに、監督に『男同士の友情に見えます。ちゃんと抱き合って、今!』とか言われながらっていうのが、最初の頃はありましたよ。でも、それがみんなで作っていく映画の醍醐味っていうか。 あと、監督は空気を撮る人なんで、『この台詞をちょっと強く言ってください』とか『ここはこういう表情で…』っていう演出をしない。ドラマとかだとあるじゃないですか、カットがけっこうあるから。ここは強めで、ここは弱めでいきますか、みたいの…。 お芝居によって役によって、いろいろあっていいと思うんですけど、監督の場合は、丸々無垢なこの人間そのもの、たとえばマキオが後ろ姿で、座ってるだけの背中だとしても、この人ってこういう人なんだな、と説得できるくらいの力量が求められてる、と俺は思ったんですね。 だから、人を愛する気持ちってのを確認して、ただ表面的なんじゃなくて、無垢なマキオを生きるんだっていうんで、そこにいるんだってことで努力して。でも、俺はやれたと思っています、はい」 ―― 結婚してトモを養子にしたいと願うリンコさんに、「受け入れます、全部。真剣に考えよう、一緒に」と答えるマキオさん。男らしいなあ! と感動しました。 「その後のキスシーン、実は台本になかったんですよ。俺が、『あそこは俺、キスしたい。抱きしめたいんですけど…』って言ったら、監督も、そういうシーンがないからどうしようかなって思ってたみたいで、『もしできるなら、ぜひやってみてください』と。斗真にも『ちょっとキスしたいねん』って話したら、『わかった』って。 斗真とは、その前の連ドラの打ち上げでキスしてたからね。経験済みやったから(笑)」 ―― キスは本当にしてるんですか? よく見えなかったんですけど…(笑)。 「してる、してる(笑)。そこも、荻上監督っておもしろいなぁと思ったんですよ。普通だったら見せたいじゃないですか。でも、唇重ねてるとこ、撮ってないし。この人っておもしろいな、すごいなって思った。 監督はワンカットでずーっと撮るんですよ。お姉ちゃんが帰ってきて、トモが殴りかかって、みんなで話し合うシーンは、ものすごい回数を重ねたシーンなんです。普通だったら、撮り方ちょっと変えたりとかするかもしれないんですけど、監督はずーっと撮ってる。それが、俺はすごいな、監督には見えてるんだな、と思いましたね」 桐谷さんも何度も語っているように、“空気を撮る”荻上監督のこの映画は、問題意識の強い作品ながら、映像が非常に美しく、音楽も登場人物の心象風景に伴走していて、決して途切れさせない時間の描き方が見事。思わず、「うーん」と唸ってしまう、心に余韻を漂わせる名場面がいくつもありました。 ―― 桐谷さんも、マキオになりきってリンコさんを受けとめていらっしゃいました。 「マキオはきっと、お父さんが出て行ってからすごく傷ついて、お母さんももちろん荒れただろうし、その中で、女の人の怖さとか弱さとか嫌なところもいっぱい見てきて、もしかしたら、自分はもう誰かとおつきあいすることはないかもな…、ってあったと思う。 そんな中、自分の想像を軽く超えた美しさに出会ったわけなんですよ。リンコさんとの出会いって、それまでは白黒だった世界がカラーになったくらいのこと。自分の人生を、輝く方向に変えてくれた人なんですよ。 彼女がトモの母親になりたいって言った時、最初はびっくりした部分もあったかもしれないけど、でもマキオは揺るがず、この人が幸せなら、と思っただろうし。自分の人生を、丸々変えるような出会いだったわけですから」 ―― トモを一人置いて出ていってしまうお姉さんについては、どう思われますか? 『私は母親である前に、一人の女よ』という台詞がありますが…。 「マキオから言わせてもらうと、お姉ちゃんの気持ちもわかるんですよね。だから、マキオは、大声で怒鳴ったりしないし、ボソッと『トモは、コンビニのおにぎりが嫌いなんだ』っていうような言い方で、相手に伝えようとする。それはきっと、マキオが痛みを優しさに変えることができた人だから。 お姉さんはそうじゃなかった。でも、お姉さん役のミムラちゃんも言ってたけど、お姉ちゃんにもマキオのような男性がいてくれたら、そうはなってなかったと思うと。だから、単純にアカンとかって言えない。 そりゃ自分の子供なんやから、一緒にいてあげるほうがいいに決まってる。そういう人を見ると、俺は感動する。家計や精神的とかも大変やけど、 子供をグッと支えてる人 を見たら、ええなあって思う。そんな人に、俺は感動するわけですよ」 ―― 桐谷さんご自身は、どんな家庭が理想ですか? 「明るく楽しく、思ったことはちゃんとみんなで言い合うような…。みんなが、最初からデッカイ木を望んでるんじゃなくて、芽から育てていくのを楽しんでいけたら、そう、愛情の過程もじっくり楽しんでいけたらいいなあ、と思いますね」 テレ臭そうに、そう語ってくださった桐谷さん。長身でたくましく、でも、繊細な感性で穏やかに包み込まれるような雰囲気は、“ダンナにしたい!”と、この映画からさらに人気急上昇中。 “普通の男”の魅力を余すところなく描ききった、桐谷さん演じるマキオに、今すぐ会いに行ってください! 第67回ベルリン国際映画祭 テディ審査員特別賞受賞 (パノラマ部門、ジェネレーション部門 正式出品作品) 「彼らが本気で編むときは、」 脚本・監督:荻上直子 出演:生田斗真、柿原りんか、ミムラ、小池栄子、門脇麦、柏原収史、込江海翔、りりィ、田中美佐子/桐谷健太 フードスタイリスト:飯島奈美 配給:スールキートス 2017年2月25日(土)から全国ロードショー
2017年02月22日南青山にあるお洒落なジュエリーショップ、アンジェリーナ表参道のオーナーデザイナーである篠田恵美さんは、25歳でアンジェリーナを立ち上げた後、28歳で結婚し、年子で男児を出産。 それだけでも多忙なのに、2002年、脳外科医のご主人のアメリカ勤務に伴い、 乳飲み子二人を抱えて渡米 したというパワフルなワーキングマザーです。 しかもアメリカ滞在中、さらにジュエリーを探求するため、当時まだ日本に定着していなかったクリスタルヒーリングやセルフイメージ心理学を学び、帰国後、“願いを叶えるジュエリー”をコンセプトに、パワーストーンとは一線を画した、豊かなライフスタイルのためのパートナージュエリーのデザイン・制作をスタート。 美しく女性らしい外見からは想像できないエネルギッシュな彼女から、血反吐を吐くような想像を絶する大変さだったという 在米での子育ての苦労話 、そして、仕事も育児も人間関係も、すべてを回していくために大切な 生き方のエッセンス を伺います。 ■子育てには “この時しかできないこと” がある 学生時代からおつきあいしていた男性と結婚し、31歳、32歳と続けて男児を出産した篠田さん。子供たちが 1歳と半年ほどのまだ赤ちゃん の頃、渡米することを決心します。 ―― よく乳飲み子を二人連れて、アメリカへ行こうと思われましたね。 「いくつかの理由があります。アンジェリーナを始めた1990年代は、カラーストーンでファンタジックなデザインが時代に合っていて、ファッション誌にもたくさん取りあげられていたのですが、世紀末になると、プラチナにダイヤだけのシンプルなデザインが流行りだして、どうしたらお客様に本当に喜んでいただけるジュエリーを制作出来るのかヒントが欲しくて 勉強し直したいと思っていました。 それと、当時、ハリウッドの名女優たちにライフスタイルについてインタビューをするという 『デブラ・ウィンガーを探して』 (監督:ロザンナ・アークエット/2002年)というドキュメンタリー映画がありました。そのなかで ジェーン・フォンダ が、『人生で後悔してることはありますか?』との問い対して、『1番後悔しているのは、子育てを人任せにしたこと。 子育てについては後回しにすると取返しがつかないことがある 』と答えていたのが印象的だったんです。 経営者の集まりなどに出ると、一部上場企業のキャリアを積んだ女性経営者の方とかカッコいいんですけど、高校生のお子さんとコミュニケーションが上手くいかず悩んでいたりして…。それを見て、やっぱり幼少期こそが大切だから、腹をくくるべきであろうと。 優先順位を考えた時、デザイナーとしての仕事の情熱がトーンダウンして、子供二人との時間を犠牲にしてまでこの仕事を続ける意味が見えなくなっていて。お店は信頼できるスタッフに任せられる状況だったので、思い切って行く選択をしました」 ―― ご主人の単身赴任という選択はなかったのですか? 「当時の悩みは、仕事を続けながら2人の子供をたて続けに授かったことが思った以上に大変だったこと。想像を絶するめまぐるしさで、子育ての楽しい話を聞くと羨ましいけれど、私はもうそれどころじゃない。 そのなかで、本当に自分がどうしたいか見極めなきゃいけないけれど何も見えなくなってしまいました。今までの環境から離れて考えるのもいい機会かと、アメリカでなくてもよかったんですが、飛び込んでみようって感じでしたね」 ■雪の飛行場で「ここではぐれたら、一生ママとは会えないよ」と脅しながら… 脳外科医のご主人が勤務するミネソタ州のメイヨクリニックは、実績はあるけれど、州都のミネアポリスからプロペラ機で1時間ほどの田舎に位置し、患者さんはヘリコプターで来院するような、病院のための街という感じだったとか。そこに、ご主人は5年間、彼女と子供たちは、日本と行き来しながら3年間滞在したそうです。 ―― 非常に特殊な環境ですよね。どんな苦労がありましたか? 「主人は過酷だったと思います。彼はチャレンジャーなんですよね。フォローしてあげなきゃいけないのに、彼の世話はほぼなし。お互いヘトヘトで会話はなくなっていく。長男は1歳、次男は半年ぐらいでまだ赤ちゃんですから、子供とも話せない。田舎だから車でしか動けない。夏は灼熱、冬は厳寒。庭に来るのはシカ、キツネ、リスだけ。誰ともコミュニケーションできなくて、孤独感と焦燥感がつのり、追い詰められました」 ―― ミネソタで一番辛かった体験は? 「日本に帰ってまた戻った時、飛行場で乗り換えなきゃいけないのに、激しい雪で飛行機が飛ばない。夜11時に次の便は朝の5時半だと言われ、2歳半の長男とヨチヨチ歩きの次男を連れて、空港にはホームレスもいて不安なので、近くのホテルを探したんです。深夜、雪が降り積もる中、ズルズル滑りながらホテルを探して歩いて、下の子は体にくくりつけ、両手には荷物を持って、長男には『今、ここではぐれたら、一生ママとは会えない。死ぬかもしれない。そう思ってしっかりついてこい』と脅したら、必死でついてきましたね。 でも、子供たちは時差の関係で全然寝なくて、4時半に空港に戻ってきたら、リコンファームしていたにもかかわらず席がないと。ここで絶対乗らなきゃと思って、ウェーンウェーンて思い切り泣いたら、壊れてる座席が一つあるというので、壊れてても乗る! 何ならトイレに2時間入っててもいい! と騒いで、何とか帰ってきました(笑)」 ―― それはすごい! 息子さんもタフになるでしょうね。 「上の息子は自立心が強く、今、高校生ですが、やはりすごい反抗期でコミュニケーションは大変ですけれど(笑)」 そんな命懸けの体験をしながらも、ミネソタでは子供をシッターに預けて、クリスタルヒーリングで有名な女性に会いに行き、彼女に相談すれば悩みの答えの糸口が見つかると期待したものの「あなた、どうなりたいの?」と聞かれてなにも答えられず、「どうなりたいかわからない人に話すことはないから、帰って」と言われ、泣きながら運転したりも。 その後は様々に学びを深めながら、篠田さんは、自分だけが提供できるお客様に本当に役に立つジュエリー、なりたい自分になるのをサポートをするジュエリーを模索し始めます。 ■帰国後、母との葛藤が課題に… ―― 帰国してからの子育てはいかがでしたか? 「帰ってからの課題は、母との葛藤でした。子供の面倒は愛情を持ってよく見てくれるんですが、当然、口は出されますよね。 夫はまだアメリカだから、実家に二世帯住宅で暮らしてたんです。完璧な専業主婦だった母には、私が作る料理にしろ家の散らかり具合にしろ、不満に思うのはわかるんですけれども、ちょっとした一言でも過敏に反応してしまい ものすごいストレスに感じたり。 私だってやってるのに…という思いがあるから、否定されてるというか、誰にも認めてもらえないという被害妄想がフツフツ湧いてきて苦しかったですね。 でも、それって他の人のせいではなくて、自分の心が生み出している苦しみなわけです。私が学んだジュエリーのエネルギーを活用する基本である、心を落ち着かせ客観視することが役立ちました。自分のものの見方を変えることが、本当のなりたい自分になる第一歩であること…。エゴを捨てるということですよね」 ―― それが一番難しいのではないでしょうか。 「母が言ってることをうまく受け流す、必要なものだけ受け取り、過剰に反応せず、バランスを取ること、それがどれだけできるか! エゴを捨てれば捨てるほど苦しみが感謝に変わり本当の自分の在り方が見え始めます。 職場でみんなが応援してくれているけれど、子供が熱が出たら帰らなくちゃいけない。それが続くと、みんな内心は…と思うから申し訳ないし、次男が保育園に預けるたびに泣き続ける子だったので、いつも後ろ髪引かれる思いで職場に行く、という繰り返し。すべてに中途半端な自分を責めていました」 ―― 悩ましいですね。そんなワーキングマザーにアドバイスをいただけますか? 「子育てまっ最中はどうしても周囲が見えなくなります。でも、育児って“期間限定”なんです。確実に終わる日が来る。どんなに辛い時でも大切なのは、全体像を客観的にグッと引いて見ること。 仕事、子育て、様々な人間関係も、どういう自分になればここを回せるか? 今までの自分の在り方に執着せず、この状況を上手く回せる自分とはどんな人であり、どれだけそうなりきるのか。女優になったつもりでもいいから、文句より 感謝やリクエスト が言える自分になればいいのです。自分の内面にあるものの見方を変えることが出来れば、状況は必ず変わりますから。 人生ってスパイラル状に成長していくもの。私が最初からそんなことができるキャラで、この大変な子育ての経験がなかったら、この “気づき” は得られませんでしたね」 そう結んだ篠田さんは、小学生ぐらいのお子さんを見ると懐かしいし愛おしい、と遠い目になるのでした。 三代続く医師の家に嫁ぎ、普通だったら医者になるようご長男に勧めるところ、自立心の強い彼に言ったら絶対嫌がるから、一言も口にしなかったそう。それが最近、彼が将来は医者になりたいと進路票に書いているのを知ったとか。知ったことは内緒にしているそうですが、命懸けで幼少期の育児をがんばり抜いてきた彼女には、神様のギフトがあるような気がしてなりません。 篠田恵美 (しのだ えみ) アンジェリーナオーナーデザイナー 一般財団法人 ジュエリープラクティショナー協会代表理事 学生時代N.Yやイギリス ブライトンでアートを学び外資系宝飾メゾン勤務を経て25歳の時にデザイナーとして独立、ジュエリーアンジェリーナをオープン。2002年に夫のメイヨクリニックの勤務に伴い渡米、人をより豊かなライフスタイルにするためのジュエリーとは何かを探求するためにクリスタルヒーリングや色彩学、セルフイメージ心理学等を学ぶ。帰国後は "願いを叶えるジュエリー" をコンセプトにパワーストーンとは一線を画した豊かなライフスタイルのためのパートナージュエリーのデザイン、制作をスタート。2012年には一般財団法人ジェリープラクティショナー協会を設立し、宝石が持つ本質的なエネルギーの知識やその活用法を学ぶセミナーやイベントを多数主催。 Blog: Facebook: ★篠田恵美さんからのInformation★ ●2016年12月7日(水)~12月11日(日) アンジェリーナ表参道クリスマスイベント(予約制) お買上の方にはクリスマスプレゼントをご用意してお待ちしおります。 ●2016年12月21日(水)~25日(日) 日本橋三越本店1Fイベントスペース 『アンジェリーナ リミテッドショップオープン』 お客様それぞれの2017年のテーマに合わせて上質な天然石やデザインにこだわって制作したアンジェリーナのジュエリーを紹介します。 (取材・文:稲木紫織)
2016年11月17日半世紀前、日本の女優で初めて「007」に “ボンドガール” として出演を果たした、浜美枝さん。 4児(!)の母として幸せな家庭を築き、現在も美しく心豊かな人生を謳歌されている浜さんが、最近『孤独って素敵なこと』(講談社)という潔いタイトルの著書を上梓しました。その中には、子育てや生き方に悩む女性にぴったりの珠玉の言葉がたくさん。 育児中はストレスで、心因性のアレルギーに悩まされたそうですが「母親としての幸せだけでなく、一人の人間としての幸せも手に入れたい」と願っていたとか。そして、自分が社会で求められることに喜びを感じ、「何かを乗り越えて達成していくおもしろさ」を手放さずに生きていきたい、と思い続けてきたそうです。 そんな浜さんに、育児中の母親たちへのアドバイスも含め、お話を伺いました。 ■一度、ゼロに戻って考えることも必要。育児中、大事なのはまず睡眠! ―― 30代半ば頃、何もかもうまくいかない時期があったそうですね。 「次女が0歳で長男が2歳、長女が3歳の頃、毎日ワイドショーに出演していて、子育てでもへとへとなのに眠れなくて、自分が空っぽみたいな空虚な精神状態になってしまって…。何をやってもダメ。99.9%決まってた仕事もキャンセルになっちゃう。そういうことが重なってなぜだろうと思った時、自分に何か問題があるんだわ、と思ったんです」 ―― そんなにお忙しかったら、当然かと思うのですが…。 「自分の何がいけないんだろう、って考える性格なんですね。わりあい冷静に自分を客観視してみて、自分では認めたくないことだけれども、きっと今、私は美しくない。世の中から求められる状態の浜美枝じゃないんだわ、と思ったんです。 で、これは一度まっさらになって、まず睡眠を取ろう、健康的になろうと自分で順番を決めました。三人の子どもを両親に見てもらって東京と行ったり来たりしながら、仕事も中途半端にするくらいなら辞めよう、と。もちろん経済的な影響はすごく大きかったのですが、私は6畳一間で子ども時代を過ごしていますから、そういうことに執着しなかったんですね」 ―― 女優さんとしてのステイタスは? 個人的な話で恐縮ですが、かつてゴダールからの映画出演の依頼を断った、とご著書で読んだ時は、思わずのけぞりました。 「いえいえ、本当にそうだったんです。キャリアが大事とかそういうこと、あんまり思わないんですよね(笑)。そして、ゼロになってみたら、意外に心地よかったんです。精神的なストレスもだいぶ取れていった。そこから新たにスタートした感じです。やはり、それ以前は疲れた顔して、笑顔もそんなに出ないで、ゆとりもなかったんだと思います」 ―― 女性は、自分の好きな自分でいないとうまく立ち行かないものですよね。 「私、4番目の子を妊娠6ヵ月半で流産したのですが、その時はもうどうすることもできませんでした。自分の力では何をどう努力しても、自分の感情をコントロールできないんです。 その時、たまたま仕事で南アフリカに行き、お休みが1日あったので、ヨハネスブルクまで自分で運転して喜望峰へ足を延ばしました。大海原に足を踏み入れた途端、心身がスーッと浄化され、失った命のことは忘れられないけれど、そこで立ち止まってはいけない、丁寧に生きていかなくては…と思えたんです。 自然の大きさは何より人の心を癒してくれるのではないでしょうか。旅もまた、苦しみや悲しみを浄化して、生きる気持ちを取り戻させてくれる、と私は信じているんです」 本当に辛い時、自分を癒す方法を知っているか否かで、人生はずいぶん違ってくると思います。浜さんの言葉は私たちに生きる勇気を与え、エールを贈ってくれます。 ■「妻に家事を求めて、結婚するな」と息子を育てた。男の子の教育が肝心! 現在は、住み始めてから40年になるという箱根の森の中の古民家で、大自然に囲まれながらお好きな美術品や選び抜かれた道具たちと、美意識が隅々にまで活かされた暮らしを楽しんでおられる浜さん。 「食べることが大好き!」で、育児中も料理だけは手を抜かなかったという彼女は、次男夫妻と同居する中、ランチだけは手作りするとか。 「家にいる限り、お昼ご飯を作るのは私の役目なんです。それがものすごく楽しみ。お昼はしっかり食べて、夜は軽く…。あらゆるものを作ります。 次男のお嫁さんも子供がまだ小さいし、家で仕事をしていますから、長時間かけてコトコト煮たり…なんていうのは土日以外はできません。なので月曜から金曜までは、一週間で冷蔵庫のものを使い切ることを前提に、私が買い物もします。金曜日には冷蔵庫がきれいになっているように(笑)」 ―― 浜さんのお得意の料理は何ですか? 「煮物だと思います。煮魚とか。今、イワシやサバが美味しいから、サバの味噌煮とかね。それからパエリアみたいなものもします。複雑なものはしません。お嫁さんがパンとかお菓子がすごく上手なんです。私はお菓子はどうも苦手。几帳面じゃないんですね。お嫁さんはきちっと計って作る。パンも美味しいし、スノーボールなんて絶品なんですよ」 ―― スノーボールが絶品とは、素敵なお嫁さんですね。 「うちは息子二人ともいい嫁に恵まれて、娘が四人いるみたいな感じです」 ―― 嫁姑円満の秘訣は? 「お互いにあんまり干渉しないんですよ。嫁も、私が出かける時、何時に帰るか聞かれるのが嫌なタイプだって知ってますから。私から、何時に帰りますってメールするくらいで。お互いに立ち入らないの。距離を保つ。 同居していても知らないことがいっぱいあります。嫁に言ったから息子に伝わるとは限らないし、その辺のところは非常に合理的な家族です。風通しがいいんですね。だから、私は世の中でいう嫁姑での嫌な思いって、したことがないです。長男の嫁は全然タイプが違いますけど、彼女もとてもチャーミングなんです」 ―― 育児に関して、夫や義理の両親と価値観が合わない場合もあると思うのですが…。 「それは、最初から決めてできることではないと思うんですね。私たちもそうですけど、同居してどんなふうになるのか、彼らに子供がいない時から、生まれてからも手探りなんです。そういう中で、お互いの一番いい空気感というか、関係性を日々作りあげていくことだと思います。 相手が嫌なことはしない。してもらって嬉しいことは『ありがとう』って言う。そういう柔軟性がないと、あんまりがんばり過ぎてもいけないし。 私は、息子にそれだけはきつく言ってきたのが、『料理や洗濯をしてくれる人と結婚するわけじゃないのよ』と。そういうことは自分でやって、その上で『共に歩む人と、結婚てするものよ』。だから、小さい時から料理もさせたし、洗濯も洗濯機の中にパンツ突っ込んじゃうだけ、なんてことは絶対させませんでした。自分の下着は、お風呂場で自分で洗わせて…」 ―― 男の子は、“自分で洗濯機に入れるだけでも上出来” と思ってはいけないですか? 「とんでもない! 逆に女の子は、私はほうっておいてもいいと思ってるんですよ。女の子って、愛してる相手であれば、してあげたいじゃないですか。美味しい料理を作ってあげたいし、基本的には、女性は人を愛する、命を育むっていうものを持ち合わせていると思うんです。そこを大事にして、男性がしてあげれば女性は変われるし、優しい気持ちでいられるじゃないですか。だから大切なのは、 “男の子の教育” ですよ。 息子は家事も育児も全部やります。子どもにご飯も食べさせるし、おしめも替える。同等です。それだけは、私が唯一、子育てでしてきたこと。もうそれだけですね。やっぱり、男次第。絶対そう思います。 働く女性と結婚したら特にそうですよね。育児まっ最中、母親だけが大変ではいけないです。日本の男性に変わってほしい、もっともっと!」 浜さんがお嫁さんと仲良しなのも、そんなふうに育てた息子さんが選んだ女性だから…、と思わずにおれません。男の子の育て方、参考にしたいですね。祖父母が甘やかす場合、関係が険悪にならないよう配慮しつつ、浜さんみたいに育てられるといいのですが。 ■お嫁さんには、“一人になれる時間” をちょっとでも持ってほしい もともと民芸や骨董が大好き。たまたま仕事で訪れた山陰の旅の途中、人の悲鳴のような声が聞こえて車を降りたら、古い家の解体現場で使われるチェーンソーの音だった…これをきっかけに古民家の廃材を集めて、いまの箱根の家を建てたという浜さん。 そこに “新たな命” を吹き込んで次世代へつなげたい、と日々の暮らしを大切に営んでいます。 ―― 育児でいっぱいいっぱいだと、目の前のことしか見えなかったりしますが、「どう生きるかは、どう暮らすか」と本書に書かれていてハッとしました。 「30~40代って、一番その辺が悩むことじゃないでしょうか。愛する家族を大切にすると同時に、よりよい自分でありたいと思うなら、どうにかして “自分の時間” を作る。たとえば映画でも音楽でも、落語でもいいから “自分が感動すること” に絶えず身を置くことです。これを面倒だと思わないことね。 私、最近のブログに書いてますけど、『裸足の季節』という映画、本当に感動しました。疲れた時こそ自分を解放してあげる。美術館でもいいし、半日の小さい旅でもいい。日常から少しだけ自分を解放してあげるのは、生活の知恵として悪くないと思うんです」 ―― 最後に、100万回聞かれてらっしゃると思いますが、「美貌の秘訣」を教えてください。 「よく眠って精神的なストレスを溜めなければ、30~40代は十分美しいです。一番大事なのは精神的なこと。人を愛してドキドキしたり、何か感動したりということが健康には一番いいと思います。わかっていても、なかなかそれができないんですよ。 あと、『さざなみ』という映画もよかったです。あれ、男の人に観てほしい。私、2度観ちゃいました。男性の監督なのに、どうしてここまで女心がわかるのかしらって、ブログに書いちゃいました(笑)。育児中のママたちも、なるべくたくさん映画をご覧になって、心を解放して、いろんな生き方があることを知っていただきたいです」 ―― 映画どころか、お茶一杯まともに飲めない状況のママもいると思うのですが…。 「そうね。だから私もお嫁さんに、ちょっとでも一人の時間をあげたいと思っています。一人になる時間がないということがどんなに辛いことか、よくわかっていますから、お嫁さんにはそういう思いをさせたくないです。 育児中こそ、なるべく女性がゆとりを持てて、自分のことも考えたりできるといいなあと思うんです。 お嫁さんは今、編み物をしたくても難しいけれど、 “かぎ編み” だったらできる、と。ミシンを使ったりする時間はないけれど、かぎ編みは楽しめている。じゃあ、読みやすい本があったら紹介してみよう、とかね。優しさを持っているお嫁さんだから、私も優しくなれる。幸せなことです」 ―― 一家に一人、浜さんにいらしてほしいです(笑)。どうもありがとうございました。 別れ際、「最近のジェームズ・ボンド役、ダニエル・クレイグをどう思いますか?」と伺ったら、「自分が出演した後の『007』は観てないの。それ以前も観てないけど。『007は2度死ぬ』で共演させていただいたショーン・コネリーさんが、一番素敵だと思ってるから」と答えて、恥ずかしそうにニッコリ。とても可愛い女性なのです、浜さんは! 浜美枝 (はま・みえ) 1943年、東京都に生まれる。1960年、バスの車掌をしていたときに受けた東宝のコンテストを経て女優デビュー。1967年、映画『007は2度死ぬ』に、日本人として初めてボンドガール役として出演。その後、テレビの「小川宏ショー」「いい朝8時」「日曜美術館」などの司会としても活躍。女優業のかたわら、40代から箱根に古民家を移築し、4人の子どもを育てる。 農林水産省「食アメニティを考える会」会長、近畿大学総合社会学部の客員教授を歴任。現在は、文化放送ラジオ「浜美枝のいつかあなたと」のパーソナリティのほか、農政ジャーナリストとして国土庁・農林水産省の各種委員会のメンバーを務める。 新刊: 『孤独って素敵なこと』(講談社)
2016年07月27日「さざなみ」という地味なタイトルもさもありなん。原題は「45 Years」で、 結婚45周年 を意味しています。ただの記号のような数字でありながら、決して短くはない年月。一方、さざなみもドーンと押し寄せるような大波ではない代わり、いつの間にかヒタヒタと忍び寄り、気がつくと足元をすくわれそうになっていたり…。 そんなメタファーがぴったり当てはまり、 結婚とは? 愛することの意味とは? を見事に描いたのが、アンドリュー・ヘイ監督による静かな感動作 「さざなみ」 です。 2015ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演女優賞、主演男優賞)W受賞はじめ、 シャーロット・ランプリング 主演女優賞総なめ! 本年度アカデミー賞主演女優賞ノミネート最有力…と躍る宣伝文句が不思議なくらい、静かな静かな映画です。 自分と出会う以前の「夫の恋人」の陰がやがて… イギリスの美しい田園風景が広がる地方都市で、60代後半の妻ケイト(シャーロット・ランプリング)は、70代前半の夫ジェフ(トム・コートネイ)と、ともに仕事を引退し、子供がいない二人は穏やかな日常生活を送っていました。ケイトの動きはきびきびとして若々しく、愛犬マックスの散歩に行き、たまにはケイトの車で町まで夫婦で出かけ、好きな本を読み、彼女の作った手料理を食べて眠り、派手さはないけれど充実した日々。 週末に、結婚45周年の記念パーティーを控えるジェフとケイトのもとに、月曜日、一通の手紙が届きます。それは、ジェフのかつての恋人カチャの遺体が、スイスの氷河のクレバスに落ちているのが、50年以上昔の当時のままの姿で発見された、という知らせでした。まだケイトとも知り合う以前の1962年、ジェフはカチャと数週間の登山に出かけ、カチャは雪山で転落してしまったのです。 自分の過去への思いに酔いしれ、「ぼくのカチャ」と口走ったり、スイスに遺体確認にでも行きそうな勢いのジェフを横目で観ながら、次第に疑念が湧いてくるケイト。元教師で理性的な彼女が、感情の揺さぶりにさいなまれてゆき、不信感の波はついに防波堤を超えてしまいます。45年間愛し合ってきた二人が、ほんの小さな亀裂によって変わってしまう。これはその6日間を描いた映画です。 あのころはそれが “大事な思い出” になるなんて、気づかなかった 結婚45周年の記念パーティーが行われる会場へは、いろいろ打ち合わせに行かなくてはならないし、BGMを選んだり、ドレス選びもあるのに、ケイトは気もそぞろ。友人のリナからスマホで孫の写真を見せられ、ジェフに「年を取ると、写真を撮っておけばよかったと思うわ。初めての新居、マックスが子犬だったころ、もっと前に飼っていた犬のテッサ。あのころは、それが大事な思い出になるなんて気づかなかった…」とつぶやくケイト。 さらに「彼女が死んでなかったら結婚してた?」と聞いて、不用意に「そのつもりだった」と答えてしまうジェフに、青ざめながらも抑制の効いた演技で、心の変容と哀しみを静かに湛えていくランプリングが素晴らしい! 彼女の淡々としたやるせない表情に、これほど心酔するとは思っていませんでした。 結婚10年や15年だったら、間違いなく大ゲンカになって離婚問題に発展しているでしょう。それが、45年という長い年数との大きな違いだと、せつなくも思わざるを得ません。それでいて、これは結婚45年にかかわらず、 誰の身にも起こり得る男と女の問題 なのだと。こういう人だとずっと思ってきたけれど、この人、 本当は違う んじゃないかしら? 「価値観の違い」を突きつけられた二人は、一緒に生きていけるのか? パーティー当日、二人は親戚、友人らのやんやの喝采を受けながら、華やかな宴席にいました。淡いブルーグレーのプレーンなドレスが似合う知性的なケイトと、タキシード姿のジェフ。友人のリナはサプライズで、写真のコラージュをボードにしてくれていました。そこにはかつての新居や旅行先、マックスの前の犬、テッサの姿も。 みんなが待ちに待ったジェフのスピーチは、「君と結婚できたことは人生最高の選択だった。こんなぼくと長く一緒いてくれてありがとう。あとひと言。愛してる。感謝している」と、平板ながら会場を盛り上げ、みんなを感動させるのでした。そして、1stダンスを踊るよう促され、45年前の結婚式で二人が踊ったプラターズの「煙が目にしみる」が流れる中、二人は仲睦まじくダンスしているかに見えるのですが…。 ヘイ監督に、何を描きたかったのかとインタビューすると、「 価値観が違うことを突きつけられた人が、それでも生きていく様 を描きたかったんです。我々人間にとって、それ以上に辛いことはないと思ったから」と。名優ランプリングとコートネイの繊細な演技を引き出し、心の複雑さを見事なまでに浮き彫りにした42歳のヘイ監督。大ドンデン返しはなくとも、最後の一瞬まで目が離せないサスペンスには、心の底から脱帽です。 「さざなみ」 2016年4月9日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開 監督:アンドリュー・ヘイ 原作:デヴィッド・コンスタンティン(「In Another Country」) 出演:シャーロット・ランプリング、トム・コートネイ 2015年ベルリン国際映画祭 コンペティション部門出品 銀熊賞(女優賞、男優賞)W受賞 ロサンゼルス映画批評家協会賞2015主演女優賞(シャーロット・ランプリング) 2015年エディンバラ国際映画祭 マイケル・パウエル賞(最優秀英国作品賞)女優賞(シャーロット・ランプリング) 2015年ヨーロッパ映画賞 生涯貢献賞(シャーロット・ランプリング) ボストン映画批評家協会賞2015 主演女優賞(シャーロット・ランプリング) (C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2014
2016年04月09日男性ストリッパーを描いた映画 「マジック・マイク」 の予告編を観た時、DVDになったら女子会のホームパーティーで、大笑いしながらみんなで観るといいかも、と思ったものです。こんなモロな内容でなくても、男性のダイナミックな動きや身体性、さらに知性も含め、官能を刺激する映画は理屈抜きに私たちをスカッと楽しませてくれる、と実感。 誰しも、好きな男性や俳優さんに対しては、そういう思いを持っていると思うのですが、メチャクチャにされてみたい男性のセクシーさに、あえて特化した映画を3本選んでみました。本番前のステージに登場して、ショーを盛り上げるMC(司会者)風にいうなら、「さあ、みんな、メチャクチャになる準備はできてる?」(笑)。 「マジック・マイクXXL」は 愉快でクレイジーな最高のエンタテインメント ▼「マジック・マイクXXL」 監督:グレゴリー・ジェイコブズ 出演:チャニング・テイタム、マット・ボマー、ジョー・マンガニエロ DVDが発売されたら女子会で…と、軽いノリで思った「マジック・マイク」(2012年)の第2弾。もちろん女子会でも大ウケ間違いなしですが、チャラいだけの映画と思ったらとんでもない! ダンスシーンが “神” レベル で感動すると同時に、人間に深く切り込む細部は、さすが製作総指揮 スティーブン・ソダーバーグ 。それでいて、お腹の底から笑えます。 主人公マイク(チャニング・テイタム)が、人気ストリッパーを引退して3年後、人生の辛酸を舐めた彼は、ひょんなことから昔の仲間たちと「2015ストリッパー大会」に出場し、最後の花火を打ち上げることに…。フロリダから東海岸に向かう旅の途中、最初は見栄を張っていたのが、それぞれの挫折が露呈し、ケンカしたり男の友情を再確認したり…。 女友達ゾーイ(アンバー・ハード)のママ、ナンシー(アンディ・マクダウェル)が自宅で歓待してくれて、「若い頃に会いたかったわ」と微笑むと、「今でも全然イケてるよ」と、巨根で悩むリッチー(ジョー・マンガニエロ)が答え、一夜をともに…。かつて出演していた店の同僚が、お客たちを「彼女たちは日々、男に耐えてるんだ。彼女の意見にも望みにも聞く耳を持たない男たちにね」とつぶやき、日米共通の男女観にクスッとしたりも。 ステレオタイプのカウボーイや消防士スタイルじゃない新しい演出にしたい、というマイクの希望が、ラストの見事なパフォーマンスで完全燃焼。難易度の高いアクロバティックなダンスは、6つに腹割れした 彫刻のような肉体美 をこれでもかと見せつけながら、観客の女性たちを巻き込んで情熱的な疑似セックスのよう。個人的には、マッチョってあまり関心がなかったのですが、ええ、マイクの魔法にメチャクチャにされましたとも(笑)。 「るろうに剣心」のダンスみたいな殺陣は チャンバラ映画の革命 ▼「るろうに剣心」 監督:大友啓史 出演:佐藤健、武井咲、吉川晃司 1878年、明治になってから10年。とっくに廃刀令が出されたのに、東京では “人斬り抜刀斎” と名乗る男が、人を斬りまくっていました。それに無謀にもに立ち向かうのが、亡き父の剣術・神谷流を継ぐ娘、神谷薫(武井咲)。幕末に反幕府軍の暗殺者として名を馳せた“人斬り抜刀斎”(佐藤健)は、緋村剣心と名前を変え、流浪の旅路の途中、ニセ抜刀斎から薫を助けたことから、一度は捨てた剣を再び奮うことになるのですが…。 この映画で、佐藤健の魅力に開眼するとは思いませんでした。俯きがちにヒョロヒョロしていて、一見、最強の暗殺者として人々から恐れられている男にはとても見えません。本人は、「拙者は過去を捨てた身。もう人は斬らぬ」と固く決心しているのでが、ストーリーは当然、戦う方へ戦う方へ…。戦闘シーンでは一変し、壁を歩いて宙返りするわ空転はするわ、クルクル円周を描くように速く走り回るわ、まるでダンスを観ているみたい。 びっくりするほど エレガントで美しく 、そして ピュアな色香 が漂っているのです。そのギャップにきっとやられてしまうはず。彼の動きを観るためだけに、この映画を観る価値があります。とはいえ、時代考証が非常に正確で、当時の雰囲気にリアリティがあると思ったら、監督含め製作サイドは、ほとんどが大河ドラマ「龍馬伝」のスタッフたち。映画としてのおもしろさも圧巻なドラマティックアクションエンタテインメントです。 「シャーロック」のベネディクト・カンバーバッチの 知的なエロティシズム ▼「シャーロック」 監督:スティーヴン・モファット, マーク・ゲイティス 出演:ベネディクト・カンバーバッチ、マーティン・フリーマン 数年前の深夜、何気なくテレビをつけたら、英国調の重厚な書斎に黒っぽいコート姿の男が立っており、ホームズファンの自分は「あっ、ホームズだ!」と直感したのですが、次の瞬間、男がスマホを取り出し、おまけに机にはパソコンが置かれていたので、「何だ、違うのか」と思った途端、「シャーロック!」とテロップが出て驚きました。これは、ビクトリア時代から何編も作られている「シャーロック・ホームズ」の現代版なのです。 BBC製作の3話分で1巻のDVDセットが3巻出ており、本作はその1巻目。物語はワトソンとルームシェアするために出会うところから始まり、「(ルームシェアは)決まりだね」というホームズに「お互いのこと、まだ何も知らないのに…」とワトソンが驚くと、「軍医で負傷して帰国。杖をついてるけど、セラピストの見立ては心因性。トラウマになる負傷といえば戦場。アフガニスタンかイラク。兄がいるけど助けは求めない。なぜなら…」と推理してさらに驚かせ、有名なベーカー街の住所を語る自己紹介に続きます。 ホームズが「推理の科学」というサイトを運営していたり、ワトソンのブログを警察官たちも愛読していたり、スマホの文字が画面上に現れたり、現代的な要素を巧みに取り込みながらも、ユーモリストなのにどこかエキセントリックなホームズと、冷静で実直なワトソンのコンビの絶妙さは、原作と変わりません。二人の共通点であるスリル好きな面が炸裂し、映像のおもしろさも抜群。何より、 クールな外見 と 知性 もあいまって、主演の ベネディクト・カンバーバッチ から目が離せません。今、一番 セクシーな俳優 だと思います。 ・ 「マジック・マイクXXL」 ・ 「るろうに剣心」 ・ 「シャーロック」
2016年03月25日3月は環境変化の激しい月。転居や職場の異動に限らず、周囲がわさわさしていると、気持ちまで右往左往してしまいがちですよね。そんな時、自分が 自分に戻れて穏やかになれるもの を、秘密の小箱にいくつ配備しておけるかが、心身の清濁を分けると思います。 まず、好きな生花を飾ろう! 今だったらミモザ? それともチューリップ? バスタイムに灯すキャンドルはレモンバームの香り。ハードな仕事の後は、バレンタインにしか買わないようなボンボンショコラを2粒だけ買って帰宅したら、さあ、 “癒しのヴォイス” に浸りましょう。どんな時も必ずねぎらってくれる、お薦めのCDを3枚ご紹介します。 ブロッサム・ディアリーの 「ワンス・アポン・ア・サマータイム」で心ほぐれて いたずらっ子みたいにチャーミングな彼女の声を聴いた途端、バタバタとあわただしかった1日は、どこかへ飛んでいっちゃいます。古きよき時代のスタンダードジャズのナンバーが、彼女のファニーなラブリーヴォイスで、親密なガールズトークみたいにあなたの心に入り込んでくるでしょう。傷つけないように、抜き足差し足で、そっと、そっとね。 1926年、ニューヨーク生まれのジャズシンガーでピアニストの ブロッサム は、パリと行き来する生活を送りました。 子供っぽさとコケティッシュ さが共存する声に、フランスっぽい洗練された雰囲気も漂わせているのが魅力です。囁くように歌う「二人でお茶を」から始まるこのCDの小粋で洒落ていること! 聴くだけでホッと安らげるでしょう。 エンヤの「ザ・ベスト・オブ・エンヤ」は 魂を浄化させてくれる エンヤ を初めて聴いた時は、それこそ雷に打たれたような感動でした。まるで天上から響いてくるような彼女の声こそ、まさに癒し! こんなスピリチュアルで美しい音楽があるのですね。アイルランドに生まれ、かつてこの地に栄えた ケルト文化 の影響を色濃く感じさせる彼女の音楽は、非常に独特ですが、どこか懐かしさを感じさせるのが魅力です。 ギリシア・ローマと並ぶ、ヨーロッパ文化の源流であるケルトに、一時はまっていました。キリスト教以前に誕生し、後に「アーサー王伝説」につながるケルト神話や、十字架に円が組まれたケルト十字などの不思議な文様……。ケルトのエッセンスに教会音楽やクラシックの要素を加え、多重ダビングにより荘厳で深遠な独自の世界を作り上げたエンヤ。 このベスト盤は、最初に彼女の声と出会った「オリノコ・フロウ」から始まっていて、そこがお気に入りです。2009年、「オールタイム・ベスト」が発表され、デジタルリマスターで音色がびっくりするほど良くなっているそうなので、音質にうるさい方はそちらをどうぞ。エンヤを知るか否かで、癒しの質は、天動説・地動説ほども違ってくるはず。 ニック・ドレイクの 「メイド・トゥ・ラヴ・マジック」が優しい イギリス人のシンガーソングライターで、1974年26歳で、抗鬱剤を飲み過ぎて亡くなってしまった ニック のことを、何と紹介すればよいでしょう。後年、ピアニストのブラッド・メルドーやシンガーのノラ・ジョーンズが、彼の曲をカヴァーしたので知ったのですが、いわゆる売れ線を全く意識しない、あまりに ピュアな音楽 に心が解き放たれます。 生前は商業的な成功に恵まれず、アルバムを3枚残しただけ。最後の「ピンク・ムーン」も素晴らしいのですが、聴くとせつなくなってしまうので。このCDは、未発表音源とリミックスを収録して2004年に発表され、何と全英チャート27位に。とはいえ、本当に繊細でさりげなく、“幽けき声”とでも表現したいようなナチュラルヴォイスが印象的です。 ストリングスやパーカッションも入っていますが、ギターと歌が基本のシンプルなアレンジ。俺が、俺が…というところが一切ない、内省的で飾らない音楽に優しく包み込まれ、気持ちが落ち着きます。彼がベッドで亡くなっているのを発見したのは母親で、やはりシンガーのモーリー・ドレイクは、彼のターンテーブルに、バッハの「ブランデンブルグ協奏曲」が載っているのを見つけたそうです。悲しいけれど、彼らしさを感じました。 “癒しのヴォイス” というなら、モーリー・ドレイクもそうですし、他に、ラドカ・トネフ、アンヌ・ドゥールト・ミキルセン、ステイシー・ケントなどもお薦めです。自分を癒してくれる音源、映像、香り、食べものなどを知っておくと、いざという時、平常心を取り戻す助けになると思うのです。それらをうまく使いこなせたら、生きることの辛さが少し和らぎ、人生をより深く豊かに味わえるのではないでしょうか。 ・ ブロッサム・ディアリー「ワンス・アポン・ア・サマータイム」 ・ エンヤ「ザ・ベスト・オブ・エンヤ」 ・ ニック・ドレイク「メイド・トゥ・ラヴ・マジック」
2016年03月20日図鑑 というと、ちょっと専門的なイメージがあるかもしれませんが、プロフェッショナル向きというより、もっと気軽に楽しめて写真がお洒落な本がたくさんあります。 たとえば、肉厚な葉っぱが愛らしい 多肉植物 、海や森で拾ってきた“自然の落としもの”である 流木 やヒトデや木の実、地球の創造物といえる 鉱物 など、実際にコレクションするにはスペースが限られていて難しくても、図鑑を開けば、そこは自分だけのワンダーランド。 リアルに育てたりコレクションするもよし、見るだけで癒されるもよし、そんな本を3冊ご紹介しましょう。 「多肉植物図鑑」でお気に入りの多肉植物を見つける楽しみ ガーデニングといえば、花やプランツ類と決まっていたのは昔のこと。今は、苔、盆栽、サボテン、エアープランツなど、多種多様な植物たちが一般的になりました。なかでも、多肉植物の人気は目覚ましいものが…。カフェやインテリアショップなどでもよく見かけるようになり、気がつくと欲しくてたまらなくなっていました。 私はまったくの初心者ですし、本格的にたくさん収集して育てられるわけもなく、恐る恐る購入したのが本書。あまりに専門的だと挫折しそうな自分にはぴったりの、お洒落でカジュアルな図鑑です。コロンとした多肉たちの可愛いこと! 表紙に「ぷっくり可愛い、ちょっとグロテスク」とありますが、まさに、そこが多肉植物の魅力ではないでしょうか。 多肉植物を扱う専門ブランド 「sol×sol(ソルバイソル)」 のクリエイティブディレクター・ 松山美紗 さんが著者なので、多肉植物の種類や育て方のみならず、 寄せ植えの写真 や ヒント が載っているのも楽しいです。丸い器や長方形の鉢を選んだり、シンボルツリーを中心に置いてサボテンを周囲に配してみたりと、センスが素敵! アンティークの鉢や漆の器を使ってユニークに寄せ植えしてみたい、というのが私の将来のささやかな夢です。 「海と森の標本函」に誘われるイマジネーションの机上旅行 “コーミング” という言葉をご存じですか? 本書の著者である 結城伸子 さんは、 “宝もの探し” と訳しておられますが、海辺や森などに落ちているものを、きれいだなと思って拾いあつめることだと、この本で初めて知りました。海岸に打ち寄せられた漂着物を拾いあつめることは、“beachcombing ビーチコーミング”。comb は髪を梳くという意味があり、“浜辺を梳くように探す”ことだとか。世界中に愛好家がいるそうです。 「なぜこんなかたちなんだろう、うーむおかしい、なんて不気味、謎めいていてすごく変……そんな単純な驚きと喜びをもたらしてくれるもの、この世はなんて驚きに満ちているのだろうと思わせてくれるものに強く惹かれます」と語る結城さんが、海辺や森で拾いあつめてきた自然のかけらたちが、一冊にまとまりました。 持ち帰ったら、不思議なかたちと遊びながら、標本に。洗浄・乾燥など、少し手を加えるだけできれいに長く保存できるとか。ラベルをつけて飾って眺めることも、コーミングする者にとっては至福のひとときだそう。彼女はそれを、 “アナザーワールド” への机上旅行 と呼んでいます。なんて素敵な旅でしょう。私はそれを、さらに空想の世界で楽しんでいます。部屋は狭くても、脳内の標本棚にはそれこそ膨大なコレクションが! 「賢治と鉱物」が教えてくれる鉱物のポエティックな佇まい 宮澤賢治は、 “石っこ賢さん” とあだ名されるほど、子供の頃から石に興味を持っていたそうです。彼の文章にはよく鉱物の名前が出てくるなあ、と思ってはいたのですが、まさにぴったりの本を発見! 本書は、賢治作品と鉱物、鉱物写真と鉱物解説の二段構えになっており、それぞれの専門家である 加藤禎一 さんと 青木正博 さんが担当されています。 鉱物の美しさには惹かれるものの、詳細な知識を得たいわけでなく、宮澤賢治は好きだけれど、彼の作品を研究しているほどではない、という自分のスタンスに優しく寄り添ってくれる本書は、「鉱物に魅せられた宮澤賢治が見ているものを、彼の肩越しに見るような想い」と、帯に書かれたそのままの気持ちを味わえるのです。ワクワクしますよ。 「その一つの平屋根の上に、目もさめるやうな、青宝石と黄玉の大きな二つのすきとほった球が、輪になってしづかにくるくるとまはってゐました(原文ママ)」という、童話「銀河鉄道の夜」のアルビレオ観測所のシーンが、子供の頃から気になっていましたが、この青はサファイアの描写なのですね。宝石を持つことには関心がないのですけれど、鉱物を知ることで、地球の神秘への畏敬の念がさらに深まりました。お勧めしたい一冊です。 いかがでしたか? 眠る前にめくったらファンタスティックな夢が見られそう。居ながらにして、果てしない未知の世界を体験できるはずです。 ・ 「多肉植物図鑑」 ・ 「海と森の標本函」 ・ 「賢治と鉱物」
2016年03月17日3月になったとはいえ、まだまだ寒い日々。最後の木枯らしを吹き飛ばすような熱い名演に身を任せて、一足早く春を迎えませんか? いつ聴いてもほとばしるような圧巻な演奏で、いやおうなしに感動の濁流へと放り投げてくれるのが、ヴィルトゥオーソ(名人)によるクラシックの醍醐味です。 それでいて、まるで春風のような心地よさ。感動が血液や酸素のように体の隅々にまで行き渡り、自然に深呼吸したくなるから不思議です。そんな3枚をご紹介しましょう。 ジャン=ギアン・ケラスの ドビュッシーとプーランクのチェロ曲が優雅でホット 1967年、モントリオール生まれの ジャン=ギアン・ケラス は、世界的に活躍し、日本でも人気の高いチェリストです。初めて彼の演奏を聴いた時、上手いのは当然として、こんなに惹かれるのは他のチェリストとどこが違うのだろう、と考えました。バロックから現代に至るまでレパートリーの幅が広く、時空を自在に行き来する魂の自由さ、そういう人が持つユーモリスティックな人間性が音楽に出るのかなあ、と思ったものです。 このCDは、ドビュッシーとプーランクのチェロソナタをはじめ、このフランス人作曲家2人の全チェロ曲という、非常に魅力的なラインナップ。ピアノのアレクサンドル・タローとともに、フランス音楽のエレガンスを細部に至るまで奏で尽くします。それでいて、決して甘ったるくありません。シャープで引き締まった緩急の技といい、ケラスとタローの絶妙な駆け引きの息遣いがダイレクトに伝わり、聴き手の心を熱くします。 2016年6月、来日公演。 バッハの「無伴奏チェロ組曲」その他を、6月17日銀座・王子ホール、6月18日八ヶ岳高原音楽堂、6月19日所沢市民文化センター ミューズ中ホール、6月22日杉並公会堂。 コダーイの「無伴奏チェロ・ソナタ」その他を、6月21日トッパンホール。 ディティユーの「チェロ協奏曲」その他を、6月24日サントリーホールで読売日本交響楽団と共演など。 マルタ・アルゲリッチの「くるみ割り人形」が楽しくてダンスしたくなる 1941年、アルゼンチン生まれの世界的ピアニストとして著名な マルタ・アルゲリッチ 。速いテンポで、しかも正確にバリバリと弾きまくる彼女のダイナミックな演奏は、それまでのピアノの歴史を変えたと言われています。名演は数多くありますが、意外と知られていないのが、この「2台ピアノのための作品集」ではないでしょうか。その中心となるチャイコフスキーの「くるみ割り人形」を、ぜひ一度聴いてみてください。 有名なバレエ組曲「くるみ割り人形」は、本来はオーケストラ作品。それを、チャイコフスキー自身が、バレエのレッスンで使用できるようにピアノ曲に編曲しました。アルゲリッチは、若手ピアニストと一緒に2台のピアノで演奏しているのですが、これがもう楽しいのなんの! 遊び心に満ち溢れていて、ピアノ2台であることを忘れてしまいそうなゴージャスで夢のある演奏です。 ホームパーティーでBGMにすると、必ず「何、これ?」と、尋ねられる頻度が高い曲でもあります。バレエの内容が頭にあるせいかもしれませんが、「金平糖の精の踊り」「アラビアの踊り」「中国の踊り」「葦笛の踊り」など、情景が浮かんできて、聴くたびに思わずダンスしてしまいます。もちろん、バレエの振り付けとは関係ありませんけれど(笑)。思いがけずエクササイズになってしまい、身体中がポカポカしてきますよ。 五嶋みどりが奏でるバッハの無伴奏ヴァイオリン曲は至上の愛 1971年、大阪に生まれ、現在ロサンジェルスで暮らす、日本が世界に誇るヴァイオリニスト・ 五嶋みどり 。彼女が満を持して2015年、発表したのがバッハの名曲であり難曲「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタおよびパルティータ」の全曲録音です。個人的にも大好きなこの曲。これまでに何十人ものヴァイオリニストの演奏を聴きましたが、五嶋みどりの全曲リリースをどれほど待ち焦がれたことでしょう。 8歳の時、録音テープをジュリアード音楽院のドロシー・ディレイ教授に送って認められ、11歳でズービン・メータ指揮、ニューヨークフィルとパガニーニの「ヴァイオリン協奏曲第1番」を共演。“天才少女デビュー”と騒がれた彼女は、プレッシャーも半端なかったはず。音楽以外に、ニューヨーク大学大学院で心理学を専攻し、修士号も取得。常に人の心に寄り添おうとする彼女らしい姿勢で、それは演奏にも繋がっていると思います。 ストイックでありながら、孤高に閉じこもらず、天の啓示をもちゃんと外界の人間に届けてくれる彼女のバッハは、荘厳なバッハのイメージを人間味あるエンタテインメントに昇華させました。本人がライナーノートの中で、バッハと対峙しながら「Jazzyな体験をした」と語っていて驚きますが、まさに私たちの心に染み入る“至上の愛”を感じます。 インタビューした時、あまりに庶民的なので驚きました。一人で、愛器グァルネリ・デル・ジェスを抱えて現れ、取材が終わったら、地下鉄で帰るというのです。世界のMIDORIが! 何億円するかわからない名器と一緒だと、それだけでこちらは心配になってしまうのですが、彼女はいつも平常心。そんなMIDORIの美しい演奏を、ぜひご堪能ください。 ・ ジャン=ギアン・ケラス「ドビュッシー プーランク」 ・ マルタ・アルゲリッチ「2台ピアノのための作品集」 ・ MIDORI「Bach,J.S.:Partitas & Sonatas」
2016年03月12日大好きな本はたくさんあるのですが、いつも身近なところに置いて、パッと目に入るようにしておきたい本というと、やはり ビジュアル も大事! 内容の素晴らしさはもちろんのこと、センスがものを言うブックデザイン含め、挿画の美しさが加わると、本はたった一冊で何冊分もの魅力を感じさせてくれる宝物になります。 枕元といい、リビングルームのサイドテーブルといい、どこかしら常に手元にないと落ち着かない。表紙を目にするだけで気持ちが明るく華やいでくる、優しくも頼もしい親友のような本たち。人生をともに暮らしていく彼らを、3冊ご紹介させてください。 「Paradise 花と生き物いっぱいのぬりえブック」 がくれるカラフルな癒し 塗り絵の本が女性を中心に大人気で、自律神経を整え、不眠にも効果的という事実を、この本と出会うまで知りませんでした。本書はその名の通り、まさにパラダイス! 色彩かなキノコや花々が躍る表紙のゴールドに、まず視線を奪われました。 金子みすゞの詩とともに動植物、雪の結晶などが描かれているのですが、あまりに繊細なラインは、ぬりえというよりもはやアート。作者の タカヤママキコ さんに、お話を伺いたくなりました。 タカヤママキコ/イラストレーター。1983年広島県生まれ。多摩美術大学卒業。書籍、雑誌、ファッション、Web、スマホアプリなど、幅広い分野で活躍。ビームス、アーバンリサーチ、リーバイスなど、企業とのコラボレーションも多数。HPから、彼女のデザインしたTシャツやスマホケースが入手できます。 ―― 最初は大変かも…と思ったのですが、いざ塗ってみると本当に癒されますね。 「ありがとうございます。インスタグラムでタグを付けて、写真をアップしてくださってる方がたくさんいらっしゃるんですけど、時々見てみると、みなさん、想像を絶する上手さで、私には無理だなと(笑)。色鉛筆だけでなく、パステルでふわ~っとぼかしたり、サインペンでクリアに塗ったり、いろんな画材で自由自在。すごく刺激を受けてます」 ―― 苦労した点、大事にされた点は? 「私が育った広島の野山で触れあった自然や動植物を描いているのですが、中には虫とかミジンコも。女子に嫌われがちな虫も、可愛く描いたら好きになってくれるかな…と思って描きました。実家の近くに馬もいたし、道端や林にいるものを描きたかったんです」 子供の頃は、山を探検したり、枝で編んだ釣竿で川魚を釣ったり、レンゲ畑で駆けっこしたり、虫を捕まえて観察していた、というタカヤマさん。本書には、彼女の日常を彩った景色やワンダーランドがつまっているからこそ、ホッと安らいで癒されるのですね。 「好きな色、好きな塗り方で自由に塗って、植物や生き物たちに命を吹き込んであげてください。そして、あなただけのパラダイスを完成させてください」。 彼女自身のふんわりピュアな雰囲気に、可愛いだけでなく、ちょっぴりポイズン(毒)な魅力も混じったオリジナリティあふれるマキコワールド。日々の忙しさや喧噪を忘れて、あなたもParadiseの世界で遊んでみませんか? 「ビロードのうさぎ」のせつなさに胸がキュンキュン ある日、小さい男の子のもとに、ピンクサテンの耳が愛らしいビロードでできたおもちゃのうさぎがやってきます。うさぎは、子供部屋のおもちゃの棚で暮らし始めますが、ある時、「長い間に、子供の本当の友達になったおもちゃは“本物”になれる」という魔法のような話を耳にします。うさぎは男の子と、寝る時も庭で遊ぶ時もずっと一緒に過ごすようになり、男の子にとってかけがえのない存在となりますが、だんだん汚れていき…。 1881年、ロンドン生まれの作家、マージェリィ・W・ビアンコの名作が、日本を代表する絵本作家の一人、 酒井駒子 さんの絵と抄訳で甦りました。 酒井駒子/絵本作家。1966年兵庫県生まれ。東京芸術大学卒業。海外でも高い評価を得ている。「きつねのかみさま」(あまんきみこ/文、ポプラ社/刊)で2004年日本絵本賞、「金曜日の砂糖ちゃん」(偕成社/刊)で、2005年ブラチスラバ世界絵本原画展で金牌、「ぼく おかあさんのこと…」(文溪堂/刊)で2006年フランスのPITCHOU賞、オランダの銀の石筆賞など、受賞歴多数。ブロンズ新社HP 2007年、本書の発売イベントの一環で、憧れの酒井駒子さんのサイン会が、たまたま当時住んでいた六本木の青山ブックセンターであると知り、事前に購入しようと手に取り最後までパラパラと繰っていて、その場から動けなくなってしまったことがありました。 童話とはいえ、心を揺さぶる衝撃の大きさと、とっくに大人になっているのにこんなにも動揺してしまう自分に驚き、本書を入手したのはそれからしばらく経ってから。というと何だか恐いみたいですが、そうではなく、どこかノスタルジーと憂いが漂う、絵の具の筆致が感じられる絵の魅力に、完全に惹き込まれてしまったからなのです。今ではお気に入りの毛布みたいに、身近にないと落ち着きません。一生見ていたい大切な絵本です。 「本と店主」の表紙の絵から 清冽なイマジネーションが湧きあがる 銀座の片隅にある“一冊の本を売る書店”というコンセプトの 森岡書店 の店主、森岡督行さんは文章の名手でもあり、今まで彼の著した「写真集 誰かに贈りたくなる108冊」(平凡社刊)や「東京旧市街地を歩く」(エクスナレッジ刊)を愛読してきました。 新著「本と店主」は、森岡さんが人気のカフェや雑貨店などの店主12人に、彼らの “人生にかかわった本” について聞き出す対談インタビュー集。森岡さんらしい地に足の着いた日常感覚とメタフィジカルな魅力が交錯する内容も素敵ですが、本を描いた表紙の絵に一目惚れ。 2015年12月、この絵を描いた画家の 平松麻 さんの個展が森岡書店で催されたので、お邪魔して、後日お話も伺いました。もともと本が大好きで、本の表紙に作品を使ってもらうことが夢だったとか。ブックデザインを担当したsmbetsmbの新保慶太さん、新保美沙子さんと相談しながら、表紙だけでなく、裏にも続く絵にしたかったので、新たに描き下ろしたそうです。 平松麻/画家。1982年東京生まれ。この写真は、写真家・Eric(エリック)が、「麻ちゃんは中性的なところがあるから、半分は光、半分は影に」といって撮影したものだそう。 ―― 本が並ぶだけの静謐な絵なのにインパクトが強いです。麻さんにとって絵とは? 「暮らしの中でいうと、野菜やパンのように生活必需品です。暮らしの中になくてはならない存在。絵の具の物質感、運筆を追う高揚感、作者が過ごした時間の積層、そういったものを近く感じていたいと思っています。 種をまいて野菜や果実が育っていく過程と、わたしが経る絵の制作過程も重ねて考えることが多いです。芽が出て水をやったら茎が枝になって、枝分かれして実ができてくる。実が大きくなったら収穫して、展覧会という場所で観てもらう。実がなくなったら、次はまた、種植えから…。そんな制作姿勢が理想です」 ―― きれいに飾っておくものというより、生活の中で一緒に暮らしてほしい? 「はい。だから、本の表紙に使われてすごく嬉しいのは、本はカバンの中に入れて持ち歩かれて、 生活の一部 になるでしょう? もちろん美しく飾って対峙する絵との時間も濃密だし、この本のように持ち運んだりする絵の在り方も濃密だと思っています。作品を求めてくださった方の中には、出張に絵を持っていってくださる方もいらっしゃって、本当に嬉しかったです」 そんな平松さんの絵を起用した森岡さんにも、彼女の絵を選んだ理由を伺ってみました。 「麻さんの絵は、キャンバスとか伝統的な画材でなく、フローリングの板とか、より生活に近い素材を用いているため、雑貨とか古物に近い趣があって、それは自分にとってとても魅力があります。自分の周りにもそういうものが多いので、調和しますし。それに、絵というのは普通、経年変化を嫌うものだと思うのですが、彼女の絵は ともに時間を経ていく というか、それを楽しめる作品だと思います」 お二人の感性がスパークした本書を手元に置いて、イマジネーションの幅を広げてみませんか? 生き生きとした絵がいつも語りかけてくれるので、前向きでいられますよ。 ・ 「Paradise 花と生き物いっぱいのぬりえブック」 ・ 「ビロードのうさぎ」 ・ 「本と店主」
2016年03月01日冬に ボサノバ を聴くと「あっお洒落だな」って思います。夏はいつでもどこでもBGMになっていて、ボサノバが誕生したリオデジャネイロの海辺を思い起こさせるような、爽やかな風や光を感じさせてくれますが、では冬は? 実は、冬こそ素敵なんですよ。 夏イメージの刷り込みもありますけれど、それ以上に、ブラジル生まれの独特のリズムとぬけ感が、気持ちをほっこりと温もらせてくれるのです。一人で過ごす午後にも、大勢の鍋パーティーにもぴったり! 一家に常備したいお薦めのCD3枚をご紹介しましょう。 ソニア・ローザ「デポイス・ド・ノッソ・テンポ」に魂が深く癒される サンパウロ出身のボサノバシンガー、 ソニア・ローザ が1969年、同地でクラブを経営していた 小野敏郎氏(小野リサの父) の推薦で来日し、当時ボサノバブームだった日本に本格的なボサノバを伝えました。それ以来、日本に活動の場を移し、結婚・出産を経て2006年、27年ぶりにこのアルバムを出したという歴史を、実は知りませんでした。でも、彼女の慈愛に満ちた母のような深い声を聞いた瞬間、体中が生きる喜びで満たされたのです。 声だけで癒されることがあるのですね。悲しみも苦しみも、すべてを抱きとめてくれる声なのです。現代、ボサノバを代表するシンガーの一人、イヴァン・リンスと3曲目「Lenbra De Min」でデュエットしていますが、イヴァンは「長年、一緒に歌ってきてるかのような絶妙なハーモニー」と誇らかに語っています。伝説的なボサノバの女王、ソニア・ローザの魂に効くボサノバ。辛い時に聴いても、心の奥底から温めてくれる1枚です。 クレモンティーヌ「カフェ・アプレミディ」で ゆったりまどろんで フランス人シンガーの クレモンティーヌ が歌うボサノバ。自分の人生を地に足の着いた生き方で歩んでいる彼女が、エフォートレスにさりげなく歌う声質が、心地良くてたまりません。とにかく力みがないんです。“午後のコーヒー的なシアワセ”がコンセプトのシリーズの一環で、彼女は多くのボッサ曲を歌っていますが、このCDの珠玉の選曲は最高! 1曲目の「A Petits Pas 少しずつ」から、ゆったりした午睡モードが漂い、すべての緊張が溶けていきます。ここに収録された 「Un Homme Et Une Femme 男と女」 のアレンジは 小西康陽 さんですが、この曲のすべてのアレンジ曲の中で一番好きです。日本人が思うパリっぽさなのかもしれませんけれど。ヘビーローテーションで愛聴している1枚です。 ステイシー・ケント「チェンジング・ライツ」の 魅力が日常生活を支えてくれる 初めて聴いた時は、別に何てことないと思ったのですが、聴き続けるうち、彼女の “普段着の声” の魅力に、いつの間にかすっかり心を奪われてしまいました。不思議です。一言でいえばチャーミング! そしてキュート! アメリカ出身でロンドンを拠点に活動しているシンガーですけれど、この人、絶対良い人だよなあ…と思わせる、温かく誠実な声。声ってその人が出ると思いませんか? 何10年もインタビューをしてきたから、ことさらそう思うのかもしれませんが、声は言葉より如実に語るなあ、とよく思います。 ステイシーは、秘密の打ち明け係にしたいような女性です。歌はめちゃくちゃ上手いけれど気取ってない。むしろ上手さすらすぐには感じさせない。いかにもな感じがない。嘘をついたり、お愛想で笑ったりしない声なのです。 だから信頼できる。彼女の声を聴いている間は、自分もありのままでいられる唯一無比の安心感。ハードな日々、彼女の声を聴かずしていられない時期がありました。この優しさに包み込まれたなら、凹んでいてもきっと何とかなりますよ! お気に入りの毛布みたいに日常生活に必要な1枚です。 ・ ソニア・ローザ「デポイス・ド・ノッソ・テンポ」 ・ クレモンティーヌ「カフェ・アプレミディ」 ・ ステイシー・ケント「チェンジング・ライツ」
2016年02月27日寒い日々が続き、ついつい消極的になっていませんか? アクティブに動くことが億劫になるとなんとなく体が固くなって、気持ちも停滞したり、お肌も心も乾燥してしまいがち。どんな美人でも表情がとぼしく、カサカサしていては魅力半減! 心に栄養を、それもとびっきりのカンフル剤を与えて、心身に浴びる感動のシャワーでうるおいを甦らせましょう。 愛と官能に効く特効薬の映画を3本ご紹介します。ドキドキとワクワクで、今まで自分でも気づいていなかった「うるおいスポット」を刺激されるかもしれませんよ。 「レッド・バイオリン」の 波乱に満ちた運命に心がヒリヒリする ▼「レッド・バイオリン」 監督:フランソワ・ジラール 出演:サミュエル・L・ジャクソン, グレタ・スカッキ, ジェイソン・フレミング 1681年にイタリアの名工ブソッティ(カルロ・チェッキ)が製作したレッド・バイオリンという名器がたどる歴史と、それが出品されるモントリオールのオークション会場の現代が交互に描かれます。 生まれてくる息子のために心血を注いで作ったのに、出産時に、妻子は亡くなってしまいます。なぜ赤いのか? 誕生からして秘密めいたレッド・バイオリンが数奇な運命に操られ、伝説の名器に魅せられた人々は翻弄されていきます。 オーストリアの修道院に併設された孤児院で、神童のテクニックを持つ少年が見出され、この楽器でウィーンの宮殿でのオーディションを受けたり、海を越えて英国のバイオリニスト・作曲家のポープ(ジェイソン・フレミング)の手に渡り、彼が演奏しながら恋人と愛し合い、「君の美しさが僕の奥から音楽を呼び起こす」と霊感を受けたり、文化大革命時の中国では、「西洋主義、打倒!」と、無残にも紅衛兵に焼かれてしまったり…。 オークションには、修道層が電話で参加するほか、ポープ財団の学芸員、著名なバイオリニスト、中国人夫婦、鑑定士モリッツ(サミュエル・ジャクソン)らが参加。「これに出会えるとは! まさに究極の芸術品だ。“科学と美”の完全なる結婚が生み出した傑作」と感嘆するモリッツは、DNAテストなど現代の修復技術も駆使して挑みますが…。4世紀にわたって描かれる 美しく壮大なミステリーロマン 。熱いドキドキが止まりません。 「ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋」 ほどの恋愛を他に知らない ▼「ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋」 監督:マドンナ 出演:アビー・コーニッシュ, アンドレア・ライズブロー, ジェームズ・ダーシー 1936年、アメリカ人で40歳のウォリスは、ロンドンの友人宅のパーティーで出会った英国王エドワード8世と恋に落ち、再婚した夫がいる身で、パリや南仏でも逢瀬を重ねます。 ことあるごとにサプライズで宝石を贈られ、王の誕生パーティーでは「恋ゆえに世界が失われても、誕生日おめでとう」というカードと、逆にプレゼントまで。そのサインは常に、WE(ウォリスとエドワード)でした。翌年、彼は王位を捨てて彼女と結婚。二人はウィンザー公夫妻となりますが、この恋は “20世紀最大のスキャンダル” と呼ばれました。 この実話をもとに マドンナ が映画化。オークション会社サザビーを結婚退社し、子作りに励みたいのに、医師の夫はかまってくれないウォリー(アビー・コーニッシュ)という現代女性が、ウィンザー公夫妻の遺品が展示された元職場のオークション会場で、故人であるはずのウォリスと出会います。めくるめく幻想の中でウォリスと交わっていくサイドストーリーが交互に描かれるのは、歴史的なヒロインを身近に感じてほしいと願う、マドンナの粋なはからいでしょう。 英国王室を震撼させたロイヤル・スキャンダルに、“ヤンキーの売女”とまで呼ばれたウォリス。夫とうまくいかず「ウォリスは全世界を敵に回しても逃げなかった。なぜ?」と悩むウォリーの前に、突然ウォリスが現れます。「私、美しいと言われたことないの。女性が最大限に利用するのが“魅力”よ。私の武器は着こなしだった」と語り始めて…。 時に実写フィルムが混じるのですが、実際のウォリスの装いは、個性的ながらエレガントの一言。エドワード(ジェームズ・ダーシー)の視線は常に彼女に釘づけでした。アメリカ人らしく自分の意見を自由に言い、ウイットに富み、もの真似やダンスが得意なところも彼を虜にしたとか。ウォリスの美意識が体現された、インテリア小物や宝飾品が並ぶオークション会場のシーンはため息もの。 “美意識のレッスン” にもなる映画です。 「真珠の耳飾りの少女」の 笑わない禁欲的な佇まいがエロティックすぎる ▼「真珠の耳飾りの少女」 監督:ピーター・ウェーバー 出演:スカーレット・ヨハンソン, コリン・ファース, キリアン・マーフィ 1665年、オランダの画家・フェルメール(コリン・ファース)の家で、メイド見習いとして働き始めた少女グリート(スカーレット・ヨハンソン)は、アトリエの掃除をするうちに、「これ、どう思う?」「色が合いません」と、次第に独自の感性を発揮し、やがて彼のモデルを務めることに。彼の妻は7人目の子を妊娠中で、夫と彼女の仲を疑うのですが…。 17世紀のデルフトの街並みが見事に再現され、どのシーンもまさに絵になる美しさ。同時に、絵そのままのポーズで立つモデルたちに、名画の誕生を目撃する歓びも加わって、ワクワクしっぱなし。メイドは、頭を頭巾で覆って髪を見せなかった時代ですが、フェルメールに頼まれて頭巾を取り、豊かな髪を下ろすグリートのセクシーなこと。真珠の耳飾りをつけるため耳にピアスを開けられ、彼女の頬を一滴の涙がつたうシーンは圧巻です。 「少しだけ口を開けて」「唇を舐めて」というフェルメールの要求に応えていく、いつも無口でほとんど笑わない禁欲的なグリートが、とんでもなくエロティックに見えてきます。「心まで描くの?」と彼女が驚嘆した絵には、他の画家には作れない、ラピスラズリを原料としたウルトラマリン色のターバンが描かれていました。真珠の耳飾りは実は妻のもの。それを知った妻は半狂乱で、ナイフを手に絵に飛びかかっていくのですが…。 一枚の名画に秘められた至高の愛の物語。映画は基本、だまし絵だと思うのですけれど、その魅力が最大級に発揮された映画です。言葉では表せない 濃密な官能 に溢れていて、2004年の作品ですが、久しぶりに観たら興奮して寝付けなくなってしまいました(笑)。お薦めです。 ・ 「レッド・バイオリン」 ・ 「ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋」 ・ 「真珠の耳飾りの少女」
2016年02月20日あなたの周りにもいませんか? フツーにしているとカッコいいのに、お人好しだったり気弱だったり不器用だったり、そっちのキャラのほうが目立っているため、イケメン度が薄まってしまっている男性。自分がカッコいいとは思いもよらず、そのキャラゆえに、いろいろやらかしてくれます。せっかくイケメンなのにもったいない。でも、憎めない。 そんな印象的なキャラクターが主人公の映画を観て、思わずクスクス笑っちゃってください。いえ、時にはゲラゲラ笑ってしまうかも。“困ったちゃん”な要素もありつつ、愛すべき魅力に溢れた彼らの映画は、私たちをほっこり和ませてくれるでしょう。心がしっとり潤う、おすすめの3本をご紹介します。 高良健吾演じるイノセントな「横道世之介」に 温かな幸福感で包まれる ▼横道世之介 監督:沖田修一 出演:高良健吾、吉高由里子、池松壮亮 1987年、長崎県の港町から大学入学のために上京してきた世之介(高良健吾)は、真っ直ぐで、空気が読めなくて、頼まれたら嫌と言えないお人好しキャラ。同級生の倉持一平(池松壮亮)とサンバサークルに入って、太陽の塔みたいなコスプレで踊ったり、お譲様育ちの与謝野祥子(吉高由里子)に好かれたり、年上の女性、片瀬千春(伊藤歩)に頼まれて、男性との別れ話に弟として同席させられドキドキしたり、ゲイの同級生、加藤雄介(綾野剛)とつるんだり…。みんなの人気者になっていきます。 スキーで転んで入院した祥子をお見舞いに行き、恐縮する彼女に「心配させてよ。心配しちゃうのが仕事っていうか…」とねぎらう人の好さ。 夏は故郷の海辺で、冬は雪の降るクリスマス、下宿の前の庭で、世之介は祥子に「キスしていい? じゃ、ちょっと失礼して…」とキス。そんなこと聞く男って最低! と普段なら思うのですが、嫌味のなさはさすがイケメン。かっこいいのにもったいない。でも、空気の読めなさがいじらしい。 こんなストーリーが16年後、友人たちが青春時代を回想するシーンとして描かれていくのですが…。高良健吾のイノセントさ、ある種トリックスター的な存在感が、基本的に“良いヤツ”世之介を見事に顕在化。彼の母親から祥子へ手紙が届くラストシーンは、きっと泣けると思います。派手さはないけれど、 じわじわきて、心が清々しくなる映画 です。 「小野寺の弟・小野寺の姉」で 向井理演じる気弱な弟キャラに胸キュン ▼小野寺の弟・小野寺の姉 監督:西田征史 出演:向井理、片桐はいり、山本美月 両親を早くに亡くし、二人で実家に暮らし続ける小野寺姉弟は、眼鏡店に勤める40歳のより子(片桐はいり)と、調香師で33歳の進(向井理)。一緒にスーパーに買い物に行ったり、朝晩食事をしたりと、とても仲良し。 こだわりの強い姉に仕切られ、不服でも従ってしまう弟には、育ててくれた姉に頭が上がらないだけでなく、姉思いを決定づける過去がありました。姉は姉で、前カノの好美(麻生久美子)と別れて以来、恋に臆病になっている弟が心配で仕方ありません。 ある日、誤配された郵便物を二人で届けに行ったことから、可愛らしい絵本作家の薫(山本美月)と出会い、より子は進に婚活を促します。のらくらしている彼に、「私は心配してるの。あなたも、もういい年だし…」「いい年は姉ちゃんも一緒だろ」「私のことはいいのっ!」とキレるより子。 一方、眼鏡店に営業で訪れる浅野(及川光博)から、デートらしき誘いを受け、より子は舞い上がりますが、いざ、待ち合わせてみると…。 弟思いでまじめで、時にエキセントリックな姉を演じる片桐はいりの、恐いほどの名演から目が離せません。始終、くすんでもっさりした引っ込み思案な弟を、これまた、もったいなくも、向井理が胸キュンな演技で魅せつけます。日本一、不器用な姉弟の恋と人生に、 じーんとするハートウォーミングコメディ 。観ると必ず、元気になれます。 「舟を編む」の不器用すぎる編集者を演じる 松田龍平の役者魂が神 ▼船を編む 監督:石井裕也 出演:松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョー 名前からしてマジメでおかしい、出版社勤務の馬締光也(松田龍平)は、営業部で変り者扱いされていたのが、「右を説明できるか?」と辞書編集部のベテラン編集者、荒木(小林薫)に聞かれ、答えられたのが縁で辞書編集部へ異動。言葉の海を渡る舟に例えて「大渡海」と名づけられた新しい辞書のため、街に用語採集に出かけたり、語釈(言葉の意味)を書いたり、完成まで15年かけ、見出し語24万語の国語辞典作りに没頭していきます。 学生時代からの古い下宿は、廊下まで本だらけ。家主のおばあさんと猫のトラだけが友達だったのに、おばあさんの孫娘、香具矢(宮崎あおい)と出会って恋に落ちます。 編集部のノリの軽い西岡(オダギリジョー)にラブレターの添削を頼みますが、何と手紙は巻紙に筆文字。「何で筆選んじゃったの。戦国武将じゃねえんだぞ」と、のけぞる西岡。書き直すという馬締に「そのまま渡しちゃえよ。インパクトはあるから」とそそのかします。 案の定、読めなくて怒る香具矢。謝る馬締。「手紙じゃなくて言葉で聞きたい、今!」と言われ、たじろぐ馬締に「今は今でしょ。辞書で調べたら?」と彼女。"今"を辞書で引こうとする彼に、「本当に調べなくていいの」。そして、馬締はおずおずと「好きです」と、やっと告白に至るのです。 辞書が中止になりそうになったり、脱字が見つかったり、監修の松本先生(加藤剛)が病に倒れたり、様々な事態を乗り越え、27歳だった馬締は42歳になり、ようやく発刊へ。 辞書(舟)を編集する(編む)人たちの感動エンタテインメントですが、私たちも感動の海を渡ること間違いありません。馬締を演じる松田龍平の歩き方に至るまで不器用な演技は、もはや神。そして、ブキッチョだけど誠実なこういう人、大好きだなあ、と思うのでした。
2016年02月13日実際に苦難を乗り越え、命の炎をきらめかせた女性たちの映画を観ると、生きる勇気がわいてきます。「もっと好きに生きていいんだ!」と、自由な追い風に身を任せて「がんばろう!」という気分になれるから不思議です。 安定した穏やかな日々こそ宝物だとわかっていても、埋没してはもったいない。わくわくして感謝したくなる毎日をゲットするために、自分に“喝”を入れてみませんか? おすすめの映画3本をご紹介しましょう。 「ピナ・バウシュ 夢の教室」が 自分を解放して自信を与えてくれる ピナ・バウシュ をご存じですか? ドイツ生まれの世界的なコンテンポラリー・ダンサーで振付家。彼女が主宰する演劇的要素の強いヴッパタール舞踏団には、世界中から気鋭のダンサーが集い、2009年に彼女が68歳で急逝した後も、意欲的な活動を続けています。 ▼「ピナ・バウシュ 夢の教室」 監督:アン・リンセル 出演:ピナ・バウシュ, ベネディクト・ビリエ, ジョセフィン=アン・エンディコット この映画は、ピナの代表的演目 「コンタクトホーフ」 を演じるため、ダンスは素人の10代の男女40人が集まり、10か月間の猛特訓後に舞台に立つという、無謀とも思えるピナの企画を実現したもので、ピナの生前最後の映像が収められた感動のドキュメンタリー。 「笑いながら全力疾走なんてできない!」と涙目になると、 「自分を解放することを楽しみなさい」 と言われたり、まだ10代だから男女で身体を近づけることに戸惑ったり、父親の死とダンスが重なったり、ピナに恋バナを聞かれ正直に応えたりしてレッスンを重ねるうちに、彼らは人見知りが消えて心がオープンになり、自分に誇りを持てるように…。 だんだん惹き込まれて、 まるで自分がレッスンを受けているような気分 になってきます。最後の圧巻の舞台を観て、「みんながんばったわ。愛してる。 ミスはいいの。努力が大事なのよ。 子どもたちの作品への愛に感謝するわ。私は幸せよ」と静かに語るピナの言葉が胸に染み入ります。自分を 内省 して、目の前を明るく導いてくれる映画です。 「永遠のマリア・カラス」で 史上最高のディーヴァの生き様に心が揺さぶられる 伝説のオペラ歌手 マリア・カラス (1923ー1977)は、移民の子としてニューヨークに生まれ、母国ギリシャで音楽を学び、ヴェローナ野外劇場でイタリア・デビューを飾って以来、世界のディーヴァに。私生活でも、イタリアの実業家メネギーニと結婚後、ギリシャの大富豪オナシスと出会って彼のもとに出奔。夫と離婚し、オナシスがケネディ大統領未亡人ジャッキーと結婚後も愛人関係を続けるなど、美声、美貌、華麗な人生が注目の的に。 ▼「永遠のマリア・カラス」 監督:フランコ・ゼフィレッリ 出演:ファニー・アルダン, フランコ・ゼフィレッリ, ジェレミー・アイアンズ まだ若い53歳で思うように声が出なくなり、愛するオナシスをも亡くした失意の中、引退してパリのアパルトマンで暮らすカラス(ファニー・アルダン)を、かつての仕事仲間ラリー(ジェレミー・アイアンズ)が訪ね、彼女の全盛期の録音を用いて映画を製作しないか、と持ちかけます。 最初は「悪魔に魂を売れというの?」と否定するものの、映像が残っていない「カルメン」ならと心が動き、イケメンの若いテノール、マルコ(ガブリエル・マルコ)とは疑似恋愛も…。彼女の晩年が虚実ないまぜにドラマティックに描かれます。 監督は、カラスの親友で、オペラ演出家としても著名な名匠 フランコ・ゼフィレッリ 。カラスを演じるフランス女優のファニー・アルダンが、どんな時も毅然とした史上最高の歌姫のプロ根性と悲哀、そして、少女のような恋心をも演じきります。歌声はカラス本人、衣装が シャネル と、聴きどころ、見どころともに満載。心が揺さぶられる映画です。 「フリーダ」の愛に生き、芸術に生きる波乱万丈の生涯が胸を打つ メキシコの画家 フリーダ・カーロ (1907ー1954)を演じるのは、ハリウッドの人気女優 サルマ・ハエック 。眉毛がつながったエキゾティックな顔とカラフルな民族衣装をまとったフリーダの姿を、どこかで見た方は多いと思うのですが、メキシコ出身のサルマは、157cmと小柄でフリーダにぴったり。まさにフリーダが生きて動いている姿に感動します。 ▼「フリーダ」 監督:ジュリー・テイモア 出演:サルマ・ハエック 18歳の時、右半身から膣まで鉄棒が貫通するバス事故に遭い、一生を痛みとともに生きたフリーダにとって、絵を描くことは生きることでした。著名な画家ディエゴ・リベラ(アルフレッド・モリーナ)と出会い、「俺が描いたのは外の世界だ。君のは心の世界だ。素晴らしい」とプロポーズされます。彼の女癖の悪さは有名でしたが、「貞節さが大事か?」と問う彼に、「私に忠実なら」と返し、彼が「それなら永遠に」と誓って結婚。 しかし、彼の浮気癖は治まらず、フリーダの妹とまで関係を持ち、ひどく傷ついた彼女に「セックスは小便と同じ。握手より軽い」とうそぶくリベラ。それが、彼女が実家でロシアの革命家トロツキー夫妻を匿うことになり、トロツキーと関係すると「俺は深く傷ついた」と訴えるダブルスタンダードぶり。 監督のジュリー・テイモアが、「この映画で強調したかったのは、あまりにも有名な存在の二人が、人間臭い人物だったことよ。孤高の画家とかでなく、身近に感じて欲しかったの」と語っているのがうなづけます。どんな悲惨な状況でもユーモアを忘れないフリーダの姿は、私たちに 生きることの意味、幸せとは何か を問い直させてくれるでしょう。 実在の女性3人の生き方が鮮烈で、ただ生きていられることに感謝したくなる映画たち。これらの映画を観て、どうぞ日常生活をキラキラさせてください。
2016年01月24日「女性の美しさ」 とは何でしょう? 広告やファッションの世界で、これまで多数のモデルたちを撮影し、女性の美しさには一家言ある写真家の 伏見行介 さんに、プロフェッショナルな視点からみた 女性美 について、インタビューしました。 1月21日から4月にかけて、東京、仙台、札幌、梅田のキヤノンギャラリーでは、伏見行介写真展 “Old fashioned portrait” が巡回中。そこでは、1960~70年代、カトリーヌ・ドヌーブら女優たちを、フィルム時代の写真家たちが撮影した ポートレート への尊敬を込めて、 現代のモデル たちを モノクローム で撮影した写真が展覧できます。これこそ、まさに究極の女性美! 「そんなふうに自撮りしてみたい」という難問(?)も伺ってみました。 やりたいことを一生懸命やっている女性が美しい ―― 女性の美しさは年齢で左右されると思われますか? 「いや、年齢じゃないですね。 頭の中 の問題が大きいと思います。学歴とかじゃなくて 地頭のいい人 は魅力的です。外側を飾ることは、女性はみんな熱心ですけれど、でも、それだけじゃつまらない。やはり 内面 が出る。心の持ち方で全然表情が違うんですよ。 たとえば、今回の写真展に出している写真で、かつてジャンルー・シーフが撮影した カトリーヌ・ドヌーブ のようなポートレートを意識して撮影しようと思った時に、モデルさんが20歳ぐらいで若過ぎて人生観が伝わってこない、と思ったことがありました。人生のいろいろな経験の蓄積があってこそ、人間としての存在感が出るんですよ。もちろん、ただ年を取ればいいのではなく、年齢の重ね方が大切だと思いますが…」 ―― どんな女性がきれいだと思いますか? 「やりたいことを持っていて、それを 一生懸命 やってる人は美しいなと思いますね。子供が好きで、一生懸命子育てしているお母さんもきれいだと思うし、僕が一緒に仕事しているスタイリストさんとかヘアメークさんとか、やりたいことをがんばっている人はきれいですよね」 伏見さんは、「この業界にいると、年齢や性別には関心がなくなる。 好きな仕事 をしている人たちは、年齢がいっていても、みんな若いし、きれい」と言い切ります。 外見はきれいでも写真に撮るとつまらない人がいっぱいいる ―― では、究極の女性の美しさとはどういうものでしょうか? 「仕事柄、いろんなモデルさんを今まで撮ってきたけれど、 3つ のタイプに分けられると思うんです。もちろん、モデルさんにはきれいな人が多いですけれど、 A. 先天的にモデルの人、B. 努力してモデルになる人、C. 努力してもだめな人 、この3タイプです。 99%のモデルさんはBタイプで、みんな、 努力して モデルになってると思うんですね。努力って、血のにじむような努力とかじゃなく、モデルという職業に関して、いろんな情報を集めて、動き方とか洋服のコーディネーションとか、 学習 するわけですよ。 でも、実は外見がどんなに美しくても、Cタイプの人がいっぱいいる。一般の女性でもそうでしょう。会って話すといいんだけど、写真に撮るとお人形さんみたいでつまらない人。 自分を表現 できないんですね」 「本当に 美しい のは、 自分の意志 、 クリエイティブ なものを持っていて、それを 表現 できる人だと思います。 モデルさんであれば…、モデルというのはすごくクリエイティプな仕事なわけですが、どうしたらこの写真家が撮りたいと思っているものを表現できるかを理解して、そこに 自分の世界 を さらにプラス できる人。クリエイティビティを持っているかどうかによって、作品はまったく違ってきますから」 ―― 世界各地のどこかで、何も知らない美少女がたまたま発見されて、超売れっ子モデルになったりしますよね。そういう場合はどうなんでしょう。 「写真映りがいい人って、先天的にいるじゃないですか。Aタイプですね。そういう人こそモデルなんですよ。持って生まれたモデルの才能。自分では意識していないだけで…」 美しく写真に撮られるためのコツとは? ―― 先天的に写真映りが悪い場合(笑)、どうしたらいいですか? 「もし自分は写真映りが悪いと思ったら、いろいろ工夫してみればいいんですよ」 ―― 美しく撮られるコツを、ぜひ教えてください。 「一番いいのは、 プリクラ でいろいろな角度から撮って、どの角度がきれいか 自分で確認 すること。僕、プロのモデルさんにも、どの角度がいいかって聞きますよ。わからないっていうモデルには、やはり、プリクラ行けって言いますね。それは、自分で知っておいたほうが絶対いいから。 プリクラじゃなくても、 自撮り でいいから、実際にいろいろ撮ってみること。プリクラがいいのは、 プリント になるじゃない? それが大事。よく決め顔なんていうけれど、どういう角度が好きか自分で知っているだけでも違う。というか、自分で知らないとダメ」 ―― プリクラは盲点でした。具体的には、何か注意すべきことがありますか? 「朝のテレビ番組のニュースキャスターを見ても、ただ立っている人と、脚をちょっと前後にしている人とでは、伝わってくる美しさが全然違う。後者のほうがO脚をカバーできるしね。仁王立ちはダメですよ(笑)。あと、真正面で立たないほうがいいですね。 体は斜め にして、 顔は正面 で、 足先は斜め に揃える。 それから、 腕 の処理。手をダラーッと垂らしてるんじゃなくて、指先にちょっと力を入れて ニュアンス を持たせる。 プロのモデルさんでも、手の処理が上手いと、撮るほうはすごく楽なんです。一番いいモデルさんというのは、僕らの言い方で、 『スクッと立つ』 っていうんだけど、スッと立ってるだけで絵になるモデルさんは、最高です」 ―― 姿勢も大事ですよね? 「もちろんそうですが、きれいに撮られたいという意識でなく、 自分の生き方 に対する 意識の高さ が反映されるのだと思います。生き方、 美意識 が出る。シャネルを着ていても、ハイヒールの歩き方がガクガクしてたらきれいじゃないでしょう。たとえば、立ち食い蕎麦屋で、一人で蕎麦を食べてて決まってる女性、かっこいいと思いますね」 ―― この写真展のような女性美が際立つモノクロ写真を、ぜひ撮ってみたいのですが。 「モノクロームの写真には、削ぎ落とされた シンプルな美しさ があります。チークを塗っても色が出ませんから、アイラインの引き方とかラインが勝負。コントラストが単純なだけに、 丁寧 にラインを引かなくてはいけないとか、そういう注意点はありますね。今、インスタグラムなどで、色を変換したりコントラストを強くしたり、自撮りした写真を思い通りに変えられるでしょう。いろいろ試して、ぜひ 自分を一番きれいに写せる方法 を見つけてください」 そして、「自分でするメイクのセンスを磨いてほしい」と伏見さん。確かに、モノクロだとのっぺりしてしまいがちな日本人女性の平面顔には、太めのアイラインやつけまつげが役立ちそう。 凛とした 潔い生き方 、 研ぎ澄まされた立ち居振る舞い を意識しつつ、美しく映されるコツは知っておきたいもの。そして何より、伏見さんの写真展を訪れて、究極の女性美に触れる感動を味わって美意識をもっと高めたい、と強く思うのでした。 伏見行介写真展 Yukisuke Fushimi Old fashioned portrait オールド ファッションド ポートレート 先達へのオマージュ 2016年1月21日から4月にかけて、東京、仙台、札幌、梅田のキヤノンギャラリーで開催。展示される写真はすべてモノクロームのポートレート写真。シンプルで美しく、癒される女性美に触れてみては。 Model:滝沢カレン/スターダスト 佐野帆波、梓媛/グルーヴィー・エアー、Mutsue/free、Maina/free、 Tomomi/Satoru Japan 、Gabriera,So,Katherine,Katrina/dxim、TEN/Bellona、Mayara,Susie,Simone,Tayorama,Gabriera,Yuki,Barbara/Urban agency Hair stylist:Kazuto 、Makeup artist:下田美香/MASHmanagement、Hair & Makeup:森哲也、長聰、YOCO/MASHmanagement Ina,守屋Kスケ/Ari・gate、Stylist:Inari,水嶋依子/MASHmanagement 、椎名桔平、宮崎智子、石橋めぐみ/office YKP、Retoucher:寺尾さやか/MASHmanagement ・銀座 キヤノンギャラリー 2016/1/21(木)~1/27(水)10:30-18:30(最終日15:00まで)日・祝 休館 東京都中央区銀座3-9-7 トレランス銀座ビル1F tel.03-3542-1860 ・仙台 キヤノンギャラリー 2016/2/4(木)~2/16(火)10:00-18:00 土・日・祝 休館 仙台市青葉区一番町1-9-1 仙台トラストタワー15F tel.033-217-3210 ・札幌キヤノンギャラリー 2016/3/10(木)~3/22(火) 10:00-18:00 土・日・祝 休館 札幌市中央区北3条西4-1-1 日本生命札幌ビル1F tel.011-207-2411 ・梅田キヤノンギャラリー 2016/4/14(木)~4/20(水) 10:00-18:00(最終日15:00まで) 日・祝 休館 大阪市北区梅田3-3-10 梅田ダイビルB1F tel.06-4795-9942 伏見行介(ふしみ・ゆきすけ) プロフィール 写真家。和光大学人文学部人間関係学科卒 大学在学中より、長友健二氏アシスタント、卒業後杉木直也氏、ケン・モリ氏、シー・チー・コウ氏 熊谷晃氏のアシスタントを経てフリー 現在 株式会社マッシュ代表 多くの広告写真、SP写真、Web,雑誌等の撮影に携わる。近年はアマチュア写真家の指導も始める。 [写真展]2009年 Episode 鈴木礼央奈、禿恵の場合 キヤノンギャラリー銀座他、2007年 Time for a test shooting キヤノンギャラリー銀座他、 公益社団法人 日本広告写真家協会会員・常務理事、公益社団法人 日本写真家協会会員
2016年01月21日食べることはお好きですか? 美味しいものを食べると幸せな気分になりますよね。どんなにいたたまれない悲しみや、とげとげしい苦しさで打ちひしがれていたとしても “美味しいもの” を口に運んでいるうちに、少しづつ気持ちがほぐれていく。そんな心持ちは誰しも味わった体験があるでしょう。 とくに人の手がかかった料理を賞味することは、 人生を愉しむこと と似ていると思います。食べる人を喜ばせたいという料理人の気持ちが、魂レベルで舌を通して全身に伝わってくる。 理屈抜きで幸せを感じる ひとときです。 味わい深いそんな思いを共有できる映画を、3本ご紹介しましょう。空腹時に観てお腹が鳴っても責任は持ちませんよ(笑)。 「マダム・マロリーと魔法のスパイス」の異文化交流は星三つ インドでレストランを経営する家に生まれたハッサン(マニッシュ・ダヤル)は、料理の師匠である母に「食材にはすべて魂がある。料理は魂の味よ」と基本から叩き込まれます。 政変で店を焼かれ、母を失った一家はヨーロッパへ。父の運転する車がたまたま故障した南フランスで、インド料理店を開くことになりますが、向いがマダム・マロリー(ヘレン・ミレン)が経営するミシュラン一つ星・名門フレンチレストランだったから、さあ大変! インド音楽が騒音だと苦情を言われたり、互いに食材を買い占めたり、壁に人種差別的な落書きをされたり…。そんな中、フレンチレストランのスー(副)シェフを務めるマルグリット(シャルロット・ルボン)は、料理人として努力し続ける彼に好意を持ち、協力的に。 「マダム・マロリーは、シェフ採用試験では本人に会うことすらしないの。オムレツを一口、食べるだけ…」と、マダムの厳しい舌の話題も提供します。いつか、自分の作ったオムレツをマダムに食べてほしいと願うハッサン。その夢は意外に早く実現しますが…。 いつもハッサンを助けてくれるのは、ママが遺した数々のスパイス。魔法のスパイス仕込みの調理法が、彼を凄腕料理人へと導きます。ハッサンとマルグリットの恋物語も含め、“美味しい奇跡”が次々と起こるハートウォーミング・ストーリー。余談ですが、マダムのスーツ、マルグリットのワンピース姿がとても魅力的で、そちらも必見です。 「宮廷料理人ヴァテール」で絢爛豪華なフランス料理の源流を知る 「ブリア・サヴァラン」や「エスコフィエ」の名前は知っていても、「ヴァテール」をご存じの方は少ないのでは? 16世紀、フランスの宮廷料理として発展したフランス料理ですが、17世紀、ルイ14世の時代、 ソムリエ の原形を生み、クレームシャンティイ( ホイップクリーム )の創作など、現在に続く偉業を成したのが、 フランソワ・ヴァテール 。 これは、コンデ公爵の元で料理長を務める彼が、ルイ14世と一族を招いた大饗宴を仕切った3日間を描いた映画です。 歴史に残る豪華な饗宴で、山海の食材が国中から集められ、噴水、花火、氷の彫刻、宙づりのゴンドラで歌姫が歌うなど、壮大なスペクタルが展開されます。 創造力溢れるヴァテール( ジェラール・ドパルデュー )に好意的な女官アンヌ・ド・モントージエ( ユマ・サーマン )は、彼女に横恋慕するローザン侯爵(ティム・ロス)を通じて、国王から 「あなたとショコラを飲みたい」 と誘われます。それは、一夜をともにする合言葉でした。 コンデ公の痛風治療に小鳥の心臓が必要なため、アンヌのカナリアが没収されそうになったのを、自分の愛鳥と引き換えに助けるヴァテール。厨房を訪れ、彼に「なぜ助けてくれたの? 」と迫るユマ・サーマンの眼技が麗しい。禁断の一夜を過ごす二人。 運悪く国王に呼ばれアンヌが駆けつけると、陛下はおらず、ローザン侯爵が「どこにいたか知ってるけど黙っててあげたよ。陛下に知れたらヴァテールは破滅。僕、あなたとショコラを飲みたいな」と。意外な結末を迎えますが、料理人の命がけの真摯さに心を打たれるでしょう。 「バベットの晩餐会」に “おもてなし” の神髄を見た! 舞台はデンマークにある海辺の小さな村、コトランド。牧師と美しい二人の娘、マチーネとフィリッパが暮らしていました。 若い頃は、姉のマチーネに将校ローレンスが思いを寄せたり、パリからヴァカンスで訪れたオペラ歌手パパンが、妹フィリッパに恋焦がれたりしたものの、父の死後も、姉妹二人の清貧な暮らしを続けて35年後の1871年。パパンの紹介で、パリの革命を逃れたバベット(ステファーヌ・オードラン)が、家政婦として置いてほしいと訪ねてきたところから物語は展開します。 雇う余裕がないと断る姉妹に「お金はいりません。置いていただけなければ、後は死ぬだけです」というバベットが同居して14年。フランスとのつながりは、友人が買ってくれる宝くじだけだったバベットに、1万フランの宝くじが当たります。彼女は姉妹の今は亡き父親の誕生日に、費用は自分持ちで晩餐会をさせてほしいと願い出ます。「だめよ。費用はこちらで…」といっていた姉妹も彼女の情熱に負け、バベットは準備に奔走。 迎えた当日、村人たちに加えて将軍となったローレンスと彼の叔母も参加した晩餐会。キャビアの載ったオードヴル「ブリニのデミドフ風」、海ガメのスープ、ウズラのバイ詰め石棺風、ヴーヴ・クリコのシャンパン、銘醸ワインに驚き、感激するのはパリを知っているローレンス。 そこで、バベットの素性が明かされていくのですが、彼女は12人分のディナーに1万フラン使い切ります。それは、彼女の姉妹への心からの贈り物だったのでしょう。最高の “おもてなし” に感涙をもよおす傑作。映像の美しさも見逃せません。 3本に共通するのは、食する人たちが 笑顔 になること。不安におののいたり、いがみあったりしていても、だんだん表情が和らぎ、黙りこくっていたのが饒舌になっていきます。食べるものが人間を作るわけですが、 愛情 という精神的な部分もなんと大きいのだろう、と思わずにはいられません。美味映画の醍醐味を、どうぞ思う存分味わってください。
2016年01月16日「世紀を超えて愛され続ける服には、とてつもないパワーがある」と常々思っていました。天才デザイナーたちの映画を観ていると、なぜかすごく元気になれるのです。 服を着る ということは、何気ない習慣でありながら、肉体を守ることであり、自己表現であり、それをまとわないと外へ出られないという、社会生活を送るための装置でもあります。 つまり着ることは 生きる こと。いつだって違う自分になりたい! そんなチャレンジングな気持ちを鼓舞してくれる映画を観て、自分をリフレッシュしませんか? お薦めの3本をご紹介します。その結果、あなたももれなくファッショニスタ(お洒落上級者)に…。 媚びない女らしさに開眼「ココ・アヴァン・シャネル」 1883年生まれの ガブリエル・ボヌール・シャネル (本名。ココは愛称)が、1909年、帽子のアトリエを開いて創業したシャネル。100年以上経った今も大人気なのはご存じの通り。「アメリ」で人気を得た オドレイ・トトゥ 演じる本作は、1971年に87歳で亡くなったシャネルが孤児院で育った子供時代から、男性遍歴を経て、起業して成功するまでの若い時期を描いています。だからこそ、生きる息吹とピュアなエネルギーが素晴らしい。 将校エティエンヌ・バルサン(ブノワ・ポールブールド)は、上流生活を体験させてくれたけれど、彼女の出自を恥じて周囲に隠し、実業家ボーイ・カペル(アレッサンドロ・ニボラ)が彼女に夢中になると、嫉妬してプロポーズ。「誰とも結婚しない」と彼女は宣言しますが、愛するボーイは事故死してしまい…。男の庇護なしに女性が生きられなかった時代、媚びない彼女がかっこいい! でも、愛する男から尊敬され愛されるのですよ。 衣装がシャネル全面協力なのも魅力的。女性は羽飾りの付いた帽子にロングドレスが全盛の時代、海辺で見かけた漁師のボーダーTシャツに、男物を半端丈にカットした黒いパンツ、ツイードのジャケットというスタイルは、今すぐ真似したいほど。彼女のシーンだけ現代に見えるのが、さすがシャネルです。 初めて老舗メゾンのアトリエが公開された「ディオールと私」 1947年、 クリスチャン・ディオール がメゾンを設立以来、輝かしい歴史と伝統を誇るディオール。2012年、ジル・サンダーでメンズ担当だったラフ・シモンズがクリエイティブ・ディレクターに就任し、パリ・コレまでの8週間を描いたのがこの映画です。フェミニンでエレガントなディオールに、シンプルでミニマリストといわれる彼が抜擢されたのはかなりの驚きでした。しかし、ラディカルなアプローチを貫いて、果敢に挑むラフ。 衝撃的なのは、ディオール全面協力のもと、 グラン・メゾン の中枢であるアトリエに初めてカメラが入ったこと。ディオールと刺繍された白衣のスタッフたちの動きが、ドキュメンタリーとは思えないほど見事です。現在もオートクチュールの伝統を守り続けるのは、シャネルとディオールだけですから、彼らの誇りも当然なのですが…。 オートクチュール・ディレクターのカトリーヌが大事なフィッティングに欠席し、「穏やかな僕も限界」と嘆くラフに、「シーズンごとに5000万円注文する顧客の要請で出張していたの。お金がないとコレクションどころかメゾンも存続できない」と主張する彼女の言葉が印象的でした。全身全霊を傾けてドレスを作り上げる人々の緊張感に満ちた日々に密着した、感動のファッション・ドキュメンタリー。必ずやパワーをもらえるはずです。 「イヴ・サンローラン」ピエール・ニネの緻密な演技がスゴい! 1957年、ディオールの死後、21歳で後継者となった イヴ・サンローラン 。彼を描いたこの映画も、イヴ・サンローラン財団率いるピエール・ベルジェによる初公認作品です。つまり、本物の衣装がふんだんに登場し、しかも当時のモデルは小柄で服が小さいため、そのサイズに合うモデルを選んで登場させ、それどころか、サンローランの住居や仕事場が提供され撮影が行われたという、奇跡のような映画なのです。 何よりも感動するのは、イブ・サンローランを演じる ピエール・ニネ の役作り。伝記やドキュメンタリーで学び、デッサンやモード全般、素材の触り方まで特訓を受けたほか、毎日、3、4時間はサンローランの肉声を聞いて5か月、話し方を徹底的に叩き込んだそう。50年にわたって繊細な彼を公私ともに支え続け、実際の恋人でもあったベルジェが「似てるというより彼そのもの。仕草や声に至るまで…」とインタビューで語っているのですから驚きます。 同性愛が非常に違和感なく描かれているのも特徴的で、新しいと思いました。「男同士でラブシーンを演じるのはどんな気分? とよく聞かれるけど、この物語に感動したからこそ、自然に演じられたと思う。ただのラブストーリーといえるほどね」とニネ。サンローランの革命的なデザイン、波乱の人生、知られざる私生活に息を飲む貴重な作品です。 また、2015年12月からベルトラン・ボネロ監督の映画「サン ローラン」(主演/ギャスパー・ウリエル)も公開されました。見比べてみるのも楽しいかもしれません。 いかがでしたでしょうか? ブランド品なんて興味ない…という方もおられるかもしれませんが、この3本を観ると、デザイナーへのリスペクトを感じてしまうから不思議です。着る喜び、生きる楽しさを謳歌して、明日の美しさへと紡いでいけたらと思います。
2016年01月06日せつない恋愛小説の名手、山田詠美さんを取材した時、「女ってね、30過ぎたくらいから年下とも楽しめるようになってくるのよ」と、飲みものを運んできた六本木のカフェのイケメンウェイターの手をサッと握って唇に押し当てたのを見て、日本にもサガンの小説みたいなことができる女性がいるんだ! と衝撃を受けましたが、それって真理かも。 寒々とした外気に冷え切って帰宅したら、温かい食べものやお風呂もいいけれど、 イケメン が登場する映画を観て、縮こまった細胞を生き生きさせませんか? 美人もそうだと思うのですが、イケメンはノーリーズン。寒くてつい凹みがちな季節、年下のイケメンくんが理屈抜きにテンションをアゲてくれるでしょう。そんな映画を3本ご紹介します。 「真夜中の五分前」の三浦春馬のピュアな透明感に癒される ▼真夜中の五分前 監督:行定勲 出演:三浦春馬, リウ・シーシー(劉詩詩), チャン・シャオチュアン(張孝全) 彼が演じる主人公は、上海の時計店で修理士として働く孤独な青年・良。上海の街並を、仕事が終わるとバイクでプールに通う日常で、印象的な音楽とともに、たゆたうような時間の流れが魅力的な映画です。美しい双子の姉妹(リウ・シーシー)と出会った彼は、清楚で優しい姉ルオランとつきあい始めます。映画を観ながら、恋人同士の握り方で手を握ったり、たどたどしい中国語で「君のために作った」と、時計をはめてあげたり…。 それが次第に、妖艶で奔放な妹ルーメイに振り回されていくことに…。この姉妹、キャラ以外は外見も趣味もまったく同じ。たまに入れ替わって遊んでいるのに、ルーメイの夫ティエルン(チャン・シャオチュアン)も気づかないほど。そんな姉妹が旅先で事故に遭い、一人だけ帰国する、というミステリアスな展開。タイトルの時間帯通り、仄暗い照明が幻想的で、三浦春馬のピュアな透明感が際立ち、彼の優しさに包み込まれるでしょう。 「恋の罪」にチョイ役で登場する深水元基がめちゃカッコいい ▼「恋の罪」 監督: 園子温 出演: 水野美紀, 冨樫真, 深水元基 深水元基を知っていますか? 俳優、モデル、デザイナーで身長187cm、35歳。NHK BSプレミアム「京都人の密かな愉しみ」に、老舗和菓子屋の若女将(常盤貴子)が好意を寄せる雲水役で登場したのを見て初めて知り、素敵だなあと思いました。彼が出演している映画を探して「恋の罪」を観たのですが、ここでの役柄はなんとAV男優! ストイックな雲水と180度違う濃厚なベッドシーンに、逆にすごく上手い役者さんだなあと感動しました。 この映画、実は彼だけに言及している場合じゃないくらい話題満載の作品で、鬼才・園子温監督が、1996年に起きた東電OL殺人事件にインスパイアされて作った問題作です。自分を持て余していた人妻のいずみ(神楽坂恵)が、AVにスカウトされ、渋谷・丸山町のラブホテル街で、昼は大学教授、夜は娼婦の美津子(冨樫真)と出会い、その殺人事件を担当する刑事・知子(水野美紀)も不倫をしていて…というものすごい設定。刺激の強いシーンもあるので万人向けではありませんが、深水元基のカッコよさは保証します。 キスが上手い福士蒼汰の「好きっていいなよ。」のキスが絶妙 ▼「好きっていいなよ。」 監督: 日向朝子 出演: 川口春奈, 福士蒼汰, 市川知宏 高校生の学園ラブストーリー? 勘弁してよ! と思われることでしょうね。お気持ちはわかりますが、この映画を観た後はそうは言わせませんよ。きっと納得していただけるはず。もともとはTVドラマ「きょうは会社休みます。」で、綾瀬はるかとの恋愛シーンを観た時、若そうなのに余裕あるキスをするなあ、と思ったのが最初の印象でした。この時、彼は21歳で学生アルバイトの役。同年、高校1、2年生を演じたのがこの映画です。 モテる男子役なのですが、小学生の時、友達に裏切られてから誰ともつきあわずに地味に生きてきた同級生の女の子めい(川口春奈)に、スカートに触ったと勘違いされ回し蹴りされて以来、関心を抱きます。本屋で他校の男子に待ち伏せされた彼女を、キスすることで助けたことがきっかけで、つきあうモードに。実は、彼にも心の傷があるのですが…。 圧巻なのは「大勢の女の子とキスしてるんでしょ」とめいに言われて、「僕はしたいって思った子としかしない」と言った後、彼女に「今のは挨拶代わりのキス。今のは可愛いなあと思った時のキス。今のは進展したいなあのキス。今のは目の前にいる人に対する気持ちのあるキス。まだいっぱいあるけど、違いわかる? 俺のこと好きになれ。何も言わないと本気チューしちゃうぞ」とキスを繰り返すシーン。まいりました。 寒さが厳しさを増す時節柄とはいえ、心まで冷え込んではいけません。冷え防止にイケメンを配備して、さあ、この冬も温かく心豊かに過ごしましょう。 ・ 「真夜中の五分前」 ・ 「恋の罪」 ・ 「好きっていいなよ。」
2015年12月24日「女ってわからない…」と男性たちは思っているでしょうが、「男ってまったく…」と女性たちもつぶやいているわけで、どんなにITが発達しようと他の惑星へ行こうと、両者間の深淵がなくなることはないでしょう。違うからこそ愛し合える、ともいえますけれど。 男と女の問題でイラッときたら、いや、キレそうになったら、監督歴半世紀、酸いも甘いも噛み分けた ウディ・アレン の映画を観て、楽しみながら男女の深淵を学んでみませんか? 人生での実体験も人一倍濃い彼のこと、きっと私たちに素敵なヒントを与えてくれるはず。恋愛関係のプロフェッショナルともいえる彼の映画から、お薦めの3本をご紹介しましょう。 「恋のロンドン狂騒曲」が 自分の一番大切なものに気づかせてくれる アラフォー世代の迷いとも重なりますが、子供を産めるであろう最後の年代、恋愛ができるであろう最後の年代…といった、いわゆる区切りの時期、人はジタバタあがいてしまうのかもしれません。 熟年離婚したアルフィ(アンソニー・ホプキンス)とヘレナ(ジェマ・ジョーンズ)。アルフィはまだまだブイブイいわせたくて、ジムに通い、若いコールガールと再婚へ。ヘレナは前世も占うヒーラーに通い、オカルト書店店主と出会い…。 娘のサリー(ナオミ・ワッツ)は、夫で売れない作家のロイ(ジョシュ・ブローリン)の“負け犬”モードに愛想が尽きかけ、勤め先の“勝ち組”オーラがムンムンの画廊オーナー、グレッグ(アントニオ・バンデラス)の「妻とうまくいってない」という言葉を信じそうに…。 二転三転する中、それぞれが、 自分にとって一番大切なもの が見えてきます。できるなら、お互いをあまり傷つけないうちに気づきたいものですね。勉強になります。 「ミッドナイト・イン・パリ」で ロマンティックな相性がカギだと知る 脚本家でありながら小説家を夢見るギル(オーウェン・ウィルソン)と、お譲様育ちで現実的な婚約者イネズ(レイチェル・マクアダムス)は、イネズの父親の出張に便乗してパリ旅行中。ゴージャスなランチや母親とのショッピング三昧、偶然出会ったインテリ友人夫妻との美術館巡りなどに夢中なイネズと、次第に別行動をとり始めるギル。 深夜12時の鐘の音とともに、どこからともなく現れたクラシックカーに乗ると、到着したのは1920年代、ジャン・コクトー宅のパーティー。コール・ポーターが奏でるピアノが響く中、現れたのはゼルダとスコットのフィッツジェラルド夫妻。 彼らから憧れのヘミングウェイを紹介されます。「最高の女を抱いたことはあるかい? その瞬間は死の恐怖を忘れらる。真実の愛は一時、死を遠ざけるんだ」と、ヘミングウェイが語り始めて…。 そんなめくるめく世界が夜ごと展開し、現実との狭間でイネズとズレていくギル。男女って、 ロマンティシズムの相性も大切な要素 だと思いませんか? 必ずしも女性ばかりが現実的とは限りません。互いのロマンをどれだけ許容できるか、一緒に楽しめるかがカギ。そこが合わないなら無理してつきあうことはないし、合えばこんなに幸せなことはありません。 自分も相手も自分らしくいられるために、大事なことを教えてくれる映画です。 「地球は女で回ってる」から学ぶ 浮気性な男をコントロールする術 結婚していても子供がいても、他の女性とセックスしたいと願う男性の本能を、おもしろおかしく描き、ホロリとさせる傑作映画です。 作家のハリー(ウディ・アレン)は3回離婚歴があり、あることないこと小説に書いて激怒した元妻から撃ち殺されそうになったり、一人息子に会わてくれない別の元妻からは、色情狂呼ばわりされたり。 「浮気相手は本当に彼女だけ?」『神かけて誓う!』「あなた、無神論者じゃなかったの?」『神の不在は俺のせいか?』などと、お得意の自虐ネタ満載の台詞に、修羅場でもつい笑ってしまいます。 そんなチャラ男な主人公が抱える、ぞっとするような孤独感。それをどう癒し、笑い飛ばせるかが、女性のキャラや度量にかかっていると思いました。 女優のナオミ・ワッツがインタビューで、ウディ・アレンの魅力を 「ものすごく優秀なのにバカにもなれるの」 と語っていますが、それは女性にも当てはまるのではないでしょうか。ウディ・アレン映画を愉しんで、男と女の溝をちょっぴり埋めてみませんか?
2015年12月01日大人になってくると、ちょっとした体の不調から忍び寄る “老い” におののいたり、いつもの自分らしさに 迷い が出て、とてもネガティブな気持ちになってしまうことがあるかもしれません。 「いまの衣・食・住も、自分の取る態度や発言も、このままでいいのかな?」そんなふうに思ったら、 “生きること” の根源 に語りかけてくれる本を読んで、 生きる勇気 を得ることをおすすめします。 まずは 体調 面。表面的な部分だけに惑わされず、それこそ10年後のいい状態を意識して、よりナチュラルに、より 本質的 に、自分の日常を見直したいもの。健康あってこそ地に足の着いた衣食住、ライフスタイルは、さらに美しく磨かれるに違いありません。 「冷えとり健康法」を生き方の根幹に置くと楽になれる ▼冷えとり健康法 マーマーマガジン別冊 body&soul 服部みれい(株式会社エムエム・ブックス) 知られてきたとはいえ、ご存じない方もいらっしゃるかもしれません。進藤義晴医師の名著「万病を治す冷えとり健康法」(農文協)が基本となった健康法で、大ざっぱにいうと、 頭寒足熱 をキープし、心臓への血流をよどみなく巡らせてデトックスする方法です。具体的には、足先のほうが体温が低いので、 シルク×コットンの靴下の重ね履き と 半身浴 で、冷えも毒も取る。 食べ過ぎない 、 自己本位な考え方をやめる 、などなど。 ゆる~くこのメンテナンスを始めてから7年目を迎えます。様々な健康法、美容法、エステなど一通り体験した後、地味でシンプルなこの方法に行き着きました。何より 精神的に安定 したのが嬉しいです。高いものを買い続けなくていい。何が正しいか基本を知っていると、過剰に不安を募らせなくていい。私が冷えとりを知るきっかけになった、マーマーマガジンから発刊された本書は、おしゃれで楽しい実践編。必ずお役に立つはずです。 「ホーム スイート ホーム」でライフスタイルを美しく彩る ▼ホームスイートホーム 暮らしを彩るかれんな物がたり 桐島かれん(アノニマ・スタジオ) 桐島かれん さんのお店、 ハウス・オブ・ロータス に最初に取材に伺った時、置いてある物だけでなく飾り方や楽しみ方が小粋で、その物にまわるストーリーが映画のワンシーンのように次から次へと浮かんできて、わくわくとエキサイティングな気持ちになったことを覚えています。生活を楽しむって、まさにこういうことなんだな、と。 それがそのまま本になり、かれんさんのピュアで気取らない言葉とともに、深くこちらに響いてくるのが本書です。パリの蚤の市で見つけたという古いバカラのショット・グラスも、花柄に惹かれたというチベットのキャビネットも、1950年代のデッドストックのビーズ刺繍のカーディガンも、みんな彼女の息吹とともに日常生活の中で生きていて、そこが素敵! ご主人の写真家、 上田義彦 さんの美しい写真が楽しめるのも眼福です。 基本にして最強のスタイリングバイブル 「『好き』を超えたら『似合う』がある」 ▼『好き』を超えたら『似合う』がある パーソナルスタイリストが教えるおしゃれリアルルール 政近準子(集英社) パーソナルスタイリスト として14年のキャリアを持ち、政治家やビジネスウーマン、専業主婦の方など、様々な職種、年齢の女性たちに絶大な人気を誇る、 政近準子 さんの新著。多くの女性が、ある年齢に差しかかると「何を着たらいいのかわからない」「着たい服がない」と惑う。そんなファッション迷子たちの窮状を、Q&A方式で具体的に救ってくれるのが本書です。イタい服装にならないよう、大人のおしゃれセンスを養いたいですね。 特にキレイスタイル読者に向けて、政近さんにインタビューをお願いしました。 ――アラフォー女性が、一番美しく見える着こなしについて教えてください。 「まず、 美しく『見える』服から、美しく『魅せる』服 、という意識に変えて欲しいなと思います。また、美しく見せようとするだけでは、自己満足に陥ることもあります。この差はちょっとしたことなのに、大きな人生の差を生むことでしょう」 ――それは大変! 『魅せる』といいますと? 「華やかで特別に思えるかもしれませんが、魅せる服装には、今日からできることがたくさんあります。なぜなら、新しい服が絶対必要ということではないからです。 意識を変えるだけで一歩前進 できるのです。ワードローブを整然とするだけで、最後に差がつく着こなしになりますよ。繊細さや気品が生まれ、たとえカジュアルな服装でもエレガンスが漂ってくると思います」 ――何を着るか、いつも迷ってしまうのですが…。 「購入する時に『とりあえず選ぶ』のではなく、『吟味し、選びきる』ことが大切です。これにはまた、自身のワードローブが把握できていないと、本当に何が必要で活用しきれるのかがわかりません。選びきるには、 現状にきちんと向き合うこと が重要です」 ――お洒落に魅せたい気持ちはあるのですけれど…。 「周囲と比べて張り合うのではなく、周囲と自分の違いは何か、その違いこそを心から受け入れ、もう 『ないものねだり』からは卒業 することです。それには、自分のかけがえのない持ち味を愛し、自分では欠点だと思っていたことにも目を向けてみてください。身の丈に合った、それでいて最高のパフォーマンスができることが大切です」 ――自己最高のパフォーマンスとは? 「わかりやすく言えば、 人生の質を上げるように、服装の質もできる範囲で上げる こと。高価なものにする、というだけのことではありません。同じ金額でも、その価値をどう自分で立証できるのか。こんなもんかなと、いつもと同じ自分に甘んじないこと。そうやって選び抜いた服は、あなたをきっと美しく輝かせるはずです」 いかがですか? 着ることはまさに生きること。決しておろそかにできません。本書には写真がないのですが、キレイスタイル読者のために特別にお願いして、目次にある二つの項目から写真つきでアドバイスをいただきました。 「ミニスカートって何歳まではけますか?」 と 「帽子のおしゃれ」 についてです。ぜひ参考になさってみてください。 Q.ミニスカートって何歳まではけますか? 左)大人のミニスカートは、シャープにクールなイメージで、あくまでも「格好よい」を目指すか、「エレガント」に徹するかの二択だそう。年齢の出やすい脚は、タイツやブーツでカバーし、シンプルな台形デザインで張りのある生地なら、すっきりシャープに。 中央)黒いチュール付きの台形ミニスカートでエレガントに。「甘いですが、黒でギャザーではないので、大人が履いてもいけます。インナーには、抜け感のあるロゴTを」。 右)「ツイードのスーツは、スカートがミニだとかえって若々しく履けますよ」。今期流行のカーディガンっぽい羽織を合わせて。 Q.帽子のおしゃれについて 左)「中折れ帽は、基本マニッシュなのでクールな物との相性は良いのですが、アラフォー女性には、ハードよりソフトな印象が加わったほうが良いでしょう。カラーも黒より茶かグレー、写真のように思い切って少し明るい色を被ると、顔が明るく優しい印象になります」。ファーと合わせてシックな着こなし。 中央) これからのパーティーシーズンにお薦めのクロッシェ。初心者も被りやすいそう。「クロッシェタイプは、ポイントになるデザインの位置をいろいろ変えてみると、似合う位置や新鮮な被り方を発見できます」。 右) ニットと中折れ帽。「よく、深く被らず後頭部に引っ掛けるようにしている人がいますが、若い人の流行の被り方ですね。大人は基本的に深めに被るほうが、洗練されて見えます」と、政近さん。
2015年11月24日ふと手に取った本からインスパイアされて、旅に出たくなることはありませんか? 表紙の色合いや佇まいが気になって、なんとなく手にしただけなのに、パラパラとページを繰り、写真や絵や行間から立ち昇る街の匂いやざわめきに触れた途端、一瞬にして心を奪われてしまうことが…。 いわゆるガイドブックとはひと味もふた味も違って、旅そのものへの憧憬をかきたて、心を自在に羽ばたかせてくれる魅力的な本を、3冊ご紹介しましょう。わざわざ休暇をとらなくても大丈夫。今すぐ旅立てますよ。さあ、行ってらっしゃい! 「北欧とコーヒー」が連れていってくれるお洒落な北欧巡り 表紙のきれいなブルーが目に留まり、書店で思わず手に取ったら、中身が濃くておもしろく手離せなくなりました。著者の 萩原健太郎 さんは、デンマークに留学経験もあるライター&フォトグラファー。北欧デザインに心惹かれたことが、出合いの発端だそうです。 「なぜ、ヨーロッパの辺境から、世界中の人々に愛されるデザインが生まれたのか。何度も北欧を訪れ、現地の人々と会話を重ね、自分なりに見えてきたものがあるが、まだ確信は持てていない。ただ、彼らが自分たちの生き方に誇りを持ち、幸せを感じながら暮らしていることはわかった。そして、彼らのかたわらには、いつも コーヒー があった」と、素敵な前書きにもあるように、本書はコーヒーで北欧を巡るユニークな切り口の本。 カフェ、雑貨、ムーミン…、一杯のコーヒーから見えてくる北欧のライフスタイルが楽しい! 感激したのは「フィンランド映画とコーヒー」という章。アキ・カウリスマキ監督の「街のあかり」やクラウス・ハロ監督の「ヤコブへの手紙」など、映画の中のコーヒーを飲むシーンから、彼らとコーヒーの関係を味わい深く描き、芳しい余韻を残します。 「台湾旅ノート」で満喫できるゆったりした時間が愛おしい ふんわりと優しい色合いのイラストに惹かれ、読み進むうちに、ああ、これは台湾の穏やかで優しい人々の印象と同じだなあ、と感じてなごみました。 旅するイラストレーター・おおのきよみ さんが描くイラストは、ナチュラルでたゆたうような時間が流れる台湾の温度や香りまでも活写。彼女の鮮烈で豊かな旅の記憶が、私たちを旅路へと誘います。 「旅行中はいつでもスケッチブックと一冊のノートを持ち歩く」というおおのさん。その時思ったことや会話の切れ端、お天気や食べたものをささっとメモ。 「スケッチブックとともに生まれるこの旅のノートは 私の旅そのものであり 、帰国後の自分に贈る 最高のお土産 でもある」と語る彼女が、2008年から2014年までの7年間、台湾各地を巡って書いた旅ノートとスケッチを再構成し、丁寧に編まれたのが本書です。 「行列のできる麺店」「また泊まりたいホテル」「思い出の食堂」「旅のお土産」といったお役立ち情報も満載ですが、大好きなのは「台湾色見本」という、街の壁や植物などのカラーサンプルを分類したページ。「感動した風景を持ち帰りたい」気持ちが色合いに特化されていて嬉しいです。「簡単な絵の描き方」が載ったページも。ぜひお試しを! 「インド ラージャスターンのカラフルな街」を読んで来年こそインドに行きたい 鮮やかな表紙を目にした瞬間、スパイスと果実が混ざったような香りが漂ってきた気がして、うっとり! 著者の 石竹由佳 さんは、イタリア留学でジュエリーを学び、帰国後はジュエラーの名店に勤務しますが、世界40カ国以上を旅するうちに、インドの伝統的で繊細なハンドクラフトに魅せられ、2013年、インドのジュエリーやテキスタイルを輸入販売する会社を設立した方。本書は、インドに日常的に通いつめる彼女の美意識の結集です。 インド北西部、ラージャスターン州。ピンクの街ジャイプル、青の街ジョードプル、黄金の街ジャイサルメール、白亜の街ウダイプルと、街ごとに色分けして描かれているのが美しく魅惑的。 石竹さんお気に入りのホテルやアーユルヴェーダでデトックスするクリニックなども、インドに精通する彼女ならではの親身なチョイスが素敵で、今すぐ訪れたくなります。そんな石竹さんにインドの魅力を伺ってみました。 「インドの人は、私が思うに世界で一番、 ホスピタリティに溢れてる 人々です。たくさん旅をしているとはいえ、ここまで深く海外の人と関わったのは、インドが初めて。1ヵ月滞在した後、またすぐに3週間行き、帰国したばかりなのに、また行きたくなる。ヨーロッパよりも刺激的。 インドではすべての神経が刺激されるんです。もちろん良い時も嫌な時もあるけれど、なにより 人が魅力 。人との結びつきが激しいのが魅力。人とふれあいながら、こんな人がいるのか! こういう人生もあるんだ(笑)! と思う瞬間が好きです。人と違っても批判しない。どんな人も受け容れる包容力がインドの魅力かな」 インドに呼ばれた人しかインドには行けない、と聞いたことがあって、自分は呼ばれてないと思ってましたが、この本を読んで、来年こそは…という気持ちが湧いてきました。 いかがでしたか? 人生も旅の楽しみ方も人それぞれですが、できるなら味わいつくしたいですよね。この3冊で、新たな旅立ちへと心を向けられますように…。
2015年11月13日たくさん旅をしている友人と、映画をたくさん観ている友人を、わたしは心からリスペクトしています。両者とも、世界の森羅万象に通じ、人間的に 達観 している人が多いと思うから。 映画好きな友人、それもハリウッド映画のみならず、フランスのヌーベルバーグなどにも造詣の深い友人を招いてのホームーパーティー …あなたなら、どんなBGMを選びますか? せっかくなら「おおっ!」と思わせて、映画談議に花を咲かせたいですよね。 ゴージャスなご馳走はなくとも、好きな 映画 の話題で盛り上がるほど楽しいことはありません。シンプルなお料理と映画気分を満喫できるひとときを、BGMで演出してはいかがでしょう。 今回は、映画通の友人もきっと満足するお薦めのCD3枚を、わたしの 定番ホムパ料理 とともにご紹介します。さあ、とびきり素敵な音楽を、ボナペティ! 前菜は、親しみのある “ジョルジュ・ドルリュー” で トリュフォー映画のヒロイン気分 わたしがよく作る簡単なオードブルは、柿かイチジクとゴルゴンゾーラチーズを、生ハムかスモークサーモンで包んだもの。数年前、ニューヨークのクラブで流行っている、という記事を読んだのですが、その話題を振るだけで、カンバセーションピースになりそう。早めに作って冷蔵庫に寝かせておき、客人が到着したらまず、これとサラダなど、冷たいものをサーブ。その間、お酒を準備したり料理の温めに入ると、会話がとぎれません。 そんなパーティーの始まりには、ジョルジュ・ドルリューのこの一枚がおすすめです。 ▼ジョルジュ・ドルリュー 「le cinema de Francois Truffaut musiques de Georges Delerue」 生涯に350曲以上の映画音楽を作曲し “映画界のモーツァルト” とも呼ばれる、フランスの ジョルジュ・ドルリュー 。フランソワ・トリュフォー監督の主要な映画音楽を担当し、名作 「突然炎のごとく」「恋のエチュード」「アメリカの夜」 など、映画は観ていなくても、どこかで聴いたことのある親しみやすい美しいメロディが印象的です。 前菜にぴったりの軽妙な味わいが、会話を生き生きと弾ませてくれるでしょう。 メイン料理にふさわしい ゴダール映画のオリジナル・サウンドトラック 前日から作っておけて便利なので、メインはスペアリブのブルーベリー風味。スペアリブを赤ワインとブルーベージャムに浸して、醤油とバルサミコ酢、お好みですりおろしニンニクを加え、一晩冷蔵庫へ。当日、2時間ほど弱火で煮込んだら出来上がりです。ブルーベリージャムの酸味が美味ですが、もちろんポピュラーなオレンジマーマレードでも。 ガツンと肉を食べると、なぜかフランス女優の力強さを思い出します。フランス映画で最も有名な ジャン=リュック・ゴダール 監督の 「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」「アルファヴィル」「軽蔑」 のサントラ集がこちら。 ▼ジャン=リュック・ゴダール 「ジャン=リュック・ゴダール作品集」 「気狂いピエロ」で主演した名女優 アンナ・カリーナ の意外に可愛い歌声が聴けるのが貴重です。ちなみに、「軽蔑」の作曲は ジョルジュ・ドルリュー 。ちょっぴり哀愁が加わって、どんどんお酒が進みそうです。 デザートでは、ミシェル・ルグランの洒脱な余韻を楽しんで デザートは、マカロンがお気に入り。フランボアーズ、ピスタチオ、カフェ、シトロン…、様々な色と味を堪能できるのが楽しくて、ついいろんな色を買ってしまいます。シャンパンやワインを飲み続けていてもいいし、気分を変えて、コーヒーや紅茶を丁寧に淹れてもいいですね。 そんな時、ジャズィな ミシェル・ルグラン が似合います。 ▼ミシェル・ルグラン「RCAイヤーズ」 フランス人の彼が、アメリカのレコード会社RCAに在籍していた時の曲を集めているので、「RCAYears」というタイトルなのですが、それこそ名画中の名画 「シェルブールの雨傘」「ロシュフォールの恋人たち」「華麗なる賭け」 などのテーマ曲が収められています。 賑やかだったり、しっとりしていたり、ドラマティックで洒落たBGMが、味わい深いひとときを、さらに忘れがたい余韻で満たしてくれることでしょう。
2015年11月02日しっとりと深い秋の気配が漂い始めた、今日この頃。柄にもなく、乙女な気分になったりしませんか? 枯葉を見ても、飛ぶ鳥を見ても、思わずため息が出てしまう。こんなにセンティメンタルなピュアな気持ちはまったく変わっていないのに、自分の年齢って、もう乙女じゃないんだなあ…なんて思うと、ますます寂しくなったりして。いえいえ、深まっていく人生においてこそ、ようやく感じられる豊穣な美しさがあるのです。 16~17世紀、ヨーロッパを席巻した「いびつな真珠」を意味するバロック芸術は、それまでのルネサンス様式の調和を破り、個性的でドラマティックな方向へ。若くて可愛いだけじゃ済まされない人生の深淵で、紆余曲折を経た感性を磨いてくれるもの。それがバロック音楽です。彷徨う心を整え、さらに浮き立たせてくれる名盤3枚をご紹介します。 朝、エレガントで軽妙なテレマン「パリ四重奏曲集」で 1日をスタート ドイツ生まれの ゲオルグ・フィリップ・テレマン (1681~1767)が1737年、ずっと憧れていたパリに旅行して作った、テレマンの作品中、最もフランスっぽい曲が、この 「パリ四重奏曲(カルテット)」 、通称「パリカル」。軽妙で洒脱な曲調が、特に、ふさぎがちな朝の気分を奮い立たせ、一日の明るいスタートを切らせてくれるでしょう。 フラウト・トラヴェルソという、フルートの前身の木管楽器を中心に、バロック・ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバという、チェロみたいに脚にはさんで弾くヴィオラ、チェンバロと、古楽器四種類による四重奏曲です。朝は、吹奏楽がお薦め! 吹奏楽器の息吹きが深呼吸するみたいに心身に酸素を送ってくれて、気分がリフレッシュします。 昼、コレッリの楽しげなバロック・ヴァイオリンで気持ちを整えて 午前中、職場でカリカリすることがあったら、ランチタイムの行き返り、コレッリのお世話になりましょう。 アルカンジェロ・コレッリ (1653~1713)はイタリアのボローニャ生まれ。彼が作曲した 「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集」 は、今の私たちからは、ちょっとだけ浮世離れして聴こえるかもしれませんが、とってもラブリー。 単純明瞭で美しい旋律は、緩急の変化がありながらバランス感覚に優れ、ぐちゃぐちゃにこんがらがったあなたの気持ちに秩序を与えてくれます。午後からはまた、いつもの快活なあなたに戻れますよ。古楽器の持つ、地に足の着いたアコースティックな柔らかさが、焦って動かないで、ゆったりと余裕を持って行動するよう仕向けてくれると思います。 夜、ラモーのチェンバロで思う存分、癒されましょう ああ、疲れた…と帰宅したら、BGMは ジャン=フィリップ・ラモー の 「クラブサン曲集」 をぜひご指名ください。 英語ではハープシコード、ドイツ語ではチェンバロ、フランス語ではクラブサン、一般的には チェンバロ と呼ばれる、ピアノの前身である鍵盤楽器は、典雅で優しい響きが魅力です。 フランス生まれのラモーのクラブサン曲を集めた、この「ジャン=フィリップ・ラモーの肖像」は、パリの古楽コンセルヴァトワールで学んだチェンバリスト、 崎川明子 さんによる演奏です。録音に使用された楽器は、18世紀のチェンバロ製作家、名匠 クリスティアン・ケロル が1776年に作り、2008年からシャルトル博物館に所蔵されている名器。歴史的な音色に生命が吹き込まれた名演に癒されて、秋の美しさを満喫してください。
2015年10月15日確定申告の職業欄に初めてスタイリストと記して、日本でフリーランススタイリストの第1号と登録された 高橋靖子 さんをご存じですか? デヴィッド・ボウイ 、 T・レックス 、 YMO 、 忌野清志郎 、 坂本龍一 、 布袋寅泰 らをスタイリングし、ハリソン・フォード、アーノルド・シュワルツェネッガー、吉永小百合、矢沢栄吉、北野武、山崎努らのCM衣装を担当し、40年以上のキャリアを誇る現在も現役バリバリの、 通称ヤッコさん を! 最近、彼女が上梓したエッセイ集「時をかけるヤッコさん」のトークショーを訪れると、そこここで「可愛い!」と声が挙がったり、2ショットを撮りたがる若い男性が列を作ったり。何でこんなに人気者なの? その秘密を知りたくて、彼女の著書を繰りながら、ヤッコさんご本人に自宅でインタビュー。彼女から、 一生可愛く生きる秘訣 を探ります。 70年代の原宿が生き生きと描かれた 自伝的エッセイ「表参道のヤッコさん」 それまで日本に存在しなかったスタイリストという職業を、自身のイマジネーションと心配りと遊び心を頼りに、模索しながら体現化していく様子がワクワクするような臨場感で描かれます。世界的なスターと仕事していても、道端の花に感動し、テレビの朝ドラに涙ぐんだりする感性は、昔も今もまったく変わっていません。ハードな現場もユーモアで和ませちゃうのがヤッコさん流ですが、それは彼女の 愛されキャラ あってこそ。 ―― 「可愛い」ってよくいわれませんか? 「最近、激しくいわれますね(笑)。どんどん解放されて精神的な余裕が出て、自分の可愛さに集中できるようになったのかな。普段はすごいシャイでも、もう、いいや! と思って自分流にエイヤッ! と出しちゃってる時、可愛いっていわれることが多いですね」 トークショーが大混雑し、後列の聴衆が伸びあがるのを見た瞬間、「後ろの人、私のビボーが届かなくてごめんね!」。それ以降、会場は和やかな雰囲気に包まれたのでした。 ―― 可愛い衣食住に囲まれてらっしゃいますが、それも可愛くなれる秘訣でしょうか? 「うちのカーテンが可愛い? もちろん可愛いものは大好きよ。お洋服も、その時その時で欲しいと思ってる可愛いものが常にあります。ただ、あんまりスタイリッシュなものって興味がないのね。だから、写真撮られる時、決めのポーズとかもしないの(笑)」 この品性がまさにヤッコさんらしさ。本書はそんな彼女の 美意識 に触発される一冊です。 「小さな食卓」でヤッコさんの美肌と若さを作る食事を知りたい ヤッコさんがいつものご飯を、春夏秋冬、様々なシーンで撮影し、何気ない日常がキラキラしている写真満載のエッセイ集。ご自宅では40年以上、 自然食品 を愛用している彼女ですが、これはダメ、あれはダメ、という修行僧みたいな食べ方は大嫌い。一人でも大勢でも食事のひとときを楽しみます。必ずメニューが決まっているのは、朝ご飯だとか。 「まず、生姜と梅干しが入ったほうじ茶。それから、アボカドとトマトを1個ずつのサラダに、ドレッシングは亜麻仁油と塩こうじ。トーストには、脳に良いというココナッツオイルを塗って、野菜とかチーズをのせます。自分で作ったルバーブのジャムの時も。白米には、アマランサスやキヌアとかの雑穀類、最近はチアシードを混ぜてます」 ピカピカのナチュラル美肌は、自然食品の影響も大きいようです。美容に関しては、意外にも、洗面所の棚に置かれていたのはエリクシールのローションと乳液だけ。「特別なことやってる? ってよく聞かれるけど、何もやってないの(笑)」。恥ずかしそうに、「これが持っている化粧品全部」と見せてくれたポーチの中身は、パウダーファンデと頬紅とクレ・ド・ポーの口紅がたった1本。 シンプルでナチュラルなのは、 食や生き方にも通じる ものが。本書で、ヤッコさんの美貌を作っている食事にぜひ触れてみてください。 ロックな交遊と人生がレイヤーする名著「時をかけるヤッコさん」 2015年7月に出版された近著は“70年代からの時間旅行”と銘打って、ミュージシャンたちとの刺激的で貴重な交遊が中心に描かれます。 同時に「好きなことをコツコツ」というヤッコさんの仕事に対する真摯な姿勢が重なり、スタイリストとして第一線を走り続けるには、創造力が豊かなのは当然ですが、 信頼される人間性、知性 も大事だなあ、と実感。気取らず謙虚で正直だけれど、お茶目。人との距離感の取り方が絶妙で、誠実でベタつかない。常に穏やかで周囲をくつろがせるヤッコさんの人気の秘密がわかります。 ―― 可愛さや若さや美しさって、まずは心の問題ではないでしょうか? 「そう思う。たとえば、若い人をよく励ましたり褒めたりするけれど、それを励みに努力し続ける人もいれば、褒められて、自分はすごいんだって勘違いしちゃう人もいる。その人次第ね。どういう気持ちでいるかで、内面も外見もすごく違ってくると思います」 ヤッコさんといると、年齢をまったく感じません。彼女は今、74歳ですが…。 「私ね、今でも何でもできると思っているのよ。もちろん、恋やセックスもね(笑)」 と、にっこり。40代でも、エッチするのが面倒臭いという人がいますが、彼女は全然そんなことはない、と微笑みます。そのあたりが、 若さと可愛さの秘訣 ではないでしょうか。 潔くポジティブに生きる姿勢に裏打ちされた可愛さ! この3冊で、レジェンド&エバーグリーンなヤッコさんの魅力に開眼して、あなたも一生可愛く生きてみませんか?
2015年10月13日ヴィヴィアン・マイヤー という写真家のことは、もちろんご存じありませんよね? 生涯で15万枚以上の作品を残しながら、一度も発表することなく、乳母や家政婦として働き、2007年、オークションで偶然ネガが発見されるまでは、その存在をまったく知られることなく、2009年に83歳でこの世を去った、変わり者の女性のことは。 彼女のネガを競り落とした青年が、写真の一部を ブログ にアップすると爆発的な人気が出て驚き、プリントを売って製作費を稼ぎながら、謎だった彼女を探す旅に出て、彼女を知る人々のインタビューも含め、 ドキュメンタリー で描いたのがこの映画。まさに、事実は小説よりも奇なり! 今まで、こんな不思議な魅力の映画は観たことがありません。 乳母だった彼女が死後、写真家として脚光を浴びるまでの旅路 その青年がシカゴ在住の監督、 ジョン・マルーフ です。歴史の資料としてシカゴの風景写真を探している時、地元のガラクタや中古家具を扱うオークションハウスで、古い 革張りの箱 に入った ネガ を落札。 撮影者は ヴィヴィアン・マイヤー とあるけれど、知らない名前で、検索してみても1件もヒットなし。初めてヒットしたのは、それから2年後、彼女がつい数日前に亡くなった、という死亡記事でした。 そこから、彼は生前のヴィヴィアンを知る人物を探し当てるのですが、その人はなんと「彼女は僕の ナニー(乳母) だった」と…。 乳母だった人が、なぜこんなに優れた写真を撮影できたのか? 彼の ヴィヴィアンを探す旅 が始まります。生涯独身だった彼女の晩年の生活を援助していたのは、かつて彼女が乳母を務めていた家族でした。 彼らのおかげで、さらに膨大なネガ、未現像フィルム、8mmや16mmの映像素材、カセットテープ、それどころか、ブラウス、コート、帽子、靴、レシートに書いたメモの類いまでを入手。そして、ジョンの旅はフランスにまで及びます。 20世紀最高のストリート写真家の謎めいた数奇な人生 彼女を知る人々は、口々に 「変り者」「秘密主義」「孤独な人だった」 と語りますが、彼女が写真を大量に遺していたことは誰も知りません。 フランス訛りから、フランス人だとも思われていたヴィヴィアン。彼女の両親は、彼女が幼い時に離婚しているのですが、ある時期、ヴィヴィアンは母親の母国であるフランスと行き来していたことが判明します。 ジョンが南フランスの村を訪ね、彼女が現像屋に「光沢でなくつや消しで」などと、プリントの指示を細かく出していたことを知り、発表するつもりがなかった写真を世に出してしまって悪かったかも… と懸念していた彼が勇気づけられるシーンは印象的でした。 プロの写真家たちから「彼女は真の写真家」「驚くべき洞察力」「発表していれば成功できたのに…」と評されるヴィヴィアンの写真。ニューヨーク、ロンドン、パリを始め、世界各地を巡回中の展覧会は、その美術館史上最高の動員となったり、全米での写真集の売り上げNO.1を記録したり。なぜ発表しなかったのか、謎は深まるばかりです。 引きこもって溜め込んだ新聞紙に埋もれて暮らした晩年 ザンバラ髪に男物のシャツとだぶだぶのコート、足元はアーミーブーツで、愛機 ローライフレックス を首から下げ、ファインダーを上から覗き込み、被写体に体当たりで撮影していたヴィヴィアン。 彼女が好んで撮るのは、スラム街の人々、泣いている子供、堵殺場など、人間の負の側面を思わせる写真。ただの浮浪者にしか見えない男の写真を購入した、俳優ティム・ロスの「最貧の姿の男なのに幸せそうなんだ」という言葉が刺さります。 ハッとさせられる視点や構図は、 ダイアン・アーバス や ブラッサイ を思わせますが、長く住まわせてもらっていた部屋には、美術関係の書籍はなく、足の踏み場もないほど新聞が堆積していたとか。 グロテスクで不条理な事件、人間の愚かさが露呈した事件に興味津々だったという彼女には、ジャーナリスティックな感性、作家のカポーティめいた好奇心があったのかもしれない、と思ったり。 アーティストとしてはアウトサイダーだったヴィヴィアンの人生が、ミステリアスなまま、心の奥底に沈殿して離れません。作品を公表していたら、20世紀の写真史を変えていたかもしれないヴィヴィアン・マイヤーを、この映画を観て、あなたも探す旅に出てみませんか? 「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」▼予告編 監督:ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル 出演:ヴィヴィン・マイヤー、ジョン・マルーフ、ティム・ロス 他 2015年10月10日(土) シアター・イメージ・フォーラムほか全国順次ロードショー
2015年09月29日ファッション雑誌を見始めた頃、日本の雑誌は「1ヶ月間着回しコーディネート術」とか「痩せて見えるパンツスタイル」といった実用的な記事が多いのに、外国雑誌は「不思議の国のアリスのお茶会に招かれて」「鳥の背中に乗って世界を巡る旅」といった ファンタジックな特集 が載っていてびっくり! 5キロ痩せて見える、5歳若く見えるハウツー記事も役立つけれど、もっと違う 美意識 のレッスンがあるんだなあ、と思ったものです。 そんな記事を載せる最たる雑誌が VOGUE でした。1892年、アメリカで創刊以来、世界各国で発売されているハイファッションの最先端、ファッショニスタ垂涎の雑誌。歴代の名物編集長は映画にもなっていて、セレブ並みの人気者に。そんな カリスマ編集長 の登場する映画を3本ご紹介しましょう。この秋のお洒落心に火が点くこと、間違いありません。 元フレンチ・ヴォーグ編集長 カリーヌ・ロワトフェルドの生き方が潔く美しい ▼マドモアゼルC ファッションに愛されたミューズ 監督:ファビアン・コンスタン 出演:カリーヌ・ロワトフェルド, スティーブン・ガン, カール・ラガーフェルド その美貌から18歳でモデルとしてのキャリアをスタート、20代で「ELLE」の編集者、スタイリストに転身し、40代でフランス版「VOGUE」の編集長に就任以来、2011年まで10年間務めた カリーヌ の顔は、どこかで見たことがある人が多いのではないでしょうか? 50代になってもスッと伸びた美脚にピンヒール。パリコレのフロントロー(最前列)の常連で、パパラッチされるスナップ写真では、爪先をやや内側に向けた立ち姿が有名でした。そんな彼女が、新雑誌「CR」を創刊するまでのドキュメンタリーがこの映画。「大勢が足を引っ張ろうとする」業界で、 「ファッションは夢の世界。ファンタジーは私の本質よ」 という姿勢からブレずに、苦心しながら夢を実現していく彼女の生き方が素敵です。 夫がいて2児の母。「仕事も夫も愛してる」と言いながら、世界中のデザイナーたちからミューズとあがめられるエレガントでセクシーなカリーヌの魅力は、 実は素直でピュアな人間性 。そこが伝わる映画です。「誰にでも敬意を払うのが素晴らしい。自分が特別で重要な存在だと感じさせてくれるの。だから、みんなが彼女に尽くしたくなる」とは、彼女のアシスタントの弁。「いつか飽きられるわ」とサラッと笑いながら、ハイヒールで歩き続けるカリーヌの姿は、私たちに 生きる勇気と美意識 を問い直させてくれるでしょう。 現アメリカン・ヴォーグ編集長 アナ・ウィンターはファッション界のリーダー ▼THE SEPTEMBER ISSUE ファッションが教えてくれること 監督:R.J.カトラー 出演:アナ・ウィンター, グレイス・コディントン, シエナ・ミラー ショーを見る間も外さない黒いサングラス、金髪のボブヘア、女性らしい色合いのヒザ下丈のワンピースかプリーツスカート…アメリカ版ヴォーグ編集長、 アナ・ウィンター も、常にスタイルが決まっている女性です。イギリス出身ですが、アメリカのハーパース・バザーやイギリス版ヴォーグでもキャリアを積み、1988年から現職。 映画「プラダを着た悪魔」 に登場する鬼編集長のモデルにもなった彼女は、同時に、3000億ドルのファッション産業で最も重要な人物、映画スターよりも注目の的、といわれています。 この映画は、アナを中心にニューヨークのヴォーグ編集部が、2007年、ファッション誌の新年号といわれる重要な9月号を出版する様子を描いたドキュメンタリー。アナの片腕のクリエイティブディレクター、グレイス・コディントンと写真をめぐって対立したり、シエナ・ミラーの表紙撮影では豪華なヨーロッパロケが組まれたり、締め切り5日前にグレイス担当の特集が撮り直しになったり、ハラハラドキドキで目が離せないおもしろさ! “氷の女” と呼ばれるほどクールで仕事第一のアナですが、映画内のインタビューで 「強みは決断力、弱みは子供たち」 と答える一面も。セレブ文化が世界的流行になることを予見し、ファッションも生き方の一部だと示し、30年近く編集長を務め続けるアナ。垣間見せる情熱的な笑顔が美しく、生き方にもインスパイアされます。それにしても現在、アナは60代、グレイスは70代で 現役バリバリ 。そこからして元気になれると思いませんか? 元アメリカン・ヴォーグ名物編集長 ダイアナ・ヴリーランドがぶっ飛んでる! ▼ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ 監督:リサ・インモルディーノ・ヴリーランド 出演:ダイアナ・ヴリーランド 真紅のドレスで赤いソファに横たわる真っ赤な部屋は、彼女のリビングルーム。そのDVDのカバーからして、ただならぬ異才を放っている ダイアナ・ヴリーランド は、1989年に亡くなるまでアメリカのファッション界に君臨した、まさにアイコン的存在です。キャリアのスタートは戦前。シャネルを着てセントレジス・ホテルで踊っていたら、ハーパース・バザーの編集長、カーメル・スノウから「お洒落ね。仕事しない?」とスカウト。ハーパース・バザーの黄金時代を築き、良妻賢母風で退屈だったファッションを一変させます。 ハーパース・バザーで25年間、ファッションエディターを務め、オードリー・ヘプバーン主演の 映画「パリの恋人」 に登場する編集長のモデルにも。1962年、ライバル誌ヴォーグへ。彼女自身が芸術品といわれるほどクリエイティブな企画で、エジプトロケやヒマラヤロケ、モデルを象と撮影したり、モデルに豹を演じさせたり、ミック・ジャガーを初めてファッション誌に起用したり、垢抜けない娘を女王に仕立てたり、ヌード撮影も…。信じられないほど 斬新でダイナミックな企画 は、未だに語り継がれるほど。 そんなダイアナが1983年、80歳の時、作家のジョージ・プリンプトンに回顧録を依頼した時のインタビュー映像を中心に、周囲の人々へのインタビューで構成されたのが、この貴重な映画です。「 自分で磨かなきゃダメよ。 肌もポーズも歩き方も、興味の対象も教養も」「新しい服を着ているだけではダメ! その服でいかに生きるかなの 」「人生は一度きりよ。 やりたいことをやらなきゃ 」と、彼女の力強い言葉が背中を押しまくります。人生で迷った時や落ち込んだ時に、間違いなく“活”を入れてくれる1本です。
2015年09月14日残暑とはいえ、あまりに暑かった日々を思うと、どう過ごしていたのやら、意識すら混濁していたような記憶しかありません。 リフレッシュ して秋を迎えるためにも、本当に必要なこと以外は無理して集中せず、まどろみのひとときを楽しみませんか? ふわ~っとした浮遊感のある 画集 や 写真集 が、そのひとときを魂レベルで究極の癒しにしてくれます。視覚から入る夢の扉を開けると、そこは天空で、天使たちが雲をつき飛ばしあったりして遊んでいて…。真夏の夜の夢ならぬ、夏の終わりの白日夢へようこそ! 画集「Silent Landscape」が誘う見果てぬ夢の先へ 黒坂麻衣 さんが描く鹿や馬、人や静物の絵画を、本の装丁や広告、ポストカードやハンカチなど、どこかで目にしたことがあるのではないでしょうか? 色彩が半透明の ヴェール に包まれているような、 ミルク が混ざったような、白っぽい淡い陰影。写実的なようで、どこにも無い幻想的な世界にも見える美しい絵は、心を穏やかに解き放ってくれます。 画集のページを繰っていくと、映画のワンシーンみたいな夢がどんどん降り積もっていくのです。こんな絵を描く人はどんな人なのだろう? 麻衣さんにお話を伺いました。 黒坂麻衣(くろさか・まい) 画家・イラストレーター。1986年青森生まれ。多摩美術大学卒業。2013年ADC賞入選。2014年JAGDA入選。2013年「Silent Landscape」(浅草橋天才算数塾刊)出版。島本理生著「匿名者のためのスピカ」(祥伝社)装画など。 ―― 絵は子どもの頃から描いていたのですか? 「一人で本を読んでいるような物静かな子どもだったんですが、小学校低学年の頃から、絵を描いていると友達が寄ってきてくれて、自分はあまりしゃべらないのに、絵がコミュニケーションツールになっていたんですね。絵が人とつないでくれるのが嬉しくて、今思うと、それで絵描きになったのかもしれません」 青森で生まれ、3歳から7、8歳頃までを北海道で暮らした麻衣さんは、 雪景色 から連想する 白 と グレー の色彩に魅了され、それが描く時の根底にあると語ります。 「自分の心がホッとする世界。たびたび思い出します。雪景色が恋しい。自分にとってはユートピアなのかな。昔見た風景に近いようなモチーフを自然と選んでたりしますね」 そのせいかピュアで清冽なだけでなく、胸がキュンとなる 郷愁 や 孤独感 がどの作品にも漂っていて、それが麻衣さんの絵の強烈な魅力になっています。学生時代からの愛読書 「カラマーゾフの兄弟」 に登場する、天使のようなアリョーシャに惹かれ、聖なる存在と俗なる存在の間で葛藤する姿に自身を重ねたことがある、と麻衣さん。彼女が、実は夢からすごくインスパイアされている、と伺って驚きました。 「私は 夢 に助けてもらってる気がする。 河合隼雄 さんの本で読んだのですが、起きている間は、建前でものを言わなきゃいけない世界だけれど、夜見る 夢で調節 してくれるのだとか。私、子供の時にさみしかったこととか傷ついたことが夢に出てくるんですね。すごくいい夢を見ることもあるし、夢に導いてもらったり、けっこう夢を信じています」 描くことでまず自分が癒されたい、という麻衣さんの祈りにも似た絵は、私たちをも癒し、 優しいまどろみ へと誘います。9月5日~27日、浅草HATCHIでアーティストの大塚咲さんと二人展が開催されるとか。生の絵画に触れる絶好の機会です。詳細はHPでご確認を。 写真集「幻夢」が連れて行ってくれる桃源郷の究極の癒し “一冊の本を売る店” というコンセプトで、2015年5月にオープンしたばかりの 森岡書店 銀座店での湯沢薫さんの個展 「幻夢」 を見た時の衝撃は忘れられません。初めて見る写真展なのに、 デジャヴ みたいな懐かしさと、自分を取り巻く空気が一瞬にして変容し、どこかへ連れ去られるような未知の刺激に、同時に襲われたのです。ドキドキしました。 湯沢薫(ゆざわ・かおり) アーティスト。1971年生まれ。18歳からファッションモデルとして活躍。1997年渡米し、San Francisco Art Instituteで、写真、装丁、実験映画を学ぶ。帰国後は国内外の展覧会に参加し、写真、立体、絵画、音楽など、様々な手法で制作活動をおこなっている。2015年「幻夢」(HeHe刊)出版。 学校に馴染めず、小・中学校とイジメられっ子で地獄を味わい、バレリーナを夢見ながらも、ファッションモデルとして活躍した後、サンフランシスコ・アート・インスティチュートに留学して、初めて自分の居場所を見つけたという薫さん。写真、絵画、立体、音楽と多才に活動する彼女が、最近、ファッションブランド ao とのコラボレーションで洋服をデザイン。洋服とともに作品が展示されたaoを訪れ、インタビューをお願いしました。 ―― サンフランシスコで、初めて自分らしい呼吸ができたんですね。 「そう! 学校ってこんなにおもしろいんだって初めて思えたの。先生もすっごい変で、特に実験映画の先生は光を好きなあまり、8ミリで覗いてるうちに興奮してきて椅子がクルクル回り出して、そのまま走ってどっかへ行っちゃったり(笑)。すごく自由。でも、作品へのクリティークは厳しいんだけど、そこで初めて受け容れられて。お前はアーティストなんだから、アーティストとして生きなさい、と言ってくれて」 それまでは、モデルゆえに「どうせ趣味なんでしょ」という先入観を持たれるから、普通の人の3倍がんばらないといけないと思っていたのが、渡米後はそういうバイアスがなくなったのだそう。「今でも、くじけそうになるとその時のことを思い出します」と薫さん。 彼女の写真の撮り方は “シャーマン” そのもの。心に降りてきたイメージ、目の前に漠然と現れた風景を探す旅に出て、同じ風景を見つけたら撮影。時には、夢中で撮影していて崖から落ちてしまったことも。「カメラを持ってると、サルみたいにどこでも登ってっちゃう。カメラを持ってると登れちゃうんです。撮り終わるとスイッチが切れて、気がついたらすごい上まで登っちゃってて、どうやって下りよう…みたいな(笑)」 そんな命がけの撮影も含め、5年ほどかけて編まれた写真集が 「幻夢」 。空想の世界で遊ぶことを教えてくれた亡き父の葬儀場のカーテンからスタートし、生と死の意味を探り、道に迷い、通り抜けると光が射し、花が咲き乱れ、霧が立ち込め、バレリーナの妖精が踊っていたり、目が覚めるとニュートラルな世界が広がり、別れてしまった恋人の面影が浮かんだり、最後は海で新しい旅立ちへ…と、ストーリーが展開していきます。 「人生いろいろあるけど、キレイごとばかりじゃない。でも、必ず 光 がある。いい未来が待ってるんだよ、っていうのが裏のメッセージ。かなり前向きです」と、薫さんは微笑みます。彼女の写真に触れて、空想の世界でまどろんでみませんか? 暑かったトンネルを抜ければ、そこはオアシス。新しい季節は、リフレッシュしたあなたのものです。 ・黒坂麻衣さん 公式サイト ・湯沢薫さん HeHe ※文中のイベントは2015年のものとなります。
2015年09月02日カンヌ映画祭グランプリ受賞作 「夏をゆく人々」 がいよいよ日本でも公開となりました。監督は、1981年イタリア生まれの女性監督、 アリーチェ・ロルヴァケル 。 「夏をゆく人々」は、心の奥底に分け入る 繊細 なみずみずしさと、 ダイナミック に場面を切り取る斬新なセンスで、私たちをまったく違ったイメージのイタリア体験に連れ出してくれる話題作です。 イタリア映画なのですが、ミラノのお洒落なモンテナポレアーネ通りも、ローマの美味しいピッツェリアも、フィレンツェの有名美術館も登場しません。 トスカーナ の田舎の村に暮らす、昔ながらの製法で蜂蜜を作る 養蜂一家の物語 。 ひと夏の 日常 が描かれただけなのに、どこか ノスタルジック で 人間味あふれる 展開にグイグイ惹きこまれていきます。 「自然養蜂」にこだわる頑固な父、ひと夏の家族の物語 寝る時はどんなに寒くても裸で寝る、という主義らしく、パンツ一丁で寝る父 ウルフガング (サム・ルーウィック)は、自然農法ならぬ 自然養蜂 にこだわるドイツ人。 なかなかの頑固親父で、優しいイタリア人のお母さん・アンジェリカ(アルバ・ロルヴァケル)は、たまに腹に据えかねて言い争うことも。4人姉妹と居候の女性ココを含む一家で、光と緑あふれる大地のもと、蜂蜜作りを営む日々。長女 ジェルソミーナ (マリア・アレクサンドラ・ルング)は13歳にしてその製法に精通し、父親の片腕的存在です。 映画の中で登場する、養蜂のプロセスに思わず目がクギ付けに。リアルな ミツバチの大群 の映像を、最初は「ひえ~っ」と思いながら観ていたのですが、ジェルソミーナの慣れた反応、家族のように接する愛情深い姿勢に、だんだん愛らしく大事な存在に思えてきたから、あら、不思議! 監督自身、ジェルソミーナと同様に、同郷で 養蜂家 の家に育ち、父親はドイツ人で母親はイタリア人、幼少時からミツバチが最も慣れ親しんだ生きものだったとか。 「ジェルソミーナ役のマリア・アレクサンドラ・ルングには、ハチに慣れてもらうため、多くの時間を費やしたわ。役柄になりきってもらうために、養蜂の仕事をマスターしてほしかった。何度かハチに刺されても、マリアはくじけずにがんばってくれたの」と監督。 ハチを手づかみはおろか、口の中から出して顔面を歩かせたりするシーンが! 撮影当時は11歳で、それまでは演じた経験が全くなかったという、彼女のプロ根性に脱帽です。 テレビ番組出演と非行少年の同居が、家族の変化の始まり ある日、この村に、お国自慢を紹介するテレビ番組「ふしぎの国」の撮影隊が訪れます。司会を務める ミリー(モニカ・ベルッチ) は妖精のように美しい女性。彼女に憧れたジェルソミーナは、番組に出演したくてたまりません。でも、仕事熱心だけれど頭の固い父親は猛反対。考えあぐねた末、彼女はこっそり応募してしまいます。 この一家にもうひとつ、14歳の非行少年・マルティンを、少年更生プランのプログラムで預かる、という事件が起こります。身体に触れられることを極端に恐れ、言葉を話さず、言葉の代わりに巧みな口笛を吹く彼は、カラヴァッジオ描く天使のようなお顔立ち。「ふしぎの国」に出演中、マルティンの美しい口笛に合わせて、ジェルソミーナが顔の上でミツバチを操る芸を見せるシーンが、とても印象的でした。 淡い胸騒ぎ も、 父親との軋轢 も、ジェルソミーナの ひと夏の体験 として鮮烈に過ぎ去っていきます。家族の生活臭いっぱいにあふれた家も、家族の在りようも、ずっと同じでは決してない。そんなせつなさが胸を締めつけるラストシーンが見事です。 心に鮮やかな刻印を残す。夏の思い出に、この映画を シャイで不器用でカッコ悪い、大人が勝手に思うほどにはキラキラしていない微妙な 思春期 を、ユニークな関係でありながらも、二人が絶妙なぎこちなさで演じ、胸が熱くなりました。下の双子の妹二人が、実際の姉妹というキャスティングだったり、母親のアンジェリカは、監督の実姉であったりと、要所要所が 家族の実感 を伴わせる リアリティ で下支えされ、この映画の等身大な魅力に結実させています。 2014年のカンヌ映画祭審査員には、 ソフィア・コッポラ と ジェーン・カンピオン という、それぞれ強烈な個性を持つ二人の 女性監督 が参加。異なるジャンルの作品を手がける二人ともがこの作品を評価したのは、 「“人間であること”に対する関心が共通していたからではないでしょうか」 と、ロルヴァケル監督は語ります。 一人の少女の成長記 であり、 一つの家族の物語 でもある 「夏をゆく人々」 。ジェルソミーナという名前がフェリーニの名画「道」のヒロインを思い出させたり、ミツバチの飼育、父と娘の葛藤というモチーフがビクトル・エリゼの傑作「ミツバチのささやき」を思い起こさせたりするものの、若い監督のアグレッシブなバワーに満ちたこの作品は、新たな名画の扉を開きました。 夏の思い出になるであろう名作、ぜひご覧になってみませんか? 『夏をゆく人々』 2015年8月22日(土)から岩波ホール等 全国ロードショー 監督・脚本:アリーチェ・ロルヴァケル 出演:マリア・アレクサンドラ・ルング、モニカ・ベルッチ 他 アリーチェ・ロルヴァケル 1981年12月29日 イタリア・フィレンツェ生まれ。ドイツ人の父とイタリア人の母を持つ。母親役として本作に出演のアルバ・ロルヴァケルは実姉。ドキュメンタリー作品等から映画製作をスタートし、2011年『天空のからだ』(イタリア映画祭 上映題)で長編映画デビュー。長編2作めの『夏をゆく人々』で2014年カンヌ国際映画祭グランプリを受賞という快挙を成し遂げた。 映画写真 © 2014 tempesta srl / AMKA Films Pro ductions / Pola Pandora GmbH / ZDF/ RSI Radiotelevisione svizzera SRG SSR idee Suiss
2015年08月31日夏本番。アクティブに動き回る休日も楽しいですが、時にはラテン諸国の人々のように、ゆったりとお昼寝を堪能してみませんか? 体力が回復するだけでなく、精神的にもリラックスできて、まるでヴァカンスをたっぷり満喫したかのよう。 たとえ30分でも1時間でも、 シエスタ はリフレッシュ効果抜群の美の泉です。 そんな時にぴったりの、静かで優しいBGMはいかが? 繊細で美しい音楽は、聴覚を通して全身を優しくマッサージするみたいに、さらに深く癒してくれるでしょう。それどころか、夢見心地の別世界へ連れて行ってくれるはず。お薦めのCDを3枚、ご紹介します。 古い修道院で録音された 清冽なギターとフルートが心身を浄化 ▼「エル・パソ・デル・ティエンポ」 ギジェルモ・リソット+パブロ・ヒメネス アルバムタイトルは、 「過ぎゆくひととき」 という意味。アルゼンチンのサンタフェ生まれで、現在はスペインのバルセロナに暮らし、世界各国で活躍するギタリスト、 ギジェルモ・リソット が、フルートのパブロ・ヒメネスと共演したデュオ作品です。 17世紀に建てられたカタルーニャ地方の 修道院で録音 され、 透明感のあるピュアな美しい響き が、文字通りゆったりと過ぎゆくひととき、最上のシエスタへと導いてくれます。 7月、ジャパンツアーで来日したギジェルモに、コメントをお願いしました。 「この音源は本当に特別なんです。音の流れが醸し出すイメージに、中世の修道院の雰囲気がぴったり封じ込められているでしょう? 今回のツアー中も感じたのですが、日本の女性って、感受性豊かでとても繊細ですよね。 僕は、音楽はみんなが自由にオープンに聴いて感じればいいと思っているけど、このアルバムは、まさに 繊細な日本女性にこそ深く理解してもらえる と信じています。僕にとって、日本女性は実に愛すべき存在なのです」 情熱的だけれど、気さくで優しいギジェ。彼の研ぎ澄まされた美意識と卓越したギターワークが冴え渡る、シエスタのみならず心を解き放ちたい時に聴きたい1枚です。 現代アルゼンチンのレジェンド カルロス・アギーレのピアノは癒しの極致 ▼「グルーポ」 カルロス・アギーレ こんなにも自然で優しい音楽があるでしょうか? アルゼンチンの首都ブエノスアイレスから遠く離れたエントレリオス州、パラナ河のほとりで音楽を作り続ける孤高のピアニスト、詩人、作曲家の カルロス・アギーレ 。 アルゼンチンの伝統音楽、タンゴやフォルクローレの影響もさることながら、隣国のブラジル音楽、ジャズ、クラシックをも含むめくるめく世界観が、彼独特の血潮のぬくもりが伝わるピアノの根底に流れています。 いわゆる商業主義とは一線を画し、決して押しつけてこないけれど、その高雅な佇まいに身を任せたら最後、本物の響きゆえにもう後戻りはできない…そんな思いにかられるほど、絶対値的な美しさに満ちた音楽。 驚くことに、ジャケットの水彩画も 一枚一枚手描き 、と聞けば、彼の類稀な個性の片鱗がうかがえることでしょう。風景が次々に浮かび、自然と一体化した音楽にどこまでも癒されます。昼寝しちゃうのがもったいないくらい、極上のひとときを紡いでくれる名盤。10月のジャパンツアーも楽しみです。 世界観が果てしなく広がり 心地よさに溶けてしまいそう♪ ▼「ダイアローグ」 藤本一馬 南米音楽、ジャズ、ヨーロッパの香り…このアルバムを聴いたなら、こなれた多彩さに日本人の作品とは思わないかもしれません。才気溢れるギタリスト、作曲家の 藤本一馬さん は、様々な音楽分野を縦横無尽に飛び回ります。中でも、2ndアルバム 「ダイアローグ」 は、いつ聴いても至福の時を与えてくれ、シエスタで世界中を旅する夢が見られそう。 中島ノブユキさん を始め、様々な音楽家のツアーやサポートなどでも多忙な一馬さんに、インタビューをお願いしました。 ―― 中島ノブユキさんが、ご自身の新譜「散りゆく花」のレコ発ライブで、「一馬さんのアフリカンなギターが衝撃的でした!」と言ってらしたのが印象的でした。パリっぽい印象の中島さんの曲にアフリカンなギター? どこまで多彩なんだろう、と。 「アリ・ファルカ・トゥーレみたいな感じに弾いてみてください、って言われたんです。砂漠のブルースマンと呼ばれた人ですけれど(笑)。アフリカのコラというハープみたいな楽器が好きだったり、民俗的なもの、プリミティブなものにはとても惹かれます」 ―― 旅はお好きですか? 「好きですね。ブラジルに1ヶ月くらい、アマゾン河のロッジに滞在したり、オーストラリアのエアーズ・ロックやアリゾナのグランド・キャニオンに行ったり。アリゾナは、飛行機を降り立った瞬間、見たことのない光景が広がっていておもしろかった。大自然で、人の手つかずのところがいいんです。大地のエネルギーを感じて、心洗われる感じ」 今年の初めは、ハワイのマウイ島で、普段はなかなか入れないハワイアンの聖地、ヘイアウを訪れたとか。「明らかに、他の場所とは違う“気”がありましたね。いや、決してそんなに霊感が強いほうじゃないんですけど(笑)」 「一人になって心を解放して、本当の自分がふわ~っと浮かびあがってくると、同時に自分の中で音が鳴り始めるんです。そしたら、曲を作ってみたいなって思う、子供みたいに…」と一馬さん。できるなら、なるべく今までに「聴いたことのない音楽を…」とも。 彼の音楽に身を委ねて、狂おしくも美しい別世界へ連れて行かれてみませんか? 8月17日には、渋谷・公園通りクラシックスで、ピアノの林正樹さん、サックスの橋詰亮督さんたちと、ニュープロジェクトのライブも。詳細はぜひ、彼の公式サイトでご確認ください。 お昼寝に心地いい音楽は、通常、聴いても最高です。ほんのわずかな迷いも、眠たい耳は許してくれませんから。この3枚で、夏のシエスタ美人に輝いてください。 ・ ギジェルモ・リソット「El paso del tiempo」 ギジェルモ・リソット 公式サイト ・ カルロス・アギーレ「grupo」 カルロス・アギーレ2015ジャパンツアー ・ 藤本一馬「Dialogues」 藤本一馬 公式サイト ※記事内の日付はすべて2015年のものとなります
2015年08月13日ギラギラ照りつける真夏の太陽を浴びると、身体の奥底からプリミティブなリズムが湧きあがってきて、本能のままに踊ってみたくなりませんか? えっ、紫外線は気になるし、ただでさえ夏は弱いのにとんでもない? いえいえ、エアコンの効いた涼しいお部屋でお楽しみください。 人間が本来、持っている“踊りたい!”という欲求を、余すところなく満たしてくれるダンスシーンが見事な映画たち。特に、狂おしいほど魅力的なラテンのステップが、これでもか!これでもか! と楽しめる マンボ、フラメンコ、タンゴ は、ダンスに興味がなくてもその 肉体美 に目がクギ付けに! お薦めの傑作映画を3本をご紹介します。 セクシー&官能的なダンスで、マンボの魅力に開眼 ▼「マンボ・キングス わが心のマリア」 監督:アーネ・グリムシャー 出演:アーマンド・アサンテ, アントニオ・バンデラス, キャシー・モリアーティ キューバからニューヨークへ、アメリカンドリームを夢見てやってきた歌手のセサール(アーマンド・アサンテ)と、作曲家でトランペッターのネスター(アントニオ・バンデラス)兄弟。彼らが、アメリカのショウビズ界でスターダムに上りつめる様子が、情熱的なラテンのリズムに乗って、スタイリッシュに描かれます。 1950年代、マンボ全盛期のニューヨークを背景に、アメリカの伝説的なコメディ番組「ルーシー・ショー」に二人が出演するシーンも。1992年製作で、これが英語圏の映画初出演となるアントニオ・バンデラスが、恋に悩む初々しくも激しい青年を好演。 “最高にセクシーで、狂おしいほど官能的” という謳い文句通り、圧巻なダンスシーンが見物です。 音楽好きにはたまらない、ラテンミュージックのトップスターたち、 セリア・クルーズ 、 ティト・プエンテ 、 リンダ・ロンシュタット 、 ロス・ロボス らが、なんと実際に登場! ノリノリで歌い踊るシーンからは、本場の熱気がムンムン伝わり、一緒にステージを囲んでいるような気持ちになることでしょう。思わず腰が動いちゃう1本です。 一流アーティストたちが華麗なる共演を果たした 鳥肌もののドキュメンタリー ▼「フラメンコ・フラメンコ」 監督:カルロス・サウラ 出演:パコ・デ・ルシア, サラ・バラス, マノロ・サンルーカル, ホセ・メルセー, ミゲル・ポペダ 「血の婚礼」「カルメン」「恋は魔術師」のフラメンコ3部作が有名なスペインの巨匠 カルロス・サウラ 監督と、アカデミー賞撮影賞に輝く“光の魔術師” ヴィットリオ・ストローラ が、スペインを代表する一流アーティストたちを ドキュメンタリー で描いた傑作。 フラメンコはともかく、ダンスシーンを延々見せられるのはちょっと…という方、ご心配なく! 1曲ずつ独立した21幕で構成され、ダンサーと歌手とバンド、ダンサーとギタリスト、ピアニスト2人、群舞など、それぞれが個性豊かに登場するオムニバス的な演出。美術館で個々の展示室を巡るように優雅に鑑賞でき、決して暑苦しくありません。 フラメンコ界の“神”と称される、ギターの パコ・デ・ルシア を始めとするマエストロたちと、新世代の豪華なダンサーたちの 華麗な競演は鳥肌もの 。ダイナミックなダンスを最高に美しく見せる美術や衣装も秀逸で、本国スペインで “最高の芸術作品” と讃えられた本作。スペインに次ぐフラメンコ人口を誇る日本でも、きっとロングセラーになるはず。 見事なダンスシーンと望郷のせつなさ… 踊ることは生きること ▼「タンゴ ガルデルの亡命」 監督:フェルナンド・E・ソラナス 出演:マリー・ラフォレ, フィリップ・レオタール 1976年の軍事クーデターで、誘拐、拷問、虐殺が日常化したアルゼンチンから、パリに亡命した女優のマリアナ(マリー・ラフォレ)は、同じく亡命してきたバンドネオン奏者や仲間たちと、音楽劇「ガルデルの亡命」を上演しようと腐心中。ところが、官憲の眼を盗んで祖国から送られてくるはずの台本の結末が、いつまでたっても届かなくて…。 ガルデルとは、不世出のタンゴ歌手、 カルロス・ガルデル のこと。人気の絶頂期にあった1935年、アメリカから故郷ブエノスアイレスへ帰る途中、飛行機事故で早逝。この映画では、彼の録音した2曲の音源が使われ、アルゼンチン人の漂白の悲しみが伝わります。本作で新しい音楽を担当したタンゴの革命児、 アストル・ピアソラ は、試写でガルデルの歌を聴いて泣き出してしまったとか。 音楽劇のリハーサルが進行していくストーリーで、見事なダンスシーンが続き、まるでミュージカルのような展開にワクワクしっぱなし。とはいえ、電話線だけでかろうじて祖国と繋がっている人たちのせつない思いも胸に迫って…。 同じく亡命を体験しているフェルナンド・E・ソラナス監督が、望郷の念、愛、明日への希望をユーモアと詩情を散りばめて描き、数々の 映画賞 を総なめにした1985年の傑作。ぜひご堪能ください。 美しいだけでなく、 生きることと踊ることが一体化 した“命のダンス”は、人生を浄化してくれる清流のように、私たちを癒し昂揚させてくれるでしょう。人間ってすごいな! そんな人間賛歌を感じるダンスで、心身を思う存分リフレッシュさせてください。 ・ 「マンボ・キングス」 ・ 「フラメンコ・フラメンコ」 ・ 「タンゴ ガルデルの亡命」
2015年07月31日フリーダ・カーロという画家を知っていますか? 1907年メキシコ生まれ。6歳の時に小児マヒを患って右足は短いまま、18歳で電車とバスの衝突事故に遭い、バスの折れた鉄柱が下腹部を貫通。脊椎、鎖骨、右足、骨盤の骨折で一時は医者にも見放され、生還しても47歳で亡くなるまで後遺症に苦しみ、それでも情熱的に描き続けたフリーダのことを。 死後50年を経て、フリーダ・カーロ博物館からの依頼で彼女の遺品を撮影することになったのが、原爆で亡くなった人々の衣服を撮影した写真集「ひろしま」などで著名な世界的写真家、石内都さんでした。 石内さんをテーマに映画を撮りたいと念願していた小谷忠典監督が、メキシコで石内さんに同行してカメラを回し、さらにメキシコの歴史や文化にも分け入って撮影した映画が、この魅力的で貴重な「フリーダ・カーロの遺品」です。 遺品なのに、まるでフリーダが生きているかのよう! 偉大な画家というより、一人の女性としてフリーダを甦らせた石内さんは、普遍的な“女の人生”を私たちに突きつけます。女性として芸術家として、共通点を持つこの二人を、生と死の境を越えて活写した小谷監督にお話を伺いました。 自分の傷に気づかせてくれた石内さんをテーマに、映画を撮りたい 学生の頃から石内さんのファンで、いつか彼女の映画を撮りたいと思っていた小谷監督がインスパイアされたのが、石内さんが身体の傷を撮った写真集「scars」でした。 「10年位前、結婚したいと思ったバツイチの女性に子どもがいて、その子の父親になりたいと思った時、引っかかるものがあったんです。それが何かはわからなかったけれど、石内さんの写真を見た時、自分の傷に気づかされて。自分には、父親がアルコール依存症という問題がずっとあったのですが、そのことと向き合わないと進めないんだなと」 父親の理想像を追い求め、実際の父親とぶつかっていた自分が、石内さんの写真を見たことによって理想が崩れ、父親を一人の人間として受け容れられるようになったとか。その変化は非常に大きく、後に小谷監督は、自身の家族を撮った映画「LINE」のパンフレットで石内さんにコメントを依頼します。今回、彼女をテーマに映画を撮りたいと連絡した時は、たまたま石内さんがメキシコに旅立つ2週間前だったとか。 「まさか、メキシコへ行ってフリーダを撮ることになるとは、全然思ってなかったです。こんなすごいプロジェクトを見過ごすわけにはいかないでしょう! とプロデューサーを説得し、石内さんの到着した2、3日後、どうにかメキシコに降り立ちました」 フリーダ個人の奥にあるメキシコの歴史や文化を投影 青く塗られた壁が印象的な、通称“青い家”。フリーダ・カーロの生家であり、夫の画家ディエゴ・リベラと結婚生活を送り、最期の時を迎えた場所、フリーダ・カーロ博物館の陽光の当たる中庭や、風通しのよさそうな明るい室内で、石内さんが撮影しています。 何万点もある遺品の中から、即決で選び、撮らないものは「アディオース!」と除けていく姿勢の軽々と楽しげなこと。そのキュレーションの見事なこと。 「石内さんも、最初はフリーダ個人を捉えていたんですけれど、遺されたものの中にある色彩とか質感、ディテールから、フリーダ個人より、もっと奥にあるメキシコの歴史とか文化に、どんどん着眼されていったんです。ただの記録では映画にする意味がないので、そういった石内さんの目には見えない仕事も可視化するというか、映像で伝えたいなあという思いがあったので、翌年、もう一度メキシコを訪れたんです」 フリーダの母親の出身地オアハカで死者の祭りを撮影し、フリーダが日常的に愛用した伝統衣装テワナドレスを作る刺繍家の女性たちを取材するなど、映像に民俗色豊かな色彩感と文化の奥行が加わりました。テワナドレスは母から子へと受け継がれるとか。女性の手仕事も脈々と受け継がれ、「着物と同じね」と石内さんが撮影中に共感するシーンも。 フリーダの強さは日常をちゃんと送っている生命力の強さ 「フリーダは衣装持ちですが、その中でもテワナドレスは圧倒的に多い。痛みをあれだけ抱えた人だったので、衣装に守られているという感覚があったんじゃないでしょうか」 1937年ヴォーグに載った時に着ていたグリーンのブラウスが、お洒落で驚きました。 「自分をアピールするために、戦略的だったとは思うんですけれど、それだけじゃなく本当に大事にしていたんでしょうね。ただ、彼女はセルフプロデュースが本当に上手い人だと思います。本人は身長150cm足らずなのに、あれだけ大きく見せるというか、強く見せるというのは、衣装の力が大きいと思いますね」 フリーダは、洗練された独自の感覚でテワナドレスを注文していたので、現地の刺繍家たちからは、あれは伝統本来のものではない、と言われているようです。 「センスいいですよね。石内さんも着物を着崩して着るんですけれど、本当にかっこいいと思います」 石内さんが淡々と撮影した写真は、光や風と柔らかく重なり合って、まるで家族の遺品をファミリーで見ているような親密な日常感に繋がってくるから不思議です。 「石内さんもおっしゃってましたが、フリーダはいろいろセンセーショナルな物語を抱えていましたけれど、彼女の強さはそういうものじゃなく、あれだけの障害を抱えながら、ちゃんと日常生活を送っていた強さだと。映画でも、フリーダの日常の生命力を描きたいと思っていました。彼女は衝撃的な絵を描いていますが、タッチとか見るとすごく繊細で可愛らしかったりするんですよね。実物を見ると、よりそれは感じました」 そんなフリーダの遺品を、あちらのスタッフが「こんなところで撮るの?」と驚くほど、石内さんはカジュアルに撮影していたとか。「ものを撮ってる感覚ではなく、身体としてものを撮れる人だから、フリーダ像を一回とっぱらって、もう一回、普遍的な女性というものを立ち上げるんだという意識は、最初から持っていたと思うんです」と小谷監督。 撮影中も、「フリーダ、そうだったの」と話しかけながら撮影していたという石内さん。メキシコに行く前から話しかけていたそう。「フリーダ、呼んでくれてありがとう」と。そんな女性二人の息吹が伝わってくる「フリーダ・カーロの遺品」、自分に投影して観てみませんか? きっと新しい発見があり、生きる勇気が湧いてくるはずです。 ドキュメンタリー映画 『フリーダ・カーロの遺品 ― 石内都、織るように』 2015年8月からシアターイメージフォーラムほか 全国順次公開 監督・撮影:小谷忠典 出演:石内都 予告編: 小谷忠典(こたに・ただすけ) 1977年大阪出身。絵画を専攻していた芸術大学を卒業後、ビュジュアルアーツ専門学校大阪に入学し、映画製作を学ぶ。『子守唄』(2002)が京都国際学生映画祭にて準グラン プリを受賞。『いいこ。』(2005)が第28回ぴあフィルムフェスティバルにて招待上映。初劇場公開作品『LINE』(2008)から、フィクションやドキュメンタリーの境界にとらわれない、意欲的な作品を製作している。 最新作『ドキュメンタリー映画100万回生きたねこ』(2012)では国内での劇場公開だけでなく、第17回釜山国際映画祭でプレミア上映後、第30回トリノ国際映画祭、 第9回ドバイ国際映画祭、第15回ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭、サラヤ国際ドキュメンタリー映画祭、ハンブルグ映画祭等、ヨーロッパを中心とした海外映画祭で多数招待された。 映画写真 ©ノンデライコ2015
2015年07月24日