エド・シーランの両親がやっていた3つのこと。「才能を見抜く」より前にあったもの
「この子の得意なこと、なんだろう」
習い事をいくつか試してみた。興味がありそうな図鑑も買ってみた。それでも、これだ、と言える手応えがない。まわりには何かに秀でた子がいるように見えて、見つけてあげられていないのは自分の目が節穴だからではないか。そんなふうに思う日がある。
エド・シーランの両親の話をさせてください。世界中で大人気となったミュージシャンの親です。ただし、両親は息子の音楽の才能を見抜いていません。
それでも彼らは、息子が世に出るまでの年月を、ずっと隣で過ごしていました。
じつは、子どもの才能を見抜くより前に、両親がやっていたことが3つあります。そのどれもが、音楽の専門的知識がない家庭でも、そのまま実践できることです。
展示された「オールF」の手紙
2019年、イギリスのイプスウィッチにあるクライストチャーチ・マンションで、ひとつの展覧会が開かれました。タイトルは「Ed Sheeran: Made in Suffolk」。企画したのは、父のジョン・シーランです。
展示物のなかに、1通の手紙があります。それは、エド・シーランが18歳で入学した音楽学校から届いた、成績が全科目Fを知らせる通知でした。
その理由は、入学して3週間で彼が通うのをやめ、そのままライブの仕事に出てしまったからです。結局、学校が彼に残したのは、才能の証明ではなく、落第の通知でした。
そうした、息子がつまずいた記録を、父親が自分の手で選んで街の美術館の壁に掛けたのです。
エド・シーランの父は40年以上を美術館のキュレーターと講師として過ごした人。母のイモジェンは、文化広報からジュエリーデザイナーに転身した人です。ふたりとも絵の見方には詳しくても、音楽の専門家では知りませんでした。
その両親が、子どものそばで何をしていたのか、ここからが本題です。
エド・シーラン豆知識
幼いころから地元の教会の聖歌隊で歌い、学校のオーケストラではチェロを担当。
13歳のころの学校の記録には「生まれながらのパフォーマー」と書かれていました。14歳ではじめて開いたライブの曲数は、40曲。高校の卒業時には「将来有名になりそうな人」に選ばれています。
1.本物を、暮らしのなかに置いた
シーラン家には、芸術が日常にありました。父は美術館で働き、母もギャラリーで働いていました。そして父は、ライブがあると車を出して、息子を何度も会場まで運んでいます。
9歳のとき、家に1枚のアルバムが届きました。叔父が「エミネムは次のボブ・ディランだ」と父に伝え、父は中身をよく確かめないまま息子に渡したのです。
当時のエド・シーランには吃音があり、言語療法に通っていました。そのアルバムを繰り返しラップしたことが、吃音を抜けるきっかけになったと本人が語っています。
こう聞くと、「そもそも親が美術館とギャラリー勤めなんだから、環境が特別じゃないか」と思われるかもしれません。たしかにそのとおりです。ただ、シーラン家がやったことの中身を見ると、専門知識はほとんど使われていません。目利きの仕事ではなく、体験との接点をつくる仕事です。そしてこれなら、文化系でない家庭でも、意識しだいで少しずつ取り入れられるのではないでしょうか。
ここでいう本物は、高価なものという意味ではありません。
プロがつくったものという意味です。図書館で借りた画集でも、市民ホールの千円のコンサートでも、無料開放日の博物館でも同じことです。子どもがそれを気に入るかどうかは、誰にも分かりません。親が先に価値を見極めておく必要はない、ということをシーラン家の実例が教えてくれます。
研究でわかっていること
アメリカの美術館で行なわれた大規模な実験では、学校の遠足で美術館を訪れた子どもたちは、訪れなかった子どもたちにくらべて、その後も自分から文化施設に足を運びたいと考える割合が高くなりました。(米アーカンソー大学、ブライアン・キシダ上級研究員ら)*1
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2.本人が決めたことを、止めなかった
16歳で学校を辞めてロンドンに出た彼が、18歳で入った音楽学校からも離れることになった直接のきっかけは、前述した、当時売れていたミュージシャンから届いた前座の誘いでした。
彼は両親に電話をかけました。
学校を辞めることになっても行く、と。エド・シーランの父はのちに、こう書いています。私たちはどちらも驚かなかった。息子は恐れを知らない直感を育てているところだった、と。
止めなかった、というより、驚かなかった。そこが違います。反対しなかった親ではなく、その決断を予想できるくらい日ごろから息子を見ていた親だった、ということです。
もちろん、幼い子どもに進路の決断はありません。
幼稚園や小学校低学年での自己決定は、もっと小さなものです。今日はどっちの靴下を履くか。公園までどの道を通るか。おやつを先に食べるか、あとにするか。どれも結果に大差はなく、だからこそ子どもに渡しやすい種類の決定です。
渡したあとに「そっちじゃないほうがよかったのに」と言わずにいられるかどうか。支えるというのは、その我慢のことでもあります。
研究でわかっていること
36本の研究をまとめた分析では、親が子どもの自己決定を支える関わり方をしている家庭ほど、子どもの学業や意欲、心理的な健康との間に前向きな関連が見られました。もっとも強く関連していたのは、成績ではなく心理的な健康です。しかも関連は、父母のどちらか一方だけではなく、両方が支えている場合に強く出ていました。(米テキサス大学オースティン校、アリアナ・バスケス研究員ら)*2
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3.うまくいっていない時期のものも、取っておいた
両親は、息子のものを捨てませんでした。14歳ではじめて立ったステージの、3ポンドのチケット。40曲が並んだそのときのセットリスト。学校の演劇の写真。ノートの落書き。そして、あのFの手紙です。
展覧会は、成功した部分だけを並べていません。うまくいかなかった時期の紙も、同じ壁に掛かっています。過去がまるごと残っていたから、あとからひとつの物語として語り直すことができました。ちなみに両親は、息子がまだ無名だったころ、会場の外でグッズを売っていたそうです。売れているから応援したのではなく、売れていない時期を一緒に過ごしていたのです。
もっとも、ここは「こんなケースもあるのですね」と眺めるくらいでよい部分かもしれません。思わしくない結果が書かれた紙をずっと残しておく家庭は、珍しいものです。実際に残すなら、評価のついた紙より、プロセスが見えるノートがオススメです。将来、「これ、こんなに練習してたんだね」と言えるものがポイントです。
研究でわかっていること
9歳から12歳の子どもがいる家庭が、昔のできごとを語り合う会話を分析した研究があります。家族それぞれの見方を持ち寄り、ひとつの話としてまとめていく家庭の子どもは、自尊感情が高い傾向が見られました。とくに女の子で、その傾向がはっきりしていました。(米エモリー大学、ロビン・フィヴァッシュ教授ら)*3
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「好き」の答えを、急がなくていい
「うちの子、これが好きみたい」と気づいた瞬間、親のなかで何かが動きます。伸ばしてあげたほうがいいのかな。習い事を探そうかな。それとも、しばらく様子を見ようかな。好きを見つけたとたん、私たちはその先を考えはじめます。これは、子どもを大切に思うからこそです。
しかし、エド・シーランの両親がしなかったのは、この先回りです。
本人が気に入るかどうか分からないまま、本物にふれる環境をつくった。気にいるかどうか分からないまま、本人の決断に任せた。この先どうなるか分からないまま、うまくいかない時期を一緒に過ごした。
***
もしも今日、子どもが何かに夢中になっている姿を見かけたら、「それ、どこが好きなの?」と聞いてみるのもよいかもしれません。答えを急ぐ必要はありません。得意なことがまだ見つからなくても、隣で一緒に過ごしている時間そのものが、すでに子どもの土台になっているのではないでしょうか。
FAQ(よくある質問)
Q. 芸術に詳しくない家庭でも、意味はありますか。
A. あります。紹介した実験で効果が大きかったのは、むしろ家庭にそうした機会が少なかった子どもたちでした。親が詳しいかどうかは条件に入っていません。無料や低額の施設でも、本物に触れる時間として同じように働きます。
Q. 子どもが「学校を辞めたい」と言い出したら、止めなくていいのでしょうか。
A. 聞くことと、ひとりで抱えることは別です。エド・シーランの両親も、電話のあとに本人と話し合っています。まずは遮らずに理由を最後まで聞いてください。そのうえで、スクールカウンセラー、自治体の相談窓口など、判断を親だけで全部を背負わないこともポイントです。
Q. 作品を取っておく場所がありません。
A. 家の広さも暮らし方も家庭ごとに違うので、手放すこと自体に問題はありません。研究で関係していたのは保管量ではなく、家族で過去を語り合えることでした。
(参考)
*1 Kisida, B., Greene, J. P., & Bowen, D. H. (2014)|Creating cultural consumers: The dynamics of cultural capital acquisition. Sociology of Education, 87(4), 281-295.
*2 Vasquez, A. C., Patall, E. A., Fong, C. J., Corrigan, A. S., & Pine, L. (2016)|Parent autonomy support, academic achievement, and psychosocial functioning: A meta-analysis of research. Educational Psychology Review, 28(3), 605-644.
*3 Bohanek, J. G., Marin, K. A., Fivush, R., & Duke, M. P. (2006)|Family narrative interaction and children’s sense of self. Family Process, 45(1), 39-54.
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