デザートを待つ4歳児の言葉に「どこで習ったの?」日本人の感性から生まれた言葉に『世界の見方が変わる』
吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
言葉という内面の世界
4歳になる姪の息子ちゃんのTくん、レストランでデザートが楽しみでならない様子。
「もう、待ちきれないよー」と。
楽しみで仕方ないという気持ちを「待ちきれない」と表現したのです。
そして食事が終わり外に出るとちょっと顔をしかめて、「むし暑いね…」と。
ただ「暑い」でない、「むし暑い」。
4歳の子どもが、微妙な感情、感覚の違いをこんなふうに表現できるのか…と感心しました。
「そんなことは滅多にないね」
「確かにそう思うよー」
と、微妙さを表す語彙がまた増えてきました。おもしろいのは、使い方が的確であるということです。
こんな言葉どこで習ったの??という言葉を子どもは時々発したりするものです。
大人が話しているのを聞いていて、意識せずとも言葉が入ってくる。
大人の真似をするということもあるでしょう。
微妙な感情や感覚を表現するTくんの内的世界の豊かさを感じずにはいられません。
言葉は環境によって育まれるものなのかもしれません。
おしゃべりをすることも、子どもに考えさせることも、感じたことを表現してみることも、本を読むことも、自然に触れることも豊かな情操を育むことなのですね。
改めて、その大切さを思いました。
さて、大人たちはどうでしょうか。
私たちが日頃話している言葉は、それぞれの内的世界の豊かさを物語っているでしょうか。
言葉は大切である、よく言われている中、本当にそう思っている人が多くいるのかと、疑問を持つことがあります。
日本語にこめられている情緒や精神性を知らずに、単なる伝達手段として扱っていないか。たとえば、木の葉を通して光が差し込む。
その光が道に影を作り、風が吹くたびに揺れている、この光を「こもれび」と言います。
英語ではLight that comes through the leaves (of a tree)でしょうか。
その光の説明ではなく、いにしえの先人たちはそれを「こもれび」という言葉にしました。
美しいですよね。そんな日本語の美しさと共に、私たちは日常を送っているのです。
日本語の豊かさや奥深さを知り、味わってみる。
すると自然とその精神性を大切にしたくなるでしょう。それが文化なのだと思います。
Tくんが外に出て思わず口にした「むし暑い」を英語にするとhumid、他にもニュアンスを違えての表現があります。
きっとそこには日本人にはわからない感覚の違いがあると思います。
「むしむしする」という感覚、この日本語特有のオノマトペが、感覚、様子、五感を実に生き生きと表します。
オノマトペも、日本語の豊かさ、日本人の感性から生まれた言葉たちです。
感じたこと、思ったことを言葉にしていく。味わってみる。
言葉の豊かさ、表現の豊かさは、内面世界の豊かさにつながる。
すると世界の見方が変わってくるのではないでしょうか。
Tくんの言葉に感心しつつ、そんなことを改めて思いました。
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
※記事中の写真はすべてイメージ
[文/吉元由美構成/grape編集部]