子豚ちゃんと時計の長針【彼氏の顔が覚えられません 第12話】

「比べちゃだめでしょ」。まぁ、そうだね、脳内ユイ。

で、その後だ。二人で浅草線に乗って、浅草寺まで行って。正月三が日だから人多いだろうなぁとある程度覚悟してたけど、実際着いてみたらぜんぜん足りないどころじゃないってくらいの人の多さで。

「わー、これ、お賽銭箱にたどり着くまでに何分かかんだ…?」

「“分”、じゃないよ。2時間くらいかかっちゃうよこれ」

「まじか! ディズニーランドのアトラクションかよ!」

って言い合いながら、大勢が並ぶ列に加わって。こんな場所、一人だったらきてないだろうって思った。
絶対気分悪くなるし、一生トラウマになるって感じだったけど、はぐれないようにカズヤの腕にぎゅっとしがみついていたら、二人の距離もぐっと近くなって。優しいカズヤのにおいも、どんどん香ってきて。

なんだか、カズヤのにおいがフレグランスみたいになって、心地よさを保っていたような気がする。

で、ほんとに2時間くらいかけてお参りを終え、出てくるとき。「あれー、イズミとカズヤじゃーん」って声が聞こえて。見ると、雷門の柱に女性が立っていて。どっかで聞いたことあるような声って気がしたけど、さっぱり思い出せなくて。

「だれ?」

ただ、カズヤもそう言った。
女性は、「えっ、ひどーい、覚えてないの? スペイン語のクラス、いっしょでしょー! マナミよ、シノザキマナミ」なんて言う。マナミ。それで思い出した。ユイの友達だ。

で、そっからだ。デートプランが吹き飛んだのは。「ねー、ふたり、デート? いいなぁ。私、ひとりできたのに。
うらやましー。ねぇ、よかったらさぁ、一緒にゴハン食べに行こうよ。ちょっと、二人に相談したいこととかあるしさぁ。時間、そんなに取らないから」なんてありえない頼みだったのに、カズヤってば、「べつにいいけど、相談って?」なんて言って。

時刻は、夜7時ぐらいだったろうか。彼女の言う相談とやらが、まさか時計の長針をそこから4回半も回してしまうことになるとは、思いもしなかった。

(つづく)

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