パニックと読者モデル【彼氏の顔が覚えられません 第25話】
いまだ半信半疑の様子だ。思っていた展開とあまりに違ってしまったからだろうか。真面目でしっかりしすぎる人間は、パニックに陥りやすい。私もたびたびそうなるからよくわかる。
「も、も、もしウソだったら…あ、あなたのこと、殺しますわよ…」
オマケに、うつむいて体を小刻みに振るわせながら、こんな物騒なことまでつぶやいている。なんだかこの展開、身に覚えがあるな…。
「ねぇ、ひょっとしてタナカ先輩って、高校時代モテたの?」
「モ、モテたって…それどころじゃないですわ! ご存じないの…当時先輩は、ファッション雑誌の読者モデルをされてましたのよ…」
読モ。あの魅力の乏しい先輩が? ありえない…と思ったが、なぜ私にそう言い切れるのか。
タナカ先輩の顔を判別できないくせに。また、事実なら、軽音部に私を殺そうとした人間がいたのだってわかる気がする。読モだったら、熱狂的なファンだっているものだろう。
いままで、そんな人のことを好き放題いじり倒して、しかもまた、新しい友達か恋人に…なんて。贅沢と言うか、愚かな気さえする。
ふと、ケータイが鳴った。LINE通知だ。噂をすればなんとやら、相手はタナカ先輩である。
「ねぇ、コモリさん。よかったら、今からタナカ先輩と一緒にお昼食べない? 私、あなたのこと紹介するよ。先輩の大ファンだって」
「え…タナカ先輩と、お食事っ!? そ、そ、そんな…憧れの殿方と、お食事なんて…女性の貞節が…」
ランチ一つで大げさだ。やれやれ。大きくため息をつき、授業道具をしまい込んだ鞄を持つと、コモリの手を取った。
「ほら行くよ。先輩、学食でひとり寂しく待ってるから」
「わ、わ、ちょっと…まだ心の準備が!」
引きずるようにしてコモリを食堂へ連れて行く。
このタナカ先輩の大ファンのコと、先輩本人を会わせることで、どんなことが起こるのか。
このときの私はまだ知る由もない。
(つづく)
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